●湖へ
鳥が飛び立つ音が響く。
森閑とした山は来訪者を静かに迎え入れていた。
「ナイアス……あぁ、ナヤーデか。んー、こんな山の中にサーバント配置して意味あるのかな」
知的好奇心の強いエリアス・ロプコヴィッツ(
ja8792)がキャンディなどを口にしながら呟く。その姿は緊迫感というものとは程遠い。
「美女型サーバントね。楽しませてくれるといいんだけど」
カメラを持ってそう言うのは雨野 挫斬(
ja0919)。よく見やると、赤坂白秋(
ja7030)以外の人間組は全員カメラ持参だ。
撃退庁より戦地近辺の幾ばくかの情報を手にしていた撃退士たち。確かに女性型サーバントなど滅多にお目に掛かれるものではなく、それが人を惑わす美女ともなると気持ちも解らなくもない。
そんな人間組の後ろから圧倒的な存在感を放つ天魔組。
厳格なる天使、不動神 武尊(
jb2605)、容赦なき悪魔、ヴィンセント・ブラッドストーン(
jb3180)、巨躯持ちし悪魔、カジハラ(
jb4691)。
いずれも闘争心の溢れた誇り高き天魔であり、緩んだ空気を引き締めるのには十分すぎる存在だった。
此度の依頼は水中戦必至。空を自由に飛び回ることができるこの三人は作戦の要でもある。
「見えてきたな」
武尊が短く口にする。
目的の湖が撃退士たちの目に映った。
そして、その湖面に佇む人影。無防備に肌を晒すナイアスの姿もまた撃退士のたちの網膜に飛び込み、その姿を脳へと焼き付かせた。
●戦闘開始
並の抵抗力ではその姿を見ただけでもたちまち虜にされてしまうだろうそのサーバントをぐるりと包囲する。ナイアスはそれに気づいているのかいないのか、湖の中心で水浴びを続けていた。
「……ハクシュウ、本当に大丈夫?」
ユウ(
ja0591)が持ち場に着く前に白秋へと声を掛ける。
陽動にナイアスが気を取られている間を狙い、白秋が間を詰め、マーキングを施した手錠を掛ける。それが今回の作戦の一つだ。
広い湖で相手は水を操る。ナイアスの位置を察するのは必要不可欠な要素でもあった。
「はっ、任せろよ。俺を誰だと思っていやがる」
手にした煙草を口から離し、紫煙を吐き出すと白秋はニヤリと笑ってこう続けた。
「俺はボインのおねいさん型ディアボロに求婚した男だぜ?」
この言葉、実に信じられないことだが本当のことである。過去に白秋は色欲を司るかの如き銀髪・巨乳の女性型ディアボロに求婚した経験があった。
だから心配なのに。
その言葉を飲み込むとユウは自らの持ち場へと着く。別に白秋の身を案じたから声を掛けた訳ではない。ちゃんと任務を遂行できるのか否か。そこが問題なのだ。
そしてユウは湖に佇むナイアスへと目を移す。
次に自分の身体へと視線を落とす。
またナイアスへと目を向ける。
「……ん、そんなに変わらない」
巨乳のナイアスに対して、出るべきところが全く出ていないユウではあったが、こくりと頷くと自らの任務に集中することにした。
ナイアスが言語を操らないサーバントであるという資料を思い出し、
「水の精言うたら、歌が上手いーって印象あるけど……歌わんのやな。つまらんわー」
歌に対し、並々ならぬ意義を見出している亀山 淳紅(
ja2261)がそうぼやいた後、その口から流れるような言の葉を紡いでいく。心地よいファルセットが空間を包み、彼の手へと淡い光球を創り出した。
戦闘開始の合図だ。
その光球を確認するや否や、
「こっち向いて欲しいけどこっち向かないで欲しいジレンマに苛まれつつ全裸の美女となればとりあえず突撃いやっほおおおう!!」
白秋が全アウルを移動に注ぎ込みナイアスへと迫る。
