●戦場
巻き上げられた砂塵が空を覆う。
蒼い空は曇天と化し、自然の摂理をもねじ伏せるような悪魔の進軍は続く。
「ひでぇ……」
崩れ落ちた家屋。
年齢、性別を厭わない夥しい数の遺骸。
その光景に獅堂 武(
jb0906)は口を衝く。
「どこまで踏みにじり、悲しみを拡げれば気が済むんだ! 絶対に許さない!」
制服を綺麗に着こなした折り目正しい外見の青年も顔を歪ませ叫んだ。
黒井 明斗(
jb0525)。
優しさは生きる権利を、強さは生き抜く力を。
それを処世訓とする彼は音を立て一歩を踏み出した。
力ある者はその使い道を間違ってはならない。彼はそのことをよく知っている。
「まあ、人助けも紳士の嗜みだしな。あの中に何人の美男美女が居る? 助けないと勿体ねえだろ。いや、もちろん老若男女訳へだてなく紳士として愛してやるさ」
飄々とそう言うのは端正な顔をもつアラン・カートライト(
ja8773)。
諧謔な言動を好み真意は測れないが、正義感が無いわけでもないようだ。
「全くだ。片っ端から助けてやるさ。だが、俺たちにも愛せねえ奴はいるわけさ」
アランの友人でもある赤坂白秋(
ja7030)が、まだ遠く、暴虐の限りを尽くす魔軍を見据え息を吐いた。
「こんなもの、放っておくわけにはいかない……できる限りの事はしないと、どんどん被害は広まっていくんだから」
人間界での生活が長い天使の氷野宮 終夜(
jb4748)も決意を込めた表情で言葉を絞り出した。
こんな戦いに意味があるのか。
天界に居た頃から思っていた。他の者の住む地さえも貪る侵略行為は是と言えるのか。
彼女は天界を追われ人間界へと降りた。そして、彼女を暖かく迎えてくれた人間がいた。それは紛れもない彼女の『家族』。
「食い止める……家族に手が伸びてしまう前に……!」
「ええ。これ以上被害を拡大させるわけにはいきませんね」
呼応するように紅葉 公(
ja2931)が頷いた。
「じゃあ、行こうか。あのタコとヒトとを別々に、それとイソギンチャクを解体しにね。周辺の地理は大丈夫だよね? 手筈通りに行くよ」
僅かな天からの明かりに照らされ光沢を放つワイヤーを手にした雨野 挫斬(
ja0919)が妖艶に微笑む。その表情は愛しい相手を想う乙女のようにも、または胡乱な溢者のようにも見える。
いつ終わるかもわからない激しい戦いが繰り広げられる戦場へと撃退士たちは踏み込んでいく。
己の正義を貫くために。
●死闘
「いやぁぁああ! やめて! その子は……その子だけは!」
逃げ惑う人々の悲鳴と、戦いの噪音。
その一部に悲愴な叫声が響き渡る。
視界にようやく入る程遠くに花虫綱を思わせる不気味な生物が見えた。その生物は縦横無尽に動き回る触手を使い十にも満たない小さな子供を空高くへと掴み上げる。
傍らでは母親と思しき女性が膝から崩折れ泣き叫んでいた。
そんなことは知らぬとその生物――デビルキャリアーは子供を自身の口盤へと飲み込んでいく。
母親の目から光が消えた。
すると、『お前も子供の所へ連れて行ってやろう』、そう言うが如くに母親も別の触手に捕まり同じく口盤へと嚥下されていった。
「こいつら……!」
怒りを滲ませた言葉を吐き出し、魔軍を睨む虎落 九朗(
jb0008)。
怒りをまずは内に抑え、逃げ惑う市民へと声を掛ける。
「すまない、本当は避難を手伝いたいがあのデカブツを逃がすわけにはいかねぇ。なんとか自分らだけで逃げてくれ。その代わりこいつらは絶対抑えてみせる! だからそれまで待っててくれ」
デビルキャリアーを護るように立ちはだかるタコ兵士どもに一撃を見舞ってやりたい。
そう考えるが、まだ距離がある。ここは作戦通りに各自の獲物へと足を進めるべきだ、そう判断した虎落は回り込むようにデビルキャリアーを目指す。
その逆側から周り込むのは影野 明日香(
jb3801)だ。
「これは一刻も早い救助が必要みたいね」
トレードマークである白衣がその身のこなしに裾を広げ、あたかも翼を有しているかのように見える。潰れた家屋が行く手を阻む中、彼女は障害物など取るに足らぬものだと勇躍していく。
「――楽しそうじゃねえか、クソ海産物共」
