●
桐生家へと到着した撃退士たちは迎えでた従者の話もそこそこに、すぐに敵を迎え撃つため屋敷の外へと飛び出した。
「待ちわびたぞ!」
そこには空を覆うような骸骨の群れと対峙する蔵屋の姿。
「久遠ヶ原からの増援で来た! 助太刀させてもらう」
「微力ながら加勢させてもらうよ☆」
リョウ(
ja0563)とジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が頼もしく言い放つ。両者とも普段から大きな組織を取り纏めているだけに、このような大規模な戦にも落ち着いている。
「状況は伝わっていると思うが、非常にまずい塩梅じゃ。待機している者を指揮して早急に対処してほしい。頼んだぞ!」
「ハハッ、まぁ俺たちに任せときなって」
ライアー・ハングマン(
jb2704)も今の状況が決して楽観視できるものではないと理解しているが、あえて笑みを見せ蔵屋の心労を軽減しようとする。
顔を見合わせ一つ頷いた撃退士たちはすぐに兵を率い四方へ散る。まさに四面楚歌たる桐生家を守るために。
「さて、どうしたものかな」
屋敷の西、押し寄せる骸骨の群れを遠くに見据え、天風 静流(
ja0373)は敵との距離を冷静に測る。
「まずは俺が行こう」
既に敵と交戦している部隊を救うべく、リョウが前に出た。
「ここは後退して皆と合流を! 戦線を立て直す。十字砲火に誘い込んで殲滅するぞ!!」
リョウは前線で戦っていた桐生家の部隊に声を響かせ、槍を掲げた。振り払われた槍からしぶく紅の飛沫がアウルを帯びる。その波動に飲まれ骸骨が怯む。
「何の心算で来たのかは知らんが、俺たちが来た以上好きにはさせない。――貴様ら全員、ここで屍を晒して逝け」
堂々たる挑発に骸骨たちはリョウへと群がる。その群れの端、神速の如き身のこなしで側面を取り、暗き世界に光を灯すかのような雷光を放つ弓を射ったのは静流。弓のアウルに穿たれた敵勢を見て、二人に付いてきた桐生家の兵は鬨の声を上げ戦場を形成していく。
「ここからは私たちの領分だ。易々と先へは行かせんぞ」
言うと静流は第二射の弓を番えた。
「ほな、行こか」
握りしめた左手を右手の平にバシンと叩きつけ、黒神 未来(
jb9907)は不敵に微笑む。
「全く何もこんな時間に攻めて来なくてもいいだろうに。まぁ、このままにしとく訳にもいかないし、やれるだけやらせてもらいますかねぃ」
気怠げにそう言ったのは薄く開かれた目を更に細めた九十九(
ja1149)。
二人は屋敷の北側、千代が交戦している地域へと赴いていた。
「部隊同士の戦い言うんは士気が何より重要や。頭を潰せば大体士気は落ちて崩れるねん。せやからうちはあのデカブツ狙いで行くで! うちの代わりに骸骨共をバチーンとやっつけたってな!」
言うと黒神は引き連れた兵を九十九に預け、単身亜人種へと突撃していく。
「じゃあ、やるかねぃ。あ、そこのあなた。前線で戦っている千代さんの部隊に骸骨部隊の殲滅を優先するように伝えてきてもらえますかねぇ。まずは邪魔なのを排除しとかないと」
兵の一人に九十九は告げ、自身は那須賀八十九式の操縦桿に手を掛ける。狙い撃つは骸骨の群れ。九十九のアウルを吸い上げ、八十九式は更なる唸りを轟かせた。
「さぁ、味方の窮地を救うぞ……突撃だ!」
ライアーは東側、式丸が戦う地へ。
すぐにその姿を瞳に認めると、式丸の頭の中へと直接言葉を飛ばす。
(苦戦してるようだが助けにきたぜ!)
