●上陸
青い海、青い空。
照りつける太陽に目を細め、8人は島へと上陸した。
「ふむ。晴天であるな。では我輩は早速ビーチ付近を調べておくのである。どんな危険があるか分からぬからな」
なんともその光景が似合う上半身裸の男、マクセル・オールウェル(
jb2672)は大剣を振り回しつつ海に飛び込み、ばっさばっさと波を掻き分け周囲を泳ぐ。
「皆、時計の時間は合わせておこう」
別れて探索という時にはこれは重要なファクターである。
並木坂・マオ(
ja0317)は皆に用意した腕時計の時間を合わせ洞窟探索に備えた。
周囲の安全を確認したマクセルが合流し、咲村 氷雅(
jb0731)が提案する。
「まず明るい内に一度探索、潮の関係もあるだろうから何も見つからなければ夜にもう一度探索することにしよう」
咲村の提案に皆が頷き、洞窟探索が開始された。
●横穴班
洞窟を迂回し、横穴からの進入となった雫(
ja1894)と鑑夜 翠月(
jb0681)、観月の三人は慎重に歩みを進める。
暗闇対策としてナイトビジョンを用意していた二人は観月にもそれを貸与え、天井や壁にも細心の注意を払い、危なげなく奥を目指す。
「個人が隠した割には仕掛けが仰々しい気がしますね……」
「僕もそれは感じていました。それほどの秘宝が隠されているのでしょうか」
二人のやり取りと注意深い行動に観月は安心する。これなら私が出張ることもないだろう。
そう思った矢先に文字通りというべきか、一本の矢が三人を掠めた。所定の場所に触れると発動する単純なトラップの一つだった。
すぐに雫がその罠元を調べる。
「これは随分と古いもののようですね。何とか動いているようですが、最近メンテンナンスをされたような形跡はありません」
「まだ罠があるかも知れません。気を付け……」
翠月がそう声を掛けた瞬間。
雫の手元が爆発。
「しまった! ブービートラップ……!」
爆発により、天井が崩れ三人は呑み込まれた。
●縦穴班
爆発音で穴から大量の蝙蝠が飛び立つ。
「爆発音……!? くそっ、まさか藤谷さんじゃないだろうな」
ライアー・ハングマン(
jb2704)は歯噛みした。
透過のできる自分とマクセルのいない横穴班は罠に対して最も弱い班でもある。ライアーは心を落ち着かせ目の前に集中した。
「先に降りる。穴はチェックしておくからネピカさんは気を付けて降りてきてくれ」
飛行・暗視・透過能力を持つ悪魔にとっては洞窟探索などお手の物である。伊達に洞窟探検隊の異名を持っているわけではなかった。
声を掛けられたネピカ(
jb0614)は、小分けに用意したロープを括り、近くの岩に変形もやい結びでしっかりとロック。ロープを身体に固定し、狭い縦穴を慎重に降りていく。
縦穴から通路に出たときは、急に壁がなくなり、宙吊りで手をあぶあぶさせてしまうという可愛い事態も起きたが、ライアーがフォローして無事着地。
『暗いのう……文字が書きにくいのじゃ……』
そう言えばとネピカは事前に咲村から渡されたフラッシュライトで照明を取った。
こんな時もスケッチブックを手放さないネピカとそれに苦笑するライアーは通路を奥に歩き出し、周囲の調査に乗り出した。
「ふむ、新しい発見にでも期待するかね」
●正面班
「我輩に任せるのである」
そう言うとマクセルはライトを頭に括りつけ、透過しながら大剣を両手持ち。時折透過を解除しながら、罠という罠を発動させながら縦横無尽に飛び回った。
色々な罠の轟音と共に笑い声が洞窟から聞こえて来るので少々怖い。
「すごいですね。そう言えば『罠は踏み潰すもの』って昔誰か偉い人が言ってた」(言ってない)
マオはそんなことを言いつつ、方位磁石で方角を確認しながら中へ。
殿を務める咲村は不発の罠であろうものに目印を付けながら進む。
「まだ解除できていない罠も結構あるな。よくもまぁ、これだけの罠を張ったものだ……」
そこかしかに折れ刺さっている矢を乗り越え、落とし穴を跨ぎ、それらしい壁の出っ張りなどを掻い潜る。
どれだけ歩いただろうか。結構な距離を歩いてきたマクセル、マオ、咲村の三人は通路の奥で縦穴班の二人と合流することができた。
「…………♪」『もうすぐお宝じゃな。気になるのう』
ネピカの文字も踊る。二人は周囲に宝の手掛かりがないかを探していたようだがめぼしい物は見つからず、『11の宝の部屋』の扉手前でメンバーが集まるのを待っていた。
「あれ? 藤谷さんたちは……?」
ライアーが心配そうに正面班に聞いた。
本来なら横穴班の方がここに近いはずなのに、それより距離の遠い正面班が先に来ることを訝しんだのだ。
「そう言えば出会いませんでしたねぇ」
マオが頭を傾げる。
「まさか……!」
ライアーを始め、騒めくメンバー。
そこへひょっこり現れたのは翠月だった。
「あ、いたいた。遅くなってしまって申し訳ありません」
後ろからは雫と観月。
「危ないところでしたが鑑夜さんの声掛けに助けられました……」
雫の手元で爆発した罠が土砂を落とすより先に三人は内部へと駆け込み、ぎりぎり危機を回避していたのだ。
「皆、無事で何よりである」
「まぁ、何はともあれ全員揃ったな」
『宝の部屋へ出陣じゃ!』
撃退士たちは『11の宝の部屋』への扉を開き、足を踏み入れていった。
●お宝は?
