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マスター:橘 ゆん
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/06/09


みんなの思い出



オープニング

「なんでこうも忙しいのだろうか?」
 デスクの前で頭を抱える一人の男が呟く。
 そして肺を大きく膨らませ、重く、疲労が籠った息を吐いた。
 この4月から新社会人として働き始めたのは良いものの、想像以上の忙しさと慣れない仕事で疲労とストレスが確実に体に圧し掛かっていた。
 その体を蝕むものを解消しようとするも、これまた4月に引っ越ししたばかりのワンルームのマンションでは……。
「家電がない。あるのはベッドだけ」
 そう、何もないのだ。冷蔵庫、洗濯機、電子レンジや炊飯器までも。
 この状態では、家で休んでも十分に蓄積した疲労を癒す事は出来ない。出来るのはベッドで横になり、眠りにつくことだけだ。
 当然、家具を買いに行こうとは何度も思う。だが、しかし。
「時間も金もねぇんだよなぁ……いや、金は初任給でたんまりとあるか」
 男はぼやく。本来ならば仕事が始まる前に家電一式は揃えておくべきなのだろうが、お金の関係で購入する事が出来なかった。
 しかし、つい先日、初めての給料が銀行口座に振り込まれた。しかも初月から残業も多く、結果として想像以上の額が入金されていた。これで、生活に必須な道具を買い揃える事は出来るだろう。
「だけど……時間ばっかりはどうしようもねぇな」
 お金は手に入れたが、時間だけは手に入れる事は出来なかった。新入社員だと言うのに夜遅くまで働き、朝も早い。休みの日はちゃんとあるが、疲労で何も出来ずに一日寝てしまっている。
 これでは家電一式を買いに行く事すら出来ない。
「本当に猫の手でも借りたいぐらいだ……」
 せめて、自分がもう一人いれば、と思ってしまう。そうすれば、自分が働いている間に、もう一人の自分が買い物に行く事が出来るだろう。
 そんなバカな空想を思い浮かべるが、その空想の中でも弱点があった。
「そもそも俺、買い物が下手なんだよな」
 何かを買うとしても、その商品の価値がわからないのだ。家に唯一存在している家具のベッドは、一人暮らしにも関わらず何故かダブルベッドである。
 これは特に深い意味はなく、ただ大きいと便利そうだから、と理由にならない理由で購入してしまっていた。
 過去にも同じように、無駄に高機能な携帯電話や全く使い物にならないノートパソコン等を購入し、自分の買い物下手が表れている。
 自分の代わりに、生活に必要な物を購入してくれるかつ買い物上手な人……そのような人はいるのだろうか?
「……あっ」
 ふと、デスクの隅に置いていた雑誌に視線が向く。その雑誌の見出しには「撃退士」の三文字があった。
「……こういう依頼でも、受けてくれるもんなのかなぁ?」



リプレイ本文

「はい……はい、そうですか。ありがとうございます。それでは失礼します」
 礼儀正しく携帯電話の相手に対応した只野黒子(ja0049)は、通話を終了した。
「やはり、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジの3つは必要のようです。あとは私たちに任せる、と」
 先ほどの電話先の相手は依頼主であり、黒子は今回、必須購入品の確認を取っていた。
「わかりました。それでは、こちらのリストを皆様に配ります」
 黒子の言葉を聞くと、紫鷹(jb0224)は事前に準備しておいたリストを他の撃退士達に渡した。そのリストには家電製品のリストとその平均価格が記載されていた。
「これも参考の一つにしてください。それでは打ち合わせ通りに、班に分かれて行動しましょう」
 配布されたリストの内容を確認した撃退士達は、事前に決めていた家電量販店班とリサイクルショップ班の二班に分かれて行動を開始した。

●家電量販店

「この辺りの店、色々見てきたで」
 店のチラシや商品のカタログがいっぱいに入った紙袋を右手に掲げる御神 優(jb3561)は、満足気な笑みを浮かべていた。
「このリストと比べてもやっぱり一番安い店は駅前のか。なら、この店で購入かな」
 クラウス レッドテール(jb5258)が、紫鷹から貰っていたリストと、優が実際に周辺の店を見回って確認した値段と比較する。
「依頼主の品を選ぶついでに俺も一人暮らしに必要なモノを選ばせて貰おうかな」
 クラウスは今はまだ、住居を決定はしていないが、後の参考にするつもりのようだ。
「ほな、ちゃっちゃっと駅前の店へ行こか。こっちやで」
 方針も決めた事で、優は駅前の家電量販店へとクラウスと紫鷹の案内を行った。


