●合コン開始
月が光輝くとある夜。撃退士達は依頼の為に、とある店に来ていた。その店はライトが少なく、落ち着いた雰囲気を出しているバーであった。
その店の隅で、男女混合の団体客が陣取っていた。そう、合コンである。
「だ、大丈夫でしょうか?」
緊張した声でアティーヤ・ミランダ(
ja8923)に耳打ちをしたのは佐藤 マリナ(
jb8520)であった。しかし、マリナは普段着とは大きく異なるゴスロリなドレスを着ていた。明らかに目立っている。だが、不思議とそのドレスはマリナと合っており、男性からは奇異な目というよりも、好意的な目の方が多いほどだ。
このドレスをマリナに着せたアティーヤと雀原 麦子(
ja1553)の二人は満足そうな顔をして、マリナを見ていた。だが、その笑みはどことなく、下心のある男のような顔に見える。
「任せろよ、あたしは百戦錬磨の合コンの大先生だぜー? 何回参加したと思ってんのさー」
アティーヤは余裕の笑みを浮かべて、マリナに耳打ちを返す。自信満々のセリフであるが、その百戦錬磨の合コンは、実った経験はないという事実があるが、それはアティーヤの心の中の秘密であった。
「ジェンティアン・砂原だよ。気軽にジェンって呼んでね」
合コンもいよいよスタートの火口を切った。初めに自己紹介をしたのはジェンティアン・砂原(
jb7192)であった。
その自己紹介を皮切りに、順番に自己紹介をしていった。
「俺は岡本 恭介です。よろしく」
この恭介という男が、依頼人の親友であり、妨害対象者である。
自己紹介も終えると、合コン本番のスタートだ。初めの一歩がある意味では勝敗を分かつ重要な第一歩になる。それを熟知しているのか、アティーヤは既に撃退士以外の参加者から好みの男性を見繕い、その男性の前の席を確保していた。
「いらっしゃいませ。先にお飲み物はいかがでしょうか?」
優しく、落ち着いた声で参加者達の元へ来たのは、この店の店員に扮装した強羅 龍仁(
ja8161)であった。龍仁もまた、依頼を遂行する為に、店員として合コンの妨害を行う為に行動している。
「とりあえず、私はビール」
「私はジュースで……えーと、オレンジジュースをお願いします」
麦子は自分が好きなビールを、マリナは未成年の為にジュースを注文する。他のメンバーも思い思いに好きな物を注文していく。
その中で、桝本 侑吾(
ja8758)は女の子達の様子を見て、
「それじゃあ、俺はバレンシアを」
と、カクテルを注文した。
「マリナちゃんはお酒じゃなくていいの?」
一般人である男性の一人が、マリナに問い掛ける。
「ま、まだ大学一年の十八歳で未成年ですので……」
実際は久遠ヶ原学園では高等部1年に在籍するマリナであるが、流石に高等部がここにいるわけにはいかないので、前もって決めていた設定を口にした。
ここ最近、未成年の飲酒について厳しくなっているのは理解しており、マリナに聞いた男もそれ以上の言及はしなかった。
「お待たせいたしました。お飲み物をお持ちいたしました」
注文された飲み物をトレイに乗せた龍仁が一人一人、丁寧に飲み物を前に置いていく。その動作は静かで、紳士的な振る舞いであり、女性達は視線をつい龍仁に向けてしまう。
龍仁は飲み物を配り終えると、他の参加者には気づかれない様に、撃退士達に目線を配った。ここからが、妨害本番だ。目線に込められたそのメッセージを読み取り、撃退士達は小さく頷く。
●妨害開始
「いや、しかし……実は俺、こういう場は初めてでさ……何を話していいのか分からないし、皆、綺麗だから緊張しちゃうな」
恭介は普段、親友と飲んでいるビールを片手に言いながら、女性達に微笑みかけた。これは狙ってやっているのではなく、天然で、正直に告白しているだけである。しかし、そのルックスもあってか、恭介の微笑みは女性たちの胸を高鳴らせるには十分であった。
その様子をしっかりと見ていた撃退士達は空気を察し、行動を開始する。
「実は僕も初めてでさ、何を話したらいいかな?」
横からジェンティアンは間に入り、女性達と視線を合わせる。日英ハーフという事もあって、彼の金糸の髪がポイントの一つとなり、女性たちの興味が移る。顔が整っているジェンティアンも恭介と負けない程、女性達の注目を集めていた。
一方、侑吾は確実に一人の女性を恭介には向かせず、自分に興味を向かせるために行動していた。
「これ、結構美味い。女性には口当たり良くていいかもな?」
先ほど注文していたカクテルを口にして、隣の女性に感想を述べる。その女性は気になったのか、侑吾のカクテル、バレンシアをじっと見ていた。
「飲むかい?」
侑吾は、そっとグラスを隣の女性の前に置く。その女性は“それじゃあ”と言い、おずおずと口に入れた。
思っていたよりもお酒のクセがなく、女性は少し驚いたような表情を見せた。
「んで、これならこのチーズが合う」
