●作戦会議
「それじゃあ、敵情視察の結果を報告するぜ」
店の二階にある部屋で撃退士と店主が円卓を囲んでいた。千葉 真一(
ja0070)が何枚かの写真を机に置いた。それはライバル店のメニューを写したものであった。
「こっそり写メって来たんだけど……向こうの方がメニューは豊富だな」
「期間限定とかも多いわね」
写真を一枚手に取り、藍 星露(
ja5127)が感想を述べた。
「だから、下手に競合するよりも、棲み分けを狙ったらいいんじゃないか? あっちは季節や期間事にメニューが変わる。なら、こっちはいつも同じ料理がある店で行けばいいんじゃないか?」
「いつも変わらない味がそこにある、か……良いと思います。今から考える新メニューを定番していけば、大丈夫だと思います」
真一の提案にユウ(
jb5639)が乗った。他の撃退士達も頷き、同意している。
「では、方針も決まったところで、こっちも報告ね」
続いて木嶋 香里(
jb7748)がメモを取り出した。そのメモにはここ数日の店の状況を記録したものが書かれている。
「お客はやっぱり学園の生徒が多いですね。男女比は7:3ほど。材料の仕入れ自体は種類豊富なので、新作メニューはある材料だけで作れますし、その方が良いでしょう」
「ミーもその方がイイと思いまス」
長田・E・勇太(
jb9116)は香里の提案を聞き、感心したように頷いて答える。
香里が出した提案はすぐに受け入れられた。店主も仕入れ量が変わるだけなら、新しい食材を探さずに済むから楽だとお墨付きである。
「単純に考えるなら大盛りメニューなんかも良いかもな。男子的にはやっぱり量だしな」
まだまだ育ち盛りでもある真一の言葉は、ある意味では客のはっきりとした要望に近い。店主は、聞き役に徹し、用意しておいたホワイトボードにメモ書きをしていく。
「大盛りなら、やっぱカレーやろ! 大鍋で作れるし、カツカレーとかバリエーションも豊富に出来るで!」
大盛りという言葉に反応したのは、葛葉アキラ(
jb7705)であった。アキラが提案するカレーは、お店にはないメニューであったが、スパイスさえ用意すれば作れるのは、店主はすぐに理解した。カレーは子供から大人まで人気のある料理であり、年齢層が幅広い学園関係者を狙うにはぴったりの料理でもある。
「……ん。見た目の。インパクトは。大事。話題になり。知名度が。上がる」
最上 憐(
jb1522)は表情こそは無表情だが、その声は子供らしい楽しんでいる声を出す。
「あとはデザートもあればいいな。バニラアイスだけじゃ物足りないし」
「食後のデザートを作るのですよ♪ 定食の後にちょっと甘いもの食べたい人とかいるはずなのです♪」
甘いものが大好きな江沢 怕遊(
jb6968)は真一の案を後押しする。見た目の事もあって、女子らしい意見だと店主は捉えたが、怕遊が男である事に気づいては居ない。
「ミニケーキとかどうですか? そのまま出してもいいですし、パフェなんかにもできますよ?」
「ん〜……俺ぁ、飯は作れるが菓子はなぁ……」
怕遊の意見はもっともだが、店主はケーキと言ったお菓子は専門外だ。知識はある程度あるが、とても店に出していいレベルではない。
「それなら、他のお店に協力してもらうとか? ほら、確か近くにケーキ屋があっただろう? そこに話を……」
店主は真一の意見を聞くと、ポンと手を叩いた。それは目から鱗が落ちたような表情を見せた。
「あそこの店長と俺は顔なじみだ。後でちょっと話付けてくるわ」
ケーキ屋としても販売の窓口を増やせるのであればメリットはあるはず。少し交渉事はあるが、概ね大丈夫であろう。
「一度、提案してみた料理の試作品を作りながら、検討してみましょうか」
ホワイトボードに書かれたメモ書きを見ながら、香里は言った。
「厨房なら好きに使ってくれ。勿論、俺も手伝おう」
やっと力になれそうだと店主は意気込み、腕まくりをする。
しかし、それに待ったの声がかかった。
「ごめんなさい、店長……その前に、協力してもらいたい事があります」
やる気を削いでしまうかと申し訳なさそうに協力を頼んだのはユウであった。彼女は一冊のノートを持っていた。
「学園には女子生徒も多いですから、カロリーやアレルギーを明記したメニューを作ろうかと思いまして……」
