●ただ、大好き
祭りの喧噪より尚賑やかに進むのは鳳 蒼姫(
ja3762)とその夫の鳳 静矢(
ja3856)。
すぐにはぐれてしまいそうな人混みの間を縫うように進む蒼姫の瞳に映るのはりんご飴の屋台。
蒼姫の瞳が星のように輝いた。
「静矢さあああああああああああああん、リンゴ飴買っちゃったあ」
其処からはあっと言う間。
飛び付くように駆け寄った蒼姫。光の速さで買ったら、それよりも更に速く静矢の元へと舞い戻ってきた。
「屋台の定番だねぇ」
飛び付くように向かってきた蒼姫を朗らかに笑いながら撫でた。
大きな林檎飴を手にした蒼姫と喧噪の中を歩き進める。
林檎飴も無くなって、そろそろ暑くなってきたねと言えば丁度目に入ったのはかき氷の屋台。
ちょいちょいと静矢の浴衣の裾を掴んで物欲しそうな眼差しを向けると、察した静矢がブルーハワイのかき氷を買ってきてくれた。
ベンチに腰掛けてふたりでひとつのかき氷を突っつきあう。
「かき氷美味しいんだけど、舌がカラフルになるんだよねぃ?」
覗き見える舌は浴衣と同じ蒼色。動きに合わせてふわりと揺れる空色の髪ともまた同じく。
「浴衣と同じ色だねぇ……ふふふ」
そんな姿が、なんだか凄く美しく感じて静矢は穏やかに笑みを浮かべる。
空になった容器をゴミ箱に捨てて、神社に行ってお参りを済ませて星が見える丘へと歩き出す。
「そういえば、静矢さんはなんてお祈りしたのですか?」
「私の願いは……秘密にしておこうか」
蒼姫の質問にそう答えて逆に何を願ったのと聞かれれば彼女は嬉しそうに満面の笑顔を浮かべて応えた。
「アキはねぇ? ずっとずっと静矢さんと居られるように、かな?」
ぎゅうっと腕にしがみつく、少し歩きづらいけれど互いの体温をいっぱいに感じて進んでゆく。
観測スポットへと、少しだけ長い階段を進み、空を見上げる。
「お星様がだだだだだだって流れてるのです! 綺麗なのですよ!」
「壮観だね……これは凄いな」
はしゃぐ蒼姫につられるように静矢も仰ぐ。流れる星の間、一際強く輝く3つの星を見つける。
織姫と彦星。ふたりを結ぶ白い鳥の橋。
「一年に一度だけでも、また逢えるなら、きっとそれが一番幸せ。……でも、アキは欲張りだから、いつだっていつだって静矢さんの傍に居たい」
先程とは打って変わったしんみりとした蒼姫の声。寄り添うふたつの影。
「……そばに居る事の大切さ。アキね? 静矢さんの弟君のカップルから学んだですよ。素直にね、言葉を紡ぐ事の大切さ。静矢さん、大好き、だよ?」
「そうだな、なら、私もはっきり言葉にしようか……」
ひとつ、呼吸をする。星だけが流れる静かな夜。その息遣いさえ聞こえてきそう。
「大好きだよ、蒼姫……これからも、共に一緒に……」
頷いた蒼姫は巾着袋から、内緒でこっそり買って置いたお揃いのお守りを静矢に渡す。
「静矢さんは依頼でいつも無茶しちゃうから、無事にアキの元に帰って来れるようにね」
「……蒼姫も大概無茶するだろうに」
軽く小突かれた箇所を抑えてむーっと少しだけ睨めば、それが少しだけ可笑しくて、ふたりの間に笑みが咲いた。
頭上には沢山の流れ星。一瞬の煌めきはそんな笑顔に彩られて一夜限りの夢を映し出した。
●悠久の星が墜ちる、その刻まで
祭りへ行こう。そう誘ったのは保護者代わりである婚約者の美森 仁也(
jb2552)。
しかし、少女は軽く首を振って言葉を紡ぐ。
「……お祭りよりも、神社でお祈りをしてから星を見たいな」
お祭りなら、もう地元の友達と存分に楽しんだから。折角お兄ちゃんと出かけられるのなら、祭りの喧噪より静かに過ごしたい。
そんな美森 あやか(