そう言って、侑吾はお通しのチーズの皿を彼女の前に置いた。このさり気無い気配りで、まずは確実に一人、恭介から女性を離す事に成功した。
その恭介だが、様子見なのだろうか。ちびちびとビールを飲みながら、辺りの女性を観察していた。何度も確認するが、彼は今日が初めての合コン参加であり、右も左もわからぬ初心者である。しかし、その恵まれた容姿とキャラクターは、本来ならば女性を総取り出来る可能性を秘めた男だ。
辺りを観察していた恭介に気付き、アティーヤは行動に出た。テーブルから身を乗りだし、じっと恭介の顔を見る。
「何か付いていますか?」
きょとんとした恭介は自分の頬をペタペタと触りながら、アティーヤと目線を合わせた。
「年収は?」
「……は?」
わざわざテーブルから身を乗りだして、しかも血走った瞳で言うような事なのだろうか。突然の質問に恭介はとっさには答えられずにいたが、一息おいてから、質問を理解し、自分の年収を答えた。
その答えにアティーヤは頷き、
「今の仕事をする前の学歴は!?」
今度は鼻息を荒くして問い掛ける。流石にアティーヤの必死加減に引いたのか、恭介は学歴を答えるだけ答えて、目を逸らした。
これもアティーヤの妨害行為なのだが、傍から見ると素で行動しているように見えなくもない。傍で見ていた他の撃退士達はそれほど彼女が演技派である、という事にしておこうと思っていた。
恭介は気を取り直して、残っていたビールを一気に飲み干し、新しいビールを注文していた。隣でその様子を見ていた、麦子が自分のビールを持って、恭介に話しかけた。
「ねぇ、ビール好きなの?」
「ん? あぁ、そうだな。ワインも好きだが、ビールが一番かな」
今度は普通に女の子と会話が出来る。そんな期待をしながら、恭介は返答した。
その時、丁度、龍仁が新しいビールを恭介の元へ持ってきた。
「へぇ、それじゃあ、黒と白どっちが好き?」
「へ……? あ、えーっと……白、かなぁ」
黒ビールというものは恭介も知っているが、飲み比べもした事もなく、たどたどしく答えるしかなかった。
しかし、それで麦子は口を閉ざす事はなかった。
「白かぁ。知っている? ビールって色の濃さで淡色、中等色、濃色の三つに区分されるんだけど、ビールの色は原料の麦から麦芽を作る時に、麦芽を乾燥させる温度と、その焦がし具合によって決まるのよ。それで、黒ビールは“乾燥させる時に強く熱した濃色の麦芽を原料の一部に使うこと”って決まりがあって、この麦芽を使って製造したビールは濃い褐色をしているのよね。他にも中くらいの濃さに焦がした麦芽を使ったビールがあって、ドイツの“メルツェンビール”というのが有名で、茜色のビールをしているのよ。こんな感じで様々な色、味わいのビールがあって、やめられないのよねぇ。知っていた?」
まさにマシンガントーク。どれだけ麦子はビールを愛しているのか、もはや恭介にとって彼女の言葉は呪文様に聞こえていた。
「……ごめん、知らなかったよ」
「……これぐらいは知らないでビール好きをよく名乗れるわね」
麦子は露骨に呆れたと言った溜息を吐き、厳しい目つきで恭介を見ていた。その強烈な威圧と視線に耐え切れず、恭介はもう目を合わせようともしない。
気を取り直して、別な女性にでも声をかけようと恭介が行動しかけた時だ。丁度、横からメニューが手渡された。恭介は思わず、それを受け取る。
「俺追加を頼むけど、そっちもどうだ?」
メニューを手渡しのは侑吾であった。
「あぁ……それじゃあ、俺も適当につまみを……」
渡されたメニューから、好みのつまみを恭介は決める。皆で分けて食べる事が出来る物を選び、恭介は龍仁を呼ぶ。
「お待たせいたしました」
「ポテトとマルゲリータを一つずつ。全員分の取り皿も一緒にお願いします」
「かしこまりました」
龍仁は注文を受け取ると、優しく微笑み、そのままカウンターへ戻って行った。その微笑みに、また女性達の視線が向いたのは言うまでもないだろう。
(それにしても……さっきからタイミングが悪いな)
どうにも上手く行動が出来ない恭介は溜息を一つ零した。だが、まだ時間はある。これから楽しんでいけばいい。
そう考えた矢先だ。いきなり、マリナが席から立ち上がったのだ。
一番大人しそうに見えたマリナであったが、このような事をするとは思わず、恭介は勿論、他の撃退士達もポカンとしていた。
「だいたいですねぇ……」
マリナの頬は赤く染まっており、目もどことなく据わっているように見える。
「彼女さんがいるのに、許可も取らずにこのような場に参加する人がいるなんて何だか悲しいです!」
オレンジジュースを手に持ちながら、力説するマリナの言葉に、恭介はいたたまれない気持ちになり、顔を伏せてしまう。
「ちょっと……マリナにお酒を飲ませたの誰よ?」
「いや、ちゃんと見ていたけど、あの子は飲んでないわよ」