おかしい。
何もない。
これは『11の宝の部屋』の話ではない。
『11の宝の部屋』は、雫・翠月・咲村・マクセルの四人がそれぞれ鍵となり、11個の石を4・3・2・2に分けて台座に乗せ、ボタンを押すことで簡単に奥への扉を開錠できた。通分して割り出せばこれは簡単に突破できる仕掛けだった。
問題はその先だ。
実は特に天魔を寄せ付けない仕掛けなどもなく、先にマクセルとライアーが調査してきたが何も見つけられなかった。扉の鍵を開けてみたものの、やはり奥の部屋には変化がなく、二階構造のその部屋にある階段を下りた先は何もない空間だった。
変わっているところといえば、その空間の地面には少々の海水が入り込み、足元を濡らした程度だ。
このままでは埒が明かない。
探索メンバーは一度洞窟を出て、夜を待つことにした。
日が落ちる前に雫が用意していたキャンプ用テントを張り、休憩班・見張り班・食料調達班に分かれ、無人島の逢魔が時を過ごす。
4人用テントだったが丁度よく男性4・女性4なので無用なトラブルも回避できた。
サバイバルに長ける雫が取ってきた野生動物や野草と、マクセルがどこからか素手で捕まえてきた3メートル級のマンボウの料理に舌鼓を打つ。
『なかなか美味いもんじゃな』
「田舎の山を思い出します……」
ネピカと翠月も満足気だ。
そうして時を過ごし、その時間がきた。
月が真ん丸と太り、撃退士たちを見下ろす。
満潮だ。
「あの立て看板の意味……恐らく太陽か月を表すものだと思いますので島の緯度と経度を調べ、今日の高度や光の角度、潮位を表に纏めておきました」
雫の見立てではこの時間が大潮の時間帯。
「うわ、すごいなぁ。あたしは現場で考えればいいかって気楽に考えてたよ」
マオが苦笑いをしてぺろりと舌を出す。
「じゃあ、探索夜の部と洒落込むとするか」
咲村の声に合わせ、皆が顔を引き締め、腰を上げた。
●夜の部
塞がれた横穴はもう使えないので縦穴と正面の二択になるが、狭く少人数しか通れない縦穴よりも、罠をある程度解除した正面から乗り込むことになった。
夜の洞窟は一層暗い。
ランタン、フラッシュライトなど各自が光源をしっかり確保して奥を目指す。
夜になり洞窟に身を潜める動物の気配をより強く感じる。
ムカデに似た体を持つヤスデやクモなどの節足動物が蠢き、蝙蝠がバサバサと飛ぶ音が聴こえる。
撃退士たちはこの手のモノに強いのか、はたまた恐怖で声が出ないのか、誰一人慌てることがない。
「可愛くないのは好きじゃない……」
意外にも最初に口を開いたのは観月だった。いつもと変わらず無表情だが、洞窟の奥へと向かう足は速い。
それを気遣うようにライアーが後ろを守り、皆がそれに続く。
「一度入ったとは言ってもまだ不安は残ります。皆さん気を付けてください」
翠月が声を掛けるが満潮の影響か、かなり海水が浸入し、動きづらい中でまだ解除されていない罠に手を焼かされた。それでも昼間に見てきたものと大差があるわけではない。各自でそれらを退ける。
そして真っ暗な闇の中に浮かび上がる宝の部屋への扉。
前回と同じく4人が鍵となり、ネピカ・マオ・ライアー・観月が奥へと進んだ。
奥の部屋の階段に差し掛かると、そこには海水が昼間とは比べ物にならないほど入り込んでいた。
「えーと……この中を行くんですか?」
マオが冷や汗を流す。
『それしかなさそうじゃな』
ネピカは傍らにスケッチブックとペンを置くと、ぐっぐっと準備体操。
「行きましょう……」
観月も帽子を外し飛び込む準備をする。
「やれやれ……。危険そうなら言ってくれ。後は俺がなんとかする」
透過ができるライアーだが、如何せん水の中というのは、空気を透過できないのと同じで水の抵抗自体は受けるし呼吸もできない。せいぜい体が濡れない程度しか他の撃退士とは変わらないのだ。それでもここは男である自分がなんとかしなければならないと気を張った。
そして、4人は10メートル近く潮位の上がった階段の下へ飛び込んだ。
ただでさえ、真っ暗な洞窟の深部、しかも海水の中。何も見えない闇の中を4人は懸命に探す。何を探せばいいのかすら分かっていない状況でただひたすらに。
長い時間が過ぎ、皆の身体も冷え切った頃、それは見つかった。
なんてことはない。
階段を下りたすぐ後ろの天井部。要するに入ってきた部屋のすぐ足元裏側に潮が満ちていない空間があったのだ。確かに普通の人間が何かを隠すなら、海底などという危険な位置ではない可能性が高い。
その空間に潮が満ちたことで浮き上がってきた物体があった。月を模したかのような丸くて軽い物体だった。それを空間の窪みにはめ込むと何かが動く音がした。
