●朝
月乃宮 恋音(
jb1221)は依頼主から許可を得た、島へ持ち込む品を確認しながら、船の到着を待っていた。
船に揺られて一時間と少し。やっと、目的地である島へとたどり着いた。
撃退士達は柔らかい砂浜を踏み、無事に島へ上陸した。
(とにかくばれないようにしないと……)
長く退屈な旅路から解放され、背筋を伸ばしている撃退士達の中に混じって、仁美 琥珀(
jb7162)は、不安を抱えていた。自分が悪魔で、人魚型である事を隠している身としては、このサバイバルは仁美にとって、島の生活以外にも課題があるようだ。
「それでは、早速別れて島の調査を開始しましょうか」
イアン・Jアルビス(
ja0084)が皆に告げる。
各自、島の外周を調べる班と内側を調べる班の二班に分かれた。
●昼 外周班
時刻も丁度、太陽が真上に登った頃、礼野 智美(
ja3600)は植物図鑑を片手に沿岸部を歩いていた。
「ふむ……ここは素人が歩くには少し危なそうだな」
岩肌が露出しており、石から石へと飛び移りながら先を進むが、これが出来るのは撃退士の身体能力ならではだ。一般人でも強引には進めるが、急に大きな波が襲った場合は怪我もあり得る。
礼野は、自分の考えをメモに書き、忘れないようにしておく。
さらに進むと、海と山を遮断するように法面がされた場所を見つけた。
もしかすると。そう思い、礼野は法面を登る。
その一帯は、所々に雑草が生えている物の、その中に混じって紫色の果実、葡萄が生っていた。人の手によって栽培され、野生化したものだろう。試しに、と礼野は近くに生っていた葡萄を一つ取り、その場で試食してみる。
「少し熟し過ぎな感はあるが……大丈夫だな」
礼野はこれ幸いにと、葡萄を何房か収穫した。
一方、同じく外周班である袋井 雅人(jb1269)と月乃宮は二人で調査をしていた。袋井が先頭に立ち、危険が無いか確認してから、恋人である月乃宮をエスコートしている。
「そこは波が来やすいので、注意してください」
「……はい、わかりましたぁ……」
袋井からの注意も聞き入れ、月乃宮は安心して足を運んでいく。
ふと、袋井が足元で何かが動き、それに気づく。その場でしゃがみ込み、岩と岩の間に、小さな蟹を見つけた。
「……蟹さん、ですねぇ……」
「茹でたら食べられそうですし、キープしておきましょうか」
食べても美味しい物かどうかは、また後ほど持ち込んだ図鑑で調べるとして、袋井はその小さな蟹を何匹か手づかみで捕まえる。
そのまま、打ち付けられたビニール袋を見つけ、そこに蟹を放り込む。
幸先も良く、二人は順調に調査を進めていく。
やがて、二人は表面のいたるところに緑色の苔が生えた岩肌に辿り着いた。
「滑りやすいですので、注意を……」
「……きゃっ!」
注意をしてください。袋井がそう言おうとした矢先に、月乃宮が高い声を上げて、苔に足を滑らせた。
袋井は瞬時に、月乃宮が地面に接触する前にその身で抱きとめた。
「だ、大丈夫ですか?」
「……は、はいぃ……」
お互いの顔の距離も近く、不意の出来事に月乃宮は頬を赤く染める。
「気を付けていきましょう」
袋井は、そっと月乃宮を起こし、そのまま手をつなぐ。
調査もそのまま再開したが、しばらくの間、月乃宮は赤面したままであった。
「海ー!! わー!わー!!」
仁美は目の前の海を見てテンションを上げていた。
海に入って調査するという事だが、その事も忘れてしまっているかと思うほどのハイテンションである。
服等は濡れない場所に置き、サバイバルナイフを片手に、仁美は海へと潜って行った。
流石に人魚である為か、人間では出せない速度で泳ぐ。