「つまり、メニューの材料や量を知りたいわけだな? いいぜ、そういう事なら協力しよう」
材料や量を教えると言う事はレシピの大半を教えると言う事と同義ではあるが、店主は笑顔で協力を申し出た。それだけ、撃退士を……いや、ユウ達を信頼しているのだろう。
「それなら、あたしは宣伝方面に尽力するわね。チラシ作りからビラ配りまで任せて頂戴!」
何も料理だけが客を取り戻す方法ではない。むしろ、宣伝する事で初めて客を取り戻すチャンスが出来上がるとも言える。実家が中華料理店である星露は、それを理解してか、自ら裏方を買って出た。
●新作初売り当日
「ねぇ、君達! お昼まだならこの店に来てみない?」
丁度、学園の出入り口に近い道に星露は事前に用意したビラを配っていた。対象は主に学園の生徒だ。既に用意した枚数の半分は配れている。ビラにはドリンク一杯無料のサービス券が付いており、魅力の一つともなっている。勿論、店主とは相談済みで許可を得ている。
しかし、これだけがビラがこんなにも早く配れている理由ではない。
「……メイド、喫茶?」
「美味しい定食屋だよ?」
星露はメイド服を着ており、とても目立っていた。そんな彼女に、ビラを配られると、つい受け取ってしまう。
「……とりあえず行ってみるか?」
「ドリンク無料だしな」
「はーい、お店の場所はチラシに載っているからね! ありがとう!」
そして、二名の生徒がまた店へと足を運ぶ。
その店は、少し前の頃とは比べ物にならないぐらい、賑いを見せていた。
「三番テーブル、海鮮丼とカレーです。あと七番のステーキまだかな?」
エプロン姿の怕遊がひょっこりと厨房に顔を出して、注文を伝え、確認を取っていた。
慌ただしい店内を行き来する怕遊の姿は、まるでリスやハムスターのようで、その様子を見るだけで客は心が癒されていた。
「はい、お待たせ〜♪」
ケーキやパフェ、ドリンクだけはホールでも作れる為、怕遊は自分が提案したパフェを持って運び出す。
「わぁ、ありがとう」
女性の客がパフェを受け取り、そのまま怕遊の頭を撫でる。見た目や身長の事もあって、女性には人気のようだ。
実際、ケーキやパフェの注文は女性中心であり、狙い通りでもあった。
「ダイエット中ならこれなんかオススメですよ。カロリーも表記しているので参考にしてください」
看板娘はもう一人いた。ユウも怕遊と同じようにエプロンを付けて、接客を行っていた。
丁度、店主と協力して新しくなったメニューを使って、料理の説明をしていた。
メニューにカロリー表記もした事で、女性目線のメニューともなり、定着しやすい要素となる。効果がはっきりと表れるのは後々だろうが、初日である今日の反応は好感触なので、期待はできる。
一方、店頭ではテイクアウトメニューの受け渡しを行っていた。テイクアウトが出来るメニューは少ないが、それでも今日は客が多く集まっている。
それもそのはず。店頭では憐とアキラのパフォーマンスが行われていた。
「さぁ、いらっしゃーい! うまいカレーもあるし、店内に美味い料理もぎょーさんあるでー!」
アキラは店頭でカレーを煮込んでいた。ガスコンロを引っ張り出し、カレーの入った大きめの鍋に火をかけている。
鍋から漂う、カレーの匂いが食欲を刺激し、ビラを持ってここへ来た客は勿論、通りすがりの者も店へと誘う。
「カレーはお持ち帰りもやっとるでー? はい、普通サイズのお客さんはこっちやな」
店頭でテイクアウト品をアキラは客に渡して行く。
そのアキラの横では小さなテーブルに着いている憐が居た。
憐は特にアキラの手伝いをしているわけではない。ただひたすらカレーを食していた。
その食べっぷりは、テレビに出ている大食い女優などとは比にはならない程である。
「……ん。新作メニューとかを。出すから。来て。美味だよ?」
一応、見ている人を店内に入る様に促すが、それ以上に憐はカレーに夢中であった。
もはや、食べているというよりも飲んでいると表現したほうが正しいだろう。
しかし、それだけのハイスペースなのに、見ている人が胸焼け等はしなかった。それは、憐が嫌々でもなく、本当に好きで、美味しそうに食べているからだろうか。
カレーに釣られて、店内へと一人、また一人と入っていく。
ちなみに、カレーは小盛りから大盛りまで選ぶ事が出来る様になっており、憐が考案した特別大盛りなエレベストカレーが存在している。
