●午前
雪像コンクール会場では、朝早くから参加者たちが集まり、各々与えられたスペースで、早速、雪像を作り始めていた。
撃退士達も例外ではなく、その中の一角で作業を始めていた。
「よーし!やっちゃうにゃ!」
始まりの音頭を取ったのは早瀬 ひなぎく(
jb8488)であった。それに続いて、エマ・シェフィールド(
jb6754)と、手伝いを買って出た、木嶋 藍(
jb8679)に榎本 翔太郎(
ja8375)の三人が肩を伸ばしたり、屈伸したりと準備運動をして、いつでも動ける態勢でいた。
「それではまず土台となる雪山を作ろう〜」
のんびりとした声を出したのはひなぎくであった。その声を合図に、各自はショベルや一輪台車などを使って、雪をかき集め、土台を作って行く。この作業は流石に四人も居たため、スムーズに進める事が出来た。
「簡単に削るにゃっ!」
ひなぎくがポケットから一枚のブロマイドを取り出す。同じようにエマもポケットから一枚のカードを取り出した。二人が取り出したものには、とある人物が写っている。久遠ヶ原学園の学園長、宝井正博である。
つまり、二人が作ろうとしている雪像は、学園長であった。
「てい! そいにゃ!」
「え〜い」
小さなスコップを使い、大雑把に人の形が作られていく。
「それじゃあ、私たちはもう行くね」
「頑張ってな」
ある程度、形が作られたところで、藍と翔太郎は手伝いも終えて、去って行った。しかし、二人のおかげで、早い時間に基本は完成している。これならば、細部まで拘る時間も出来たであろう。
「う〜……寒いにゃ〜」
雪像作りの作業を続けるが、ひなぎくにとってはこの寒さは堪えるようだ。体中に貼るタイプのカイロをしているが、それでも寒いものは寒い。寒さに震えながら、ひなぎくはブロマイドを見ながら、小さなスコップをナイフのように扱って、器用に削って行った。
「ひなぎくさん、大丈夫〜?」
エマは作業を続けながら、ひなぎくに声をかける。
「が、頑張るにゃっ!」
震えながらではあるが威勢のある声に、エマは面白く感じたのか頬を緩めた。
エマもひなぎくと同じようにスコップをナイフのようにして雪を削っていき、学園長の顔を作っていた。
「取り敢えずは、顔はちゃんと作りたいね〜」
一番大事な部分でもある為、慎重に作業を進めていく。
エマとひなぎくの手伝いを終えた、藍と翔太郎は、子供と雪のふれあいコーナーへ足を運んでいた。
ただし、藍は白色の兎の着ぐるみを、翔太郎は黒色の兎の着ぐるみを着ていた。
突然の可愛らしい兎の登場に、広場に居た子供たちの視線は釘付けだ。
そして、かけっこでも始まったかのように、子供達は二人に文字通り、突進してくる。
「子供は雪の子、元気の子♪ だよ! さ、一緒に遊ぼっか」
白兎の藍は群がってきた子供達をがっしりと受け止め、一人の女の子を抱き上げる。
藍は抱き上げたままクルクルと回転し、まるでメリーゴーランドのようだ。
一方、黒兎の翔太郎は、藍とは正反対に子供達にペースを握られていた。どうすればいいのかも分からず、オロオロとしているが、その仕草が兎の着ぐるみでは可愛らしく見えてしまう。
すると、突然、翔太郎の後ろから男の子が、勢いよく飛びついてきた。その勢いに翔太郎は押され、雪のじゅうたんに倒れ込んだ。
追撃と言わんばかり、子供達は“今だ!”や“雪攻撃だー!”と元気な声と共に、倒れた翔太郎に向けて雪を被せたり、上に圧し掛かったりとしていた。
