●もふり・もふられ・もふるとき!
青い空に綿菓子のように白くふわふわとした雲が浮いていた。
梅雨を過ぎて一気に高まる気温。大地を抜ける風も暖かな空気を連れて青々とした木々を揺らす。
目的地である公園へと到着した撃退士達。今回の相手はサーバント、戦闘依頼。
けれど、その様子は例えるならば動物園に来た小学生のよう。つまり、眩しいくらいに輝いていた。
もふり、もふられ、もふるとき。もふもふくしゃりともふる時。セレス・ダリエ(
ja0189)の心の中にはそんな言葉が反響していた。
「そう、今こそが、もふる時……なんとも、珍妙な敵ですが容赦はしません。敵は敵ですから」
「ええ。どうして、サーバントなんでしょう。悲しいけれど、これって現実なのですよね……」
悲しいけれど。雪成 藤花(
ja0292)の視線の先、てくてくと仲良く三匹並んでくるマルチーズの姿。
けれど、これが現実だろうと自分には関係無い。
(もふる。っていうかもふる)
だって、姑息なバッドステータスなど無くても自分は常時もふ狂い。もふらずして何をするのだろう。
もふもふは正義。それは宇宙の理であり、例え天魔であろうともふもふは正義であることに変わりはなく、もふもふこそが全てなのである。
きらきらとやってくるわんこ達を見つめる藤花の眼差し。彼女が阻霊符を使用した目的は言わずとも、きっと解る。
どんどん近付いてくるサーバント達。
つぶらな瞳、ふわふわの綿飴のような真っ白な体毛、ころころとコミカルに動き。ふさふさと揺れる尻尾。愛くるしい顔には人懐っこい笑みを浮かべている。
その姿は、白い悪魔というより――。
「何という殺人毛玉……! 私のSAN値がピンチですっ」
最早邪神というべき。モフラーである一条常盤(
ja8160)の理性は既に限界に達している。
嗚呼、なんて愛らしいサーバント。何故こんなにも可愛いもふもふなのだろうか。
「れ、冷静に……対処しましょう……」
高鳴る胸の鼓動を必死に抑える。落ち着け自分、風紀委員として治安を維持せねば。そう思う心は変わらないはずなのに、何故体が震えているのだろう。
そんな姪の常磐の姿をスマートフォンのカメラに収める冲方 久秀(
jb5761)。
「くっくっくっく……あのような天魔がいるとは、天使は何を考えてあれを作ったのか。興味が尽きないね」
そうは言いながらも視線はスマートフォンのディスプレイ。姪の写真を眺めて上手く撮れたと自画自賛。
「アレが、問題のもふも……サーバントか。物質透過を使っているのか?」
「はい、物質透過を使用しておうちの壁や学校のジャングルジムとか。障害物をしょーとかっとしてだいれくと移動しているのですね」
「その情報からすると、被害はあまり出ていないようだな。いったい何が目的だというのか」
一方、島津 忍(
jb5776)の疑問に、髪を揺らしてきょとりと首を傾げる天花寺 桜祈 (jz0189)。
暫く考えたのち、まぁいいかという結論に達する。
「もふもふで、もふり殺そう……フフフ……」
傍ら、這い寄る蛇の如く獰猛な笑みを浮かべた伊達 時詠(
ja5246)。
皆目の前のもふもふに夢中だから、その不穏な笑いに気付く者もなく、そうして訪れたもふ……じゃなくて、戦いの刻。
「もふってらっしゃいデスよー」
本当は自分もモフりたいけど我慢する姫路 神楽(
jb0862)に手を振られ、撃退士達はもふ……じゃなくて、討伐活動を始めた。
●わふ・もふ・だいぱにっく!