 店内では、商品の紹介映像や店内放送と言った音が何処に居ても聞こえるほど騒がしい状態になっていた。
「で、どんなもんならええかな?」
「リーズナブルで値段かつ置き場所に困らないモノがいいだろうな」
「実際に使うと、冷凍庫の方が使用頻度は高い。私は冷凍庫が大きな物がいいと思う」
 優の問いかけに、クラウスと紫鷹がそれぞれの意見を述べる。優もその返答に文句もなく、了解、と頷いた。
 該当する商品を探そうと冷蔵庫コーナーへ行く三人。とは言え、該当する商品も多く、展示品の前に値段やその特徴が描かれている広告と睨めっこする事となる。
「紫鷹、目が近いぞ」
「……む」
 その広告と顔とがくっ付きそうなほど近くで、目を細めて見ていた超近眼の紫鷹を、やんわりとクラウスは注意をした。
「ん? これなんか、ええんちゃうか?」
 その様子を横眼で見ていた優が、値段も安く、冷凍室も大きめのサイズの冷蔵庫を見つけたようだ。
「お、いいんじゃないか?」
「私も異論はない。これでいいだろう」
 まずは購入する冷蔵庫を決定した。次は洗濯機である。
「洗濯機は場所を取り過ぎない方がいいよな」
「まぁ、なんやかんやでデカいしな、アレ」
 三人はすぐ隣にある洗濯機コーナーで、一人暮らし向きの洗濯機を探し始める。
 優が事前にカタログにメモをしていてくれた為、ある程度の目星は付けられている。
「まっ、値段も安くて場所を取らないのならコレだな」
 ぽんっ、と展示品の洗濯機に手を置いたクラウスが、そこまで悩む事なく、一つの答えを出した。
「それで問題はないだろう。後は……交渉だ」
「そんなんは、わいに任せえ」
 価格交渉用に各店のチラシを集めて来た優は、装備は完璧と言った感じで自信満々で言った。
「と、その前にちょっとリサイクルショップ班に連絡するな」
 ポケットから携帯電話を取り出したクラウスは、リサイクルショップ班に連絡を取る。わずか1コールで、リサイクルショップ班の黒子が電話に出た。
「もしもし? こっちは冷蔵庫と洗濯機は決めて、今から価格交渉を行うんだが、そっちの状況を教えてくれないか?」
 クラウスは冷蔵庫と洗濯機の表示価格を伝え、リサイクショップ班の購入予定金額を聞き取り、他の家電の価格等と言ったお互いの情報を共有し合う。
 5分ほど通話をして、伝えるべき事を伝えたクラウスは、ピっとボタンを押して通話を終了した。
「予算にはまだ余裕はありそうだ。他にも何か買うか?」
「それなら、ワンセグ付きのポータブルDVDプレーヤーとかどうだ? そこまで高い物でもないし、あると生活にも潤いが出るだろう」
「そりゃ、ええな。ほんなら、ちょっと安めの探すかいな」
 リサイクルショップ班の購入予定の価格を聞いても、まだまだ予算に余裕はありそうという事もあり、紫鷹は潤い品の購入を薦め、他の二人も同意する。
 DVDプレーヤーのコーナーへ行き、使いやすそうな物を一つ選んだ。


「こいつは相談なんやけどええか?」
 商談用のテーブルに丁度対峙し合うように腰を掛ける三人と一人の店員。この店で纏めて購入するものを決定し、これから価格交渉に入る所である。本来ならば通常通り、表示価格で購入するのが筋ではあるが、こちらも依頼人から受け取った大切なお金を使うのだ。慈悲はない。
「お客様、この度はまとめ買いのご予定でありがとうございます。こちらも勿論、お客様のご期待に沿えるような価格で提供いたします」
 物腰が柔らかな店員は困るような顔をする事はなく、笑顔で答えた。
「お宅で纏めて買うたるから、もう少し値段下げられへん? 他のお店はこれくらいの額やったで?」
 優が先手を取るように、先ほど集めていた他の店のチラシを店員に見せつけた。
 店員は顎に手を添えて、そのまま動かず、何か考えに更けている。
 わずかな沈黙な間。それを遮るように、クラウスがテーブル中央までに身を乗り出した。
「俺、撃退士やってて今度一人暮らしする予定でさ。もしかしたら、今度、ここで買わせてもらうかも知れないし、安くしてくれないか?」
 そのクラウスの自分自身の宣伝は効果があったのか、店員はその言葉を聞くとわずかだが、微笑む。
「わかりました。ちょっと上と相談して来ますので、少々お待ちください」
 店員はそれだけ言うと、テーブルの席を立ち、事務所がある奥の方へと引っ込んでいった。
 そして、暫く待つと店員が三人の撃退士達の元へと戻り、表示価格よりもかなり下がった額を提示した
「他のお店よりも、お値段を安くいたしました。今後ともよろしくお願いいたします」
 見積書に書かれていた合計金額は、他のお店よりも断然に安く、さり気に送料も無料となっていた所にサービス精神を感じた。
 後の伝票作成は優に任せ、クラウスは席を立って、リサイクルショップ班にこちらで購入した金額を携帯電話で伝えていた。 
 それと同時にリサイクルショップ班の状況も確認し、残り予算の残高を計算する。
「まだ余裕はありそうか?」
 紫鷹が予算の残高をクラウスに確認する。クラウスは指を円を作り、YESと合図をした。
「それならホームセンターに行かないか?」
「ホームセンター?」
「何も生活に潤いを与えるのは家電だけではないさ」
 はっきりと紫鷹は言い切った。