魔軍の非道なる行為に白秋は獣性が滲む笑みを顔に張り付ける。しかし、その裏には静かに燃える怒りの灯火を揺らめかせていた。
白秋はこの一軍の指揮を取るロードを毀つため足に力を込めた。
「捕獲専用のディアボロですか。……なるほど、図体ばかりがデカくて鈍重そうですねえ」
デビルキャリアーへ向かう仲間を見送りながら呟いたのはエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)。
あどけない顔立ちとは裏腹に身に纏う空気は一般の撃退士を凌駕している。
「いえ……相当素早いらしいですよ。油断は禁物です」
エイルズレトラと一緒にブラッドウォリアーへの対応を任されていた明斗がそう切り返すと、
「……え、あいつ足早いんですか? なるほど、天魔も見掛けによりませんねえ」
と、悠然たる態度を取ってみせる。
芸人としての表の顔を持つ彼らしい言動だ。
だが、裏に持つもう一つの顔は決して穏やかなものなどではない。
「それではショータイムと行きましょう」
エイルズレトラが動く。
敵の要を押さえるために出撃した味方の作戦を円滑に進める潤滑油の役目。それがエイルズレトラの役割だ。
敵軍汎用兵士であるブラッドウォリアーの群れへ飛び込み、アウルにより呼び起こした光を一身に浴びる。これでウォリアーが気を取られてくれればしめたものだ。
「僕と遊んでください。雑魚は雑魚同士、仲良くしましょう?」
自分のことを雑魚などと形容するのも愛敬者の彼らしい。
そのエイルズレトラに対し、大きく踏み込み魔法力の乗った大剣を振り下ろす一体のウォリアー。それを華麗に躱し、彼は口の端を上げる。
だが、どうも敵の動きがおかしい。
最初に踏み込んできた者以外は微動だにしていない。いや、動いた。しかし、その動きはエイルズレトラの意に反するものだった。
ウォリアーの群れの後方に陣取るブラッドロード、そしてデビルキャリアー。それらを狙わんと躍動する撃退士たちに向けてウォリアーたちは足を向けた。
その舵を取っている者こそが狙いであるブラッドロードその者だった。
「ちっ、やられましたねえ」
最初に踏み込んできた者も、この様子では囮として動いている自分に気が付いている。むしろ踏み込むことこそがこちらの囮だと言わんばかりの敵の行動にエイルズレトアは歯噛みした。
デビルキャリアーへ向けて動いていた獅堂はそれを見て符を構える。
「これ以上好き勝手にやらせやしねぇぞ、この野郎!」
五芒星を描く緋色の陣から炎球を迸らせる。
陰陽道の家系として生まれた彼がアウルの力を発現させてからの生活は今までのそれとは違っていた。今では名だけが残るような家元での日々。然程興味を持てず、陰陽道の知識にも乏しかった自分。
家の名のために入れられた学園だったが、その力は今、人を救うための力となっている。元来情け深い性格の彼が、『誰かの役に立つために』と得たその力は正義の名の下に活性する。
しかし、切迫するその空気を焼く炎をウォリアーたちは瞬時に身を捻り躱していく。
一体どれ程の悪魔がこのディアボロたちを率いているのか。この個体一つ一つが熟練の撃退士に勝るとも劣らない力を秘めているのがわかる。
戦場では机上の空論など通用しない。それをまざまざと感じさせられる。鎮座する潰れた家屋。それを利用して陣形を張る悪魔たち。撃退士たちは思うように作戦通りの動きができないでいた。
展開したタコの顔持つ兵士はロードを狙うために回り込んでいる撃退士たちの行く手を阻んだ。
「よくまあ、そんな醜い顔で生きられるモンだ」
アランが闘気を身に纏い、一体のウォリアーと対峙する。
アランの持つブラッディクレイモアが動く度に放つ赤色の光芒。それは彼の赤い瞳を更に濃い紅色へと染め上げていく。
血塗られた剣士の大剣とアランの持つ血塗られた剣が交差し、互いの周囲に赤い風を吹き荒ばせた。
「そっちは任せたぜ、赤坂。お前の攻撃は俺が活かしてやるよ」
アランとは逆、ロードを挟み込むように展開していた白秋は両の瞳にアウルを集中する。
緑火眼。
獲物を狙う白秋の金色の瞳がロードの動向を見逃すまいと淡く光り輝く。
挫斬、アランが立ち塞がるウォリアーを相手にしている隙に、そちらに気を取られているロードに狙いを定める。
(もらった!)