急に頭の中へ声が響き驚く式丸だったが、久遠ヶ原からの救援だと気がつくとすぐに順応する。
(かたじけない。最早、我々だけでは突破されるのも時間の問題でした。どうか宜しくお願いいたします)
そう返す式丸の背へ、骸骨共を蹴散らしながらライアーが辿り着く。
「さぁ、さっさと追っ払って次に行こうぜ?」
ニヤリと笑みを浮かべ、そう声を掛けてくれるライアーに式丸は安堵、兵たちの士気も上がる。
「敵に囲まれる前に出来るだけ数を減らすぞ! 行くぜ!」
背中合わせに敵を見据えたライアーと式丸は動きを合わせ弾けるように敵へと向かっていった。
その頃、ジェラルドの部隊は正門から更に南、前線で戦う部隊を救出するべく敵に気付かれぬよう回り込み息を潜め機会を窺っていた。
南側部隊を後退させ、蔵屋と交戦している骸骨たちを挟撃、そして更に屋敷へと向かってくる者共を三部隊にて撃破するという手筈だ。
「相手も部隊を作り計画的に攻めてきてるようだけど、軍戦はボクも割と得意なんだよね☆」
敵の一つの部隊が八十九式の射程に収まるのを確認した後、迅速果敢に攻め入る。その位置は敵の複数の部隊から直線になるよう考慮した。これにより敵が襲い掛かろうとも、相手の部隊がぶつかり合い混乱を生じさせることができる。
「各個撃破は戦術の基本だよ☆」
飛び出た敵部隊を叩きつつ、更にジェラルドは自陣の兵を横に展開。敵の進軍を遅らせ、尚且つ八十九式のフォローを最大限に活かす。
「まっすぐ襲い掛かるだけでは、負けてやるわけにはいかないね☆ ここからが本当の戦いだよ☆」
まずは形を作ることに成功したジェラルドの部隊。しかし、そこから遠く、少しずつ近づいてくる脅威が足音を響かせていた。
●
「……予想以上の圧力、それにこの闇は厄介だな」
ジェラルドと同じく、八十九式の射程に敵を引き込み戦う静流だったが戦いが中盤に差し掛かる頃、手が遅れ始めた。
初撃こそ敵部隊の大勢を蹴散らす勢いを見せたが、闇に紛れる骸骨たちとの戦いに消耗、率いた兵たちも傷付き倒れる者も出てきていた。
「このままではジリ貧だ。引きながら戦線を安定させるぞ」
多くの敵から狙われることとなったリョウにも初めの頃の勢いはない。怯むことなく襲い掛かる敵部隊と互いの戦力を削り合いながら時間だけが過ぎていく。
「……もう屋敷まですぐそこか」
想像以上に押されていた。
抑えきれない敵部隊が屋敷へと群がる。それを静流とリョウがなんとか処理するが後続にまで手が回らない。
リョウは八十九式の舵を取り応戦。
熾烈を極める戦いが続く。しかし、それよりも劣勢に立たされている撃退士たちがいた。屋敷から北、千代の部隊救出へと踏み入った黒神・九十九たちの部隊である。
千代は割れ散った眼鏡を抑え、足を引きずり辛うじて引き返そうとしていた。その傍らには倒れた黒神。九十九の周囲には彼らを取り巻く骸骨の群れ。
「万事休す、か……」
放つアウル砲の光に照らされる敵の数に九十九にも余裕がなくなっていた。
――戦闘開始直後のこと。
「暗闇での戦いは十八番やっちゅーねん」
一人闇に紛れ前進する黒神。その左目はアウルを帯び、陽炎のように揺らめく。彼女の瞳には世界が我が物のように映っていた。
「見つけたで!」
黒神は更なる力を解放する。
左目のアウルはまるで炎のように赤紫に煌めき、亜人の瞳と交錯した。その眼力に気圧され亜人は動きを封じられる。
(もろたで!)
