●対抗戦開始
「今日は集まってくれてありがとうございます」
藤谷観月が参加者に礼を言い、遠くチーズケーキくん2号を見据える。
ついにその時がやってきた。
藤谷・丹下の対抗戦開始の時である。
記録官であるユウキがストップウォッチと阻霊符を手に、訓練の開始を高らかに宣言する。
「位置についてー、よーい……ドン!」
完全に運動会のノリである。
「ぬいぐるみが原因の依頼とはな。いや、バカにしている訳ではないが理由が意外にも子供っぽいと思」
一歩を踏み出した神凪 宗(
ja0435)の頭上で警告音が鳴り響いた。
まさかの初手ミサイル発動である。これにはユウキも驚いた。というかあまりのことに笑うしかなかった。
どこから飛んできたのか、ミサイルが白煙の尾を棚引かせ神凪を遥か彼方へ。
爆風に煽られた秋月 奏美(
jb5657)を受け止めた赤城 羽純(
jb6383)がたたらを踏んで後退ると、なんとそこには落とし穴が。
「あー」
無感情にそう叫ぶと憐れ彼女は頭から穴へと吸い込まれていった。
「おいおい、いきなり何やっ……」
ライアー・ハングマン(
jb2704)が周囲の異常事態に口を開くが、言葉を言い終える前に足元が爆ぜた。特殊地雷『亀吉くん』である。
「うおっ!」
それを撃退士ならではの瞬発力で回避するライアー。
「あたしたちの戦いはまだ始まったばかりだ!」
盛大なフラグを叫びながら直進する瀬波 有火(
jb5278)は急に放たれたマシンガンの銃弾を、現実と仮想現実の世界を舞台に戦う主人公の如き上体反らしで躱そうとしつつ、おでこに直撃され後ろに転がっていった。
開始数秒で劇甚たる有様である。
ちなみに第六撃退科学研究所の発表によれば、罠発動確率は21%のはずだ。
おいしいです。ありがとうございます。
斯くして波乱の対抗戦がスタートしたのであった。
●罠・罠・罠
惨状を目の当たりにし、シールドを構えて慎重に移動するのは楯清十郎(
ja2990)。
「競争相手がいる以上、気合を入れていかないと」
向こうのチームがいるらしき訓練場の方からも叫び声や爆音が響き渡っている。
なにこれこわい。
「むっ、殺気……これは、右です!」
シールドを右に向けるが左側からブーンと飛んできた丸太は彼の目の前を通り過ぎる。
「次は……こっちか!」
立ち止まり左を見る清十郎。そして右上方から岩が落ちてくる。でもなぜか当たらない。ある意味すごい才能である。
「よくもまぁ、これだけの罠を用意したものだ」
次々罠を発動させていく先陣部隊を見詰め、刃昭一(
jb4899)がそう言って頭を振る。
同じく後方から進んでいく炎武 瑠美(
jb4684)は、神凪がミサイルで吹き飛んだのを目にし、
「つ、次は私の番……じゃないですよね」
と、涙目になりながら狼狽えていた。
「一体どうやって用意したんだろうな、このトラップは」
冷静に周囲を見渡しながら刃は危なげなく進んでいった。
秋月が羽純を穴から引っ張り出している間に、瀬波は元気一番立ち上がると一気に走り出した。
「いっくよー、加速加速―!」
すっ飛んでいく瀬波を見詰め、神凪が口を開く。
「元気だな、しかしこのままでは確かに埒が明かん」
「あっ、神凪さん。無事だったんですか」
すぐ近くを普通に歩いていた神凪に瑠美が驚く。
実は彼、ミサイルを空蝉の術で回避していたのだ。正直初手ミサイルとかどうしよう、とか言っていたのは記録官ユウキ談である。
ミサイルに飛ばされたと思っていたのに無事だった。この事実は瑠美に安心感を与え、彼女は胸をほっと撫で下ろした。
「全く、この訓練はどうなっ」
言い切る間もなく、銃弾が神凪目掛けて飛んでくる。