遮蔽物に身を隠した白秋が銃の引き金に掛けた指に力を込めた瞬間だった。不意に現れたウォリアー、その一撃が白秋を捉える。
「ぐあっ……!」
後ろをデビルキャリアーに向かい駆けていた紅葉が白秋に声を飛ばす。
「大丈夫ですか!?」
幼い外見に、おっとりとした性格の彼女だったが誰かが傷付いた時の手際には目を瞠るものがある。
誰かを護る。
辛い過去をもつ紅葉が心に秘めたその想いは決して軽易できるものではない。
「大丈夫だ……! 心配するな。あんたは作戦通りキャリアーを狙ってくれ!」
腕から血を滴らせ白秋は叫ぶ。
「くっ……わかりました!」
紅葉も白秋の気迫に圧され、足をキャリアーに向け直す。
「よう……やってくれるじゃねえか……」
白秋はそれでもロードから狙いを外さない。
彼の瞳に宿る煌々とした輝きは勢いを増した。
ロードを狙うもう一人の刺客。雨野 挫斬。
こちらにもウォリアーはロードの元へは行かせぬと立ちはだかる。
「赤坂さんがやられたか!」
近くで交戦しているアランがその声に応える。
「心配するな。あいつはやると言ったらやる奴だ。俺たちは目の前のこいつらを仕留めればいい」
「言うね」
挫斬もアランと同じく闘気を身に纏う。ピンと張られたワイヤーが妖しく光る。
素早い踏み込みからのワイヤーによる斬撃。それはウォリアーの頭部であるタコ部を切り刻んでいく。
「あははは! 解体してタコの刺身にしてあげる!」
その攻撃を身に受けながらもウォリアーは返す刃で挫斬へと攻撃を叩き込む。
「ちぃっ!」
挫斬とウォリアーが互いに距離を取った。油断すれば切り刻まれるのは自分の方だ。彼女は気を取り直し、ワイヤーを目の前で張り直す。
「くっ! 赤坂の攻撃を活かしてやるなんて言ってこのザマかよ……」
そしてアランもまた、魔法力を伴うウォリアーの攻撃に膝を落としていた。
ロードを狙う撃退士に両翼を広げたウォリアーを正面から突破するために駆けるのは明斗と終夜。元々、終夜はロードを狙って行動する手筈だったが、取り巻く状況はそれを許さない。
すぐに立て直し、まずはウォリアー撃破へと二人は連携を見せた。
ウォリアーの一撃を明斗が盾で防ぎ、その後ろから終夜が白銀の長槍を一閃させる。
天界に属していた者の力が開放される。光の波を溢れさせたその一撃はウォリアーを大きく吹き飛ばした。
「やったか!?」
巻き上がる砂塵の中から姿を現したウォリアーは身に纏うコートで身体を覆っていた。バサリと音を立て、コートを翻すその身体には大きな傷は見当たらなかった。
「そんな……」
「まだ来ます!」
明斗の声と共に獅堂と交戦していたウォリアーが終夜に迫る。フォロースルーの大きい技を放った直後、しかもそれが効いていないという予想外の事態に終夜は迫るウォリアーの攻撃に対応できない。その攻撃は冥の力の下に終夜の身を切り裂いていく。
「うあぁぁ!」
「氷野宮さん!」
明斗が終夜に駆け寄る。魔法攻撃をいなすことができる悪魔相手には分の悪い状況だった。明斗は連続で繰り出される攻撃を必死に耐える。
「くっそぉ!」
目には目を。歯には歯を。
獅堂もまた血塗られたような赤色を帯びる戦斧を手に血を啜る悪鬼へと立ち向かう。
これが戦争。
戦場の姿。
絶望の足音が、迫る。
●活路
目的通り影野はデビルキャリアーの元へ飛び込み、その姿を視界に収めた。
「捉えたわ」
ヒヒイロカネより具現化し、『善意』を意味する断罪の大鎌。悪しき魂を切り裂くその金色の刃で影野はデビルキャリアーの脚を叩き斬っていく。