(……あ、いた)
魚が泳いでいる。仁美はその魚に狙いを付け、サバイバルナイフを構える。
そして、尾ひれで水を強く蹴り、一気に加速した。魚は急速に迫りくる仁美に対処する事は出来ず、仁美の持つナイフで突きを受ける。
仁美は確かな手ごたえを感じて、魚を突き刺したまま海面へと上がった。
「とったどー!」
仁美は捕った獲物を堂々と天に向けてあげた。
捕った獲物は波が来ない場所に運び、置いておく。捕った魚は海の中とは違い、黒く染まっていた。この特徴から、この魚はメジナであろう。
仁美は再び、海へと潜った。
(あっ……こいつは危ない)
背びれには毒のある鋭いトゲがあり、危険色の赤色をした魚や肉食で有名なウツボと言った、素人が手を出すには危険な生物を見つけた。
仁美は手を出す事なく、荷物を置いた場所に戻り、危険魚が居た場所をメモしていく。一応調査の事は忘れていなかったようだ。
この調子で、仁美は海へと潜り調査を続行していく。
「ん……使えそうか?」
あの後、礼野が調査を進めていくと、海岸沿いに小屋があるのを見つけた。
見た目は少しボロではあるが、扉もしっかりとあり、雨風は問題なくしのげそうだ。
中も結構広く、木箱や網が埃をかぶって並んでいた。どうやら、漁師が使っていた小屋のようだ。
礼野はこの場所をしっかりと記録した。
●昼 内地班
無人島の山では、手入れをする人間はいない。その為、道らしい道はなく、草木をかき分けて進む事となる。
イアンは草を払いつつ、山の調査をしていた。
山を登っていくと、傾斜もきつくなってきた。ふと、横を見ると、もはや坂というよりかは崖になっている。
「安全であることに越したことはないですね」
足を滑らせてしまえば、大怪我にも繋がる。イアンは頭の中でしっかりと位置を記憶した。
流石にこれ以上は進めないと判断し、別なルートで山を下りようと振り向いた時、何が視界の隅に移る
茂みの横に、身慣れた植物が生えている。イアンはその植物になっている実をぶちっと引き取った。
「……エンドウ豆、かな」
エンドウ豆にしては少し大きいが、食べられそうでもある。あとで図鑑を使って調べるとして、イアンはいくつか、その豆を収穫していった。
「どこさへきさえんさんはどこかしら」
と、柘榴姫(
jb7286)は山を彷徨い、呟く。ドコサヘキサエン酸、通称DHAの事だが、彼女は魚の事と勘違いしているようだ。
柘榴姫は歩いていると、水の音が耳に入った。その音の元を辿るように柘榴姫は進む。
草むらを抜けると、川があった。大きくはないが、魚が居ても不思議ではないほどだ。
「いたわ」
川を発見すると、柘榴姫は一枚の札を手の中に生み出し、それを川から突き出た岩へと投げつける。すると、札が岩にぶつかると、爆発を起こす。爆発音に木に止まっていた鳥は逃げ出し、水中に居た魚は、衝撃で気を失い、水面に浮き始めた。
柘榴姫は浮き上がる魚達を見て、あろうことか服を着たまま、川の中へ入り、その手に取った。
魚を両手で掴み、そのままお腹を一口、
「たへらへはいわ」
食べらない、と感想を述べる。
生で、しかも腸だらけのお腹をそのままかじるのは、よほどの舌でなければ満足する味ではないだろう。それでも、柘榴姫はまだまだ浮いている魚を全て捕まえ、両手をいっぱいにした。
一方、仄(
jb4785)は事前に持ち込み申請した方位磁石を頼りに山を探索していた。しかし、彼女は恐ろしいほどの方向音痴であり、不安が残る。
しかし、仄は気にする事なく、進んでいく。
「これ、は、キノコ……?」
