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夜の帳が下りた。
ミスチーフカーニバルの会による作戦決行の時だ。
空とルエラが体育館でスタンバっている坊さんたちと顔を見合わせこくりと一つ頷く。おい、坊さんノリノリか。
大音量とともに体育館の熱はヒートアップ。
ここにハロウィンいたずら作戦開幕。
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「いえーい! ノッてるか〜い!」
大騒ぎの体育館になんだなんだと学生たちが集まる。大方ハロウィンのサプライズパーティーだろう、とすぐにその場は仮装によるナイトクラブの様相を呈するに至ったのだった。
「騒がしいと思ったら、何の騒ぎよこれ」
体育館に足を踏み入れ、そう亀山 淳紅(
ja2261)がこぼす。
「ふむ、どうやらサウィン祭、を、行っているらしい、な。面白い。死者の霊に、精霊や、悪霊の、登場とは……今、も、その風習の名残、が、あるのは、素晴らしき、事。存分に、楽しもうではない、か。……勿論、悪霊の降臨を、祝って、な……」
そこに現れたのは魔女の格好をした仄(
jb4785)。オカルト少女なだけあってなかなか堂に入った佇まいだ
「ふふふ……ようこそ、我がサバトへ。これからがお楽しみタイムだ!」
それを出迎えたのはやはりカボチャ頭に布を身体へと巻いた空とルエラ。ちなみに八重ちゃんは部屋で歌番組視聴中である。
挨拶とばかりに二人は淳紅と仄の服の中へぬるりとした何かを流し込む。
「おぅふっ!」
「!」
すぐに取り出して見てみるとそこにはピッチピチのドジョウの姿。
「変な声出してしもたやないか、あ、こらまてー」
「奴らが、この騒ぎ、の首謀者か。真の、恐怖というもの、を、教えてやろう」
寮の方へ逃げた二人を淳紅と仄は追っていった。
騒ぎを聞きつけ、学園内では便乗とばかりに商魂逞しい生徒たちが屋台なども始めていた。
そこへ通り掛かったのは女の子のような顔した男子生徒、藍那湊(
jc0170)。
「なんだか今日は楽しそうだなぁ。でも、今日は特別な……」
「おっとごめんよ」
空が追ってくる淳紅、仄を撒くために屋台から紙袋を失敬し湊の頭へすっぽり。そのまま二人へと湊をぶつけた。
「ふわー」
ユルい悲鳴を上げゴツンと二人へ頭をぶつけた湊は悪魔の血が暴走したか、小柄だった先程より身長も伸び、温厚とは掛け離れた性格へと変貌を遂げた。
「なにやら面白そうなことをしていますね。勝負なら負けませんよ。フフフ……!」
紙袋の目の部分だけ穴を開け、不敵にほくそ笑む湊。一見すると変質者の誕生である。
二人の逃亡劇は激化の一途を辿る。
その頃、気合の入ったガスマスクブギーマンという格好の胡桃 みるく(
ja1252)は体育館で焼きたてのパイを皆に振舞っていた。普段は奥手で可愛らしい少女だが顔を隠すとこれまた一変する変わり者。
「おい、パイ喰わねぇか」
熱々のパンプキンパイ。残酷。
「熱いから、気を付けて食べろオラァ!!」
行き届いた気配り。鬼畜。
「おかわり欲しい奴はさっさと言えよコラァ!!」
万全の準備。非道。
そんなトリック『アンド』トリートをしているみるくの言葉に若杉 英斗(
ja4230)が反応。
「おっぱい食わねぇか……だと!?」
普段はとても真面目な好青年だが今日はちょっとテンションがおかしいらしい。そこで寮が大変なことになっているという情報が体育館に響き渡った。
真相を確かめるべくテンションのおかしい英斗も寮へと走る。
「今日はなんかすごいパーティーなんですね……」
「そういや、みんな異様にテンションが高いな」
英斗とすれ違ったのは魔女っ娘の格好をした藤谷 観月(jz0161)と、その使い魔に扮したライアー・ハングマン(