それを華麗に躱した神凪は、そのまま……穴に落ちた。その穴に頭上から岩が転がり込んでくる。
「ちっ、×××……!」
普段クールな神凪もこのコンボには流石に毒を吐きながら地中深く埋没していった。
その光景に瑠美は若干白目になりながら口をぱくぱくさせ、泣きながら走り去る。
そんな彼女にも容赦なく銃弾の雨は降り注ぐ。
「みぎゃぅー!」
およそ生まれてこの方、発したことのないだろう叫び声を上げながら彼女は走り続けた。
ちなみに盾をぶんぶん振り回して防御しようとしていたが全弾当たっていたのだった。
「瑠美さんの悲鳴が聞こえた……」
遅れを取り戻すため急いでいた羽純が前を行っていた秋月と刃に合流。当初は皆並んで進軍するという計画だったが、罠のせいで散り散りである。
秋月は、ぽきぽきと拳を鳴らすとぺろりと唇を舐め上げる。
「この訓練なかなか楽しませてくれるじゃない。これは腕が鳴りますねぇ」
「ふっ。まぁ、一筋縄では行かんだろうな。気をつけた方がいい」
少々ぶっきらぼうにそう言うと刃はそのままの姿勢で落とし穴へ吸い込まれていった。
「あっ」
秋月が口を開いた時にはもうその姿は見えなかった。遥か穴の底は視認することすらできない。
「ちょっと……これ深すぎるでしょ……」
それを心配そうに覗き込んでいた秋月と羽純を今度は銃弾の雨が襲う。
なにやらこの訓練場、銃弾と落とし穴が大活躍である。
「ちょっ! トラップってレベルじゃないでしょこれは?!」
ちなみに撃退士の防御力を持ってすれば銃弾など、彼の戦闘民族の少年の如く打撲程度で済む。それでも相当痛いことには変わりはない。
逃げる羽純に対して、今度は縄で括りつけられた丸太が遠心力を大いに活かして襲い掛かる。
美しい飛翔を見せる羽純!(ジャンプ回避)
見事に丸太の軌道に躍り出てしまい殴打される羽純!(ダメージ10)
「あー」
やっぱり無感情にそう叫ぶと彼女は血反吐を繁吹かせながら飛んでいった。
(対抗戦で……コメディ……両立目指す)
そう息込んでいた彼女は宙を舞う。
ちなみに血反吐は演出用に彼女が持ち歩いていた血糊だ。なかなかのやり手である。
地雷を躱し、迫り来る岩をも躱し、ライアーは息を吐く。
「っとと、あぶねぇな。結構やってくれんじゃねぇか、おい」
ライアーの視線の先には藤谷観月。
彼は人知れず彼女を護りながら移動していた。
当の観月は順調に模擬敵を目指す。なぜか罠に当たらないのを訝しながらも先を急ぐ。
そんな観月に絶賛大活躍中の銃口が牙を向く。
「いだだだだ、痛ってぇ!?」
その銃弾から身を挺して観月を護ったのはライアーだった。
「ちっ、損な役回りだぜ。でも、愛しの姫君のためだからな」
痛い思いをしているようだが、それも満更ではなさそうである。
そんな護衛がいることにも気付かずひたすら駆けていく観月。
彼の想いが報われることはあるのか。それは神のみぞ知るところであった。
●対決・チーズケーキくん2号
「あたしはチーズケーキよりショートケーキ派だ!」
猛烈な勢いで一気に駆け抜け、チーズケーキくん2号(以下チケ2号)をびしりと指差した瀬波。
落とし穴もなんのその、穴の上を落ちる前に駆け抜けるという所業をやってのけた。
「うおー! 直撃こそ正義!」
真正面から突っ込む彼女にチケ2号のバネつきボヨヨンパンチが炸裂。
彼女は20メートル以上の距離を飛んだ。パンチが当たった時はなぜか満面の笑みだった。凄いけどちょっとアホの子だった。
次に登場したのは神凪だ。あれほどの罠に遭いながらもうここまで来ていた。忍者すごい。
彼は手裏剣を的確に命中させるが対アウルなんとか素材を用いてボディが作られたチケ2号にはほとんど効いていない。