やがて、公園に辿り着いたわんこ達。
こてん。いつも通りすり抜けようとして、ポールに頭をぶつけた青いリボンのマルチーズ。
目に涙を浮かべる彼(?)に慌てて駆け寄り、その額をペロペロとなめる兄妹犬達。もふもふ。
「見て下さい、あの姿。どうぞ、もふってくださいとでも言うようなあの姿。……もふるのが礼儀でしょう。ええ、触りまくりますよ。礼儀ですもの」
「うむ、礼儀は尽くさねばな」
無表情のまま、こくこくと話すセレスと頷く久秀。ふたりとも要するに、もふりたい。ただそれだけだ。
「こんなに可愛い無抵抗のもふもふを討伐するなんて……」
「もふもふでも敵……! あれは敵……! 可愛い、けど敵だし、倒さなきゃいけないし……」
「だから、世の中は残酷なのです。むじょーなのです。けど、撃退士は負けられないのです。己との戦いなのです!」
葛藤するのは燐(
ja4685)と常磐。桜祈もしょんぼりとした様子を見せるが、しかし気合いを入れ直す。もふもふに変わりはない。もふらずして何をするのだ。もふもふ、超もふもふ。もふる!
敵で倒さねば。反面、戦意漲らせるのは静馬 源一(
jb2368)。
「もふもふなんか興味無いで御座るし! わふーっ! 覚悟で御座るー!」
意気揚々と風を纏って駆け出す源一。
『久遠ヶ原学園のわんこ系のプライドを背負い、いざ尋常に勝負で御座る!』
此処は格好良く登場をと意気込み更にスピードを上げた瞬間。
べっちゃあ。小石に躓き綺麗に前のめりに倒れた。綺麗に、転んだ。
「…………」
しーん。場が凍る、夏なのに冷たい風が吹き抜けた気がした。マルチーズ達ですら動きを止めて眺めている。
暫し流れた静寂の時を打ち破ったのは時詠のハリセンの音。砂まみれの服を払おうともそのまま、彼は赤いリボンのマルチーズを目掛けて走っていった。
藤花のお目当ては桃リボンのマルチーズ。
傍に寄って手を鳴らせば、人懐っこいわんこはこちらへ向かって進撃してきた。
飛び付いてきたわんこをそのまま抱き上げた藤花はじぃっと眺めてみる。
女の子っぽいという話を聞いたから確かめようかと思ったけれど、外見の個体差はパッと見たところ見受けられず他の個体と比べ見てもまるで瓜二つ。
「くっくっく……色違いのりぼんが付いているのも個体識別の為という事であるかもしれないな」
もしかしたら単に可愛いからという理由かもしれないがと久秀は。さり気なく撫でようと手を伸ばすと、ぺろぺろと手のひらを舐められて、くすぐったい。
そんな藤花の抱き上げるわんこの首輪やリボンには住所の記載は見当たらず首を傾げる常磐。ちなみに、調べるふりをして、どさくさに紛れてもふった。
「ふむ、野良サーバントでしょうか? ……ところで、叔父上。少し離れて貰えませんか?」
至近距離で笑われたら可愛いわんこ達が怯えてしまうかもしれないからの常磐の言葉だが。
『タイトル:常盤ちゃん日記。
宛先:常磐父&常磐母
添付:写真5枚
本文:くっくっくっく……今日も常盤は元気です』
けれど、可愛い姪っ子にそんなことを言われた久秀は傷心のまま先程撮った写真を添付しメールを送信。年頃の娘は難しい。
「そうだ、私、良い物持ってるんですよ。 だじゃれじゃないですけど、チーズです」
一旦わんこを地表に降ろして鞄からチーズを入れた袋を取り出す藤花。
それを手のひらに乗せてマルチーズに差し出すと、くんくんと匂いを嗅いだ後、はむはむと食べ始めた。
「ズッちゃんはチーズが好きみたいですね。ジャーキーも食べるでしょうか?」
「わんこだから好きじゃないかな。チーズは気に入ってくれたみたいで嬉しいです……ところで、ズッちゃんですか?」
「あ、あの赤いリボンの子がマルくん、そこの青いリボンの子がチーくん、そしてその子がズッちゃんです。名前が無いと不便かなと思いまして」