重力とは? 物理法則とか? そんな疑問が浮き上がるほど、高く盛られたカレーであり、間違いなく言えるのは、これを完食出来る者は、人間を……いや、生命体をやめているだろう。まだ注文をした者はいない。
店内も人で溢れ、それ以上に慌ただしいのが厨房であった。当然、店主と普段から働いている従業員だけでは足りず、香里と勇太が厨房を手伝っていた。
「四番と六番の海鮮丼、上がりました!」
香里が次々と料理を完成させていく。その手際の良さは従業員ですら見習うべきところがあり、この戦場とも言える厨房では、もはや欠かせない存在となっていた。
「ところで海鮮丼の反応はどうですか?」
料理を渡す際、ユウにこっそりと囁く。海鮮丼は香里が刺身定食の物をそのまま流用出来ないかと提案したもので、やはり自分が提案したメニューが気になるのだろう。
「いい感じですよ。海鮮ですから、男女ともに人気です」
「そ、良かったです」
ユウからの報告を聞くと、気分を良くして香里はそのまま厨房に戻り、再び調理をしていく。その動きは先ほどよりも、軽やかであった。
「はーい、12番のステーキ焼けマシタヨ」
香ばしい肉の香りを漂わせて、皿を出したのは勇太であった。その皿の横には、勇太が作成した特製のオニオンワインソースが入った小鉢がある。
焼肉低所億があるなら、ステーキを。学園には勇太のようにアメリカ人の血が通っている者も多い。肉料理に偏重しがちな料理文化があるアメリカに関わりがある人にとって、日本でのステーキは故郷の味でもあった。
そこに本場のソースが添えられれば……。
「ベリーグッド」
と、日本以外の国の人からも評価を得られる。勿論、日本人からも評価を得ているが、どちらかと言えば食べているのは学園の生徒ではなく、そこで働く従業員や周りの会社の社員と言った、いわゆる社会人が気に入っていた。やはりステーキとなると、価格も上がってしまう為、あまりお金に余裕のない生徒には中々手が出せないでいた。
しかし、それは反対に言えば、お金に余裕のある社会人を狙うことも出来、客層が広がったと言えよう。
「ただいまー! ビラ配り終わったよ……ってお客さん凄いわね」
丁度、まさに客が一番集まるピークタイムに、ビラを配り終えた星露が店へ戻ってくる。やはり、メイド姿と言う事から、客の視線を一瞬で集めてしまう。
「良い所に。お疲れの所、申し訳ありませんが手伝っていただけませんか?」
慌ただしく動いているユウが、星露を迎え、すぐに手伝いをお願いした。
状況をすぐに把握した星露は、メイド服のまま客の対応を始めた。
「えーと、海鮮丼とカレー、親子丼ね……はい、毎度ありがとうございました」
レジ対応も手早くこなし、次々に会計を捌いていく。やはり、友達同士や同僚と共に来るので、一人一人別々の会計が多くなってしまうが、星露は難なくと対応をしてみせる。
「あ、これ次回から使えるクーポン券です。ぜひ、使ってください」
最後に割引がされるクーポン券をお客に手渡した。これも星露が提案したもので、勿論店主に許可を得て行っている。これはリピーターを増やす為の布石である。
喧騒に包まれる中、撃退士達は懸命に己の役割を務め、新作メニューを投入した店の一日を過ごした。
●後日談
撃退士達が新作メニューを提案してから二週間が経ち、樹 和也がまた遅い昼食を食べに店へ訪れていた。
「で、どうよ?」
和也が食べているのは、海鮮丼であった。まだまだ若いと言うのに、既にステーキ等の重たい物よりもさっぱりした物を好むようになってしまっている。
「いい感じにリピーターが増えて、前以上に売り上げが伸びた。あの子らには感謝だな」
和也が来る時間帯でも客はちらほらと居るが、厨房は従業員に任せ、店主は和也の対面に座っていた。
「割引券を持ってくる客も多いし、女性の客が増えたっていうのも大きいな」
「あ〜……だから、女性向けの雑誌を置く様になったのか」
いつも週刊漫画雑誌やらゴシップ誌などが置いてあったが、今では女性向けのファッション誌も置いてある。
「まっ、順調そうで何よりだ」
「逆にあんまり客が来られると忙しくて死んじまうぜ」
そんな冗談を言って、お互い笑い合った。
しかし、後日、憐が考案したエレベストカレーがテレビに紹介され、それが話題となって、さらに客が増えてしまい、文字通り死にそうになったのはまた別の話である。