jb2704)の両名。勿論、観月のコスプレのリクエストはライアーだ。世間知らずの観月にライアーはハロウィンを楽しんでもらおうとデートに誘ったのだった。
『ただ単に魔女っ娘な観月さんが見たいだけだけどな! さぁ、遊びに行こう』
と、本音駄々漏れのナイススマイルで誘ったことを本人は覚えていない。
「トリック・オア・トリート……ですか。不思議な習慣があるものですね。ライアーさん、トリック・オア・トリート……?」
「イタズラしてください。お願いします」
即答だったという。
「あ……え、じゃあ……がおー……がおー!」
手を広げ真顔でライアーに吠える観月。
「どぅはっつ!」
その破壊力にライアーは膝をつく。
(今日は耐えられないかも知れん……)
そんな微笑ましい二人から舞台は移り、学生寮。
スーパーボールが舞う数多の部屋を駆け巡り、空とルエラはある一室に入る。
そこには宙に浮かび上がる白い顔。
「どぉ、なさい……まし……た?」
「ぎにゃー! 出たー!」
飛び出して行くルエラたち。
「あ……」
パッと室内の電気がつく。切れた電球を取り替えていたハル(
jb9524)は椅子に乗って作業をしていただけだが、アルビノの肌がLEDのように光を浮かび上がらせていたのだ。
「お、ハル君はハロウィンパーティー行かへんの?」
ルエラたちを追いかけていた淳紅が室内のハルに声を掛ける。
「ハロウィン……? ……何、それ。……おいしい、の?」
ここにも世間に疎い子がいたらしい。
「こういう時は楽しまな損やで? あ、こらー! ガラスが割れたら危ないからスーパーボールはやめなさい!」
まるで母のように淳紅は二人の後を追っていった。
「さぁ、追い詰め、たぞ……。なかなか、面白い、組織のようだが……この仄、自らが、秘密結社、だから、な。皆纏めて、トリック&トリック……だ」
真っ暗な通路の隅に追いやられたルエラたちを開け放たれた窓から侵入した烏が襲う。
「あ、痛! こわ! あ、なんかインコ混ざってる! インコ!」
烏に混じり仄の飼いインコも攻撃に参加。
「恐怖、は、内側から、やって、くる。闇は光を理解しない。即ち、逆も、然り」
「あ、なんか怖い。何言ってるかわからない!」
イタズラ合戦に真っ向勝負を挑む仄を尻目に、ここで英斗が騒ぎに参加。
「くっ……、一体誰だ! こんなイタズラを仕込んだのは!!」
やってきた英斗は仄が指差すルエラを見るや、
「……ふっ。違うんだよなぁ。全っ然違うんだよなぁ。いいですか、今日は何の日? そう、ハロウィーーン!! ハロウィンと言えば、セクシー魔女や女悪魔の、『ドキドキ☆ちょっとエッチなイタズラ』でしょうよぉー!」
と、まくしたてた。
「だいたい格好からしてなってない。貴女、悪魔ならもっとこう、胸元を強調したセクシーダイナマイトな衣装で……」
布を被ったルエラの胸元を見る英斗。
「今のは、俺が悪かった」
「謝られた!?」
つるぺたながらもいつもは結構きわどいせくすぃーな衣装を着ているルエラなだけにショックを受ける。
ぐぬぬと口を結び、空を連れ窓から脱出を試みるルエラ。窓の脇をふと見るとそこには薄らに光る人の顔が。
「びにゃー! 出たー!!」
「あ……なんの用事があって来たのか訪ねたかったのに……」
淳紅と一緒に部屋を出てきたハルはマイペースにそう言うのだった。
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「この世は勝てばよかろうなのですよ! フフフ……フヒ……ヒャッハー!!」
紙袋から白い湯気のような吐息を吐き出しつつ、手にはチェーンソーを持った湊が暴れながら闊歩していく。実は中身が美青年になっているだけにそのギャップも大したものだ。
