「それでは、次は撃退士の方々の出番です。よろしくお願いします」
会場の責任者の声に誘われるように、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)がステージに上がった。
金髪の髪は、今日は緑色のロングウィッグで隠れている。ジェンティアンは着物を着ていた。蒼く彩られた紅葉の柄の着物に、細身のパンツを履いており、優雅さとワイルドさを兼ね備えた格好となっていた。
ジェンティアンの登場に会場の女性客は黄色い声を上げる。
「本物の元貴族の海賊!? 本当に画面から出てきたみたい!」
印象は問題ないと判断したジェンティアンは意識を集中させ、自身の周りに光を輝かせた。その煌きは、太陽がジェンティアンの為に照らしているようにも見える。
会場にいる女性は持参のデジカメで次々と写真を撮り始めた。中には録画機能で映像として残している者も居る。
「私の心を盗んでしまった姫君に捧げる歌、聞いてくれるかな?」
ジェンティアンが会場の女性達にウィンクをして、懐から一本の扇を取り出し、広げる。会場からのBGMが流れると、ジェンティアンは、扇で舞いながら、歌い始める。
「凄っ、そっくり過ぎ!」
元のキャラクターを演じていた声優と同じような声を出すが、声域が広いジェンティアンだからこそ出来る芸当であった。
やがて歌い終えると、ジェンティアンはこれまた優雅に、お辞儀をした。
「それでは引き続き、楽しんでいっておくれ」
ジェンティアンの出番も終わり、歓声と共にステージを後にする。その去り際、ジェンティアンがウィンクと投げキッスを行うと、歓声が大きくなったのは言うまでもない。
一方、ジェンティアンとは少し離れたステージでは御門 莉音(
jb3648)が居た。オレンジ色のシャツに黒のライダースーツと服装と物静かとは正反対の恰好だった。しかし、それによりも目に付くのは、背中にある翼である。
コスプレ。その域を超えている、その綺麗な翼は天使である莉音の自前の翼であった。
「解放する」
一枚の羽を持ち、莉音はポーズを決めた。
莉音のステージの観客はジェンティアンの所と同じように女性が中心であった。本物の翼なのだが、観客からにはあまりにもリアルな翼という評価を受けており、その話題を呼んで、コスプレをしている作品すら知らない男性も少しだけ集まっている。
莉音は、一枚の羽を持ち、それをダーツのようにして投げた。飛翔する羽はステージに設置してある的に突き刺さる。
「何、あのアクション!? 本物みたい!!」
「私、原作しらないけど、モデルの人、カッコイイわぁ……」
女性達は次々と梨音の姿を写真に収めて行き、手の早いものはその画像をSNSにコメント付きで投稿までしている。
「一のスター、二、三……羽技、セブンスター!」
梨音が叫ぶと同時に、ステージに七本の光の柱が立ち昇る。その光は莉音が予め床に仕込んでいた羽が発光したものであった。
その幻想的な光景に、思わずシャッターを押し忘れる者も居た。
一通りのアクションを終えると、莉音は観客のリクエストに応えて、カメラに目線を向けたり、ポーズを取ったりと時間までしっかりと役目を果たしていた。
その頃、別のジェンティアンの出番が終えたステージの裏では、御崎、緋音(
ja2643)と赤城 羽純(
jb6383)、春名 璃世(
ja8279)の三人が待機していた。
「それでは、三人ともお願いします」
進行係のスタッフが三人に声を出す。三人は仲良く手を繋いだまま、ステージを上がった。
「あれ……妹姫じゃないか? 12人の」
「みたいだな。コスプレしている娘も、可愛いじゃないか」
三人がステージに立つと同時に、観客がステージの前に集まってくる。こちらのステージでは男性がメインとなっていた。コスプレが似合っていると言う子もあるが、三人が美少女という事もあり、話題となっていく。
最初にステージの中央に立ったのは璃世であった。璃世は左右の髪の一部を三つ編みにしており、白色のブラウスと赤いリボン、オレンジ色のチェック柄のワンピースを着ていた。
璃世は緊張と恥ずかしさで頬を微かに赤く染めながら、観客達に手を振る。
「お兄ちゃん、今日は来てくれてありがとう」
瞬間、シャッター音が響き渡る。誰もが高そうなカメラを持っていた。
「正統派妹だなぁ……仕草もいい」
「それもあるが……でかいな」
「あぁ、でかい」
やはり男性である。璃世のコスプレは確かに元のキャラクターそのままであった。しかし、胸と言う一部分だけはどうしようもなく、それが男性の視線を奪ってしまう。
続けて、緋音が璃世と変わって中央に立つ。緋音は髪を二つに分けて、紺のブレザーに黒色のストッキングを履いていた。緋音は緊張がほぐれた様子で、表情も明るい。
「お兄様、ラブよっ♪」
観客達に投げキッスを行う。そのアクションに、“おぉー!”という歓声が上がる。