触手が新たな獲物を掴み上げながらも、敵対者の存在に気がついたように影野に伸びる。その攻撃を読み、触手を絡め取り切り落としていく。
華麗に舞うその姿は医学を研究しているだけの医師などではないことを悠然と物語る。
「まだまだよ!」
彼女の手は止まることを知らないかのようにデビルキャリアーを翻弄し続けた。
遅れて紅葉がデビルキャリアーの元へ辿り着く。
「私もお手伝いします!」
「紅葉、こいつはタフよ。体内に人質がいるし、確実に脚を狙っていきましょう」
「はい!」
控えめで優しい人柄からは想像できないほどの魔力を有する紅葉は喚び起こした雷を走らせ、デビルキャリアーの脚を撃ち抜いていく。
それでもまだデビルキャリアーは落ちる素振りも見せず、人々を触手によって取り込んでいく。
戦いはまだまだ続いていた。
「喰らい……やがれえええええ!」
震える手を抑え込み、闇夜に霜が降りるが如く引き金を絞る。
吐き出された弾丸はロードの半身を獣の如き勢いで喰い千切る。
白秋が放った銃弾によりロードの指揮を失ったウォリアーの統制が乱れた。
「はっ、やってやったぜ……」
血の滴る腕を下ろし、その場を離れる。このまま乱戦の中に居ては確実に命を落とす。他は仲間に任せて白秋は身を翻した。
「大丈夫か? 予定変更だ。俺は先にこっちを片付ける」
デビルキャリアーへ向かっていた虎落が負傷した挫斬とアランの前へ壁として立つ。
そして、身体から一筋の光を天に伸ばす。
それは暗澹とした雲を渦巻くように突き破っていく。そこから降り注ぐのは尾の伸びた箒星。その数は見る間に数を増やしていく。
明斗だ。
仲間を護るだけではない。明斗も同様に天高く伸ばしたアウルで彗星を降り注がせた。
「ご一緒しますよ!」
満身創痍とは言え、数でも囲い込む陣形でもまだ撃退士が有利。二人が流れ落とした小さな彗星は集まっているウォリアーたちへと直下していく。激しい爆炎が辺りを包んだ。
「これ以上、自由にはさせませんよ」
ウォリアーの群れの中、攻撃を少しでも引きつけ敵を翻弄していたエイルズレトラがアウルで作り上げた無数のカードを呼び出し、ウォリアーたちへと群がらせた。混戦の中、カードに身を縛られたウォリアーも抵抗するが、エイルズレトラはそれを嘲笑うかのように軽やかな身のこなしで捌いていく。
「ははは、まるでトランプの兵隊に群がられるアリスのようですねえ」
唯一人、敵陣のど真ん中で敵を掻き回していたエイルズレトラはここまで無傷。
これが戦者の名門マステリオ家に生まれた奇術師の力か。
対魔師や暗殺者としての裏の顔。これがエイルズレトラのもう一つの顔だ。
すり抜けるように攻撃を捌き、魔法のように敵を絡め取る。対魔師としての姿を持つ彼だが、その姿から繰り出されるのはあたかも魔術のようだ。もし彼に敵対する魔術師がいたならばこう言うだろう。
『なんという業を極めし魔術師だ』と。
彗星により爆ぜた大地に乱されたウォリアーを仕留めるために挫斬が前へ出た。
「フフフ……本気出すよ!! 内臓から解体してあげる!」
傷を負ったことも忘れたように、湾曲した漆黒の大鎌に持ち替えた挫斬が一体のウォリアーを真っ二つに引き裂いた。
「これよ……! 堪らない……」
うっとりとした愉悦の中、彼女は凶器による狂喜、その快楽を貪っていた。
白秋がロードを打ち抜いたことで出来た隙。それを見逃さず後ろに引いていたアランはリボルバーを構える。彼は口角を少しだけ引き上げると、
「言っただろ……?」
誰にともなく呟いた。
そして、虎落が抑えていた自分に怪我を負わせたウォリアーへ照準を合わせる。
「来世は俺みたいなイケメンになれると良いな」
