●犯行予告時刻前
夜も更け、寒さが染みる中、仲間たちへホットチョコを配り終えた久遠 栄(
ja2400)は、宝石展のお土産コーナーの宝石を見ていた。
「ぬぉ……ぐぇ、高い……」
値札を確認すると、ゼロがいくつも並び、易々とは手が出せない価格であった。
「久遠先輩、何をしているのですか?」
価格に圧倒されていた栄に声をかけたのは、真田菜摘(
ja0431)であった。
「あっ! いやっ! 高い……高いよなー、宝石って!」
「……?」
後輩に情けない所を見られたくい栄は挙動不審ながらも、誤魔化すように答えた。その答えに、菜摘は首をかしげる。
「これが美女達の涙でありますか……」
ビルの図面を見ながら、逃走経路になりそうな場所を確認していた萬木 直(
ja3084)が、今回の保護対象である美女達の涙を見ていた。
直は宝石に対する知識はないが、それでも美麗であると分かるのは、芸術を理解する事が出来るセンスがあるのだろう。
「……今の所、問題なしですな」
美女達の涙の美しさを堪能している間も、直は警官の増減がないか確認を行っていた。人員の出入りを把握し、怪盗ロックが既に紛れていないかを疑っていた。今の所、問題はないが、直は神経を張り巡らせるのを止めない。
「ほい、これ……例の作戦な」
栄が他の撃退士達に丁度首飾りが入るぐらいの箱を手渡していた。
例の作戦とは偽物の美女達の首飾りが入った箱を撃退士達が持ち、どれが本物か分からなくする作戦である。警官達にも知らせてはいるが、本物を誰が持っているか伝えておらず、実際には本物は誰も持っていない。本物は展示されたままであった。
「うん、ありがとう♪」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)はその偽物が入った箱を受け取り、ポケットにしまった。そのままソフィアは三階に展示されている、美女達の涙付近で隠れられそうな場所を探す。怪盗ロックを誘き出しやすいように、自身が隠れられて、有事の際は飛び出す。それが彼女の考えであった。
「今回、七人もの撃退士が警備にしているらしいです」
一人の警官が、隣に居た仲間と今回の警備について話をしていた。その警官は黒須 洸太(
ja2475)が変装していた姿であった。
「へぇ……七人も居たんじゃ、もう逃げ場はないだろうなぁ……」
増員された警官達に混じり、黒須は不自然な警官がいないかを見張る。もし、警官にロックが紛れているならば、この話に何か反応を示すはず。
(怪しそうなのは七人か)
似た会話をあちこちで行い、反応を見てきたが、撃退士というだけで話題になり、怪しい人物を絞りきれないでいた。しかし、多くの警官から七人まで絞る事が出来たのは上々の成果とでも言えよう。
「ここにもあった……どれだけ仕掛けているんだ?」
ショーケースの裏やテーブルの脚と様々な場所に大きな音が鳴ったり、煙が出たりする仕掛けを、九神 こより(
ja0478)は慎重に解除していた。
事前にロックが仕掛けていたものだが、中には発見される事が前提とした仕掛けもあった。
「どこまで見つかるのが前提になっているのか……」
こよりは愚痴りながらも、装置を外し、その旨を仲間たちに連絡していく。
一方、建物の出入り口前で、バプティスト・マイヤー(
jb8747)とパウリーネ(
jb8709)の二人は、栄から貰ったホットチョコを味わいながら待機していた。
「……怪盗ナントカ、だっけ? アレは予告状、出してるみたいだけど、小説のキーパーソンを気取って芸術品を貶める行為に等しいよね」
バブティストは表情には出さないが、その声には怒りが混じっていた。
「……落ち着くがいい。全て、終わったから言えば良かろう。今は策に集中しようぞ」
「……ごめんね。集中、します!」
友人であるパウリーネの言葉に、バプティストはその怒りを鎮め、冷静さを取り戻していく。
だが、パウリーネもロックに対して思う所があった。
(道を違えた坊に、灸を据えねばな)
アウル覚醒者でありながら、その力を悪の道へ使うロックに更生を望んでいた。
●犯行予告時、二十三時
犯行時刻に近づき、辺りは緊張の空気に包まれていた。
栄は自身のアウルをシールのような薄く練り込み、それを美女達の涙が飾られているケースへと貼り付ける。このマーキングにより、栄はケースの位置をいつでも把握する事が出来る様になった。
栄は三階の非常口前で、菜摘は事前に借りた各種扉の鍵を持ちケース前に待機する。直もまた、菜摘の隣で美女達の涙の前でロックを待ち構えていた。
ソフィアも事前に確認した展示室の隅にあるカーテンの裏へ隠れ、洸太も警官の恰好のまま、エスカレーター前で待機していた。
そして、時計は二十三時丁度を示した。
「…………あら?」
菜摘が首を傾げる。予告時間になっても何も起きず、拍子抜けである。