チーズを頬張るわんこを撫でながらきょとりと訊ねる藤花。常磐は周囲にいるわんこ達を指差しながら話す。
名前が無いと不便と皆思っていたようで、仮名が決まった。
「折角ですし、芸を仕込みませんか?」
サーバントに通用するかどうか解らないが藤花は提案してみる。
一通り芸を仕込んでみようと暫く奮闘すると、なんとなくそれっぽい動きをするようになった。
ご褒美にと常磐がジャーキーを取りだそうとすると『早く頂戴』と、尻尾を全力で振るズッちゃんがその袋へと顔を突っ込もうとするのを引き留める藤花。
「めっ!」
伝わったか否かは解らないけれど、尻尾をたらんとさせてしょぼーんとするその姿に。
「可愛、い……!」
きゅん。心奪われてしまった燐。落ち着いた雰囲気は何処へ行ったのやら。
「私、ちゃんと、面倒見るから! 責任もって飼うから……!」
だって、こんなにも可愛いのに。芸だって覚えられる良い子なのにと瞳に涙を浮かべて必死に訴えかける。
我が侭を言うその姿は、ただの可愛い物好きの小学生。
「私の寮、ペット可、だし……! 撃退士なら、飼っても問題無い、でしょ……?」
けれど、勿論、ダメでした。
「わふふふ! 自分の動きについて来れるで御座るかな!」
源一はじゃれつこうとうするマルくんを必死に避けていた。
(久遠ヶ原のわんこタイプの自分には、効かぬで御座るよ!)
もふ狂ってはいないが本気になっている。
「わふ! まずは敵の動きを止めるで御座る! 48の忍者技の一つ! 英雄☆ニンジャポーズ!!」
ポーズを取る源一。急に止まられた為、マルくんはこてんとぶつかる。
お互い、ちょっと痛い。けど、泣かないのが男!
「わふーっ! 次行くで御座るよー!」
傍から見れば、回避というかただの追いかけっこであるが、これはこれで和む光景だった。
「あー、空が綺麗だなー」
時計を見た後、神楽は空を見上げる。一面の澄んだ蒼空に綿雲が流れていた。
視線を地上に戻すと、目の前に三毛猫が居たから撫でようと手を伸ばす。
神楽を一瞥した猫は、チリン、と鈴の音を残して何処かへ行ってしまった。
(猫、可愛い……けど、逃げられてしまった)
まだまだ、戦いは続いている。
「桜祈さんも、ご一緒にもふりを……とか誘う前にもふりもっふもふですね……」
「えへへー、せれすさんも一緒にふるもっふなのですよー」
セレスの視線の先にはいつの間にやらちーくんをもふる桜祈の姿。
それを止めようとはしないセレス、何故ならば。
「もふることこそが、この依頼の最大の目的ですから……」
「はいっ 偉大なるふるもっふおいぬさま大御神をもふらずして何をするとゆーのです」
「ならば、もふりましょう。もふることこそが礼儀なのですから……」
「れーぎ、わびさび、にほんのこころなのですー」
「日本の心……いと、難しい?」
ちなみにこれは戦闘依頼です。ツッコミ不在の恐怖、2人の会話は膨らむばかり。気持ち良さそうにもふられるチーくん。
だがしかし、足音も無く壁を走り忍び寄る影があった。忍である。ちなみに足音を消したのは本人曰く近隣住民への配慮らしい。
断じて、音もなく進んでいれば気付かれることなく接近が可能で私がもふるチャンスを作ることが出来るということではない。
重ねて言う。不純な動機ではない。サーバントの特殊効果を身をもって体感するという大変重要な行動であって決して不純な動機ではない。大事なことだから二回言う。大切なことだがテストには出ない。
「イエェェガァァァーーッ!」
そんな脳内理論武装を展開し雄叫びを上げながら突如現れたのは忍。ビクッとする桜祈とちーくんに、終始無表情のセレス。