水の抵抗を感じさせないその様は『情欲』という翼を背中に生やしたのかと見紛うほどだ。
淳紅の創り出した光に気を取られたナイアスが振り向いた時には遅かった。
「俺の愛だ。受け取ってくれ」
向き合う形で白秋はナイアスを腕ごと抱き竦め自由を奪うと、後ろ手に左手首へと手錠を施した。
名残惜しいところだがこのまま抱きついているわけにもいかない。すぐさま撤退しようと身体を離す彼だったが横にあった顔が正面へと位置した時、白秋は見てしまった。
傾城傾国たる、ナイアスの瞳を。
「上手くいったか……?」
ナイアスから離れていく白秋を確認してから武尊が接近。
まだ状況を把握しきれていないナイアスへ向かい、自らの身長程もある大きな弓を構え、射った。
射出されたエネルギー体である弓矢がナイアスの肩に突き刺さる。
苦悶の表情を浮かべ天高く舞う武尊を睨みつけるナイアスだが攻撃が届かないと見るや、湖に侵入してくる撃退士たちへと標準を変えた。
武尊が召喚したティアマットが湖辺にて威嚇を行っているため容易に湖の淵へと逃げることはできない。
射線上にナイアスを捉えた挫斬が発砲するが、立ち昇った水の柱にその弾丸は飲み込まれ、危険を察知したナイアスも水の中へと姿を消した。
「ん〜、攻撃が途中で消えた上に本人まで消えたか〜。ふふふ、いいわね。面白くなってきた〜! アハハ! 解体してあげる!」
飛び道具よりも解体を実感できる近接武器を好む挫斬は鉞を手に、アウルを噴出させ湖に足を踏み入れる。
「む!? やっぱりか……皆気を付けて! 情報通り湖に変な力が働いていてスキルが使えなくなるみたい!」
サーバントの能力が広域に及んでいるのか、湖に浸かった者には能力封印の障礙が発生していた。
注意を呼び掛け、挫斬は更にナイアスを追う。
上空から全てを見ていた武尊は水力場の性質を見定め、攻撃を掻き消す水柱の高さも考慮に入れながら鋭利な羽を持つ翼を広げナイアスを追い詰めていった。
「敵と判断したからには例え容姿が女子供だろうと容赦はしねぇ」
サングラスの位置を直すとヴィンセントは自身に向かってくるナイアスへとPDWを突き付ける。理性的な面を持つ彼だったが、こと闘いにおいては一切の妥協を許さない。
大気中に生じる闇へと身を溶かしている彼に、水中より姿を現したナイアスはまだ気が付いていない。
反動に一切手をぶらすことのない射撃。
放たれた弾丸は無慈悲にもナイアスの胸元へと食らいついた。
同時にもう一人の悪魔、カジハラが挟み込むように戦闘へ参加する。
「成る程。人間界での伝承神話そのままの姿だな。なんと芸のない。天使と戦っていたほうがまだマシだな」
各々、ナイアスの射程に入らないよう厳重に立ち回り、湖の精を翻弄していった。
天界の従者であるサーバントにとって、魔界の者は文字通り天敵なのだ。それでもまだナイアスの瞳から光は失われていない。
湖中心部で激しい戦闘が行われる中、エリアスは湖と敵の能力に対する考察をしていた。
水柱における攻撃の相殺能力、自他ともに体感することとなった封印能力。非常に興味深い研究対象である。
淳紅の光球に合わせるように魔法射撃で陽動を行った後、彼はデータ収集のため、水力場を写真に収め、メモ帳にペンを走らせていく。
『魔術的に面状の止水は線上の流水より結界として弱い。これ程強力な封印は施せないだろう』
代々伝わる魔術師の家系として生まれた彼はそう推察。水そのものに害はなく、単なる能力の媒体に過ぎないのでは、と考えた。伝承に沿っているなら水には癒しの効果が期待できるが、もしそうなら人を惑わす能力を持ちつつ、それを癒す場を提供してしまっているサーバントに失笑を隠せない。