もしかして、逃げた? そのような考えが浮かんだ瞬間、一人の警官がエスカレーターを駆け上り、三階へとやってきた。
「怪盗ロックが現れました!!」
その警官が声を荒げる。その報告に撃退士達は緩んだ気を引き締め直した。
「場所は!?」
報告にやってきた、警官に菜摘は聞き、警官もまた菜摘に近寄る。
ずっと走ってきたのだろう、警官は肩で息をしているほどバテバテの様子だった。
「場所は……ココですよ」
「え?」
突然、警官の不敵な笑みと共に、建物全体の照明が消えた。辺りは一気に、その夜に相応しい暗闇に包まれる。
同時に、消火器が勢いよく噴出される音がした。それも警官の足元からである。
「させないでありますっ!」
直はその手の平から、赤く揺らめく炎を出し、宙に浮かびあげる。炎、トーチは揺らめく光源となり、周囲を照らす。
しかし、折角の明かりが映し出すのは白色の煙のみであった。
「煙か!」
栄はリモコンのスイッチを押して、事前に設置した充電型の扇風機を起動させる。その羽は風を起こし、辺りを包む煙をゆっくりとだが、飛ばしていく。
「……っ! ケースが動いた!」
マーキングのおかげで異常を察知する事が出来た栄が叫ぶ。
「機械を動かす瞬間はどうしても止まるよね。狙わせてもらうよ」
瞬時にソフィアがカーテンから飛び出した。ソフィアの周りの空間が裂け、その裂け目から、無数のつる状の花が勢いよく、部屋の中央に伸びていった。
扇風機の効果もあり、白い煙が徐々に晴れていく。
「……えっ」
ソフィアが招来させたツルは、確かに目標に向けて飛翔し、巻きつけていた。だが、巻き付いていたのは、警官の服装のみであった。
そして、美女達の涙が入っていたケースがその場から無くなっていた。
「ふー……撃退士はこんな事も出来るのか」
美女達の涙が入ったケースを台座から無理矢理引きはがし、それを抱え持っている男がいた。全身黒づくめに象徴でもある白い仮面。怪盗ロックであった。
「今日はエキサイトなロックを感じられそうだぜっ!」
ロックが現れ、美女達の涙はまだケースの中だが、ロックが所持している。この事実が、撃退士達の心は焦り始める。
「ロックだなんだと言ってないで、君も大人になるんだ」
警官に扮していた洸太が、ロックに向けて先端に手錠が付いた捕縛目的の鎖を穿つ。その速さはまさに疾風迅雷であった。
「へぇ……やっぱり、お前も撃退士だったか。ちょっと他の警官とは様子が違うと思ったぜ」
「ボクも油断をしていたよ。こうも堂々と現れるなんて」
鎖の先端の手錠はロックの左手首をしっかりと捕獲していた。
だが、捕まえていたと思われる怪盗ロックの左手。それが、まるで玩具の人形のようにポロっと零れ落ちたのだ。その左手は精巧にできた偽物であった。
「怪盗なんだ。マジシャンでもあるぜ?」
意味の分からない理屈を言い、ロックは自分の左手を動かして、愉快そうに声を出す。
呆気を取られている隙に、ロックはエレベーターの方へと翔ける。
そして、器用にもエレベーターの扉を、片手で強引に開ける。停電中というのもあり、エレベーターのケージは一階にあったまま動いてはいない。
本来エレベーターが行き来する空間に、一本のロープがぶら下がっていた。そのロープはエレベーターとしての機能の一つであるロープではない。ロックが仕掛けたロープであった。
「させないんだから!」
ロックの狙いを理解したのか。ソフィアは手をかざし、ロックの辺りを包む込む霧を発生させた。
「これは……この霧はっ!」
霧の正体はスリープミスト。眠気を誘う、魔力の霧である。
その霧に包まれたロックはその効力によって、麻酔を打たれたかのように、体が重く感じてしまう。
「だが……俺は、ロックだ!」
今がチャンスと三階にいる撃退士達が取り押さえようとロックへと向かうが、それよりも早く、ロックはその眠気を吹き飛ばす為に、腰からナイフを出し、そのナイフで自身の右腕に突き刺した。その痛みに、意識は覚醒する。
流石にその傷では美女達の涙が入ったケースを持つことは出来ず、そのままケースを放棄し、ロックはぶら下がっているロープに捕まる。
「中々ロックじゃねぇか……今回は諦めてやるが、次はもっとロックロックにしてやんよ」
「待て!」
直が声を出すが、ロックはそのロープごと上へと巻き上げられていった。どうやら、最上階部分にロープを巻き上げる小型の昇降機を前もって仕掛けていたようだ。
美女達の涙が入ったケースをソフィアが拾い、大事そうに抱きかかえ、確保した。
これで美女達の涙を守ると言う目標は達成できたと言えよう。あとはロックを捕まえるだけである。
「追いましょう!」
菜摘の号令と同時に撃退士達は動き出す。
洸太と直の二人は、その背中に神々しい白き翼を力強く羽ばたかせ、展開した。
翼を持つ二人は、非常階段である螺旋階段の手すりを足場にしながら、羽ばたき駆け登る。
「ちっ……ここまでしつこいとロックじゃねぇな」
