●逃走者の寮にて
「こちら、黒井。今から調査を開始します」
「……はい、お気をつけて……」
黒井 明斗(
jb0525)は逃走者の寮の前に来ており、月乃宮 恋音(
jb1221)に連絡を取っていた。警戒をしながら、明斗は部屋へと入る。
「……案外普通の部屋ですね」
部屋に入るが、そこはベッドに本棚と机にパソコンとテレビと特に特徴のない部屋であった。
明斗は生命探知を行うが、何も感じない。逃走者はいないようだ。
安心した所で、明斗は調査を開始する。
「他人のプライバシーを除くのは心が痛みますが……」
品行方正で正義感が強い明斗である。後ろめたい気持ちを持つが、割り切って、パソコンの電源を入れる。
しかし、パソコンにはロックがかかっており、パスワードを入力しなければ、開けない状態になっていた。
「仕方ありませんね」
他に何か手掛かりがないかと探すが、机の中にも手紙もなく、困り果てた時に、ふと本棚に目が入る。
明斗は本棚に手を伸ばし、表紙を確認する。中学校の卒業アルバムのようだ。
ページを開いていくと、クラスの集合写真の所に逃走者の顔と名前があった。だが、それより気になるのは、
「加工されている?」
とある女の子の顔写真だけ、上から特殊なテープが張っており、劣化しないようになっている。アルバムの一番後ろにあるメッセージページを見ると、その女の子の名前と別れのメッセージが書かれていた。
「会いたい相手が居るようです」
痛む心を抑えながら 明斗は手掛かりかも知れないので、この事を仲間たちへ連絡を取った。
●追跡と捜索
「ほな、九鬼さん行きますよ!」
「ほい、きたー」
夜爪 朗(
jb0697)が自転車の後ろに乗せた九鬼 龍磨(
jb8028)に言うと、地面を蹴り、ペダルを漕ぎ始める。
小さな朗が前で後ろに大きな龍磨と普通、逆ではあるが、それでも朗は撃退士。大人一人の重さでも苦にはならない。
「ヒリュウと一緒に頑張るでー!」
自転車を漕ぎながら、朗はヒリュウを召喚し、上空へ飛ばす。そのヒリュウも上空から、自転車で街を翔ける朗を追いかけていく。
やがて、フェリー乗り場が見えてきた。船は久遠ヶ原島と本土をつなぐ交通手段の一つだ。
「それじゃあ、僕は港の方へ行ってくるよ」
「お願いしまーす」
フェリー乗り場に着くと、龍磨は自転車から降り、駆け足で朗と別れていった。朗も、自転車を駐輪場に置き、フェリーの待合室に顔を出す。
「おらへんなー」
辺りを見渡し、外にいるヒリュウにも逃走者を探させるが、目標の姿は見当たらない。
「なぁなぁ、おねーさん。こんな人、見んかった?」
フェリーの受付をしている女性に朗は逃走者の特徴を伝えた。
「んー……ちょっとその人かはわからないけど、20分ぐらい前に、そわそわと時刻表を見ていた子が居たわよ。ちょっと怪しかったから覚えているわ」
逃走者本人であるかは不明だが、有力な情報には間違いはない。朗は早速、仲間たちに情報を伝え、フェリーの出発の時刻を確認した。
「お?」
待合室を出ると、丁度客船がフェリー乗り場へ到着したようだ。その大きな乗り物を見て、
「かっこいいー!!」
と、テンションを上げて声を上げる朗を、周りの大人たちは微笑ましく見ていた。
一方、別れた龍磨は港にある倉庫を探索していた。潜伏するなら、一番隠れやすい場所だけであり、龍磨も慎重に捜索を続けている。
倉庫を調べ、周りの気配を読むが、今の所、人の気配は感じなかった。
龍磨はこの依頼の事情に少し不信を抱いていた。逃げ出した少年を生け捕りにする、理由は有耶無耶にされる。
「これはアレだ、訳ありだね。その子にも事情を聞かないとなぁ」
