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「うおおぉぉ!! 観月さんは何処だぁぁぁ!!」
そう叫び、転送装置を出た瞬間に一目散に飛び出して行ったライアー・ハングマン(
jb2704)。前にも同じようなことがあった気がするのを脳の片隅に追いやり、彼は駆ける。
「やれやれ、遭難者の中に気になる子でもいるのかな? こういう時こそ慎重にいかないといけない」
事前に今回の雪山に関するデータを得てルートを模索していた常盤木 万寿(
ja4472)はライアーの背中を見送り、そっと顎を撫でた。
「……きっと皆さん、助けが来ると信じて、頑張っているはずです……全員、救出しましょう……」
万寿の後ろを控えめに付いていく糸魚 小舟 (
ja4477)は、言葉少なにそう言うといつも微笑んでいる口元を少しだけ引き締めた。
「クリスマスとかそんなの関係ないんだ! ボクら撃退士には救うべき人たちがいる! どうせぼっちだからとかそういうことじゃなくて、困っている人を助けることこそが撃退士の努め! クリスマスとかそんなの関係ないんだ!」
大事なことなので二度言うと、水無月 ヒロ(
jb5185)は独り者の孤独を全面に押し出しつつ自らを鼓舞する。
仰ぎ見た撃退士たちの目の前には、険しくも真白で幻想的な山が鎮座していた。
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「大丈夫か?」
「ええ」
撃退士たちが山を登り始め数時間。探索範囲を広げるため、グループに別れ行動することになった三森 仁也(
jb2552)と三森 あやか(
jb1451)は、互いに手を取り合いながら順調に山を登っていた。
「今年はとんだ聖夜になってしまったな」
「私はあなたと過ごせるなら時期や場所なんて気にしませんよ。それより、早く遭難者の方を見つけてあげないと……」
さらりとそう言ってのけるあやかに、ふっと軽く失笑すると仁也は段を登ろうとするあやかの腕を引き寄せた。
その先には元気一番ヒロである。
彼は黙々と探索を続け、今日という名の寂しさを……否、撃退士の使命たる人命救助を全うすべく声を上げていた。
「おーい、誰かいませんかー!?」
既に日が傾き今まで以上に暗くなりつつある視界の中、ライトを灯し懸命の救出作業に当たる。
「こちら異常なし。ゴーアヘッド!」
そこはオーバーでいいのではないだろうか、と疑問に思いつつ、ヒロからの無線を受信したのは万寿。
「ラジャ。引き続き捜索を続行する」
万寿は無線を耳から離し、後ろを振り返る。既に自分たちの足跡は消え、どこから歩いてきたかも定かではない状況だ。
「……真っ白、ですね……本当に、何もかも……」
自分たちが置かれた状況を再確認し、小舟は不安を押し隠しつつ防寒着の胸元を締めた。
その頃、一人飛び出したライアーは……
「この俺が観月さんを見逃すなぞありえん、こっちだ!」
雪煙を立ち上らせつつ爆走していた。
「はっ、観月さんの気配! ……見つけた、あれだ!」
謎センサーを働かせ辿り着いたのは一つのログハウス。しかし、それはそう形容するのも憚られるほどに古めかしく小さかった。ライアーは意識疎通を図ろうと精神を飛ばすが、存在を感じるも反応はない。
「観月さん、大丈夫か!?」
扉を文字通り飛び込むようにすり抜け突入したライアーの目の前には倒れたまま動かない観月。用意してきた荷物を放り投げ、容態を診るが大事には至ってないことに安堵する。
「良かった……迎えに来たぜ、もう大丈夫だ!」
火を起こし、観月の背を火に当てるように寝かせゆっくりと体温を高める。
しかし、ライアーはこの時、慌てて出てきたためか準備が十分に整っていなかった自分自身に忍び寄る魔の手に気が付いていなかった。
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夜。
「もう今日は休めるところを作ろう」