「えっ……じゃあ、あれ場酔い? 場酔いでコレ?」
麦子、アティーヤ、侑吾の三人がひそひそと周りに聞こえないように会話をするが、それがマリナに見つかってしまい、
「何ひそひそしているのですか! 私は間違ったことは言っていません! そうですよね!?」
マリナは声を大きくして、オレンジジュースを持った手を向けて、周りに賛同を強制していく。その様子はまさに酔っ払いである。だが、マリナはアルコールを一切飲んではいない。ただの場酔いである。
「全くもう……」
あらかた言いたい事を言い終えたのか、マリナは席に座り、オレンジジュースを一気に飲み干す。すると、突然、糸が切れたように、テーブルに体を伏せた。
「え、えーと……マリナ?」
アティーヤがそろそろと動かなくなったマリナに近づき、様子を見る。彼女からは小さな寝息が聞こえた。どうやら寝ているようだ。
「……さっ、続けましょう」
とりあえず、マリナはこのままにしておき、合コンはそのまま続行としておく。ただ、マリナの説教が効いたのか、恭介が負った精神的ダメージは癒えてはいなかった。
だが、それでも、このままでは終われない。恭介は再び精神を立ち上がらせようとした時、かしゃんと音がした。音がした方を見ると、龍仁がバーのカウンターでカクテルを作る準備をしていた。そして準備が終わり、龍仁はボトルを手に取り、投げ回し始めた。
そのパフォーマンスは、女性はおろか、男性の視線までも釘付けにした。
やがて、出来上がった数種類のカクテルをグラスに注ぎ、それを合コン参加者達の前に置いた。
「こちらは皆様へのサービスとなっております」
その鮮やかな動きに、もはや視線は龍仁の独り占めであった。
龍仁はそのまま、またカウンターへ戻っていった。
皆は龍仁からのプレゼントであるカクテルを楽しそうに飲み、また交換し合って、味見を楽しんでいた。
恭介もその輪に入ろうとしたが、その前に、ジェンティアンが恭介の前にある、おつまみを取ろうとテーブルから身を乗り出し、
「あっ」
あろう事か、恭介のカクテルをテーブルに零してしまった。そのカクテルは恭介の服にまで零れていた。
「あ、ごめん!」
ジェンティアンは慌てておしぼりを持って、恭介の前のテーブルを拭くが、既に恭介の服は染みになっていた。
「あぁ、大丈夫だ。これぐらい大丈夫さ」
これで怒ったりせずに、笑って許せるあたり、恭介はやはり人が良いのかも知れない。
「染みになっちゃうかなぁ? ちょっと来て」
「えっ、あっ……お、おい」
恭介の手を掴み、ジェスティアンはそのままトイレへと恭介を連れて行った。
残された者は“まぁ、拭きに行ったのだろう”という気持ちで二人を見送り、すぐにカクテルの味見会を再開した。
トイレに連れ込んだジェスティアンはおしぼりを塗らしながら、恭介の服の染みを取ろうとしていた。
「もう気にしなくてもいいぜ? そんなに高い服でもないしな」
「そういう事じゃなくて……」
ジェスティアンはゆっくりと恭介に近寄る。その動きはゆっくりだが、妖艶な雰囲気を出し、恭介を壁へと追い詰める。
「やっと二人きりになれたね」
恭介の視界にはジェスティアンの顔しか映らない程、顔が近づいていた。
おかしな雰囲気に恭介は背中にじっとりとした嫌な汗が流れている事を感じる。
「最初、見た時から気になっててさ……ねぇ、男は嫌いかい?」
決定的な言葉。
恭介はジェスティアンの言葉に頭が真っ白になる。ただ、それでも理解しているのは、このままでは自分が危ないという事だ。
「あっ……お、俺はノーマルだぁぁぁ!!!」
火事場の馬鹿力なのだろうか。恭介は撃退士でもあるジェスティアンを突き飛ばし、足を縺れさせながらも、トイレから逃げ出して言った。
残されたジェスティアンはゆっくりと立ち上がり、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「さっ、これで依頼完了っと」
しっかりと恭介がトイレどころか、店からも逃げた事を確認して、皆の席に戻る。
「あれ? ターゲットは?」
「逃げちゃった。だから、もう普通に楽しもうよ♪」
ジェスティアンは侑吾の問いに簡潔に答え、残されたものは依頼達成のお祝いも兼ねて、盛大に合コンを終わりまで楽しんだ。
「……でもさー、なんか大事な物を失った気がするんだぜ……」
合コンも終わり、寝ているマリナを背負ったアティーヤは、謎の喪失感を得ながら、ぼそりと呟いた。
●後日談
「で、どうだったんだ?」
恭介と依頼人が、またいつもの居酒屋で酒を楽しんでいた。依頼人は結果の事は知っていたが、やはり本人の口から感想を聞きたいのだろう。
「……俺、今の彼女にプロポーズするわ。指輪も買って、結婚するわ」
「……お、おぅ。そうか」
何か悟りでも開いた友人の姿を見て、依頼人は何か気の利いたコメントも言えなかった。