倒木の幹に、濃い茶色で椎茸にも似たキノコが生えているのを見つけた。見た目は椎茸だが、キノコ類は似たような色、形をしているものが多く、少しの違いで毒があったり、なかったりと知識がない者からしたら難問である。
「キノコ、は、旨そう、だが……」
毒があるかどうか見分ける術を仄は持ち合わせていない。ゆえに安全を取って触れないようにし、その場を去る、
また、しばらく進むと、屋根が一部崩れた廃墟を発見した。
「……あ、サクランボ、だ」
その廃墟の横に、庭にあたる部分にサクランボの実がなっているのを見つける。本来は夏に実がなるものだが、品種が違うのか、この時期でも赤い実をぶら下げていた。
「あれ? 仄さんですか?」
「……イアン」
仄が振り向くとそこにはイアンが居た。たまたま一緒になったところだろう。
「これで、迷子、に、ならない」
思わぬ所で迷子防止の術を得た仄であった。これで帰りはイアンについていけば大丈夫であろう。・
「この中はもう見ましたか?」
と、イアンが廃墟に顔を向ける。仄はそのまま首を横に振った。
「わかりました。それじゃあ、ちょっと見てきますね」
イアンは足元に気を付けながら、廃墟になった家の中へと入る。もう家はかなりのボロボロで住むのは難しいだろう。しかし、錆びたヤカンや土だらけの湯のみと生活感が少しながら残っていた。
「ん、これは……」
イアンが棚に倒れていた雑誌を見つけた。これで何年ぐらい前の建物か分かるかもしれないと思い、その雑誌を広げてみる。
「わ、わああぁぁぁ!!」
雑誌を確認するや否や、イアンは高い悲鳴を上げ、そのまま地面へと雑誌を叩きつけた。
突然の悲鳴に仄も驚き、ひょこっと家の中の覗き込む様に顔を出す。
「どうか、した?」
「な、何でもないです、何でも!! ここは使えそうにありませんので、もう行きましょう、さぁ早く!」
「……?」
イアンは急かすように、両手いっぱいにサクランボを持った仄を廃墟から離れさせた。
イアンが叩きつけた雑誌は、風でページがめくれ、女性の裸が写っていた。
一方、橘 ありす(
jb8111)は丁寧に山の調査を行っていた。初めての依頼という事もあり、意気込みを感じる。
「これは……使えそうだな」
木に巻き付いた蔦をナイフで切り取って、その丈夫さを確認する。この蔦がロープ代わりになれば、色々とサバイバルには便利に使えそうだ。
意識を集中して、一歩一歩山奥へ進んでいく。何か気になる事があれば、即座に調べていく。
橘は前方の地面に対し、違和感を覚えた。少し、浮いているように見える。
近場にあった長い棒を拾って、その地面を突くと、ずぶっと棒は地面に沈み込んでいった。
「……底なし沼?」
底なし沼というには小さいが、どうやらこの部分だけヘドロ状態になっているようだ。このまま進んでいたら、足が捕られ、脱出も困難になっていただろう。
上に被さっている落ち葉や小枝を棒で払いのけると、赤いレンガが見えた。
赤いレンガは円を描く様に並んでおり、その円の中が底なし沼となっている。
「……小さな溜め池か何かで、長年使われなくなって、こうなってしまったって所だな」
冷静に状態を分析し、危険個所である事を把握する。
この辺りはもう十分か、と橘が思うと、近くの茂みがガサガサと音を立てて揺れた。
すると、その茂みから勢いよく魚を咥えた柘榴姫が飛び出した。
「うわっ!!」
「……?」
魚を両手いっぱいに持ち、持ちきれなかった分は咥えて運んでいた柘榴姫が、驚く橘を見て首を傾げる。
「……なんだ、あんたか……って、びしょ濡れじゃないか!」
「かわにはいった」
「しかも透けているし……もう、しょうがないな」
橘は上着を一枚脱ぐと、それをタオル代わりにして、塗れた柘榴姫を拭いていく。
