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カラカラカラ……シュィーン……
城の最上階、その天井に響く音。ゴシックドレスに身を包んだ少女たちが幾人もワイヤーで吊るされていた。十の字を描くように腕を広げ、顔を俯かせ宙に浮いている。
「ふふふ、さぁ……始めよう」
その姿をモニター越しに眺め、空は城門を開くためのスイッチに手を掛けた。
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門が開かれ、囚われた姫の倍に及ぶ救出者たちが一斉に城へ雪崩れ込んだ。中には姫役に関連する者たちもいる。
ライアー・ハングマン(
jb2704)も、その一人だ。彼は恋人である藤谷観月(jz0161)救出に向け城内を走る。
『お前のステディは預かった。返して欲しくば来るがいい』
という手紙を受け取り、彼はここへやってきたのだ。
「またルエラさん辺りの仕込みか……? ま、ちっと待っててくださいな。すぐに迎えに行くからさ」
よく観月との仲を取り持ってくれる友人の悪魔を訝しみつつ、観月のお姫様姿を楽しみに意気揚々と進むライアーだったが、なぜか観月だけ割りとガチで連れ去られたことはこの時彼には知る由もなかった。
「さて……あやかがまさか姫役を買って出ていたとは。これは助けに行くしかありませんね」
今回のイベントに妨害役で出ようとしていた美森 仁也(
jb2552)は、妻である美森 あやか(
jb1451)が捕まっていることを知り、すぐにエントリーを書き換えた。
「ところで八重さん、質問が3点ほど。この城内では物質透過などはできますか? それと妨害相手に攻撃することは許可されるでしょうか? 城内設備の破壊などもして良いかわかりましたらお願いします」
オブザーバーとしてスタート地点にいた八重はわたわたと答える。
「えっとですね。城内には阻霊の結界が張ってあり透過は敵いません。妨害者への攻撃や設備の破壊は……大事に至らなければ大丈夫かな……多分」
自信なさ気に答える八重は空に連絡するもなかなか繋がらないようだ。
「とにかく行くしかないようですね」
途中、姫役はきわどいドレス姿だと知り、足を速める仁也だった。
城内では、姫を救わんと意気込む者たちを嘲笑う刺客が待ち受けていた。
「ダンジョンを踏破し、囚われのお姫様を救い出す。……くうぅ、シビれますね。まるでファンタジー小説みたいです。ならば、お姫様を助け出す役は敢えて他の方にお譲りし、僕はそれを邪魔する敵でもやりましょうか」
タキシードを着こなし、それにマント、カボチャマスクという推理ドラマに出てきそうな格好をして呟くのはエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)。
「ふふ、踏破されないように全力で妨害しないといけませんね」
その隣では、艶のある黒髪を揺らし夜桜 奏音(
jc0588)が笑みを浮かべる。
二人はそれぞれ自分の持ち場へと赴く。
姫を救わんと昂然として進んでくる者たちを迎え討つために。
一方その頃、最上階では。
「こらー! 出せー! あたいを解放しろー!」
と、目を覚ました雪室 チルル(
ja0220)が泣き叫んでいた(という体で攫われた姫役を楽しんでいた)。モチーフにダイヤモンドダストのディテールをあしらった真白なドレスが北国出身の彼女を彩る。
それとは逆に普段結っている黒髪を降ろし、真黒のドレスに身を包む御薬袋 流樹(
jc1029)。中性的な容貌に線の細い体躯。それなのにインナーの下からは双丘がこれでもかと言わんばかりに胸元を押し上げていた。ザ・ナイスプロポーション。
「う……ここは……」
気絶から回復した演技をしつつ身を捩る。
「くっ、か弱い私では……」