どうする事も出来ない翔太郎は子供たちの思うままに攻撃を受けていた、ふと着ぐるみから見える狭い視界に、物陰に隠れている一人の女の子が映った。その女の子は、もじもじとしながら、翔太郎達を見ている。どうやら、少し人見知りな子のようだ。
翔太郎は、倒れたまま器用にも兎の手をクイクイと動かし、“おいで”と女の子を誘う。
すると女の子は、玩具を与えられた喜びのような表情をして、黒兎の翔太郎に駆け寄る。
「さぁさぁ、一緒に遊ぶ前に準備運動するよぉ〜。怪我しちゃ危ないからねぇ〜」
藍が子供達を集めながら、翔太郎の前に立ち、手を引っ張って立ち上がらせる。
そして、近くのスピーカーから軽快な音楽が流れ、藍が簡単に踊り始める。
その踊りを真似る様に子供達も踊り、よろよろとしながらも翔太郎も真似をしていった。
だが、踊りの途中、藍の着ぐるみの頭部がぐらぐらと揺れて、取れそうになってしまう。
流石にショッキングな場面を見せるわけにはいかないので、藍は必死に頭を押さえるが、それが奇妙な動きとなり、
「小さいうさぎさん、動き変!」
と、子供達から突っ込まれてしまう。
準備体操も終えると、藍と翔太郎は大きなソリを持って坂を上る。それに子供達は着いていき、その様子は親鴨についていく雛のようだ。
「さぁ、いくよ〜♪」
「……気を付けて」
愛と翔太郎は、それぞれ前に子供を一人ソリに乗せていた。そして、雪を蹴り、ソリは発進する。
「わー!!」
「はやいー!!」
子供らは楽しそうな声を上げて、二匹の兎と共に風を切っていく。
一方、その頃、龍崎海(
ja0565)と水杜 岳(
ja2713)は、子供と雪のふれあいコーナーから少し離れた場所の広場に居た。
「こんなドカ雪は神奈川じゃ滅多にないし、盛り上がるにはこっちも楽しまなくちゃな!」
岳は久々の依頼にしみじみとしながらも、気合の入った声で自身を奮い立たせる。
(悪魔の力を引き出したばかりだし、とはいえ、学園での訓練だけでは面白くない、こういう依頼ならちょうどいいかも)
手を握っては開いてはと自分の体の調子を確かめて、海はそう思っていた。
海は少し考えて、広場のステージに立つ。
突然、ステージに現れた海に、周りの人達は思わず目線が行ってしまう。
「俺達は撃退士です! 変則ルールで雪合戦をしましょう!」
撃退士と宣言した途端、周りから“おぉ”と驚きの声が上がる。撃退士が来るとは聞いてはいたが、彼らがそうだとは気付かなかったようだ。
海はそのままステージでルールを説明した。撃退士対一般人による旗の取り合い合戦である。制限時間内に相手の旗を捕った方が勝ち、雪玉に当った人物は一定時間行動不可能。時間切れは引き分け、とシンプルなルールであった。
「俺達に勝ったチームは俺からお菓子一式プレゼントするからな!」
隣にいた岳からの追加の提案で、子供達も目が輝き始める。子供はお菓子を目当てに、大人はかの撃退士と交流の為に。各々の目的の為に、その闘志を燃やしていた。
「雪玉は硬く握らない。顔は狙わない。待っている間は応援。この3つはちゃんと守る様にな」
注意点を伝えながら、岳は子供達と一緒に準備体操をしていた。その間、海も運営スタッフと共に撃退士による雪合戦の準備を進めていた。
やがて、準備も終わり、
「さぁ、来い!!」
「簡単には負けないよ?」
と、意気込む二人の撃退士に四人の子供が立ち向かう。
スタートの笛がなると、一斉に子供達は次々と雪玉を二人に投げ始めた。
だが、その雪玉の弾幕は二人にとっては簡単に見えるものであり、ひょいひょいと避けていく。
「ちゃんと狙わないと当らないぞ?」