遅々として進まない探索に加え、悪天候。遭難者のことは心配ではあるが二次災害を出してはどうしようもない。万寿は小舟に今日は休む旨を伝える。
「……そうですね。そうしましょう……」
二人は雪崩などの心配がなく、雪が深そうな所を見つけ雪洞を掘った。風が入り込まぬよう風向きとは逆向きに入り口を掘り、更に中で横へ掘る。中は体温を逃さぬよう人が収まる程度の狭さだ。
「すみません……ここでは煙草も吸えませんよね……」
万寿から少し離れた所に腰掛けた小舟は煙草を嗜む万寿にそう申し訳無さそうに言った。
ここには外の吹雪の音しか聞こえず、その響きはまるで通常の世界から切り離されたようにも感じる。隔離されたその世界で小舟は思考を巡らせた。手に取った雪洞の壁の雪がじわりと溶けていく。
(……このまま、雪のように……消えてしまえたら……以前の私なら、そう思っていたかもしれない……でも……)
そんな憂いを帯びる小舟に万寿が手を差し伸べた。
「糸魚さんが居るからな。受動喫煙は身体に良くない。……いや、元々任務中は吸わない質だから気にしなくていい。それよりもう少しこちらに寄らないか? 二人の方が暖が取れる」
気遣わせないためか、言い直し差し伸べられた手をじっと見る小舟。
(……今は、あなたが私を見ていてくれる……寄り添える相手がいる、それだけで……)
小舟の陶器のような白い手が万寿の手に重ねられた。
二人は多くを語らなかったが、互いの気持ちが分かっているように互いの身を寄せ合う。万寿の肩に乗せられた小舟の頭。それを更に引き寄せるように万寿は力強く、しかし繊細に小舟の肩を抱いた。
「少し寝よう。よく雪山では寝るなというが、必ず寒さで一度目は覚ます。それまでに体力を養うのがセオリーだ」
「……はい」
そうして二人の息遣いは静かに闇に溶け込んでいった。
「寝ちゃダメだよ……寝たら死ぬよ!」
時を同じくして、ヒロたちの班は捜索の道すがらに見付けた山小屋で遭難者の一人を発見していた。
「寝ちゃダメだ、寝ちゃダメだよ!」
がくがくと遭難者の肩を揺さぶるヒロ。女の子のような容姿に加え、必死なその姿はなかなかに可愛いらしい。
万寿が言うように、体力のあるうちの睡眠は必要なもので、昏睡時の意識不明を避けるための『寝てはダメ』とは別であるが、そんなこととは知らずヒロは眠りかけていた撃退士を揺さぶり続ける。
「う〜ん、はっ、あなたたちは……助けに来てくれたんですね……! ありがとうございます」
しかし、助けられた撃退士も寝るとマズいところを助けてもらった、という意識を持っていたためお互い晴れやかな笑顔だ。
助けた撃退士は整った顔立ちの美少女ということもあってヒロはドギマギとしていた。実は彼、あまり女性との会話に慣れておらず緊張してしまう体質なのだった。
「い、いや、ボクはそんな大したことは……無事見つけられて、よ、良かったです」
照れてそう言うヒロの手をぎゅっと握り、美少女撃退士ははにかむ。
「そんなことありません、あなたが来てくれなければ今頃私は危なかったかも知れません。あなたは命の恩人です」
まさかこれは吊り橋効果というやつではないだろうか。
特殊な危機的状況に彼女はボクに恋を……ど、どうしよう……!
などと、考えていたヒロであったが、
「あなたも女の子なのに、こんな日にこんな厳しい環境のところに……いくら感謝してもしきれません。これで明日のクリスマスには彼のところへ行けそうです」
という美少女撃退士の一言にウブなラビングハートは打ち砕かれたのだった。
「水無月君、こちらはどうですか?」
そこへ周囲の探索に出ていた仁也とあやかが帰ってきた。
「え、あ、はい、遭難者の方も無事でしたし、万事問題ありません(ボクの心以外は)」
「あ、水無月さんがなんか泣いてる……」
遠い目をしているヒロを不思議に思い、暫し観察していやあやかは涙を流すヒロを目にするが、そってしておいてあげた。
撃退士の冒険に犠牲は付き物。頑張れヒロ。負けるなヒロ。ボクたちの戦いはこれからだ!