口元に笑みを浮かべつつ、エリアスは片手間にナイアスを足止めする。
そんなエリアスの視界にナイアスから背を向けこちらに向かってくる白秋の姿が映った。
おかしい。
こちら側には魔法攻撃力の高い淳紅、ユウがいる。作戦では白秋はダァト組から離れるように行動するはずだった。
白秋に気がついた淳紅が盾にしていた水力場から離れ声を掛ける。
「白秋さん、どないし――」
黒色の銃身が唸りを上げた。
エリアスが口を開く間もなく淳紅はその衝撃に湖へと倒れ込む。
撃ったのは白秋だった。
彼の目は虚ろで、ナイアスの魅力の虜にされていたことにエリアスは気付く。口に湖の水を流し込むか。考えるエリアスだったがまだ白秋までの距離がある。この水の中をそこまで速く動くのは無理だ。
「……わたしがいく」
飛び出したのはユウだ。
冷ややかな湖は彼女には心地良ささえ感じさせ、彼女の振るう鎖鞭も性質上戦地に適している。
ナイアスは躍り出たユウに魅了の業を試みるも高い抵抗力を持つユウにその術を撥ね除けられた。
「……わたしを魅了したいなら、バナナオレいっぱい用意するべき」
ユウの一撃がナイアスを捉える。
攻撃をもらったナイアスは身を翻し、水中へと潜っていく。
ナイアスを押し戻したことで造られた時間。そこで白秋は目を覚ました。
「お……俺は……」
我に帰った白秋が湖に浮かぶ淳紅を見て目を見開いた。
(俺が……やったのか……)
しかし、そこからの白秋は速かった。
「……すまん!」
一言そう叫ぶとナイアスに迫った時と変わらぬ程のスピードで湖畔へと引き返し、的確な指示で仲間を誘導。潜水しているナイアスの位置を丸裸にしていく。
これを実践できるのはナイアスをマーキングした白秋だけなのだ。
(俺が……俺がしっかりしていれば……!)
この戦いで犠牲が出るのは百も承知。それは皆が理解していたことだが、いざその立場に立たされればこれほど辛いことはない。
白秋は淳紅をただの犠牲になどしないためにも、前へ進んだ。
「もらった!」
挫斬が鉞を振り上げてナイアスに迫る。
それでも窮鼠猫を噛むが如くナイアスも必死の抵抗を見せる。
「……ちっ」
飛び掛かる挫斬に水弾を撃ち込み、空から攻撃を仕掛ける武尊、カジハラの攻撃を巧みに捌き回避していく。
「やはりあれを見る限り、こちらが魅了されてしまえば全てが終わってしまうな」
カジハラが冷静に状況を分析する。
虫の息とは言え、相手はサーバント。まだまだ油断はできない。それでも、自分を高揚させるほどの相手ではないとカジハラは頭を振る。
「さて、油断せず迅速に滅ぼすとしよう」
天魔組の猛攻が始まる。
やはり場所を感知出来るとは言え、水の中ではナイアスが有利。この戦いに終止符を打つためには空からの攻撃が重要だ。
落ち着いて行動するカジハラの獲物は一般的なリボルバー。攻撃性の低い武器のため致命打を与えられないという一面を持つものの、魅了の業を持つ敵に対して用意する武器としては賢明な判断である。
クレバーなカジハラの射撃にナイアスは逃げ場を失う。
それからもナイアスは魅了を試みるが耐性の高い撃退士たちを堕とすには至らない。
「弱者をいたぶるのは好まないが、お前は何の能力も持たぬ一般市民に手を掛けた。償ってもらうぞ」
他人の思い通りに動くのを好まない武尊は終始自分のペースを貫く。空からならば然程ナイアスの動きに翻弄されるということもない。
ティアマット召喚の恩恵である『天の力』。蒼白い焔のような輝光を身に纏い放つ弓矢がナイアスを貫く。
「ふん、射程に入りさえしなければ問題ない相手だな」