そう思いながら、龍磨は捜索を続けた。
その頃、海城 恵神(
jb2536)は光の翼で空高く舞い上がり、依頼人の片割れを探していた。
「さーて、どこかな!?」
一応、撃退士として依頼を受けているのだが、それでも恵神はこの状況を楽しそうに受け止め、乗り移ったビルの屋上から下界を見下ろす。
大通りの歩道を翔ける白衣の男を見つける。ビルという高い位置から見ても白衣は目立ち、嫌でも目に入った。依頼人の片割れだ。
恵神はビルから翼で滑空するように、白衣の男を追いかけていく。そして、滑空したまま、器用にポケットからスマートフォンを取りだして、現在の位置と情報を仲間たちへ伝えた。
場所は変わって、依頼斡旋所前。
稲葉 奈津(
jb5860)は依頼人を椅子に座らせ、腕を組んでドンと構えていた。その横で恋音も椅子に座り、じっと依頼人を見つめていた。
「さぁ、何故、目標が逃げているか教えてもらえるよね?」
稲葉がその美貌とは似合わない重たい声を出し、依頼人へ問い詰める。何か依頼人が隠し事をしていると感じ、それが何か、聞き出そうとしていた。
「い、いや……あいつが研究の成果を独り占めしようとしてたから……」
「何の研究なの?」
「え、えーと……肩こりとか腰痛に効く薬、かなぁ」
問い詰められる依頼人は額に汗を浮かべさせながら、おどおどと答える。当然、奈津はこの答えに納得するわけもない。
「市販品があるジャンルなら、逃亡はおかしいでしょ? ……吐きな!」
奈津の威圧感に押されるが、依頼人は口を開こうとはしない。嫌な汗をかきながら、目を横に逸らして誤魔化していた。
「……私がやります……」
見ていた恋音が椅子から立ち上がり、屈んで依頼人の額へそっと手を伸ばした。
突然の事に依頼人は驚き、恋音の方を見るが、目の前には豊満な恋音の胸があり、驚きのあまり固まってしまう。
そんな事を気にもせず、恋音は依頼人へシンパシーを行い、過去の経験を引き出していた。
「……うぅん……そういう事ですかぁ……」
「何かわかったの?」
恋音が情報を引き出すと、依頼人の額から手を離す。
「……どうやら、惚れ薬を逃亡者さんは作ったみたいですよぉ……」
「……はい?」
予想もしていなかったのか、危ないバイオテロのようなものを想定していたのか、奈津は間の抜けた声を出した。
恋音が引き出した情報には逃走者がどこへ逃げるのかまでは引き出せはしなかったが、奈津は逃亡者は惚れ薬を持っている事を撃退士達に連絡していった。
惚れ薬の連絡を受けた鎖弦(
ja3426)は駅の周辺を探索していた。
ここは電車以外にもフェリー乗り場や本土へ行くバスやタクシーもあり、ある意味では本土へ行く手段が多い場所である。そう言った意味では通行量の多い、この駅周辺は逃亡者も利用しやすい場所でもある。
「……ふむ」
鎖弦は思考する。自分が逃走者ならどうするか、行動パターンはどのようなものか。変装するならどんな変装か。彼は逃走者の逃げ道を頭の中で追っていた。
そして、鎖弦は動き始める。
逃走者の変装や気配遮断に注意をしつつ、まずは駅のすぐ裏へと回った。比較的に人通りが少ない裏通りなら、もし何かあった時は走って逃げやすい。彼はそう考えて裏道を中心に逃走者の捜索を続ける。
その時、鎖弦の携帯が鳴った。彼は素早く携帯を取り、通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「あ、こちらミセスや。研究室を調べた情報を伝えるで」
声の主はミセスダイナマイトボディー(
jb1529)であった。ミセスは逃走者や依頼人の研究室を調べた結果を言い始めた。