jb1451)の願いを仁也は頷いて、ふたりは神社へ向かう。出来るだけ人混みを避けて移動したけれど、それでも既に神社境内は混んでいて、喧噪の中暫く並び、参拝を済ませた。
そのまま流れに沿うように境内から出ようとするけれど、中も外も相変わらず混んでいる。
「流星群が無かったら飛んで丘まで短距離で行くんだけどね」
「……空中散歩も好きだけど、お兄ちゃんに手を引かれて一緒に歩くのも好きだから」
これでいい。仁也の問いにあやかはそう応えて、丘へ向かう。その道中聞こえてくる虫の声に気付けば秋も近いねと確かに季節の巡りを肌で感じながら。
話通り、見事に綺麗な星が空一杯に広がっていた。
「あのー、すみません。短冊要りませんか?」
思わず見とれて手を繋いで見上げていると、隣からかけられたのは少女達の声。
振り向いて話を聞くと、地元ではこの丘から星が綺麗なことは有名な話らしく大人達が裏山で切った竹を切ってきて立てたのだと言う。
折紙で出来た短冊。その少女も願い事を掛けようと持ってきたけれど余ってしまい声を掛けたと話した。
暫く軽く考えた後少女からペンを借りて願い事を書く。願い事を掛けようとしたら既に下の方は殆ど埋まっていたから、仁也に抱きかかえられたあやかは彼に見られないように竹に短冊を掛けた。
「神社の神様や星には何をお願いしたんだい?」
「内緒。願い事って人に話すと効果失うって聞いた事あるから」
あやかを降ろした後、涼しい顔をしてみるけれど、内心は不安で仕方がない。自分の努力で叶う願いごとではないからこそ、神頼みや流れ星に縋るしかなくて。
時間。悪魔と人間の種族違いの恋。
いつか自分が彼を置いていくのだと思った。けれど、違う。悪魔にも寿命はあるわけで。
もしかしたら彼が自分を置いて逝くのかもしれなくて。
――お兄ちゃんに置いて逝かれたくない。少しでも長く傍にいて欲しい。
願いごとはただそれだけだった。
けれど、それは仁也も同じ。繋いだこの手を、愛しいこの命を。
いつか星が堕ちるその時まで、この掛け替えのない大切な存在を守り合えたら。互いの温もりを感じながら、そう天へと願った。
●願うことも祈ることも、きっと幸せで
「……その、とても、嬉しいのですよぉ……」
「喜んで頂けてよかったです」
物珍しそうにきょろきょろと周辺を眺める月乃宮 恋音(
jb1221)に寄り添うように歩く袋井 雅人(
jb1469)は笑顔でそう言った。
じんわりと暑い熱気が辺りを包む。人々の喧噪もまた祭りの光景に彩りを添えている。
切欠は恋音がテレビの流星群特集を興味深そうに見ていたから。それならばついでに祭りも楽しもうとデートに誘ったのは雅人。
「大丈夫ですか? 手を、繋ぎましょうか?」
人混みに気圧される恋音を気遣って手を差し出せば、彼女はゆっくりとその手を取った。
「……ぁ、はい……あんまり、こういう場所は慣れておりませんので……」
そうつっかえながら話す。時折何かに怯えたような表情を見せる恋音。けれど、繋ぐ雅人の手のひらの体温に安心したのか、少し柔らかな表情を見せた。
金魚すくい。射的。少しお腹が空けばたこ焼きをふたりで突っついて。余り祭りに来たことが無かったからか
神社で祈りを済ませ、丘へと向かおうとした道中。桜祈が大きな綿飴を抱えてよちよちと歩いていた。
恋音達が声を掛けるとパァッと顔を明るくして話しかけた。挨拶を済ませる。
「皆さんが楽しければ、神様だって楽しいのです。だから、どうぞ楽しんでいってくださいなのです」
桜祈はふたりの様子を見たのかにこりと微笑んでそう告げてから次はりんご飴なのです。と、走り去って行った。