ビルの屋上で怪盗ロックは冷たい夜風を浴びていた。
逃げる事は諦めていない。いや、むしろ覚悟を決めたという雰囲気だ。
洸太と直はそれを察し、意識を集中させる。
「もう逃げ場はないよ」
「降伏するであります。今ならまだ間に合うのでは!」
「捕まえてみろよ! この怪盗ロックを!」
それを合図に二人はロックに立ち向かう。
だが、ロックが二人の攻撃範囲に入った途端、
「なんてな」
大きな破裂音と真っ白に染める強烈な閃光が辺りを包み込んだ。
「なっ!?」
「な、何ですか!?」
直と洸太は不意に起きた音と光を受け、反射的に身を守り硬直してしまった。
「撃退士とまともにやっていられるか! ロックに去るぜぇ!」
ロックは二人を置いて、助走を付けて屋上から隣のビルの屋上へと飛び移った。
このまま勢いに乗り、さらに隣のビルへ飛び移ろうとした時であった。
「“Hochmut kommt vor dem Fall.”……傲慢は転落の前に来るね。ちょっと調子に乗り過ぎ、ね」
「流石に疲れたぞ。ずっと潜んでいるのは」
ロックの前に暗闇から現れたのはパウリーネとバプティストであった。二人は銃をロックに向けていた。
「ん……一人……いや二人か」
「おい、今、吾輩の存在を忘れかけんかったかのう?」
パウリーネが怒ったような諦めたような複雑な表情をしてロックに言い返す。
状況が悪い事を理解しているロックは痛みをこらながら右手をポケットに入れてようとした。だが、その動きは空気が破裂する音と共にバプティストがロックの足元に放った銃弾によって止められる。
「……銃は反則じゃねぇか?」
「うーん、芸術品の真価も分からない奴にゴタゴタ言われたくないなぁ……何だっけ、ネコにシンジュ?」
ビルの屋上に吹き荒ぶ冷たい風が、撃退士達とロックの体を冷やし、より場が緊張に包まれていく。
(……ロックじゃねぇが、さっきと同じ手で)
再び、洸太と直から逃げ延びた音と閃光の仕掛けを起動させようとロックは考える。その為にはポケットに入っているスイッチを押さなければならない。
二人に銃で撃たれる覚悟を持ち、ロックが右手を動かそうとした時、屋上に新たな声が響く。
「無駄だよ。このビルの仕掛けは全部外したから」
その声は、物影からゆっくりと現れたこよりであった。その隣には菜摘がいる。
こよりは右手を少し上げて、手の力を緩めた。すると、その手の中から、何本もある金属で出来た筒が落ち、カランと音が鳴り響く。
その筒こそが、洸太と直を怯ませた音と閃光の正体であった。ロックが持つスイッチを押す事で起動される仕組みとなっていたが、もうこよりによってその仕掛けは処理されていた。
「……何で、ここに来ると分かりやがった?」
ロックがこよりに問う。
「その方が派手でロックだからだ!」
迷わず、こよりは答えた。
「ははは、そうか! そりゃロックだ、間違いねぇ……。 それじゃあ、怪盗ロック、最後の勝負だ。行くぜっ!」
自分が詰んだ事を理解した。だが、それでもロックは撃退士達と戦いを挑む。
「私はジャズ派なんでね、ロックは苦手なんだ」
こよりの周りに揺らめくアウルが集まり、その形を生成していく。アウルは半透明な妖蝶となり、ロックに向けて飛翔していく。
「あっ……ぐっ」
突撃する蝶に避ける術もなく、その攻撃を受けたロックは膝をつく。
その隙を付いて、パウリーネがロックの腕を掴み、体を地面へと倒し、拘束する。
「逃がせば、吾輩がマイヤー殿に怒られてしまうのだ……」
組み伏せられたロックは何か悟ったような表情を見せ、ここに怪盗ロックの物語の幕が閉じた。
●幕引き
追いついた直がパウリーネの代わりにロックを拘束している中、そのパウリーネと菜摘はロックに思いの言葉をぶつけていた。
「アウルの力に溺れるのはいつか後悔を生みます。その力は大切な人達を守る為の力です」
菜摘は自分と同じ道を歩ませない為に、ロックに力の意味を伝えていた
「全く……婆に対し、重労働を課させるとは……最近の若輩者は何を考えている」
パウリーネはその小さな容姿とは似合わぬ年の功が入ったありがたいお言葉という名のお説教をしていく。
やがて警官も集まり、ロックを警察へ引き渡しが始まり、現場では慌ただしく事後処理が行われていく。
「九神、これ」
その傍らで、栄はこよりに偽物作戦に使った箱を手渡していた。
こよりはその箱を受け取り、不思議に思いながら箱を開ける。すると、箱の中には本来入っているはずの偽物の美女達の涙ではなく、小さな宝石が一つだけ付けられていたペンダントが入っていた。
「……これは?」
「あー、ほら、記念に、さ。安物だけど一緒にがんばったからさ」
こよりはそのペンダントを手に取り、眺めてから自分の首にかける。
「似合っているかな?」
そのペンダントを披露するように、栄に正面を向けた。
栄は見惚れたのか、言葉は出さず、ただ静かに頷くだけであった。