●リサイクルショップ

(節約と節制を趣味にしている身としては、少し……楽しげでも、ある。そして、面白そうだ)
 リサイクルショップの前で、そう感想を抱くのは花見月 レギ(ja9841)であった。
 レギは依頼として今まで行ってきた節約術を使うという稀有な体験に心を躍らせる。
 リサイクルショップ班でもあるレギと黒子とクロエ・アブリール(ja3792)の三人は早速、店内へと入って行った。
 やはり、こちらも家電量販店と同様に店内BGMが響き、活気があるように感じる。
「リサイクルショップだし……中古品でもなるべく新しい物の方がいいだろう」
「それはそうですが……使用期間が同じでも品物の状態に差もありますからね。その辺りの見極めをしないといけませんね」
 黒子の指摘通り、リサイクルショップはその性質上、使用していた期間が同じでも、その物の状態に大きく差が出てしまっている。家電量販店とは違い、その見極めが重要になってくるのがリサイクルショップである。
「それでは、まずは必須品である電子レンジを探しましょうか」
「わかった」
 レギを先頭にし、早速、電子レンジのコーナーへと足を運ぶ。そこには最新機種の物から数年前のモデルまでズラっと並んでいた。
 一つ一つ商品と価格を吟味して、物を選んでいく。
「やはり電子レンジは加熱もそうですけど、解凍もちゃんと出来そうなのが良いですね」
 黒子は電子レンジの機能を一つ一つチェックをして、条件に合うものを探し続けた。物が多い中から一つを探し出すのは難しいが、これも依頼人の為でもある。
「これが良さそうですね……」
 解凍機能もしっかりと付いており、価格も抑えられている商品を黒子が見つけた。それを横からレギはじっと見つめていた。
「こちらの方が使用回数は少なそうだ」
 そう言うと、レギは同じ機種でもその隣に置いてあった電子レンジを手に取った。見た目こそは同じに見えるが、実際に使用回数が少ない為か、ドアの部分が滑らかに開けられるようになっていた。
「そのようですね。では、電子レンジはレギ様が持っている、それに致しましょう」
 購入決定。これでリサイクルショップ班が購入する必須品は揃った。
 黒子は早速、家電量販店班へ連絡をしようと携帯電話を取り出した時、丁度携帯電話が鳴った。
「良いタイミングですね」
 そう呟くと、黒子は通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てる。
「もしもし?」
 電話の向こう先は、家電量販店班のクラウスであった。丁度、冷蔵庫と洗濯機の購入する品を決め、その価格の連絡のようだ。
 黒子もこちらが購入しようとする電子レンジの価格を教え、クラウスからも冷蔵庫と洗濯機の価格を教えてもらう。
「えぇ、了解いたしました」
 互いの持つ情報を交換し終えると、黒子は通話を終了した。
「まだまだ予算には余裕があるようです。他に必要そうな物も購入しましょうか」
「それなら俺は扇風機を見てくる」
「わかりました。私は炊飯器を見てきます」
 レギとクロエは扇風機コーナーへ、黒子は炊飯器コーナーへと向う。
 時期的にはまだ必要はないが、夏は毎年訪れるもの。レギは少しでも快適に過ごせるようにと思い、扇風機コーナーでなるべく頑丈そうな物を探す。
 黒子もまた、生活には炊飯器があるとないとでは大きく異なる為に、あると便利なタイマー機能が付いている炊飯器を中心に探し始めた。