「小悪魔系キター!!」
思い思いの感想をの口にしながらもシャッターを切るのを辞めないのは流石というべきだろうか。
その後も緋音は“愛している”や“結婚しましょう”等と大胆な台詞で場を盛り上げていた。
最後に羽純が中央に立つ。羽純は二人とは少し雰囲気が違うゴシックドレスを着ていた。後ろ髪だけを纏めてあげており、本人の空気もあってか、不思議な雰囲気を出している。
「やぁ……兄くん。来たんだね。兄くんが来ることは知っていたよ。何故って? ふふ……さぁ、何でだろうね」
前髪を書き上げながら言った、物静かだが感情はしっかりと込められているその声に、誰もが息を飲んだ。
「本人だ……本人がいる」」
元のキャラと羽純も似ている部分があるのだろう。それを知る観客達は、写真ではなく、映像録画に切り替えて記録していった。その声や雰囲気を記録しておきたいようだ。
三人のステージは人が人を呼び、一種のお祭り会場にもなっていた。
一方、別のステージでは染井 桜花(
ja4386)が裏で待機していた。彼女は黒のロングコートに赤のチェック柄のスカートの衣装を着ており、少女らしさが表れていた。
やがて、スタッフに出番との声をかけられ、桜花は禍々しい血色で染められている大鎌、ソウルサイスを握りしめた。
ステージでは丁度、軽快なリズムな曲が流れ始める。
その曲がサビに入ると、ステージに桜花が文字通り、舞い上がり、登場した。自身よりも大きい鎌を自在に操り、宙を飛び、地を廻し、華麗な演舞を披露する。
「貴方の命、頂きます」
ソウルサイスを構えたまま、桜花は言った。緊張をしているのだろうか。その声は少し棒読みであったが、観客にはそれが返ってウケたようだ。
「さぁ、行くよ!」
桜花の掛け声と共に、隅で待機していたスタッフが林檎を高く放り投げる。
桜花は林檎に目掛けて、大鎌を振るった。一振り、二振りと林檎を切断していく。
切断された林檎は用意されていたお皿の上に落下し、綺麗に並べられた。
「すげっ! アニメの動きを実際にやるとこんな感じなのか」
見事な演舞に、歓声が沸き上がった。
スタッフも次々と林檎を投げいき、桜花も容赦なく林檎を切断していく。
「これで最後よ!」
残り一つとなった最後の林檎が投げられた。
「魔人狩り!」
桜花の持つ大鎌は淡青色の揺らめきに包まれる。桜花が大鎌を振ると、その揺らめきは炎のような刃と変化し、宙に浮かぶ林檎を真っ二つに切断した。
その普段は見る事が出来ない光景に、観客達はアニメが現実のようになった事と撃退士の技の両方に感激をした。
演舞も全て終了すると、スタッフの誘導に従って、観客達は写真を撮り始め、ポーズを桜花にリクエストしていく。
コスプレ会場とは少し離れた位置のステージに赤い全身スーツと仮面を被った城前 陸(
jb8739)が居た。戦隊ヒーローのコスプレをしているようだ。
そのステージには陸がコスプレしているヒーローのテーマソングが流れている。かなり昔の作品のようで、曲のテンポが独特であった。
仕草も練習をしていた成果か、しっかりと動けている。
「奥さん、撃退戦隊です!」
と、わかる人にしかわからないネタを言う陸に来客者達の笑いを呼んだ。
このステージには他の所とは違い、小さな子供を持った親子連れの観客が多かった。
陸はオープニングテーマに合わせて、踊る。ただの踊りではない。自身の体に付けている長い棒と連結した人形と共に踊る、人形ダンスだ。陸が踊るとそれに連動して、左右の人形―ブルーとイエローの人形が踊りだす。
「パパ、踊ってるぅ!」
「あぁ、一緒に踊っているなぁ」
テレビでしか見た事が無いパフォーマンスに大人も子供も好感触である。
「煌めけ!撃退戦隊アウルマン!」
陸がポーズを決めて、一通りのパフォーマンスを終えた。後は観客のリクエストに応えつつ写真を撮って行こうと思った時、ステージ裏から、さらにヒーローが登場した。
「ブルー!」
「イエロー!」
丁度、陸が着ているものと色違いのスーツを着ているヒーローであった。
突然の新たなヒーローに陸は驚きの表情を仮面の下でしていた。
「……うん?」
陸がステージの隅でカンペを持っているスタッフを見つける。カンペには“悪ノリしたスタッフです”と記載されていた。
意味を理解した陸は、自身の中のヒーロー好きに火が入り、ブルーとイエローと共に、ポーズを決めていく。
ヒーローが三人揃った事で、絵にもなり、カメラが進んでいく。
撮影会も順調に進み、テンションも最高状態な陸は、
「奥さん! 今、撮った写真を私にも!!」
「え? えぇ!?」
と、あろう事か写真を撮っていた観客に、写真を強請るほど、暴走していた。ちなみにデジカメだった為、SDカードにコピーして貰ったようだ。
