●修羅の始まり
漫画家A山の仕事場に訪れたエルレーン・バルハザード(
ja0889)と崋山轟(
jb7635)の二人はA山と顔合わせをしていた。
「よ、よろしくおねがいしますなのっ」
「先生! 俺たちが来たからには絶対間に合わせるぜ! 大船に乗ったつもりでいてくれ!」
エルレーンは少し緊張して声が高く、轟は、元気は十分と言った笑顔でいた。
「それじゃあ、よろしくね。残っている作業はそんなにないから、一緒に頑張ろう」
バトル漫画を描くA山ではあるが、普通の好青年である。
それじゃあ、早速、とA山はキャラが描かれているページをエルレーンに手渡した
「これのトーンをお願いね。 いつもは仕事場独特のトーン名で指定しているけど、今回はわかるように番号で指定しているから」
一枚の原稿を受け取り、エルレーンはそれをじっと見る。
「うぬー、これがプロの生げんこうかぁ」
見惚れるのも程々にして、同人誌を作る際に使っている愛用の道具を出し、エクレーンは作業を始める。
「崋山君は消しゴムとベタね」
「了解っす!」
轟はエルレーンのように何か漫画に携わった事はないが、それでも出来る事はあるのが漫画の世界だ。気合を入れて作業を行う。
作業を開始して2時間ほど、A山が“あっ”と声を上げた。エルレーンは作業を止め、A山の方へ向く。
「いや……エルレーンさん、61番と62番……あと、どれぐらい使いそう?」
「……はい、恐らく足りないです」
A山が何を言わんとしているのか理解しているエルレーンはその答えを言う。
「ん、買い出しっすか? 俺、行きますよ?」
何気ない轟の一言だが、この修羅場の中では救世主の一言であった。
「それじゃあ、ついでに……これもお願い。お店はココね。店員にこのメモを渡せば用意してくれるし、領収書も出してくれる」
画材屋の地図と買い出しメモを轟はしっかりと受け取った。
「おーっす! 買い出し行って来まーっす!」
まさに体育会系を表す返事と同時に業は颯爽と仕事場から画材屋へ向かっていった。
「やっぱり、違う気がするねっ」
その間もエルレーンは普段、自分が見る漫画と生の原稿との違いに喜びながら、作業を進めていた。
「只今戻りましたー!」
「早っ!?」
ほんの数分でちゃんと買って来た轟に一同ツッコミを入れながら、作業は進む。
一方、恋愛漫画家Y子の仕事場では双狐(
jb5381)にシグネ=リンドベリ(
jb8023)がY子に挨拶をしていた。
「今回はよろしくお願いするアル!」
「よろしくお願いします」
二人の顔を見て、Y子は頷き、
「よろしくね。恋愛漫画だから背景にトーンって結構作業は多いけど……力を合わせて頑張りましょう」
と、優しく微笑みを浮かべる。
作業の分配は同人作家でもある双狐が背景とモブキャラを担当し、シグネがベタにトーン張りなどの作業を担当する事となった。
「漫画のアシスタントなら任せるネ!」
ジャージ姿の双狐も気合は十分で、自前の道具を使って、Y子の指定通りに原稿にペンを走らせていく。
「弟の原稿を手伝ったのがこんなところで役に立つとは思わなかったわァ……」
シグネ自身は作家ではないにしろ、その作業は経験しているようで、自前のデザインナイフで器用にトーンを削り、Y子の画風に合わせている。
「……先生、このコマ、マジアルか」
「……ごめんね。本当はそこ、正規のアシスタントの人にしてもらう予定だったんだけど」
快調だった双狐の手が止まる。手が止まった場所は既にY子が主要キャラだけが描いてあり、あとは大きく“机とモブいっぱい”とだけ後ろに描かれていた。話の流れを読むに教室のワンシーンである為、導き出される結論は一つ。
「教室全部描きアルね」
「資料写真……トレスする?」
「それは最終手段アル」
同人作家とはいえプライドはある。Y子の言うようにトレスも一つの手段ではあるが、この場合、キャラが先に描かれているので背景とキャラとでズレが生じてしまうリスクがある。それを理解し、双狐は嫌う。
シグネもインクが溢れ原稿に滲みや汚れが出ないように定規を裏返しにして使い、丁寧に作業を進めていた。
その頃、スポーツ漫画家O崎の元ではアレクシア・フランツィスカ(
ja7716)と御門 莉音(
jb3648)が作業に没頭していた。
(ふはははは!! アナログ原稿、アナログ原稿だ!)