開けた場所は既に少し人が居たから、少し離れた誰も居ない場所を選び切り株に腰掛る。
隣同士。少し寄り添い合って、雅人は恋音の肩を抱いた。
星が流れていた。きらきらと輝く星が瞬く間に流れていく瞬間。
(今日は、これてよかったです……)
恋音はふと、そう想う。
望みが絶たれる前に、望みを持つことを許されなかった幼少期。
誰かの為に何かを願うこと。誰かを想うこと。当たり前のようで掛け替えのない気持ち。そんな当たり前のような願いさえ今は抱けるのがとても嬉しくて。
「……ずっと、この優しい時間が、続きますように……」
新たに結ばれた流星の絆。今はただ、この時が途切れないように祈ろう。
ただ、今は先輩や部活の仲間、皆と居られることが嬉しいから、ずっとずっと続くように。
●Al Nasr al Tair
上弦の月は鈍い闇色を湛えた宵の空に余りに頼りなく揺れていた。
か細い月の光と星の光は頭上で揺れる木々の枝葉に遮られて、灯りもない足元の階段を獅堂 遥(
ja0190)は言葉も無く、ただ黙々と丘を目指し登っている。
一段、また一段と踏み出す足と共に、軋む足が悲鳴をあげた。
「下駄、無理しちゃったかな」
慣れない下駄。暗くてよく確認は出来ないけれど、きっと赤くなってしまっているだろう。
思わず、俯いてしまえば後悔が零れ出るように。
想い出すのは先日の依頼でのミス。久しぶりの依頼だった。成功はしたけれど、決して誇れる結果ではなかった。
下駄で軋む足のように、ズキズキと締めつけられるような心。けれど、前を向いて。やがて見えてきたクライシュ・アラフマン(
ja0515)の姿。
星を眺めているようだが、その視線は仮面に遮られてよく解らない。けれど、彼が振り向いた瞬間。確かに視線を感じた。
その感じた視線に促されるようにクライシュの隣に並んで星を見る。
真砂のように散らばる星々。その中に一際大きく輝く星を見つけて眺めればクライシュがアルタイルの名を教えてくれた。
飛翔する鷲を意味するアラビア語が由来にあるのだという。歴史や神話に造詣が深いクライシュは淡々と説明していく。
程良く耳を擽る彼の声。その肩に寄りかかったその時、ひとつ、星が流れた。
誰かの息づかいが聞こえる。慌てて遥は心の中で願い事を唱えた。
(振り向いて。私を見て。甘えて、甘えさせて)
流れる星に願い事を繰り返す。何度だって望む。
(ただ、傍に居させて欲しい。そして、触れさせて欲しい)
必死に祈る遥の傍ら、何も願わなかったクライシュ。信じるのは、ただ己の信念と愛する者への想いのみ。
良い歳だろうと笑うけれど。
「確かにいい年なのかもしれません。でも流星群を眺める一瞬より、貴方といる一瞬の方が好きです」
偽りもなく、さらりとそんな言葉を言ってのけた。
続けて、足が痛いので抱き上げて欲しいと告げるとやれやれ、と少しため息をつきながらも、満更でもない様子で抱え上げた。
星が流れている。紺色のキャンパスに、筆を走らせるようにサッと現れては消えてゆく。
何処に流れてゆくのだろう。何処へ行くのだろう。
消えた星の先、見つけたとしても今はふたりの秘密だから。ぎゅっと愛しい人に掴まって星を眺めた。
●逢星の月
薄紫色に広がる夜空に、光の粒を散りばめたかのように広がる数え切れない星々がきらきらと輝いていた。
陽が暮れてから久しくも冷め切らない夏の温度。祭り囃子も全てが人々の心を浮きだたせるような不思議な感覚。
「七夕というものを経験するのは初めてです」
誘ったのは自分からだけれど、初めての感覚に不思議そうに辺りを見る冬片 源氏(
jb6030)。
「あら、源氏ちゃんは、お祭は初めてなのね」
そんな言葉を返したのは朔卜部月(