「価格交渉のお時間ですね」
 テーブルに着く黒子と後ろに控えるレギとクロエ。それに対峙する店員。
 先手は黒子。手に持った電卓で電子レンジ、扇風機、炊飯器の3つの希望合計金額を叩き、それを店員に見せる。
 その数字を見た瞬間、店員は顔をしかめた。
「申し訳ございません。これではうちも赤字ですので……これでいかがですか?」
 店員は申し訳なさそうにするが、なんとか売り切りたいのか、少し難しい顔をして電卓を打ち直した。
 店員が新たに見せた金額は、黒子が示した金額よりも高い物ではあったが、表示価格よりも価格は抑えられている。
「んー……もう少し……これぐらいになりませんか?」
 もう一度、黒子が数字を打ち直す。
「……申し訳ございません。こちらが限界です」
 黒子が示した金額を、店員はもう一度、打ち直す。その数字は最初に店員が示した数字と、黒子が示した数字の丁度、間の数字であった。
「わかりました……そちらで結構です。ただ一つお願いが……」
 店員に押し負けたように、結局は店員が示した金額で手を打った黒子。だが、これは黒子がわざと押し負けたように見える演出である事は店員は知る術はなかった。
「なんでしょうか?」
「ちゃんと動くかどうか、動作確認してもいいですか?」
 黒子の提案に、勿論です、と店員は答えて、延長コードを引っ張り、電源を持ってくる。
 購入した商品を実際に電源につなげて、早速スイッチを入れた。
「うん、良い風だ」
 扇風機の風を正面から受け止めるレギは素直な感想を口に出す。
 電子レンジも炊飯器もちゃんと動作確認も黒子が行った。
「さすがですね。ただ買い取った物をそのまま販売するのではなく、ちゃんと整備して綺麗に掃除もしていますね。まるで新品のよう」
「ありがとうございます」
「えぇ、こちらこそ。値段以上の物を頂きましたわ」
 少し大げさにして、黒子は周りの客にも聞こえるように声を大にして言った。
 その声を聴いた周りの客も、感心したと言った表情をして、自分の近くにあった商品を見始める。どうやら、購買意欲は増したようだ。
 安くしてもらった分、店舗の利益向上には貢献した黒子であった。
「さて……連絡いたしましょうか」
 黒子は再び携帯電話を手に取り、家電量販店班へと連絡を取る。電話に出たのはクラウスであった。
 もう一度、こちらの状況とあちらの状況を確認し、購入金額と残り予算残高を確認した。その結果だが、まだ余裕はありそうだ。
「店員さん。掃除機も追加でお願いします」
 電話を片手に、黒子は店員に伝えた。


●結果報告

「間違いが無いか確認をお願いしたい」
 紫鷹が依頼人へ手渡したのは領収書と残り残高であった。
 領収書には以下のように記載されていた。

 洗濯機:20000久遠
 冷蔵庫:32000久遠
 ワンセグ付ポータブルDVDプレーヤー:4800久遠
 カラーボックス:1500久遠
 ローテーブル:3900久遠
 延長コード:1800久遠
 電子レンジ:7000久遠
 炊飯器:6000久遠
 扇風機:5000久遠
 掃除機:2600久遠
 合計:84600久遠

「10万以内……というか余ってるのに、良くこんなに買えたね!凄いよ!! いやぁ、さすが撃退士。僕よりずっと買い物上手だよ」
 依頼人の男は思わず感激の声を上げた。想像以上にしっかりと買い物をしてくれ、さらに自分では想像出来なかったような、あると便利な物も予算内で購入してくれていた。
 なお、カラーボックス、ローテーブル、延長コードは紫鷹がホームセンターで購入したものである。
「物自体も使いやすく、見やすいように収納しておいたので、また後で確認をお願いする」
「あぁ、ありがとう。また何かあったらよろしく頼むよ」
「では、これで失礼する」
 ぺこりと軽く礼をして紫鷹は、依頼主の家を後にした。
 残された依頼人は、これまでと比較にならないほど快適に過ごせるようになった我が家を満喫しようとベッドに腰を掛けると、ふと窓際にあるサボテンが生えた小鉢を見つけた。
 首を傾げながら、そのサボテンを確認する。その小鉢の近くには、花が咲いたサボテンの写真に、サボテンの育て方や品種が書かれていたメモが置いてあった。
「……こんなサービスもあるのか」
 依頼人は、ほっこりとした様子で、もう一度、部屋全体を見回して、ずらっと揃った家具家電の姿に満足をした。






依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
現代の騎士・
クロエ・アブリール(ja3792)

大学部9年311組 女 ルインズブレイド
偽りの祈りを暴いて・
花見月 レギ(ja9841)

大学部8年103組 男 ルインズブレイド
天つ彩風『想風』・
紫鷹(jb0224)

大学部3年307組 女 鬼道忍軍
撃退士・
御神 優(jb3561)

大学部3年306組 男 阿修羅
青の悪意を阻みし者・
クラウス レッドテール(jb5258)

大学部4年143組 男 インフィルトレイター