そのまま音も無く、ちーくんの背後を取る。首筋を只管撫でる中年男がひとり。顔を見なければ大丈夫、顔を見なければ大丈夫とか思っているが、残念。既に彼はもふもふの虜。もふ狂いだ。
「なあ、お前もふもふだろう!? 毛を置いてけ! 毛を置いてけよう……!」
きゅぅん?と首を傾げるちーくん。そのつぶらで無垢な眼差しに――。
「イェェェガァァァー……ッ! グフッ」
恍惚の表情のまま、そのままもふもふに埋もれてしまいたい。可愛い、もふもふ。もう、ダメ。
チーくんは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐにその頬を舐めた。
――獣に屠られた狩人。此処にもふ死する。
「島津殿が死んだ!? この人でなし!」
「忍さんは犠牲になりました……」
「……君の犠牲は忘れない」
「あーめんです」
「それは宗派が違うであろう」
源一にセレス、燐、桜祈の言葉が重なり、締めくくるように久秀のハリセンの音が鳴り響いた。
時計を確認すると、既に二時間が経過していた。
そろそろ良いと判断した時詠は、蛇のような魔王のような恐ろしい笑みを浮かべて、マルくんに這い寄った。
「やっぱり、ダメ……私、責任持ってちゃんとお世話するから……!」
そんなマルくんを庇うように割っていった燐。時詠がすぱこーんとハリセンで引っぱたく。その衝撃で我を取り戻す。
「私としたことが、あまりの、可愛さに……。ん。これは危険……」
偶然持っていた鉢巻きで目を覆い石火でマルくんを殲滅した。
「ワンちゃん、もふもふして良いかい?」
紳士的な笑顔を浮かべて、ちーくんをもふもふする時詠。けれど。
「でもねぇ、ワンちゃん……」
その瞬間、背骨と首の骨を鯖折りして沈めた!
「警戒心が無いと、こうなっちゃうよ? フフフ……」
少しもふれただけで充分。紳士的笑みも魔王の笑み。
袋に毛を入れて、立ち去った。
あくまでも、いや、まおうでも、笑顔のまま。
「犬好きだけど……私の好きなのは猫だ!」
神楽はシュティーアB49を構えてズッちゃんに標準を合わせる。
「猫だったら、私はなでなでしてただろうね!」
仕事だからと心を鬼にして、トリガーをひいた。
悲しいけど、これが現実だから。
●あしたは・あしたの・もふがくる!
「卿等の来世に良き事があらんことを祈ろう……」
サーバント達の死骸を、木の根元に埋めて久秀は手を合わせた。
もふもふの余韻を残したまま公園を去ろうと頷きあった、その時、鳴り響く銃声。
戦闘は終わったはずなのにと警戒する一同の中で、くるくると目を回しぱたりと倒れる源一。
「はぅーお持ち帰りぃー」
そして、そのまま草木の影から出てきた神楽に引き摺られ、何処かへと行ってしまった。
余りの出来事に何も出来ずに一同は見送るしかない。
ちなみに『誤射ですよ』とにこやかな顔をしていた神楽。けれど、その真意を問おうとする勇者は、居なかった。
「手強い、敵だった……」
「ええ、強敵、でした……犬をモフるのも悪くありませんでした、ね」
「犬こそ至上であり世界の全てなのですよ! おいぬさま、ばんざーいなのです」
勝てたのに、心は晴れない燐。実は猫派のセレス。わんこリュックを胴上げして、桜祈も犬を布教してみる。
犬はいいものだ。強く気高く従順だ。忍も満足げに頷いた。
「今度はホントの犬として、もふもふしたいな」
藤花はスマートフォンに保存した沢山のわふもふサーバント達の写真を眺めながら、切なそうに呟く。
ならば、帰りついでに犬カフェへと行こうとの意見に異を唱える者は居なかった。
撃退士達――いや、モフラー達は今日も、明日も、明後日も新たなるもふもふを求め、進撃する。
其処に素晴らしいもふもふがあると願い、信じ、モフラー達の進撃は止まらない。
――進撃のモフラー、完。