「僕の番のようですね」
颯爽と現れた清十郎。彼はチケ2号と対峙すると、地雷を踏んだ。
「だふんっ!」
ここまで知らず知らずのうちに罠を回避していのにいいところで引くものである。
チケ2号はチャンスと見るや大音量のサイレンを鳴らしながら瀬波と、もうそこまで来ていた観月に向かって妨害弾を打ち込んだ。
「ふっふっふっ、この程度であたしを止められると思ったら大間違うるさーーーい! 更にタバスコが目に! 目がぁー! 目がぁー! いっくし!」
耳を抑えつつ、涙をちょちょ切らせ、更にコショウでくしゃみをしながら瀬波は地雷原へと転がり込んでいったが、きっと大丈夫だろうということにしておいた。
観月へと打ち込まれた妨害弾はやはりライアーがカット。
「ぐほぉ! なんだこれ!」
「これで洗い流してください!」
すかさず清十郎が瀬波とライアーにドリンクを投げ渡す。地雷で変な声を出してしまった割にピンピンしているのは流石ディヴァインナイトというだけはある。
綺麗なミネラルウォーターで目を洗う瀬波。
よく振られたソーダで目を洗うライアー。
「うおお! 目がぁー! 目がぁー!」
「あ、間違えた」
どこの天空に浮かぶ城で戦っているのかという阿鼻叫喚図がここに。
チケ2号……恐ろしい敵である。※主に撃退士たちの自爆です
一方その頃……
丸太に吹っ飛ばされた羽純は瑠美の前に落ちていた。既に瀕死の羽純に瑠美はヒールを掛ける。
「大丈夫ですか!? 赤城さん!」
「笑いの道は……遠く厳しい……」
遠い目をしてそんなことを呟く彼女は意外と大物かも知れない。
ヒールを掛け終えた瑠美のところへ秋月が到着した。
「まだこんなところにいたの? よし、私に任せて」
そう言うと秋月は己の怪力をもってして、もう目と鼻の先にまで来ていたチケ2号へと向かって炎武瑠美をぶん投げたのだった。
「そぉれ! いってこぉ〜〜〜い! 輝く女の星になれ!(良い意味で)」
さぁ、思う存分戦ってくるんだ……
秋月の瞳にきらりと涙が輝く。
飛ばされた瑠美は、
「ぴぃぬろぱっ!」
とか、およそ生まれてこの方、発したことのないだろう叫び声を上げながらチケ2号の手前で更に丸太に吹っ飛ばされたのだった。
いい仕事をした、と額の汗を拭う秋月にも遂に試練の時が訪れる。
3……2……1……GO!
ミサイルくん到来である。
「えっ、ちょ、おいおいおいおいっ!? 模擬戦でそこまでやるぅっ?!」
この模擬戦は一体何がしたいのか。全ては第六撃退科学研究所の陰謀とかそういうことにしておけばいいと思う。
そして、彼女は輝く女の星となったのだった。
「ちっ、無駄に時間を食ったな。しかし、何でただの言い争いがこんなことに発展したんだか」
穴から出た刃はもっともな感想を口にすると、チケ2号と戦うために、構えていた盾を剣に持ち替えた。
そして、皆が戦っている場へと躍り出る。
「やっと、見つけたな。鉄くずが……俺の剣の錆にしてやるよ」
ぐっと脚に力を込める刃。
「上から来るぞ! 気を付けろ!」
戦いの最中、聞こえた清十郎の言葉。
「むっ……!」
その言葉に意識を上に向けた刃は……また落とし穴に落ちた。
ここまであまり罠に掛からず来ていたのになかなかの悲運である。
天然(清十郎)恐るべしである。
しかし、多勢に無勢。しかも身動きの取れないチケ2号を包囲するのに時間は掛からなかった。
チケ2号の注意を引き付けた清十郎が放たれる射撃を防御。その隙を縫って、瀬波が槍を構えて突撃する。
「観月ちゃん、危ないよ! いっくぞー!」
怒りに燃える観月がチケ2号を攻撃していたが、瀬波の言葉に距離を取る。
瀬波の怒涛の攻撃にチケ2号の周りの大地が裂け割れる!