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)は軍服姿でいた。髪はリボンでツインテールにしており、突撃兵のようで、手には美少女に似つかわしくない突撃銃を持っていた。
「ヨーロッパのアイドルとはわたくしのことですわ!」
敬礼をするシェリアの姿は、兵士と言うよりも確かにアイドルのような輝かしさがあった。
「どうしてもとお願いするなら、写真を撮っても構わなくってよ!」
発言と態度こそは高飛車のようだが、その表情は頬をほんのりと上気させており、照れ隠しである事がわかる。
それを理解してか、観客達(主に男性)は、一斉にカメラのシャッターを切り始める。
「ツンデレ、サブキャラいいよなぁ……」
「ゲームじゃパニック持ちで使いづらいのに、いつも出撃させてしまう」
「そして、パニックさせて……ふひひ」
仲間同士で感想を述べ合うが、それでもシャッターを切る指は止まってはいない。確かにシェリアがしているコスプレのキャラクターは、その作品ではメインキャラとは言い難いものではあった。それでも人気が高いのは、やはりツンデレお嬢様という魅力なのだろうか。シェリアも実際、名家の生まれのお嬢様である為、その共通した見えないオーラが、観客達を引き付ける要因なのだろう。
「って、私はパニックになっていませんわよ!?」
そのキャラになりきり、観客の言葉を否定するが、それはただ観客を盛り上げるだけである。
その後も、シェリアはモデルガンである突撃銃を構えたり、観客のリクエストに応えてポーズを変えていく。
コスプレ会場全体も盛り上がりを見せ、佳境に入っていた。
璃世、羽純、緋音の三人のステージも盛り上がっている。
三人は簡単なトークショーをしており、兄(客)は三人の中で誰が好きか言い争っていた。
「それなら……お兄様達に聞きましょうよ。誰が良いか手を挙げてもらいましょう」
観客達に手を向けて、緋音は高らかに言った。つまりは簡単なアンケートである。
集まった観客達も、すぐに何をするべきか理解した。
「まずは私から。お兄様と結婚するよ!」
緋音がステージの前に出て、結婚を宣言。すると観客の多くが手を挙げた。全体の四割程だろうか。
入れ替わる様に次は璃世が前に立つ。
「お兄ちゃん、大好き!」
ぽつぽつと手が挙がる。その数は緋音の時よりかは少ない。
璃世は少し残念そうな顔をして、羽純と入れ替わる。
「兄くん……私の手で永遠に……保管してあげる」
物騒な台詞を吐いたが、観客達の手は次々と上がっていく。数は緋音の時と同じぐらいだろうか。
結果として、緋音と羽純が同率、璃世が最下位となったが、これはキャラクターの人気の順番に準拠していたものであった。
璃世は結果よりもこういう事が出来た事に楽しさを覚えているようで、笑顔のままであった。
ふと、突然、羽純が麻袋を持ちだし、それを緋音に被せようとしていた。
突然の行動に、璃世は止めるべく、羽純が持つ麻袋を取り上げようとする。
「千景、ダメっ! ……って、きゃあっ!」
慌てたせいもあっただろう。奪い取った麻袋だが、手が滑り、自分の頭に被せてしまう。
不意の事に璃世はバランスを体が傾く。
「あ……璃……花蓮、危ないっ」
璃世を助けようと、緋音は璃世を受け止める。しかし、璃世は盛大に転び、そのまま緋音と一緒に倒れ込んでしまった。
璃世も何とか転ばない様に抵抗しようとしたのだろう。目が見えない中でも何かを掴もうと手を伸ばし、確かに掴んでいた。もっとも、それは緋音のスカートであったが。
「え……? きゃあぁっ!!」
大衆の前でスカートが脱げた姿を披露してしまった緋音は悲鳴を上げる。
観客達も何が起きたのか理解をする事に数秒かかったが、理解すると否や、カメラのシャッターを押しまくったのは言うまでもない。
「……緋音、ぱんつ見えてる」
羽純は緋音の前に立ち、手を差し伸べて立ち上がらせた。羽純の位置は丁度観客からは緋音の姿が見えない位置となっていた。
緋音は慌てて、立ち上がり、スカートを直す。璃世はやっと麻袋を取り、騒がしい周辺に対して首を傾げていた。
落ち着いた所で、三人は最後に歌を歌いながら、ダンスを披露した。その際、璃世の制服の胸辺りのボタンが弾け飛んでいたが、それに気づかず踊り続けていた。終わってから気づいて、真っ赤になっていたが、観客達はしっかりと目に焼き付け、カメラに収めたのはこれもまた言うまでもなかった。
●閉会
コスプレ会場も終了時刻間近になり、コスプレしている撃退士達は誘導員として、来場者を出口へと案内していた。
最後のサービスとして、残っていた客に写真やリクエストにも答えていた。
ジャンティアンと莉音の二人は並んで女性客を囲み、写真を撮らせていた。
「こ、今回は特別でしてよ? べ、別に嬉しくなんて無いんですからっ!」
退場口ではシェリアがお客から握手と写真を求められ、お決まりのセリフを吐いて対応していた。
かくして、コスプレ会場は、盛大な盛り上がりを見せて、幕を閉じる。