凶悪なまでのアウルが畝ねる弾丸が、狙ったウォリアーのタコ部である頭を吹き飛ばした。
徐々に数を減らしていく敵だったが、半身を吹き飛ばされたロードは尚も健在。ウォリアーにおいてもまだ余力を残していた。
一人一人が死闘を繰り広げるも圧倒的に押し込むには至らない。
「はぁはぁ……」
苦戦を強いられているのは終夜だ。天使である彼女は冥のエネルギーによる侵食が激しく、満身創痍だった。
「くっ、今回復を!」
彼女と共にウォリアーと戦う明斗は自身の傷などお構いなしに彼女へ回復の魔法を施す。
身を引いた白秋が援護射撃に回るも、敵の勢いを削ぎきるには至らず、劣勢へと追い込まれていく。
「これで大丈……」
回復を終えたばかりの終夜へウォリアーの大剣が迫る。
「氷野宮あああ!」
白秋の叫びが響き、明斗は反射的に身を乗り出した。その目に映るのは視界を覆い尽くす大剣の姿。
「っ……!」
終夜の目の前で明斗が倒れた。意識はない。
もう一方から終夜に向けて剣が伸びる。エイルズレトラに縛られず自由を得ているもう一体のウォリアーだ。
その攻撃を身に受けるが終夜は意識を断たれる寸前で踏み止まる。もし、明斗が回復してくれていなければ、ここに倒れていたのは間違いなく自分だったろう。
すぐに口を結び、終夜は槍を構える。
「護る……!」
通用せずとも何もせずになど終われない。
彼女は明斗の前に進み出て、渾身の力で槍を薙ぎ払った。
「任せろ!」
終夜の一撃に吹き飛ばされたウォリアーへ、霊符でデビルキャリアーの牽制をしていた獅堂が戦斧を叩き込んだ。
その周囲に炎の球が飛散する。半身を失いながらもロードが行った攻撃。炎の礫と化したそれは意思を持つかのように撃退士たちの頭上へと雨の如く降り注いだ。
獅堂はそれを間一髪で躱し、まだ倒れることのないデビルキャリアーへと駆ける。
アランは周囲にウォリアーの減ったロードへと狙いを定め、銃を向けた。
「ブラッドロードの半身は俺が始末してやる。お前たちに魂があり、そんなに冥界が好きなのなら堕としてやるよ。冥府にな」
放たれた弾丸は残されたロードの半身を見事に捉え、衝撃に弾け飛ぶ。
白秋が半身を、そして残りの半身をアランが。
両雄の銃砲が形も残さぬようにロードを冥府の淵に追いやった。その姿は斯も美しき死神すら連想させる。
残るはデビルキャリアーと数体のウォリアーのみ。
ロードを始末したアランも受けた傷など顧みずデビルキャリアーの元へと急ぐ。
戦いは終焉を迎えようとしていた。
●救うということ
もう何度目の攻撃だろうか。
デビルキャリアーの半数程の脚を潰し、影野と紅葉は息を吐く。
「ここからは私が近いですね。残りのウォリアーは私が対処します」
紅葉はウォリアーの残党を狩るため、仲間の元へ。
「わかったわ。しっかりね」
そう声を掛け、改めてデビルキャリアーへと影野は向き直る。
「いい加減諦めたほうがいいわよ?」
ロードという主を失ったデビルキャリアーに諭すように影野は囁く。それを感じ取ることもできないままデビルキャリアーは執拗に触手を伸ばし続けた。
獅堂、虎落、アランと続々にキャリアーへ対処すべく撃退士が集まる。
「絶対に逃がさねぇ!」
虎落が残る脚に大剣による攻撃を仕掛ける。
動きの鈍っているデビルキャリアーはそれを避けきれず大きな身体を傾がせた。
それでも尚デビルキャリアーは抵抗を続ける。
残る触手を巧みに使い、虎落を絡め取る。
「速ぇ……!」
数本の触手を同時に向かわせ連続攻撃からなる束縛。デビルキャリアーは己の任務を遂行するためにひたすらに抵抗を続け、虎落の身体を締め上げた。