お返しに、と、岳は雪玉を軽く投げ返し、男の子の体に当った。
仲間がやられた事に火が付いたのか、子供達は次々と雪玉を投げて、その弾幕は濃くなっていく。
それでも器用に岳は避けていき、その隙に海が子供達の横を駆け抜ける
「あっ!」
子供達は気付いたが、もう遅い。
海の手にはしっかりと旗が握られていた。
例え相手が子供でもわざと負けない辺りは大人げない二人であった。
●午後
午前中の作業を終えた、エマとひなぎくは作りかけの雪像の前で休憩を取っていた。審査は午後の三時から始まるので、まだ時間にはだいぶ余裕がある。
「はい、温まるよぉ〜」
エマは持参した魔法瓶から暖かい紅茶を出し、コップに注いでひなぎくに手渡す。
「ありがたいにゃ、ありがたいにゃぁ〜♪」
手から伝わる、じん、とした温かさに大げさに感動し、ゆっくりとその紅茶を飲んでいく。はぁ、と一息つくと、その吐息は白く、消えていく。
休憩もそこそこにして、二人は作業を再開した。
既に大まかな形は出来ており、後は細かい部分を描いていくだけであった。
エマは背中に光の翼を展開し、ふわふわと浮き始める。そのまま、雪像の上を浮き、髪の部分を細かく再現しようと慎重に、ピンセットの先端で形作っていった。
ひなぎくも上半身も完成し、今は土台に部分にこの雪像のタイトルを掘っていた。
“ようこそ撃退士諸君”
そう付けられたタイトルは、まさに雪像の姿、そのものを表していた。
「出来たにゃ♪」
「やっと完成ですね〜」
雪で作られた学園長の胸像も完成し、二人は達成感を得ていた。お互い、顔を合わせて、笑顔を浮かべて、ハイタッチをした。
審査開始時刻にも完成が間に合い、審査員以外にも一般の人達にも公開されるようになった。
その公開と同時に雪像広場には多くの見物人が入場していく。
「何かしら、このダンディーな像は……」
「ようこそ撃退士諸君……?」
「あ、この人、久遠ヶ原学園の学園長だ」
やはり、この手の雪像コンテストでは可愛い物や漫画やアニメのキャラクターが多いが、このように実在の人物の雪像はインパクトが大きいようだ。多くの見学人が、学園長の雪像の前で足を止めていた。
「ほぉ……良い感じに盛り上がっていますねぇ」
見学人の集まり具合に、審査員は感心した声で言った。
審査員の目にはインパクトがあるのは勿論だが、あの雪像には目には見えない何かを感じていた。
その頃、撃退士対一般人の対決は、子供から大人へと変わっていた。
流石に岳も海も、相手が子供ではなく大人なら、手は抜かない。
試合開始と同時に岳は雪玉を相手にぶつけ、一人を行動不能にすると、すぐに雪壁に隠れる。そして、岳の後方から、旗の近くで待機している海が長距離から相手を狙い撃ち倒すという二段構えの攻撃を行っていた。
「それで隠れているつもりですかっ!」
まさにレーザービーム。海が放つ雪玉は、雪壁に隠れている相手に対しても、わずかに覗かせている箇所を狙い、正確無比に当てていく。
「よし、今だっ!」
海の援護によって、陣形が崩れた所から岳が一気に相手の旗へと駆け抜ける。
相手の大人チームも応戦して雪玉の弾幕を張るが、それを全て、岳は左右に動いて紙一重で避けていた。
そして、岳に気を取られている内に、海は雪上を滑る様に駆け抜け、相手の旗をその手に収めた。
まさに圧倒的な勝利である。
撃退士の実力をこのような形とはいえ、間近で見る事が出来た事に見物人も、来た甲斐があったと大いに満足していた。
「ほら、努力賞だ」
雪合戦も終わると優勝賞品であるお菓子を岳は子供達に配って、一緒に食べていた。