その破壊力は他の追随を許さない。瞬く間にチケ2号のボディが凹んでいく。
手裏剣では効果がないと悟った神凪は双剣を構え、チケ2号を切り裂くと、更にそのボディを抱え空高くから地面に叩きつける大技を繰り出す。
更に清十郎、ライアーが攻撃を加える。
「突き抜けろ! ブレイク・ドーン!」
清十郎のアウルを集中した一突き。
「色々と限界が近いんだ、とっとと潰れろや!」(主に観月の護衛と目)
冥府の風を纏ったライアーの荒波の如き攻撃。
「俺の……出番だな」
何度も落とし穴に落ちては這い上がるを繰り返していた刃昭一。
「はぁっ!」
陽の光に照らされた剣を掲げ、気合一閃。
遅れて登場した彼の一撃により、チケ2号は完全に沈黙した。
「やれやれだな……」
そう言って刃は胸元からタバコを取り出し、口に咥えて火を点ける。
訓練の終了を宣言するユウキの合図と共にタバコの紫煙が風に靡いた。
●訓練終了
「結局攻撃に参加できなかった……」
肩を落とす羽純と、
「『炎武式ハイキック、ソニックインパクト』を披露しようと思っていたのに……」
肩を落とす瑠美。
二人は「なんか助けを呼ぶ声が聞こえる」とか言いながら、星になった秋月の回収へと向かった。
星となった彼女も怪力を披露するところを間違えてしまったのは悔やまれるところであろう。
でも、これは神の悪戯なのでどうしようもない。恨むなら神をお願いします。
そして、運命のジャッジ。
同時に行われていた模擬戦の結果を記録官のユウキと、あかりチームで記録官をしていたカラスマが照らし合わせる。
結果は……
藤谷観月チームの勝利であった。おおよそ、あかりチームが掛かった時間の2/3程度の時間でのチケ2号の撃破に成功していたのだ。
ぐっ、と無表情ながらガッツポーズをする観月。
その姿をライアーはカメラに収める。
「勝利の一枚ってね」
そう言って笑うライアーの顔は永い時を生きてきた悪魔とは思えぬ程、屈託のないものだった。
やったやった、と飛び跳ねる瀬波に、離れた所でタバコを吹かし感慨に耽る刃。猫好きの観月に所属クラブを紹介する神凪。そして、最後の最後に岩に潰されている清十郎。
藤谷観月チーム全員の勝利だ。
それから清十郎は観月へと喧嘩の仲直りをアドバイス。そして、相手チームも交えてこう言った。
「今度は食べられるチーズケーキで第2ラウンドといきませんか?」
その言葉で皆に笑顔が灯る。
「今いない人もいるみたいだから、また今度。今日は……ありがとうございました」
感謝に始まり、感謝に終わる。
藤谷観月の戦いは、こうして終りを告げたのだった。
●決着
対抗戦の結果は観月の勝利で幕を閉じた。
その事実にあかりは肩を落としてはいたものの、そもそも可愛いもの好きのあかりは観月の指すぬいぐるみを可愛くないと思っていたわけではない。
『互いの意見が食い違った』
今回の事件はただそれだけの話だったのだ。
二人の仲が直るのにそう時間は掛からなかった。
そんなある日、あかりが近くに出来た新しいファンシーショップのチラシを持ってきた。
「見てください、観月さん。かわいいものがいっぱいですわよ!」
「うん、かわいい……」
「あ、このぬいぐるみかわいいですわ!」
「こっちのもかわいい」
「それよりこっちの方がかわいいのですわ!」
「…………」
二人の後ろには『ぬいぐるみの虎』と『ぬいぐるみの龍』が『がおー』『きしゃー』と、睨み合う光景が繰り広げられた。
※イメージ映像です。
『喧嘩するほど仲が良い』とは、よく言ったものである。
ちゃんちゃん♪