心の中で叫びをあげ、そのテンションを極限状態にまで滾らせているのはアレクシアであった。今までデジタル原稿ばかりだったせいか、その反動が大きいようだ。
アレクシアはO崎から、モブキャラと背景を任され、自慢のペンを振るっていた。
O崎の漫画はスポーツ漫画でもバスケットを題材にしており、美少年が多く登場している。その原稿を見て、アレクシアは腐った眼差しで美少年たちを見て、妄想を膨らませながら、集中力は増していく。
「ほい、3ページ目、ベタ終わりー」
莉音もまた自分の作業に集中していた。同人作家でもあり、何よりこのO崎の漫画全巻を持っている事もあってか、O崎の癖なども把握しており、普段と変わらない原稿に仕上げていた。
「名前を聞いてもしかしてと思ったけど、まさか御門莉音本人だったとわねぇ」
「まさか、せんせが俺の本、持ってるとは思わなかったよ」
「あ、編集には内緒ね。難色示す編集もいるから」
少し聞く人が聞けば危ない会話を莉音とO崎はしながら、各々の作業をしていた。集中するのもいいが、やはり、このような会話も必要であるようだ。
(しかし主人公のリン君は美人さんだよなー……こう、首筋のラインとかに物凄い色気が……あぁこの場面なんてきっと周りの連中内心鼻血吹き上げてるって)
莉音もまた腐っている目線で原稿の美少年で妄想を膨らませながら作業をすすめていた。
しかし、ある意味ではこの風景が漫画家の仕事場としては正しい姿なのかも知れない。
アレクシアも依然として腐った目をしているが、自分の手で原稿が汚れないように左下のコマから背景、モブキャラを描いていく。
「先生、ここは?」
「外人4コマのラスコマ風」
「把握」
短い会話だが、それでも通じ合う事が出来、順調に原稿は仕上がっていく。
●補給班
「あいつら、撃退士をなんだと思ってやがんだ」
編集部があるビルの社員食堂の厨房を借りて、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は愚痴を言いながら、各漫画家へ渡すお弁当を作っていた。
「まぁまぁ、こういうのも楽しいですよ?」
その隣でMaha kali Ma(
jb6317)も自分のフライパンを振り、調理をしている。
もともとラファルは普段から漫画などは読まない為、いきなりアシスタントというのも難しい話であった。それでもこの依頼を受けたのは懐事情によるものだが、それでも自分の出来る事をしていくのは、真面目な所もあるのだろうか。
「しかし、美味しいなものを作るな」
ラファルがちらりと横目でマハの作る料理を見ていた。
「私はインド料理が得意です。そして日本の料理を組み合わせてみました」
マハが作っていたのはオニギリであった。ただ、そのオニギリはドライカレーで作られており、いわばカレーオニギリと言ったところか。
お弁当箱にカレーオニギリを詰めていき、そこにラファルが作った、サラダや煮物と言ったおかずを詰め込んでいく。
人数分のお弁当も用意出来た所で、マハは次の作業に取り掛かる。
「クッキーか?」
「はい、手伝って下さい」
「わかった」
マハがクッキーの生地を作り、ラファルが型を取って、それをオーブン皿に並べていく。
共同作業もあって、すぐに準備は出来上がり、オーブンに入れて焼き上がりを待つだけだ。
その間、二人はクッキーに合うように紅茶を作り、それを魔法瓶に入れていく。
「よし、それじゃあ、届けにいくか」
「はい、皆さんお腹を空かせているでしょう」
二人は自作したお弁当が入っているバッグを背負い、各仕事場へと向かっていく。
●ラストスパート
Y子の仕事場では皆が栄養ドリンクを片手に持っていた。シグネと双狐は事前にシグネが用意した物を、Y子は愛用のドリンクを用意し、
「それじゃあ、ラストまでいくわよ!」
と、Y子が音頭を取って、栄養ドリンクで乾杯と奇妙な光景が繰り広げられていた。
エネルギーも補充した所で作業は続く。だが、作業と言っても何も原稿を描くだけではない。漫画と言えど、絵を描く事には変わりはなく、特に人物を描くのであれば、そのモデルも必要である。
「こんな感じアルか?」
「うん、そうそう! もうちょっと屈んでみて」
双狐はジャージではなく、何故かY子が所持していたチャイナドレスを着ていた。Y子の指示の元、照れずにポーズを取っている。
Y子も写真を何度もデジカメで双狐を撮っていく。
「それじゃあ、次はシグネちゃんと抱き合ってくれる?」
「……へ?」
「ちょっと、抱き合っている構図が欲しいの」
そう言われたら断る事も出来ない。シグネは作業を中断し、チャイナドレスを着た双狐と対面し、たどたどしく抱き着いた。
「うーん……もうちょっと、ぎゅっ!って」
「……ぎゅっ」
自分で言葉にしながら、言われたようにシグネは双狐を抱きしめる。かなり身長差がある為、仲のいい姉妹のように見える。実際には双狐の方が年上なのだが……。
「……お邪魔かしら?」
いつの間にかお弁当を持って仕事場にやってきたマハが居た。ばっちり抱き合っている所を見られた二人は少し慌てた様子で離れる。
「チャイムを鳴らしても返事が無かったので入らせてもらいました」
言いながら、マハはバックから三人分のお弁当とクッキーを出し、机に並べる。