10分ほど前の事だ。ミセスが情報収集の為に58キロの姿になる体系制御を行い、研究室へ侵入しようとしていた。
侵入方法は大胆にも“取材”という名目で研究室に入っていた。そこには逃走者や依頼人は居なかったが、別の研究仲間が残っており、その人に掛け合ったのだ。
「へぇ〜……ほな、その子は普段から研究熱心、というよりも楽しんでやっていた感じなんやねぇ」
「そうですね。夢や目標があったというより、実験が楽しくてやっていました」
ミセスが取材している人物は、まだ惚れ薬の事や逃走者の出来事を知らないようで、何の疑問もなく答えてくれており、ミセスにとってはやりやすいものであった。
「でも……前に本土に好きな子が居て、結局告白出来なくてそのまま別れたーって話をしていて……あの時の顔は結構真剣でしたね。いつもは気楽な感じなのに」
「……ほほぉ」
思わぬ情報を得たミセスは口元を緩める。取材も程々にして、彼女はそのまま研究室を去ろうとした。
しかし、その途中、ふと別の研究室が視界に移る。窓から覗き込むとそこには数人の少年少女達がテーブルに置かれたお菓子を中心に激しく口論しているのが見える。料理研究部だろうか。
「ええですね……何かに打ち込む姿は」
ミセスはその光景を見て優しい笑みを浮かべた。だが、それもすぐに終わり、携帯を取り出し、仲間へ得た情報を伝える。本土へ片思いの子が居て、惚れ薬。これでほぼ確定だろう。
●包囲と捕獲
「持続時間とか研究できてるの? 安全性は? 付き合いだして冷められたら余計辛いわよ? ……ってか男らしくないって思わないかぁーー!! 本当の気持ちで始まったワケじゃないって知ったら幸せ感じた分傷つくじゃない! よっく考えてよぉ! 出てきなさい!」
拡声器を片手に駅前で叫んでいるのは奈津であった。
この駅を通る多くの人は叫ぶ奈津を見て、変な人を見るような目で見て、その場を去っていく。
だが、奈津はその多くの人ごみの中から、異質を見つける。
目が合ったのはほんの一瞬。一瞬ではあるが、奈津にとっては十分な一瞬だった。
目が合った人物はメガネに帽子を被っており、黒のジャケットを着こんでいた。見た目はどこにでもいそうな人間だ。しかし、奈津と目があってすぐに逸らしたのが問題だったのか、奈津はすぐにその人物が逃走者だと理解できた。
「いたぁー!!」
「くそっ!!」
奈津が拡声器を片手に、その逃走者を指す。すると、逃走者はすぐに背を向けて走り出した。
「こちら稲葉よ! 見つけた! 場所は駅前!!」
「了解しました!」
奈津はすぐに携帯を取り、簡単な単語で明斗へ連絡を取った。これで、あとは明斗が他の仲間へ連絡してくれるだろう。
奈津はそのまま逃走者を追いかける。すると、脇道から鎖弦が現れ、奈津と合流する。
「アレだな?」
「追うわよ!」
二人一緒になって逃走者を追い始める。しかし、相手も腐っても撃退士だ。その身体能力は高く、差は中々縮まらない。
その様子を空高くから見ていた人物がいた。恵神である。
「ククク……私から逃げられると思わない事だな……」
腹黒い笑みを浮かべながら、悪役じみたセリフを言い、恵神は悪戯をし始めた。
『聞こ……ま……聞こえますか……貴方に……直接……語り掛けています……』
「なんだ、この声は……いや、こんな事が出来るのは撃退士かっ! 依頼まで出しやがったな!」
『その薬を使うのは……危険です……人生を狂わせる程の災厄を……齎すのです。 薬を……返すのです……今ならまだ……間に合います……』
「くそっ!」
意思疎通で語りきると、恵神は満足そうに、やりきった顔をしていた。
そんな事をしているうちに、フェリー乗り場が見えてきた。