ワイヤーを揺らすが動くことは出来ない。自分の中で武器縛りをし、か弱い女性を演じる流樹だったが、彼女が実は男性であることなど誰も気づくまい。
「……ドレスなのに、足が随分見えてしまうんですね……」
胸元や太ももが露わになったセクシーなドレスにもぞもぞと所在なく足を擦り合わせる美森 あやか。日頃、露出の少ない格好を好む彼女にはかなり恥ずかしいようだ。しかし、幼なさを残した顔立ちが色気よりもあどけなさを生み、その手のシチュを好む者にとっては逆に興奮を誘ってしまいそうである。
(これはイベントだけど、脱出してもいいんですよね。こんな格好旦那様意外に見せられません……)
と、お淑やかな姫役が多い中、「そいやー!」という声が響いた。
活発一番、チルルが振り子の要領でワイヤーを揺らし宙を舞うとワイヤーの根本を一蹴。
「飽きた! こんなところにいられるかー! あたいは逃げるわ!」
囚われているのに飽きたチルルがスタイリッシュに床へと降り立つ。
これから姫たちの脱出劇が始まろうとしていた。
「……すぴー……」
ちなみにまだ俯いたまま囚えられている観月は見事に夢を見たりしていたのだった。
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「うおっ! いきなり落とし穴か!」
二階への階段を探すライアーがぱっくりと開いた床から慌てて身を退ける。
「フフフ……ヤリマスネ」
「誰だ!」
「私ハ怪人ぱんぷきんデース。勇気アル者達ヨ、姫ヲ救イダセルモノナラヤッテミナサーイ」
現れたのはエイルズレトラ。怪しい片言を引っさげ、トランプをシャッフルしている。
「オ次ハ甲冑ノ間デース。襲イ来ル戦士達ニ怯え慄クガイイデース」
ご丁寧にも次の仕掛けを説明していく怪人ぱんぷきん。言うと彼は霧のように姿を消す。
「次の罠が解るのはありがたいですね。行きましょう!」
並走する仁也は戦いに備え光纏を開始。多少の破壊活動は大丈夫との八重の回答に迷いもなさそうだ。
(ふふふ……そうは問屋が降ろしませんよ)
それらを見守る奏音は怪しく微笑む。実は先にある甲冑の間には彼女が独自に仕掛けた罠がある。
ライアーたちが飛び込んだその部屋には左右をびっしりと甲冑が埋め尽くすように立っていた。例えこの全部が動こうとも部屋の中央を突破できなくはなさそうだ。
「ごはっ!」
しかし、加速するライアーは透明の何かにぶつかり倒れる。
「見よ! これぞ『ガラスメイズムーブアトラクション』です!」
どうやらその広々とした甲冑の間は迷路になっており、しかもその壁は透明なガラス。加えてガラスの壁が動くため突破は容易ではない。
してやったりと笑う奏音だったが、救出者どころか甲冑たちもうろうろと迷子になりカオスな状態になっていることに奏音は気が付かずにいたのだった。
その頃、姫サイドでは。
「よっし、このままみんなで脱出するわよ!」
チルルが囚えられている他の姫たちのワイヤーを取り外し城からの脱出を図っていた。
「助かったわ。ありがとう(この服は中々良い。もう少し動きやすくすれば100点だ)」
床に降り立った流樹は片足側に広がるドレスの裾を縦に裂き、大きなスリットを作った。一生懸命そうな演技も忘れない。
「私の王子様は酷い目にあってないかしら、心配だわ。探さなきゃ」
そう言うと、彼女は一足先によりセクシーになった足元を運び部屋を出て行った。
「ふぅ、なんとかワイヤーから降りられました」
あやかもアウルの矢を操り、ワイヤーから離脱。然程の高さではなかったため無事着地に成功していた。
露出の激しいドレスだが、まだ周りには女性だけということもあり多少は安心だ。仁也の救出を待つ手もあったが、せっかく自由になったのだ。こちらからも落ち合うために手を尽くしたいところだ。
「皆降りたわね! よーし、行っくぞー!」
どごーん。