素早く後ろに回り込んだ黒神は自分の倍以上はあろうかという巨体を担ぎ上げ、そのまま後ろへと投げ落とした。首から落ちた亜人が膝を着き立ち上がろうというところに、その膝を踏み台に亜人のこめかみへ鋭い膝を叩き込む。
バックドロップからのシャイニング・ウィザード。スポーツや格闘技を得意とする彼女ならではの攻撃といえるだろう。
倒れる亜人の傍らで拳を突き上げる。
「どやぁ!」
その姿に場が沸くが、それも束の間だった。
「……まだだ!」
普段大らかな口調の九十九から咄嗟に出た一言。
「……え?」
その時には黒神の身体は宙に浮いていた。
「がはっ……!」
亜人の大きすぎる拳が彼女の肋を捉えていたのだ。横からの強烈な一撃に黒神は折り曲げ地面を転がる。
「これは厄介なことになったねぃ……」
助けに行きたいところだが九十九は骸骨の相手で手一杯だ。
本来ならすぐさま骸骨の群れを一蹴し、黒神のサポートに入っている筈だった。今飛び出せば回復だってできるはずだ。
「忍辱不重の精神で乗り切るさぁね」
そこをぐっと耐え、九十九は骸骨の群れを相手にアウル砲のエネルギー波を放つ。無事な兵がなんとか持ち堪えてくれてはいるがそう長くは保たないだろう。
こんな夜中に依頼など面倒なことだと思っていた。
いつものように気を緩めてはいても手を動かしてさえいれば解決するものと思っていた。
だが、今の彼の頭にはそんな考えはなかった。彼にとっては稀にみる大規模な戦。傷付き倒れていく仲間のために無我夢中でアウル砲を放つ九十九自身もそんなことには気がついていなかった。
勝利の兆しは、まだ、見えない。
「残党には構うな! 時間がねぇんだ、次に行くぜ!」
ライアーと式丸が力を合わせ敵部隊を殲滅していく。散り散りになった部隊へは深追いせず、すぐに攻撃の効率を上げるため大群を狙う。
「生き残りは掃除せずに大丈夫でしょうか?」
「上手くいけば八十九式が始末してくれるさ」
二つの部隊で挟みこむように骸骨を相手取り戦いを優位に進めていた二人だったが敵も馬鹿ではない。挟み込みこまれた片方の部隊をお返しとばかりに挟撃。それに加え数の優位性でも敵の方が上だ。
「くそっ! こいつは思った以上にやばい。一方面だけでこれ程の軍勢とは……助っ人に行くどころか、助っ人が来ないかなんて期待しちまってる自分が情けねぇ」
さすがのライアーも笑みを浮かべる余裕はなくなっている。他の地域と同じようにどんどんと追い込まれいき、気がつけば屋敷の脇にまで押し込まれている。
どうせなら、と砲台に上り八十九式にありったけのアウルを込め骸骨の群れ目掛けて射出。攻撃を放つ度に光によって浮かび上がる敵の軍勢に、精神性発汗による雫が一つ、また一つとライアーの頬を流れた。
各方面の苦戦を肌で感じながらも正門に群れていた骸骨を一掃した蔵屋はジェラルドと合流。
「……これ以上何かを失う訳には行かないのじゃ……これ以上……」
うわ言のように呟く蔵屋。思えばこの時には既に運命の歯車は間違った方向へ回っていたのかも知れない。
二人が率いる部隊に迫るは骸骨共とは真逆の体格を持つ筋骨隆々たる亜人。
「いよいよ真打ちの登場ってわけだね☆ さぁ、急いで片付けるよ」
立ち回りと連携で被害を最小限に抑え、前線を保って来たジェラルド。だが、言うほど余力は残していない。
すぐにジェラルドは巨大な戦斧を優雅に回し遠心力を蓄える。動作の鈍い亜人に先んじて渾身の一撃を見舞うために僅かな隙も見逃さない。
亜人が踏み込む。
ここだというタイミングで振り払われた戦斧が亜人の胴を薙いだ。その巨体をものともせず吹き飛ばすと軽く息を吐く。
確かに手応えのある一撃だったが意に介した様子もなく立ち上がろうとする亜人を見てジェラルドの顔つきが変わった。
「タフだね。ならこちらも容赦はしないよ」
いつもの明るい雰囲気には似つかわしくない、濁った血を連想させるかのようなオーラをジェラルドは身に纏う。アウルの奔流に身を任せ、すかさず叩き斬る。尽く入る攻撃。しかし、入れば入るほどに不安は大きくなる。
(なぜ立ち上がれる……?)