あらかた拭き終えると、橘は濡れた上着を絞りながら、柘榴姫に質問する。
「川があったのは、どのあたりなんだ?」
「ん、こっち」
柘榴姫が出て来た茂みをかき分け、川へと道案内をする。
橘がそのまま柘榴姫についていくと、先ほど柘榴姫が魚を捕っていた川へと辿りついた。
「綺麗な川だな……飲めそうだな」
柘榴姫が持っている魚を見ると、立派なヤマメだ。それならば、飲料水としても使えるだろう。
「これは良い発見だな」
これでサバイバルの基本でもある飲み水の確保は問題なさそうだ。
●夜
外周班と内地が合流し、礼野が見つけた小屋を拠点にしていた。そして、お互いに集めた食材をイアンと月乃宮が調理して、一種のパーティーが開かれていた。
「……はい、お魚が焼けましたよぉ……」
「い、頂きます……って、わわっ!」
月乃宮から、焼き立ての魚を貰おうと仁美が動くが、地面すれすれまであるスカートに躓き、転んでしまう。
慌てて、仁美が起き上がり、スカートのすそを抑えながら、周りをキョロキョロと見た。
(見られてない? 見られてない……っぽいかな)
スカートの中身、尾ひれが見られたか気になったが、誰も驚いた顔はしていない。気づかれていないと思い、仁美は安心するが、
(魚の尻尾……?)
(尾ひれがあったような……)
と、一部からはしっかりと見られていた。
「採れたて、焼きたて、の、魚、は、旨い」
「どこさへきさえんさん、たべれる」
仄と柘榴姫は、もう焼き魚に夢中になって食べていた。
他にも豆のスープに、ブドウやサクランボと食後のデザートもあり、豪華な食事であった。
食事も済ませると小屋で休む者、見張りをする者、探索する者と別れていた。
袋井と月乃宮の二人は手をつなぎ合って、夜の森を散歩していた。
風に揺れる葉の音が心地よく、都会のように眩しい光もない。そんな自然に二人は満喫していた。
だが、
「……おや?」
「……雨、ですねぇ……」
ぽつりと、天から一滴が落ちる。
雨はどんどんと強くなり、雲も広がっていく。
「スコールですね」
二人は慌てて、来た道を戻ろうとしたが、近くに廃墟となった小屋を見つけた。
中はかなりボロボロだが、この際、雨さえ凌げれば問題はない。二人はその小屋に身を寄せ合い、雨が止むのを待つ。
「……寒いですねぇ……」
「もっと、くっ付きますか?」
月乃宮の呟きに、袋井は月乃宮の肩を抱き、身体を寄せる。必然と、顔と顔も近くなり、二人は互いを見つめ合う。
そして、自然に、二人の唇が惹かれあうように、距離を縮めると……
「あ、居たか。おい、大丈夫……か……」
スコールの中、二人を捜しに来た礼野が、現れる。
口づけをしそうになった二人は、そのままの体制で顔を礼野に向ける。
「あ、かってにやっててくれ。親友とその恋人でそういうの慣れてるから」
と、礼野は言い捨てて、やれやれと言った顔でその場から離れようとした。
「あ、あぁ……戻りましょうか」
「……はい、そうですねぇ……」
空気も壊れ、雨も弱くなってきたので二人は礼野の後を追いかけた。
●調査報告
「おー、さすが撃退士だね。こんなに細かく調べてくれて……」
依頼主である男が、撃退士達が作成した報告書を見ながら、満足な声を上げた。
一枚、一枚丁寧にめくり、その報告書を確認する。
「いや、これだけあったら、十分だね。安全だろうし、最悪、スタッフが誘導すれば、問題ないな」
と、少々やらせ発言も混じっているが、十分にテレビ番組の舞台として使える事を確信した。
「さて……それじゃあ、早速準備しますか」
男は、撃退士達の事細かな報告書を基に、今度は自分の上司への報告書の作成に取り掛かった。