「くっ……ありゃなんだ。何人たりとも俺の邪魔はさせないぜぇ! もっと観月さんにイタズラされたい、色んな意味で!」
ライアーはまたも本音を駄々漏らしながら観月とその場を離れる。少し人気のない場所へ出ると、何やら考えていた観月は徐ろにライアーの耳へと両手を伸ばした。
「……こういうのでしょうか……?」
爪先立ちで立つ観月の顔とライアーの顔が近付き、ライアーのけも耳をもふもふといじくる。まだイタズラについて考えていたらしい。
「だばらっつ!」
上目遣いの表情だったり、上から胸元が見えていたりでライアーは悶絶。樹に頭を打ち付け落ち着くために素数を数える。
「1192つくろう百人一首……ダメだ、もう何言ってるかわからねぇ」
そんな二人を素通りし、湊は食堂へ。
「お菓子作りは得意です」と、場所を借り、いきなりデザート作りを開始。紙袋を被った怪しい侵入者におばちゃんたちはヒソヒソ。
完成されたのは謎の呻き声を上げるプリン。なんか蠢いたりしてる。
湊はそれを持って体育館へ。学生たちに振る舞ったそれらは、カレー味、生魚味などバリエーションに富み、意外と美味しかったりそこらで爆発したりと猛威を振るった。
更に湊はお坊さんによるナイトフィーバーに触発され、ステージに上りその美声を轟かせる。
「俺の歌をきぇえエエ!!」
……が、……駄目!
非常に独創的な音階のシャウトに会場の学生たちは洗脳されていった。でも、お坊さんたちは平気。お坊さんつよい。
「む、この声は湊くんかアァ!? ちょっとこっち来い!」
湊を見つけたみるくは、湊の腕を掴み強引に家庭科室へ。
「ワイルドハントにお祝いだぞコルァ、受け取れオルァ!!」
そこには大きな南瓜プリンに、生クリーム、シナモンパウダーなどで盛り付けをし、『誕生日おめでとう』というチョコで出来た文字プレートが乗ったケーキ風の洋菓子があった。
手を振りほどき、「みるくか……ここで会ったが100年目……」と、湊が発した瞬間に、
「化け物はここかー!」
と、ルエラと空が乗り込んできた。
二人がぶつかったその拍子に湊の紙袋、みるくのガスマスクが音を立てて床に落ちる。
「あ、みるくちゃん……!? これ、僕のために……? ええと、僕も16歳になったわけだけれど……まだ、こんな弱い僕だけれど。いつか、背の高いカッコイイ男になってみせるから、世界を敵に回しても、僕が君を守るから。だから……」
本来の姿に戻り、募った思いを伝えようと口を開いた湊。その口を指で制し、
「……えと、好きです」
みるくが照れながら言った。先程までとは違い、そこには可憐な一人の少女がいた。
そんなことが起こっている後ろでは……
「ルエラさんって、魔力がスゴイって聞きましたよ。変身とかできないんですか? お色気セクシーなサキュバスとかに! それはもうバインバインなセクシーダイナマイトにっ!」
と、漫画走りをしながら興奮気味の英斗が顔だけはきりりとしたままルエラに詰め寄っていた。
「行け、黒猫よ。こやつが、横切ると、不吉、と、言われている。怯え、慄くが、いい」
隣は隣で仄がどこから連れてきたのか黒猫を13体、ルエラたちの前に放つ。
ものすごいにゃーにゃー言ってる。
「え、一応変身できるけど……あ、こら猫、脚を登るな」
「是非お願いします!」
いつの間にかおやつを食べに来ていた八重にデジカメを渡し、英斗はボンキュッボンになったルエラとツーショット写真を撮る。
「最高ですよ! 今年のハロウィンは貴女一色!」
どれどれ……と、写真を確認するとルエラの後ろには人影のようなものが……。ルエラは「ぎにゃー!」とか叫ぶとまた空を抱え家庭科室を飛び出していった。
案の定そこにはハルの姿が。