そして、絶大なるアウルの弾丸を込めてヴィンセントがその口に言葉を乗せる。
闇の中から垣間見える褐色の肌は闇を渡る者に相応しい威圧感を見せつけていた。
「これで幕引きだ」
武尊、カジハラからなる空の包囲網を見事に利用し、放たれた凶悪なる一撃がナイアスの胸に大きな穴を開けた。
ここにまた一つ、創られた生命が儚くも散華する歴史が加えられたのだった。
●少女の思い
「お兄ちゃん……」
少女は兄の顔を心配そうに覗き込む。
ここはあの戦闘があった湖の畔だった。
発見された被害者たちを保護するため派遣された救助隊に無理を言って少女が同行。覚束無い足取りで少女は兄に歩み寄る。
自分の身体よりも兄の安否が気掛かりで仕方がなかった。
自分のために兄が犠牲になるなど耐えられなかった。
少女は目を覚まさない兄に縋り、自分の不甲斐なさを呪い、そして泣いた。
サーバントが居なくなった今、湖の水にどれ程の効果があるかはわからないが挫斬は上流から湧き出る水を汲み妹へと手渡した。
「はい。これで元気になるかも知れないよ」
実を言うと、この水は付与された能力が消え、単なるナチュラルウォーターに過ぎない。
それでも少女は藁をも掴む気持ちで兄の口にその水を流し込んだ。
介護班が手当をする被害者たち。
まだ誰も目を覚まさないその中で最初に目を開けたのは少女の兄だった。
●団円
「淳紅……」
白秋は淳紅の顔を心配そうに覗き込む。(振り)
ここはあの戦闘があった湖の畔だった。
湖に浮いている淳紅をエリアスが引き上げ、無理を言われ白秋が同行。覚束無い足取りで白秋は淳紅に歩み寄る。
淳紅の安否よりも女性陣の服が濡れて張り付いた身体のラインが気掛りで仕方がなかった。
看病のために女性陣を舐め回す様に見られないことなど耐えられなかった。
白秋は、実は別に気絶しているわけでもない淳紅に縋り、女性陣を見られない運命を呪い、そして泣いた。
「うおおお! 何で死んじまったんだよ! 淳紅―!」(振り)
(「うおおお! 看病のせいで女の子の透け透けパラダイスを見られないぞ! 淳紅―!」)(心の声)
「勝手に殺さんといてーな。なに? その三文芝居。結構痛かったで、白秋さん」
「あ、起きた」
むくりと淳紅が起き上がる。
「まぁ、これでも飲んだらどうですか?」
エリアスが水を淳紅に差し出す。
「裸のおねーさんが入った水飲むん? 自分そこまでマニアックな性癖持ってへんのやけどな」
わいわいと勝利に盛り上がる人間組を見て、天魔組も口数少なく余韻に浸る。
「まだまだ振り返る点が多い闘いだったな。これからも精進が必要だ」
と、武尊がこぼせば、
「ふん。あんなサーバント如き俺の敵じゃねぇ」
と、ヴィンセント。
「今回の敵は厄介な能力を持ってはいたがつまらん敵でもあった。願わくば、次の戦いは身が焦がれるほどの戦闘であることを願うばかりだ」
と、カジハラが続く。
人間と天魔。諍いの中にある種族だが、いざこうして見ると実にバランスの取れたものなのかも知れない。
いつの日か、全ての種族が皆、手を取り合う日が来るのか……。
それはまだ誰にも解らない。
●おまけ
挫斬と淳紅はこっそりとカメラでナイアスの裸体写真を撮っていた。
淳紅に至っては、まさに白秋がナイアスに抱きついているシーンを捉えており、
「ちょっと悪戯心が弾けただけやでー? 大事にしてやーん♪」
と言いながら白秋に写真を渡し、撃たれた腹いせに焼き増しして学園内に散布。
『人間もディアボロもサーバントも性欲の対象』
というレッテルを白秋に貼り付け、女性からの信頼度を落とすことに成功したとかしないとか……そんな噂があるが真偽は定かではない。