jb6055)。
頷く源氏の心は少しだけ緊張していた。いつも弟が一緒だったから改めてふたりで出かけるなんて今回が初めて。
「お嬢様のお心のままに。源氏は付いて参ります」
賑わう商店街。さり気なく月の半歩後ろに付きそう源氏。
「いいえ、今日は違うのよ。いつもお供してくれる源氏ちゃんだけど、今日はふたりで『お出かけ』なの、特別だわ」
さらり。振り返る動作に合わせてハーフアップにされた月の夜干玉の髪が揺らぎ幼子を諭すような表情を緩めて柔らかな笑みを浮かべる。
「特別な日だもの。一緒に楽しみましょう」
「有難き幸せ。有難う御座います」
ただ月お嬢様の傍に居られれば源氏は幸せなのですが。そんな言葉は口には出さない。当たり前の気持ちだからと、改めて月の姿を眺める源氏。
穏やかに笑う彼女の笑みのように赤地の浴衣に散りばめられた柄はまるで輝く星のよう。
帯には明るい夕焼けの色を。袖や襟から覗くレースは月のふんわりとした印象によく合っている。
「よくお似合いですわ。他の方の目に触れるのが勿体無いです」
「源氏ちゃんもよく似合っているのよ」
そう素直に少しだけ恥ずかしい。源氏の格好は月と対照的に紺地に白色の桔梗柄で落ち着いた印象。
夏祭りには浴衣を着ていくのが礼儀だと聞いたから調べた甲斐があった。
ゆっくりと歩きながら目に入ったのはたこ焼きの屋台。近付く鉄板から発せられる熱でじわりと少しだけ汗が滲んだ。
「店員さん、わたくしたちにも頂けるかしら」
「毎度有りー」
そう言った店員は早速、出来たてのたこ焼きを詰めてくれた。代金を支払ってたこ焼きの箱を受け取る。
「お嬢様、あそこで少し休みましょうか」
そう源氏が差した先には簡易休憩所。腰掛けて出来たてのたこ焼きを頬張るけれど。うっかりと手元が滑り転がって袖を汚した。
「屋敷に戻ったらきちんと洗いませんとね」
けれど、すぐに源氏が取り出したハンカチで綺麗に拭き取る。
月は礼を告げた。食べ終わり、空になったトレイをゴミ箱に捨てた源氏は振り返り。
「参りましょうか。はぐれてしまっては困りますので、どうぞお手を」
「そうね、手を繋いでいきましょう」
差し出した源氏の手を握り返して、人混みの間を縫うように丘へと向かった。
「天の川を挟んで一際瞬く一等星がベガとアルタイルです」
見上げる夜空。無数の輝きが寄り添い合って作る天の川に阻まれるように一際強く輝く二つ星。
別たれた恋人が一年に一度だけ巡り逢える日。自分達からすると一年なんて短い時間。けれど、人間にとっては長く険しい物なのかも知れない。それが特別な相手なら尚更、洒涙雨なんて言葉が出来る程に。
自分も喩えば、それがお嬢様だとしたら私も気が狂ってしまうかも。
――運命の恋だと思ったのよ。天魔も人間も、いつもそう。
源氏の思考を遮ったのは月の声。
出逢いは別離の始まり。いつか一緒に夜空を見上げた人だって、もう逢瀬の約束はなく。けれど、それでも美しい世界は変わらず此処にあり続ける。
「源氏ちゃんが最後の人を見つけたら、もう一緒に居られないのかしら……」
繰り返してきた出逢いと別離。慕ってくれる彼女ともいつか別離の刻が訪れるかもしれない。けれど。
「ね、もし離れ離れになったとしても、きっとよ。鵲橋で逢いましょう」
「……はい、必ず」
別れたくない。源氏の心はただそれだけを想っていたけれど、先のことは誰にも解らないから。だから、せめてその誓いは星に掛けよう。
常に夜を照らす神秘の光。織姫と彦星が互いの光に惹かれ合うように、満ちては欠け昇っては沈む優しい月に酔うように。
手渡したブローチに誓いを込める。流星の輝きを受けて静かに輝いた。