無尽蔵かと思われるほどの体力を武器に亜人は歩みを止めず、ひたすらに前へ。その間にも、まだ駆逐しきれていない骸骨たちも屋敷へと身を寄せていく。
時計の針は寅の刻を回り、その時を抜ける。しかし、蔵屋や撃退士にとって忌むべき時間はまだ終わってはくれなかった。
●
敵の屋敷への侵入を許してからは一瞬だった。
屋敷からは火の手が上がり、瓦解した屋根が崩れ落ちていく。
「はぁっ!」
雪崩れ込む骸骨をいなし亜人の一撃をリョウが弾く。そこへすかさず亜人へ薙刀の一撃を叩き込む静流。
調度品を破壊しながら溢れかえる天魔。
「寅の刻より顕現せよ。正を喰らわば堕ちるまで。悪神・窮奇『広漠風』」
九十九の放った矢は四凶の一つ窮奇となりて亜人を襲う。
火の粉と煙が吹き荒び、床の間に掛けられた掛け軸はもうその字も読み取れない程に燃え上がる。
からがら意識を取り戻し、それでも前に出る黒神に、彼女へ闇の癒やしを与えるライアー。
闇を夕に染める空。
触れた首筋へと赤黒い触手を這わせ、瞬時のうちに霧散、溢れ出た精気を我が物とし戦い続けるジェラルド。
燃え尽きる柱。
絶え間なく続く天魔の攻め。
身を返し、跳び、力を振るい、そして傷付いていく撃退士たち。
その光景を見て膝から落ちた、蔵屋。
(妾は何を間違えた? 戦いの選択の有無か? 撃退士として天魔を狩っていたことか? それとも、陰陽師の家に生まれついたことか?)
今回の襲撃は何ということもない、地元に根付き、多くの天魔を狩った桐生家への天魔による逆襲。
その者らにとって、彼女の両親が天魔により殺されたことや、一念発起の巨額の取り引き商材があることなどは歯牙にも掛けないことである。
(やめろ……やめろ……)
「やめろぉぉおおぉぉ!!」
一匹の骸骨が手にしていたのは『ヴェルカの微笑』。彼らに取っては枯れ葉ほどにも価値がないそれは、燃え上がる屋敷に溶けていく。
最後に見たそのヴェルカの表情はやはり、微笑みなどには、見えなかった。
撃退士たちは強かった。
強かったからこその一抹の油断。
戦場では最悪のケースを想定するべきであった。天魔を殲滅できなかったら、屋敷が戦場となったら、商材が危険に晒されたら、そして、撃退士が守るべきものとは何なのか。
誰か一人でもそのことに気が付いていれば、同じ結果にはならなかったかも知れない。それは蔵屋も同じだった。両親が残したこの屋敷を守りたい、桐生家を復興させたい。その想いが足枷となり決断の覚悟を鈍らせた。
撃退士とは戦う者に非ず。撃退士とは護る者。
そして、その対象は『人』である。
この戦いに於いて出た死傷者は63名。人が居ればまた桐生家も復興できよう、小さく大きな財産である『ヴェルカの微笑』だけでも死守していればまた日の目を見ることもできよう。
『たられば』は後悔の代名詞である。そのことに気が付いた時、蔵屋は声を上げて泣いていた。
そこに満身創痍の式丸と千代が駆け寄る。
目的を果たせなかった撃退士たちは目を背けた。
「くそっ、もっと戦力を集中して出撃していれば……」
「いや、全員で籠城し迎え撃ってさえいれば……」
「……よそう、私たちは敗れた。今はその現実を受け入れ、これを糧としていくんだ。明日の誰かを護るために」
天魔が去り、残されたのは朽ち果てた桐生家の屋敷、そして傷付いた者たちのみだった。
その傍らで、式丸と千代に支えられながらも立ち上がる蔵屋を見て、撃退士たちは此度の依頼のことを強く心に刻んだのだった。