4人が海中から上の部屋へ上がると、部屋の中央、ちょうど下に丸いものをはめた空間の上、そこに小さな箱が鎮座していた。
『これがお宝か! なかなか難儀じゃったのう』
早速ネピカがスケッチブックに文字を走らせた。
「一体なんでしょう。気になりますね」
マオがいつの間にか用意していたデジカメでその箱をパシャパシャと撮る。
ライアーがその箱を手にし、皆を振り返ると……すぐに顔を背けた。
暗闇で皆は気がついていないだろうが暗視のできるライアーには水で服が透けた3人がはっきりと見えてしまっている。すぐに用意していたタオルを3人へ放る。
「一枚しかねぇけど、それでよく拭いてから来てくれ」
ライアーは箱を持って、待っている4人の元へと急いだ。
「それがお宝であるか! 我輩、いの一番で見たかったのである」
「どうやら無事に見つけたようだな。すぐにここを出るぞ」
マクセルと咲村の対照的な言葉に迎えられ、ライアーは皆に箱を見せた。
「一体なにが入っているんでしょうね」
箱の中身を気にする翠月と雫。ここまできたら中身を確認せずにはいられないのは皆一緒の気持ちだろう。
身体を拭き終えた3人が合流し、撃退士たちは外へ出る。
そして、月明かりの下、丁寧に梱包されているその木箱を開けた。
中に入っていたのは末広がりに納められた2対の扇子とその中央に一つの指輪。
「なるほど……そういうことですか……」
雫が全てを悟ったように呟く。
「なんとか手に入ったな。では、日の出とともに帰還しよう」
やり遂げた晴れやかな心持ちで、撃退士たちは水平線の彼方へと目をやり、日が昇るのを待った。
●
「おぉ……おお……!」
老婆が泣きながらその箱を受け取る。
「お婆さん、その品はもしかして……」
雫が控えめに聞くと、
「こが、じいさんの贈っとーもんがなえ。ほんにありがとう……ありがとう……」
老婆は撃退士たちの手を握り、感謝の言葉を述べるとその箱を開けた。
そして、流れていた涙は地に落ち、健脚であったその脚を折ると地面に座り込んだ。
「ああ……うああ……」
箱を抱きしめ号泣する老婆。
その品は『結納』の品であった。
夫婦に当てはめられ、幸せを表す末広がりの一対の扇子。それを更に末広がりの形に配置し、「別れる」という意味を持つ偶数を避けるため指輪を中央に配置。これ以上ない品であった。
その昔、この洞窟は夫の気持ちを試すため『華燭の儀』として、入夫が妻のために結納の品を収める儀式の場として使われていたのだ。そして前に置いてあった品を持ち帰り本来の所へ還す。
内部の仕掛けの都合上、複数人で行くわけだが、残された者の話では時化で帰りに老婆の夫が帰らぬ者になったという。それ以来、この儀式は廃れ、いつまでもその品は海蝕洞に眠っていたのだ。
昔に作られた罠ばかりで、天魔に有効なものがなかったのはそういう背景があったからであるらしい。
「大事な『家族』のことだもんね……」
「……そうだな……」
思うところがあるのだろう、マオが老婆を見て呟く。それに咲村が遠くを見詰め答えた。
「見つけられて本当に良かったです」
『これで一件落着じゃな』
翠月とネピカも神妙な面持ちで言葉を出す。
「うむ。哀しい出来事ではあったがこれを機に、これからも強く生きて欲しいものだ。そう、拙者のように」
そう言ってマクセルはモストマスキュラーのポーズで力強さを表現。
「何にしても上手くいって良かったな」
ライアーが全てを慈しむように老婆を見やる。
「私は、いつの間にか人の言う事を素直に聞けなくなっていたようですね……」
雫は落ち込むように言葉を吐き出す。
老婆の話、罠があること。
それらは撃退士たちを陥れようとしてのことなのでは、そう考えていた自分に少々の落胆を覚える。
「最悪の事態を考えるのは撃退士として間違っていない」
そんな雫に観月はそう声を掛けた。
「今は、依頼の成功をただ喜べばいい……」
老婆の涙は枯れることなく、いつまでも流れ続けていた。
●想い
観月は考えていた。
頼まれたから探しただけだった。
そして任務を遂行した。
それだけだったはずだ。
それだけだったはずなのに何故だろう。
そんな観月を心配し戒める言葉をくれた咲村や、今度修行に一緒に行かないかと誘ってくれたライアー、他の生き生きとした仲間たちの姿と……老婆の涙。
それらが私に与えた不思議な気持ちは。
その時の観月にはまだそれが何か解らなかったが、ただ、悪い気分ではなかった。
そう想いを馳せ、彼女は斡旋所へと報告をする。
『任務完了』と――