このままフェリー乗り場へ行き、出発ギリギリの船に乗り込まれてしまえば、追う事が困難になってしまう。
「させへんよ!」
その進行ルートに朗がヒリュウと共に現れた。
先回りされていた事に、逃走者は舌を打ち、朗と接触する直前、直角に曲がってルートを変更する。
「ちっ……どこまで手が回ってるんだっ!?」
逃走者のイライラは積っていく。撃退士達を撒く事を優先すべきと考えた逃走者は身を隠しやすい倉庫の方へ走り始める。
しかし、そこには龍磨が居た。
「ちょっと止まってー!」
またもや、移動先に現れた撃退士に逃走者は焦る。龍磨はそんな逃走者の焦りを察しているのか、そのまま強引に逃走者へ突っ込んでいく。
「くそっ!」
「おっと、逃がさないよ」
逃走者は龍磨から逃れようと、再び方向転換しようとするが、龍磨は逃走者の足元へ“聖火”を放つ。
「ぐっ」
銀色の炎に包まれた薙刀が逃走者の左足に当る。手加減はしているが、それでも十分なダメージであった。
逃走者は転びそうになるが、器用にも片手で倒れる体を支え、サーカスのショーのような素早い身のこなしで、龍磨から距離を取る。
しかし、逃走者に休む暇もなく、今度は倉庫の屋根の上から鎖弦が飛び降りて、逃走者を襲う。
「まだいるのかっ!」
「いかなる任務であろうと、鬼道忍軍に失敗は許されない。特に、俺の場合は……」
鎖弦は捕獲しようと、逃走者を組み伏せようとするが、逃走者には格闘の心得があるのか、左足をかばいながらも器用に鎖弦の攻撃を捌き、思うようにはさせてはくれない。
一瞬の隙を突いて、強く地を蹴り、大きく後ろへと跳ぶ。そのまま、背を向けて、ぼろぼろの体を引きずってでも逃げ出そうとする。
しかし、
「……詰み、ですねぇ……」
スクーターに乗った恋音が脇道から猛スピードで現れ、ドリフトで逃走者の前に急停止した。そして、恋音は眠気を誘う霧“スリープミスト”を作り出す。
「く……そっ…」
ぼろぼろの体でもはや眠気を抗う事も出来ず、ついに逃走者はここに沈黙した。
●尋問フェイズ
「惚れ薬か、こんなん使うてもええこと無いのにな」
ミセスが逃走者から確保した惚れ薬を見ながら、呟いた。逃走者は既に眠りから目を覚ましており、足と両手を縄で括られて逃げられない状況であった。
「人間は、道具に頼り切ったら駄目になるやで」
ミセスは母親が呆れたような表情を浮かばせ、逃走者にデコピンを一発食らわせる。
「これは、悪用したりしませんよね?」
ミセスから惚れ薬を受け取り、現場へ来ていた依頼人へ明斗は疑り深い目で手渡した。その圧力に、依頼人は押されるが、
「あ、あぁ……ちゃんとこれは俺達が管理する」
と、おどおどと受け取る。
これで依頼も完了と、薬を受け取った依頼人達はすごすごと撃退士達から去ろうとするが、その足が途中で止まった。
「……ふむ」
惚れ薬を持った男が撃退士達に振り向いた。
(……この場で試してみるか。結構美女も多いし)
と、下種な考えが頭をよぎり、惚れ薬の入った試験管のコルクを抜いた。
依頼人が薬を飲もうとした瞬間、ポチャンと何かが惚れ薬の中へ入った。
「へ?」
見れば白い塊が惚れ薬の中へ入っている。依頼人が空を見ると、そこには港ではよく見るような海鳥が一羽。
そう、鳥の糞が丁度、小さな試験管の中に入ったのだ。
そして、淡いピンク色をしていた惚れ薬は、色を変えていく。
「……あっ」
結果、爆発した。
依頼人とその片割れは爆発に巻き込まれ、身体は黒いすすだらけに、髪はちりちりと焼けてしまう。
「あはははは!! 爆発オチ! 爆発オチだ!!」
誰もがポカンとしている中、恵神だけがお腹の底から声を出して大笑いし、地面をばんばんと叩いていた。