ぐっと涙を呑み、彼は小屋の暖炉に火を点けるのだった。
観月が目を覚ました時、そこには壁を背に力なく座るライアーの姿。
「ライアー……さん……?」
観月は今までのことをぼやけた頭で思い出し、反芻する。
小屋の中は湿気が高く、火は今にも消えそうに心許ない。厚着とは言えないライアーに近寄り頬に手を当てると非常に冷たかった。
自分は凍える雪山を駆け、観月の保温を優先し、観月を看病できた安心による脱力が産んだ結果だった。
ライアーが助けてくれたのだとすぐに気付いた観月はとにかく彼を助けなければと行動を起こした。
暖炉の火を大きくし、彼の衣服を脱がして先ほどまで寝ていた寝袋へと入れる。そして、自らも衣服を脱ぐと寝袋の中へ。狭い寝袋の中、後ろから抱きしめるようにライアーの胸へと腕を回した。
『スプーニング』と呼ばれる添い寝のポピュラーな形のものだ。低体温中の急激な加熱は心臓に負担を掛けやすい。そのため体温で身体の中心からゆっくりと温めるのが効果的だ。
観月の体温がライアーの凍えた身体へと移る。ライアーの広い背中を逃さぬよう、観月はぎゅっと腕に力を込めた。
そして、朝。
「お、おはよう。ちょ、ちょっと待っててくれ……はいよ、お待たせさんだ。何も食ってないだろ?」
一つの寝袋に二人で、しかも裸で寝ていたことを思い出し言葉が少しどもるライアーだったが、冷静を装い朝食に用意したチョコミルクと栄養補助食品を観月の前へ。
まだ一糸纏わぬ姿で寝袋に入っていた観月は気にも留めず身体を起こす。
「おわー! あ〜ここに置いておくから!」
食事を置くとすぐ隣りの部屋に移り、ライアーは扉越しに声を掛ける。
「無線で連絡はしておいた。とりあえず落ち着いたら頂上を目指そう。今回の依頼なんだろ?」
「……はい」
そこにはいつもの感情の起伏がない返事。
だが、それが無事観月を救うことができたのだという実感としてライアーに押し寄せる。
(無事で良かった……)
目を瞑り、扉に背を預けるライアーの顔は満ち足りていた。
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「まだ天候も落ち着いていない。ここは無闇に山を下るより、上を目指した方がいいでしょう」
山小屋で一晩を過ごし、まだ吹き止まぬ風を見て仁也が言った。この山の高さなら頂上付近は雲を抜け、気候の安定と救助のし易さといった利点が得られる。
「ここに山小屋があるということは、人の道として使われていた証。このまま進めばきっと道は開かれますよね」
仁也とは身長差のあるあやかは彼の顔を仰ぎ見て可憐に微笑む。
「よし、では行きましょう!」
ブレイクハートもなんのその。ヒロは空元気を振り撒きつつ、一行は頂上を目指した。
雪洞を出て周囲を探索していた万寿、小舟の二人。
万寿が遠くに何者かが争う気配を察し近付いてみると、一人の撃退士と天魔の戦闘に遭遇。疲れきっているのか身体が自由に動かない撃退士を助けるべく、小舟の敵を誘導する苦無と万寿の目に見えぬ鋼糸が天魔を葬る。その二人の動きには一分の隙も見当たらなかった。
無線機の連絡を入れたことで遭難者全員の確保に成功したことを皆が知ることになり、斯くして全員の撃退士が頂上への道を歩み始めたのだった。
連絡を取り合い合流した撃退士たちを猛烈な吹雪が襲う。
互いが互いを気遣い、ゆっくりと、だが確実に前へと進んでいく。
そして、遂に雲を抜けた。
「後のことは任せて!」
ここまで来ればペースを落としても大丈夫だ。体力に心配のある遭難者たちを他撃退士に任せ、ヒロはサクラランを見つけるため逸早く頂上へ向かう。