「今、助ける!」
獅堂は術を組もうとするが速い戦いのペースに能力の活性化が間に合わない。
「くそっ!」
歯痒い思いをしながら獅堂は霊符による攻撃に切り替え、触手を脚を、その機能を止めるべく氷の刃を打ち出していく。
多人数で攻めているというのにまだ倒しきることのできないデビルキャリアー。やはり脚ではなく本体への攻撃が必要だと影野は感じ取る。
「あまり私を舐めないでもらえるかしら」
動かない脚を踏み台にし飛翔した影野は、大まかな人間の位置を割り出し、安全な部位を切り裂いた。
そこまでは良かった。
だが、さすがに自分の危機を悟ったのか、デビルキャリアーは移動をするために残された脚で地を蹴った。
「行かせるかよ!」
獅堂はデビルキャリアーが引きずる脚に戦斧を撃ち込み地面へと梁付ける。しかし、そこは大型ディアボロ。そんなものお構いなしに獅堂を戦斧ごと引きずる。
もっと陰陽道を極めていれば。
学園に入る前の自分の生活が脳裏を過ぎる。
陰陽道に興味を示さなかった日々に、仲間をすぐに助けられなかった自分に臍を噛む。
術の発動に必要な能力の活性化。きっと自分が上手く立ち回れていればもっと優位に戦えた筈だ。
「格好悪くてもいい。情けなくてもいい。でも、お前は行かせねぇ!」
獅堂がデビルキャリアーに引きずられながらもその大きな体躯をもって動きを止めた。
だが、その後ろからウォリアーの残党が襲い掛かる。
「しまった!」
交戦していた紅葉が放つ雷がウォリアーを討つ前に振り下ろされた大剣が獅堂に突き刺さる。
「ぐぅっ……!」
その攻撃に意識を失う獅堂。それでも獅堂は手を離さなかった。
影野が創った傷を経てデビルキャリアーの内部から体液が漏れ出していく。
「私は助けられる命を見捨てるつもりはないの」
そこに身を躍らせた影野が内部の人間を外部へ救出。それを触手の束縛から逃れた虎落が受け取り、容態の悪い者には回復のスキルを掛け保護していく。
残ったウォリアーたちをエイルズレトラが縛り上げ、紅葉の魔法で隙を作り、白秋の銃撃で仕留めていく。
直ぐに紅葉は倒れている獅堂を保護。意識は失っているものの命に別状はなさそうだ。応急処置を施して戦線を離脱する。
動かなくなったデビルキャリアーから無事に民間人を運び終えて影野は一息吐く。そこにはつい先程取り込まれた親子の姿もあった。目の当たりにした被害の当事者である親子。それを救い出すことに成功した感慨が押し寄せる。
デビルキャリアーの体液には生命を維持する能力がある。そのお陰か死亡者はゼロ。怪我をしている者についても虎落が対応してくれている。
影野は安心して最後の仕上げに取り掛かる。
「これで終わりにしてあげるわ」
アランの銃弾が本体を貫き、挫斬が外部の表皮を切り裂き、タイミングを見計らい影野が内部からデビルキャリアーを切り刻んだ。
動きを止めていたデビルキャリアーは残された脚で身体を支えることはもうなく、大きな地響きと共にその巨体をゆっくりと地面に横たわらせた。
周りを見渡せば、完全に廃墟と化した戦場が静かに撃退士たちに囁く。
この都市の魔軍による侵撃は終わったのだ、と。
●凱旋
「よう。こっ酷くやられたみたいじゃねえか」
「お前もな」
白秋とアランが顔を合わせ、短く言葉を交わし合う。
並び歩く二人はそれ以上何も語らず静かな笑みを浮かべると伸ばした互いの拳を一つ合わせた。
「ほらほら、まだまだ怪我人はいるわよ」
「っし、移送は任せてくださいよ」
アストラルヴァンガードである影野と虎落は負傷者の対応に当たっていた。