お菓子が食べられるというよりも、撃退士と一緒に居られることが嬉しいのだろう。子供達は嬉しそうに笑い、岳とわいわいと会話をしていた。
一方、子供と雪のふれあいコーナーでは、翔太郎と藍が交代で休憩を取っていた。今は翔太郎が休んでおり、藍がコーナーへ出ていた。
だが、藍は午前中とは違い、兎の着ぐるみは着ておらず、スノーボード用のウェアを着て、子供達と遊んでいた。
「さぁ、頑張って大きなのを作るんだよっ!」
雪が染みこまない手袋を着用し、子供と一緒に雪だるまを作っていた。
初めはほんの15センチほどの雪玉であったのに、今では子供の身長と同じぐらいの大きさになっていた。
「よいしょー!」
その巨大な雪玉に対しても、子供たちは一生懸命に押して、ゴロゴロと雪玉をさらに大きくしていく。
やがて、子供の身長を超えたぐらいの大きさとなった雪玉はどっしりと構えて、その存在感をアピールしていた。
続いて先ほどと同じように、程々の大きさの雪玉を作ると、藍はその雪玉を持ち上げる。
普通の人間ならば、一人で持ち上げると言う事は難しいが、藍も撃退士だ。これぐらいは簡単である。
「よいしょ、っと……はい、完成!」
「お姉ちゃん、すごーい!」
持ち上げた雪玉を、最初の雪玉の上に載せて、雪だるまの完成である。
完成した雪だるまに子供達は木の枝や葉っぱなどを刺して、面白そうに装飾を施していった。
「代わろう」
しばらくすると、休憩を終えた翔太郎が広場に姿を見せた。
「お願いね」
藍も流石に動きっぱなしは疲れたようで、大人しく翔太郎と交代した。
翔太郎も午前中に着ていた着ぐるみではなかった。
雪だるまに装飾をし終えた子供たちが翔太郎に寄ってくる。今度は何をして遊んでくれるのだろう、そう言った期待を込めた目をしていた。
冷静には見えるが、頭の中では既にパニック状態の翔太郎であるが、それでもフル回転させて、何をするのがベストなのか探り当てる。
「……そうだ、かまくらだ。かまくらを作ろう」
決まれば行動は早い。翔太郎はショベルを何本か持ってきて、それを子供達に配った。
「ここに雪をいっぱい集めるんだ。秘密基地を作ろう」
秘密基地。その単語に子供達は目を輝かせ、一斉にショベルを持って雪をかき集めに走る。
翔太郎は集められている雪に水をかけたり、形を整えたりとして、徐々に丈夫な雪山を作っていた。
「よし……ここからは慎重に掘るぞ?」
子供達と一緒に小さなスコップで入り口を作り、中を削っていく。
やがて、雪山は崩れる事はなく、中に大きな空洞が出来上がった。
「完成だ……」
「おぉ……かまくらだぁ」
子供達は早速中に入り、雪の中という特殊な空間を感じていた。ひんやりとしているが、どこか静かな奇妙な雰囲気に、子供達は思わず頬が緩む。
その光景を見ながら、翔太郎はちゃんと子供達を喜ばせる事が出来たと安堵していた。
●閉会
日も傾き、異常気象によって開かれた雪まつりも閉会を迎えていた。
雪像コンテストでは、ひなぎくとエマが作成した学園長雪像は、優勝こそはしなかったが、特別賞は受賞しており、盛り上げる結果となっていた。
その雪像の前で、撃退士達が集まっていた。
翔太郎と藍は、午前中に着た着ぐるみを着ているが頭部は抱え込んでいる。
「それじゃあ、撮りますよー」
運営スタッフの一人が、カメラを持ち、撃退士達に言う。
すると、撃退士達は各々ポーズを取る。
そして、パシャリとカメラのシャッターが切られた。
この記念写真はしばらくの間、役所の入り口に飾られていた。