城の床に拳で大穴を空ける姫・チルル。これには城の壁を蹴破るかの有名なお姫様もびっくり。
「きっと今頃はあたいたちを助けに向かってきてる救出者たちが妨害者たちに虐められているはず……わくわく」
颯爽と空いた穴に飛び込むチルル。数秒後……
「あああ〜!! うわぁああ〜!! びゃあああ〜!!」
爆音と共にチルルの叫び声。どうやら色々トラップに引っ掛かっているらしい。
とりあえずそれを見届けた姫たちは、各自落ち着いて階段を探すのであった。
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上部の隙間を見つけ、アクロバティックに甲冑を足場に突破したライアー。ガラスや甲冑を叩き壊して進む仁也。そうしてなんとか甲冑の間を切り抜けた救出者陣。彼らは階段を無事見つけ二階へ。
「マダマダコンナモノデハアーリマセンヨ」
と、捨て台詞を吐いていたエイルズレトラが次の仕掛けの前で待ち構える。
「オ次ハ落下天井デース。ユックリ迫リ来ル恐怖ニ身悶エナサーイ」
そう言いつつ、トランプを投げつけ進路を妨害。
一人の救出者が駆け抜け、すぐに脱出用の扉に手を掛けるが開かない。ここでも奏音の策略が光る。
「ここには隠されたボタンを押さないと扉が開かない仕掛けがしてあります。見つけ出さなければぺしゃんこですよ?」
そして、すぐに隠し通路を使って奏音は姫サイドへ移動していく。
「次から次へと厄介ですね……早くあやかのところに行かねばならないというのに……」
このままでは愛妻の素肌が他の男に晒されてしまうかも知れない状況に仁也は唇を噛む。
なかなかボタンが見つからず逃げ出す者が続出する中、ライアーは果敢に突進していく。天井が最早床までギリギリというところだが、
「俺の全力を見ろぉぉぉ!」
カサカサカサ……四つん這いになって駆ける。しかし、
ぺしょ。
見事に潰れた。
「あ、こんなところにボタンが」
仁也があっさりとボタンを見つけ押し込むと、天井は上がり先への扉も開く。
「観月さんへの道を断つことはできん!」
すぐに復活したライアーは更に先へ。
「ココモ突破サレルトハ……ダガ、次ハソウハイカンゾ」
怪人ぱんぷきんが踵を返す。
いよいよ、救出劇も佳境を迎えようとしていた。
四階。
トラップを警戒しつつ恐る恐る移動するあやかと流樹。ふと流樹が天井に目をやる。
(あぁ、そういえばここは内装工事をしたな)
その背後から忍び寄る甲冑戦士。それに気が付かぬ振りで流樹は転ぶ。
「きゃっ」
「大丈夫ですか!?」
あやかが駆け寄るが甲冑は気にも止めず二人へ剣を振りかぶる。しかし、そこへ錘のトラップが落下した。
「甲冑さん、私をかばって……ありがとうございます」
ここにトラップが落ちることは知っていたが、そんなことを宣い流樹は姫を演じ続ける。でも、そんなこととは知らず荒事が苦手なあやかはびくびくとしていたのだった。
「ふぅ、酷い目にあった」
あらかたの罠を発動させ掻い潜ったチルルは一息吐く。そこで見慣れぬ姫役の少女を発見した。
「あれ? さっき助けた子の中にこんな子いたかな? まぁ、いいか。おーい、そこにいると危ないから一緒に脱出しようよ」
「助けてくださるのですね? ありがとうございます」
少女は礼を言い、伏した顔をにやりと歪ませた。
巫女服からドレスに着替えた奏音はこうしてチルルに付いて行ったのだった。
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油を引いた階段や、行き止まりの回転扉など奏音が仕掛けていった罠に翻弄されつつ救出者は三階へ。
「ツイニココマデ来マシタカ」
「姫たちは返してもらうぞ!」
エイルズレトラ扮する怪人ぱんぷきんとの最後の戦いが始まる。
「イ出ヨ、オジイサン!」
わらわらと出てくるおじいさんの群れ。