医師免許を持つ影野が指揮を執り、虎落がその補助を行う。普段はぶっきらぼうな虎落も姐御肌な影野には頭が上がらないようだ。
仲間と協力し人々の傷を癒していく二人の姿は治療されていない負傷者がいなくなるまで有り続けた。
戦闘で意識を失った明斗と獅堂。
二人は終夜、紅葉の看護を受け意識を取り戻していた。
「つ……氷野宮さん、大丈夫でしたか?」
自分の身体よりも他人を優先させるあたりが明斗らしい。その優しすぎるところが良いところでもあり悪いところでもある。
「ええ、お陰様で」
物腰のクールな終夜に柔和な笑みが浮かんだ。艶やかな黒髪のポニーテールが揺れる。
「ありがとう」
その一言で十分だった。
明斗は自分の行動が間違っていないことを確信する。眼鏡を掛け直した彼にも柔らかな笑顔が咲いた。
「ここは……そうか、俺は……」
気がついた獅堂は頭を振る。戦場で力尽きた。その現実が彼を苦しめる。
「情けねぇ……」
呟く彼に紅葉が言う。
「そんなことないですよ」
獅堂が顔を上げた。
「獅堂さんがいなければもっと被害は甚大だったはずです。誰かを護ろうとした気持ち。素晴らしいと思います」
その言葉を聞いた獅堂は胸に重く伸し掛っていた雲が取り払われたように感じた。
「……ありがとよ。こんな湿っぽいのは俺じゃねぇ。男はやっぱり高笑いじゃねぇとな」
ポケットから取り出した扇子で顔を仰ぎ、獅堂は『にっ』と笑顔を綻ばせた。
「気持ち良かった……」
うっとりと恍惚の表情をしているのは挫斬。
これほどの相手を切り刻むのはいつ以来だろうか。
「いや〜、ウォリアーを切り刻んだワイヤー捌きと大鎌の切れ味は流石でしたねえ」
エイルズレトラがその後ろからひょっこりと現れ声を掛ける。
「でも、まだまだ足りないよ」
そう言って挫斬はワイヤーを伸ばした。
「おやおや、僕と遊びますか? 僕は速いですよ?」
二人の間に一陣の風が吹く。
「ぷっ……」
どちらからともなく笑い声が上がる。
互いの強さを認め合っているからこそできる冗談というものもある。
「あなたは解体する天魔がいなくなってからにしてあげる」
「……あははははは」
その冗談に聞こえない挫斬の言葉にエイルズレトラの笑い声は乾いたものに変わったのだった。
後に聞かされることとなった此度の魔軍迎撃人類略取防衛戦による記録。
この戦場に魔軍が送り込んできたデビルキャリアーの数はおよそ30を数え、それを護衛していたブラッド種は150を超えていた。
連れ去られた人間の数は実に4桁にも上り、魔軍の恐怖を知らしめた。
そして、この地区を襲った魔軍の長、その本隊の確認もままならぬままの辛い戦いとなった。
情報によると、悪魔子爵ザハーク・オルスの下には男爵、少将をも含む九体の有力な悪魔が集結。それぞれが各地へと侵撃し、この規模よりも大きなものがほとんどだという。
戦いを終えた撃退士たちに安堵をしている暇さえもつかせない大きなうねりとなって悪魔の侵攻は続くだろう。
だが、決して忘れてはならない。
恐れず立ち向かう勇気を。
剣を交え、戦った経験を。
そして、命を賭して守った人々の笑顔を。
犠牲がありはしたが、侵攻してきた魔軍の迎撃、目標の民間人救出に成功した久遠ヶ原学園メンバーには自負の心を芽生えさせるに十分な資格がある。
多くの学生が魔軍侵撃東北地区に派遣され帰ってきたことだろう。
色々なことがあったはずだ。
救えなかった命、守れなかった景色、膝を折った目の前に立ち聳える敵。
笑い合えるこの僅かな時間もほんのひと時の安寧に過ぎないのだ。
まだ、この戦いは終わらない。