「僕のことはお構いなく……ちょっと小腹が空いて来ただけなので……」
「また、逃げられ、たか」
こんなカオスなことになっていたが、それを気にすることもなく湊は続けた。
「僕も……好きだよ、みるくちゃん。僕は君の傍にずっといたい。ハッピーハロウィン」
そして、南瓜プリンを一口。舌鼓を打つ湊にみるくは八重歯を見せ微笑む。
「かぼちゃを丁寧にしっかり裏ごししておくと、食感が滑らかになるのです。おじいちゃんが言っていたのです。料理の決め手は、下準備と手際の良さ、なのです。ボクは可愛くないですし、人に自慢できることと言ったら、このくらいで……」
「僕にとっては最高に可愛い人だよ」
「湊くん……」
「ラブコメの波動を感じる」
そこへ急に現れる淳紅。何故か手には大量の水風船を所持。自分も今では彼女がいるくせに、非モテ時代の癖が治らず、カップルを爆発させて回っていたのだったりした。
「きっと世間のカップルは皆今夜中には『とりっくおあとりーとv』『やんっお菓子も悪戯もあ・げ・ちゃ・うv』とかやってるんやでーハハッおるぁああああ!」
水風船爆発。
中には絵の具が仕込んであり、湊は色に塗れる。
「カップルはいねーがー」
なぜかナマハゲのような口調で淳紅はカップル狩りへ赴くのだった。
(こんな夜やし、楽しいことも必要やろー)
ぽつりと呟いた淳紅の顔には柔らかい笑みが浮かぶ。
「バカップルにするイタズラは大抵の場合許されるもんや」
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その後、淳紅はお坊さんとお経ラップを口ずさみステージを盛り上げた。
何かとルエラたちの後を追って注意はしていたものの、楽しい夜のために多少のイタズラには肯定的なようだ。
「まだまだ夜は長いでぇ!」
そう言いながら、やはりアベックに対して絵の具入り水風船を投下するも忘れない。
ハルも淳紅に倣い体育館へ足を伸ばすと、その独特な雰囲気に気をもたげた。
みるくはガスマスクを再装着し、地方妖怪面無し(おもてなし)として、美味しい手作り菓子を「食えゴラァ!」と配って回る。湊はそれについて回り、「何かわからないけれどご迷惑お掛けしました」と謝罪していた。
しかし、彼の残した爪痕は深い。
学校の外では湊の歌に洗脳された学生たちがゾンビのように徘徊していたのだ。それから逃げるルエラたちと鉢合わせるライアー。
「ルエラさん、貴女には恩がある……だが、俺の邪魔はさせない! 観月さん、行くぞ!」
いつも観月との仲を取り持つように行動してくれるルエラに感謝しつつも、ここは陰謀を阻むためルエラに挑むライアー。ちゃっかり観月の手も握ったりする。
「それどころじゃないよ!」
「む。訳ありか」
なんとか逃げ切り落ち着いたところで、
「そういえばお菓子をあげてなかったな。ほれ、トリートだぜ」
と、ルエラの口に激辛お菓子を放り、観月にも手渡す。
火を噴きながら飛び去るルエラ。
そして観月は甘い猫のクッキーを齧りましたとさ。
「カップルはそこかー!」
その後、二人が淳紅に追い掛けられたのは言うまでもない。
ゾンビ一掃に一役を買ったのは仄だった。
「ミスチーフカーニバルの会とやら、も、お終い、か。ここは、仄にしか、収められ、まい」
外に出たゾンビたち(学生)を、仄はアウルを操り正常化していく。
騒ぎに教師たちが出動する前になんとか事を収めることができた。
「今日の、闇も、深い……」
意味深に、真っ黒に染まった天を仰ぎ、仄は帽子のつばを下げた。
「あ、寝てた」
ルエラが必死に逃亡劇を演じる中、空は見事に寝ていたらしい。それを抱えて逃げ回っていたルエラの肩に八重がぽんと手を置いたのだった。
その日の空は、澄み渡り星々が瞬いていた。
こうして騒がしい一夜を終えたのだった。