「ばあさんや、昼飯はまだかのぅ」
「おや、鈴木のじいさん、ゲートボールは明日じゃったかな?」
がやがやがや。
フロアを埋め尽くすその数に救出者たちは戸惑う。
「フフフ、手モ足モ出マイ」
そんなこんなでこのフロアに降りてきた姫たちが登場。
「きゃっ」
おじいさんに気圧されたあやかが水槽のトラップに嵌った。
「あやか!」
仁也がすぐに駆け寄り引き上げる。白のドレスが肌に張り付き透けていることに気が付いた仁也は持っていたパーカーを羽織らせた。
「ごめんなさい、あなた」
気落ちしたあやかがぽつりと言う。
「……もし、あたしが本当に捕まるような事になっても助けに来てくれる? 自分でも脱出できるように頑張るから……だから……」
仁也は水に濡れたあやかの前髪をかき上げ、目を見詰めて言った。
「当たり前だろう。あやかは世界に一人だけの俺のお姫様なんだからな」
そうして、あやかを抱えるとすぐに階下へ向かった。彼女を誰の目にも触れさせぬように。
「何人カ逃ガシテシマッタカ。マア良イ……コノ罠ノ恐ロ」
「チャンス! あたいのキックを食らえー!」
エイルズレトラが話している最中に、背後から妨害者を仕留めんとするチルルのドロップキックが炸裂。予想だにしない攻撃にエイルズレトラは床に伏す。
「グフゥ……マサカ姫ニヤラレルトハ……不覚。ダガ、楽シメタゾ……勇者ドモヨ。最後ニコレヲ授ケヨウ……グッドラック……(ぱたり)」
チルルにとどめを刺され息絶えるエイルズレトラ。宿敵、怪人ぱんぷきん、ここに眠る。
「正義は勝つ! おっ、なんかもらったよ」
チルルは受け取った鍵で近くにあった棚を開けてみる。そこにはぼた餅が大量に入っていた。
「お〜、おやつの時間じゃて」
「ばあさんや、朝飯はまだかいの」
がやがやがや。
おじいさんたちがぼた餅に気を取られている間に皆は脱出。
うまいこと姫役に潜り込んだ奏音は、
「そこの人、た、助けてください……」
と、怪我をした姫君を演じつつ入り口まで連れて行ってもらった。
本当は「あらあら、残念ながら私は偽物ですよ」と救出者を弄ぶつもりだったが、もうこれで脱出でいいんじゃないか? と考え直し、出てくる人々を祝福していくのだった。
流樹はといえば、出会ったある一人の男性に狙いを定め、
「お、王子……様。ほん、とに……私の……王子様なの? もう、あな……たに、会えないかと……思って……」
と、涙を見せ、どこまでもか弱い姫を演出。
すっかりその気になった男性は、
「でゅふふ、ぼ、僕が来たからにはもう安心なんだな」
そう言うと、彼女を抱き上げゴールを目指す。鼻息が荒い。
城から出ると男は流樹に言い寄るが、男の腕から降りた彼女……否、彼は胸に入れていたソックスを男に手渡し一言。
「ふぅ、お疲れ様でした」
そして、すっぱーとキセルに火をつけ煙草をふかす。
それを見た男が崩れ落ちたのは言うまでもない。
まだ一人城を登るライアー。
取り残された観月を救い出すため最上階へ。
「迎えに来たぜ、観月さん!」
そこで見たセクスィーな彼女の姿にライアーは目が泳ぐ。
「なんて格好を……つか、これ撮影されてるじゃねぇか! けしからん、動画全部ください!」
「毎度〜」
いつの間にか脇に立っていた空。交渉成立した模様。
その後、すぐに観月をお姫様抱っこして城を降りる。
「観月さん、今日は面白かったかね?」
「むにゃ?」
まだ夢の中の観月はぎゅっとライアーに抱きつく。顔が胸に埋まるハプニングに、ホワイトデーのプレゼントをあげるどころか貰ってしまうライアーであった。
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後日、園児に物語を発表する際、この日の映像を使用したことにより、結局( ゜д゜)こんな顔を園児たちにさせてしまう空と頭を抱える八重であったとさ。
おしまい。