「ありがとうございます、助かります」
Y子が代表して、マハに礼を言う。
マハは各机の上の原稿が気になったのか、顔を覗かせていた。
「これがJapanese MANGAですか」
「マハさんは見た事ありますか?」
「はい。日本の漫画やアニメの版権を買って、リメイクしたものを南アジアでも放送していますしね」
漫画は世界を超える。南アジアに詳しいマハから、このような言葉を聞くと、Y子も漫画家として嬉しいものもあり、やる気にも繋がっていく。
そのやる気を原稿にぶつけるべく、お弁当を皆で食べ合い、最後の仕上げに取り掛かった。
「えーっと……こんな感じっすか?」
一方、A山の仕事場でも格闘技経験を持つ轟が構図の為にポーズを取っていた。A山の描くバトル漫画は動きが激しい為、崋山の動きはとても参考になるものであった。
このような機会はないと踏んだか、A山はビデオ撮影までして、轟の動きを記録していた。
その間もエルレーンは作業を進めながら、
(……あぁ、やっぱりこのキャラは受けなの)
何か別な事に思考が集中していた。
すると、突然、窓ガラスからコンコンと音がした。見るとベランダにはラファルが立っていた。ここはマンションの四階なのだが、どうやって来たのか、A山は首を傾げるが、撃退士だから、まぁいいか、と片付けてしまう。
ベランダを開けると、ラファルがそのまま背中のバックから三人分のお弁当とクッキーと紅茶の入った魔法瓶を出し、それを手渡す。
「ほら、弁当だ。それ食ってしっかりとな」
ぶっきらぼうに用事だけを済ませると、ラファルは背を向け、機械化した体の偽装を解除する。その姿はまさにロボだ。
ロボ化したラファルは四階からそのままジャンプして飛び降りるが、ズシンと大きな音を立てて着地する。
そのまま、ラファルはローラーダッシュで公道を駆け抜けていった。
「……ロボだ」
A山が、嵐が去った後の静けさの中、呟く。
そして、飛び込む様に自分の椅子に座り、
「エルレーンさん、崋山さん! 僕は今からネーム切るから後、よろしく!!」
「えぇ!?」
「そうか、ロボか……ふふふ……」
A山は、最初の頃と人が変わったように、不気味な笑みを浮かべながら、憑りつかれるようにペンを走らせていた。
案外、漫画家というのは変わった人物が多いのかも知れない。
そう思いながら、残されたエルレーンと轟はラファルから受け取ったお弁当を食べていた。
一方、O崎の仕事場でも作業は佳境に入っていた。
莉音も追い込みの為に持参していたソイラテホットを飲みながら、ツヤベタを塗っていく。ソイラテのおかげか、この後半になっても、集中力は途切れていないようだ。
(この新キャラは受攻どっちだろう……主人公は総受だから攻? いや受でも美味しそうだし……はっ! 受×受の由利!?)
ただし、途切れないのは腐った方の集中力である。
アレクシアも作業に没頭しているようだが、
(……よし、こんな所だな)
体育館の客席に、自分好みの男の娘のモブキャラを描き込んでいた。
それが気分転換にもなったのか、集中力がどんどんと増して行き、手は進んでいく。この調子なら、完成に間に合いそうである。
「ふぅ……はい、これもお願いね」
と、O崎から新しい原稿の一ページをアレクシアは受け取る。それを確認した、アレクシアはO崎の顔を覗きこむ様に観察している。
「先生、少し寝たらどうだ? ペン入れはこれで終わりで、後は仕上げだけだ」
「いや、でも……」
「倒れられたら、仕上がるものも仕上がらない」
そこまで言われたら、O崎も引くしかない。実際に仕上がったページを見ても、アシスタントとしてのレベルは二人とも高く、指示はなくとも問題はない。
少し考えて、O崎は一息つく。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただくよ」
そう言うと、O崎は隣の仮眠室へ行き、ベッドへと倒れ込んだ。やはり疲れも溜まっているようで直ぐに眠りについたようだ。
O崎が眠りについて、一時間ほど、チャイムが鳴る。作業を止めて、莉音が玄関の扉を開けると、そこにはマハとラファルが居た。
「弁当を持ってきたぞ」
「それと少しですがクッキーと紅茶も持ってきました」
外はだいぶ冷え込んでいたのか、二人の吐息は白い。
「あぁ、ありがとう。今、せんせは寝ているから……起きてから皆でいただくよ」
と、莉音は人差し指を自分の唇に当て、静かに、と合図を送る。その仕草は独特な色気が感じられるものだった。
「そうか……それじゃあ、頑張ってな」
「また原稿が出来上がりましたら参ります」
二人も静かめの声を出し、莉音に伝えると、弁当とクッキーに紅茶を手渡して、そっとドアを閉めて、去って行った。
「よし、もう少し頑張るか」
莉音は背を伸ばし、ラストスパートに気合を入れた。
●納稿
その後、各仕事場から原稿が仕上がった連絡を受けるとマハとラファルが分担して、その原稿を受け取り、すぐさまに編集部へ持ち込んだ。
各担当がチェックをするが、どの担当も“いつもと雰囲気が違って良い”との評価を下した。
各漫画家も良い影響を受けたのか、ストーリーにテコ入れをし、それが見事に読者の人気を得て、看板となっていくのは、後の話である。