ヒロが上り詰めた先、そこには煌めく雪の下から星が幾重にも重なるように咲いた白い花が一面に顔を覗かせていた。
「はい、クリスマスプレゼント」
すぐに花の位置を知らせたヒロの元へ辿り着いた遭難者たちはその光景に笑みを漏らす。自分たちがこの山に足を踏み入れたのは、ただの無駄ではなかったと。
光が注がれ輝く世界。幻想の世界と見紛うその景色に撃退士たちは目を奪われた。
「素敵ですね。一緒に見られて良かったです……お兄ちゃん」
ふいに癖が出て、昔の呼び名で仁也を呼んでしまったあやかが俯くがそれを抱き寄せ仁也は言った。
「共に生きよう……最後のその時まで……」
それにあやかは満面の笑みで頷くのだった。
「犠牲が出なくて何よりだった。休暇ならスキーでも楽しみに行きたくなるところだな。皆、お疲れ様だ」
救助のヘリを呼び、奇跡のサクラランの生態を知るべく万寿はデジカメのシャッターを切る。一通り仕事をし終えた万寿は天高い山の頂きで煙草を咥えると、ゆるりと立ち上る紫煙を吐き出した。
そこへ小舟が寄り添う。
「……スキー、いいですね。山を降りたら温泉で疲れを癒やすのもいいかも知れません……」
それ以上二人は語らなかったが、それが当たり前のように二人は時と場所を共有する。まるで大きな宿り木の下で、小さな船が揺蕩う姿を絵画に描き写したように。
未だ恋人とは言えない二人だが、想い、通じ合う二人にサクラランの奇跡が舞い降りることになるのか。それは誰にも分からない。ただ二人の視線の先には輝き続けるサクラランがゆっくりと揺れ、咲き誇っていた。
ライアーは頂上の中でも小高くなっている足場へと観月を誘う。
「遅れちまったけど、誕生日おめでとう!」
今朝のこともあり、気恥ずかしさを覚えながらもライアーは手作りの人形を観月へと手渡す。そこには右頬に傷のあるわんこ、それと対につくられた物静かな雰囲気のねこのぬいぐるみ。どことなく二人を連想させる人形を観月は受け取る。
読書くらいしか趣味らしい趣味のない観月だったが、自覚がない可愛い物好きの彼女は不意に普段見せることのない笑顔を見せた。
「ありがとう……ございます……」
「じゃ、じゃあ皆のところに戻ろうか!」
照れ隠しにすぐ戻ろうとしたライアー。しかし、観月は彼の服の裾を掴み引き止めた。
「ライアーさんが今まで言ってくれてたこと、少し、分かった気がします……。私も、こんな風になれたらいいと、思います」
観月が指すのは今貰ったぬいぐるみ。それは対の人形と手を繋ぎ、寄り添って座れる仕様になっていた。
今まで幾度と無く彼女に告白を繰り返してきたライアーだが、愛を知らない観月からはピンと来る反応は得られていなかった。だが、今回は違う。
「え? それってどういう……」
「さぁ、戻りましょう……」
ライアーが観月の言葉の意味を理解するのは山を降りてからになる。
サクラランの花言葉は『人生の出発』。二人の新しい日の始まりを見守るべく、風に揺られる一輪のサクラランが二人の背を見送っていた。
そんな、なんか皆いい感じの雰囲気の中、ヒロは「依頼が最優先だから……」と遠い目をしていたりなんかしたという。
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到着した救助ヘリで撃退士たちは山を降りた。
遭難者の救出、サクラランの発見を成功させ依頼は無事完了となる。
これは騒がしき世間の裏に彩られた物語。
これから先、皆に奇跡の加護があらんことを。