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眩しい陽射しが差し込むフィールドへと足を踏み入れた選手たち。
ピッチを取り巻く観客席には、今か今かと試合を待ちわびる観客たちがひしめき合っていた。
「わあ、すごいお客さんだー! よーし、がんばるぞー(*´ω`)」
堂々たる1番の背番号を背負い、やる気をみせるレグルス・グラウシード(
ja8064)。小柄ながらもこのチームのゴールを守り抜いてきた護りの要だ。
「それでは芝の状態を確認しながら練習に入りましよう」
レグルスと対をなすような巨体を揺らし、そう言うのは18番・仁良井 叶伊(
ja0618)。事前にルールをしっかりと把握し、試合に望む姿には余念がない。
「さぁ、Giant Killingと行かせて貰おうか!」
優勝は間違いないと名高いチームに挑む今大会。大物食いを成し遂げるために自らが名づけた『Giant Killing』というチーム名を口に出し、11番・ライアー・ハングマン(
jb2704)は気合を入れる。
この観客席のどこかで試合を観ているだろう藤谷 観月(jz0161)のためにも格好悪いところは見せられないところだ。
ひとしきり芝の感触に慣れた頃、蒼きユニフォームのGiant Killing と、赤いユニフォームのブラッド・スクリーマーズが向かい合い挨拶を交わす。
コイントスのためチームキャプテンである黒神 未来(fb9907)と多々良球子がセンターサークルへと歩み出た。
「むむ、あんた『西の黒豹』とか呼ばれてた黒神未来! こんなとこで闘うことになるとは奇遇だね」
「お? うち、そっちではそんなん呼ばれとったん? 知らんかったわ。まぁ、これでも関西にこの人ありって言われたぐらいやからな」
サッカーで進学した経験を持つ黒神の名はなかなかに有名だったらしい。
「ふふ、これは楽しみですね」
後方に控える不破美咲も黒神に気づいたらしく笑みを浮かべている。
コイントスは黒神が当て、太陽や風向きを計算しゴールを指定。多々良チームのキックオフで試合が開始となった。
直前に黒神たちは円陣を組み士気を高める。
「よし、行くで! みんなでサッカー楽しもうな!」
季節に似合わぬ高い陽射しはその熱を増していった。
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笛が鳴った。
不破がボールを蹴りだし、多々良がそれを受ける。
「これはほんの挨拶代わりよ!」
センターサークルを抜け様、まさかの40メートル弾。
そのシュートはDFを掻き分けゴールを狙う。
しかし、超高速で迫るそれをレグルスが横っ飛び一閃、がっちりと手の中へと収めた。
「僕はあまり早くは走れません。人間、得意不得意はあるんです。……でも(`・ω・´)! ペナルティエリア外からのシュートは……必ず止めてみせます!!(`・ω・)シャキーン」
頼もしい一言と共にボールは3番・長田・E・勇太(
jb9116)の元へ。
「ナイスセーブネ。ミーたちの力、見せつけてやるネ」
長田は上がってくる多々良を警戒しつつ、パスを回しボールを運んでいく。中盤ではボランチを担う7番・神谷春樹(
jb7335)がボールを支配し、淡々とゴールへの道筋を切り開くため躍動する。
「どんなにマークがきつくとも、通してみせますよ。それが役目ですからね」
十分に相手のマークを自分に引き付け、神谷は相手へと背を向けたまま振り向き様に右サイドのライアーへとパス。まるで後ろに目があるかのようなプレーには事前に目星となるアウルを撃ち込んでおくという秘密があった。
そう、これはただのサッカーではない。撃退士サッカーなのである。攻撃的なものは勿論禁止されているが、自らが修得する能力を遺憾なく発揮できる闘いのフィールドなのだ。
だが、相手も撃退士。一筋縄には行かない。
ライアーの目の前にはゾーンディフェンスを敷く選手が立ち塞がる。
「難しく考えずにやれることをやる。付け焼き刃だが仕方あるまい」
普段することのないサッカーだが、持ち前のセンスでライアーはDFを一人躱し、センターへボールを上げた。
「任せて下さい!」
そこには身長2メートルの仁良井。高さでは他を寄せ付けず、且つ、驚くべきはそのスピードである。オフサイドに細心を払い、ボールを受け取るスペースを作るためにDFのマークを外す。
パスが通った。
マークが仁良井に集まる中、ゴール前へ飛び込んで来たのは黒神と来崎 麻夜(
jb0905)。
すぐに仁良井が来崎へのパスフェイントを入れ黒神へとスルーパスを送る。絶好のチャンス。
「もらったで!」
振り抜かれた左足から放たれたボールはゴールの左上隅へ。歓声に沸く観客。
だが、ボールは笹林俊平のパンチングによってネットを揺らすことはなかった。
「例えディフェンスが抜かれても俺が抜かれなければ負けはない」
「やってくれる……」
簡単にいく相手ではない、と再確認することになったGiant Killingの面々だが、その顔には強い相手と闘える嬉々とした感情が滲み出ていた。
笹林のスーパーセーブが目立ったが、このチーム、ディフェンスラインは然程強力ではないという点がある。半面、攻撃力には強烈なものがあった。
「4-2-3-1……いや、ほぼ4-2-4かな。なかなか渋いことしてくれるね。今度はこっちの番。さぁ、少し早いクリスマスを祝おうか」
ブラッド・スクリーマーズのフォーメーションは通称クリスマスツリーと呼ばれる4-3-2-1の形。多々良をトップに置き、不破を含む攻撃的なMF二人による攻めが特徴だ。
特に多々良と不破のゴールデンコンビは驚異的である。
厚い中盤を活かしパス回しで突破すると、Giant Killingのディフェンスを揺さぶりに掛かる。
「速いですね。でも、そう易々と行かせません」
神谷と麻生 遊夜(fa1838)がラインを下げて相手の侵攻を阻む。
だが、多々良と不破はダイレクトパスを繋ぎ前線へ。多々良と長田の体が激しく交錯するプレーも見えた。
「ミーにラフプレーとはイイ度胸ネ」
長田が果敢にタックル。しかし、多々良は跳んで躱す。
「任せろ!」
DFを担う他三人の中に目を引く選手がいた。
仁良井と並ぶ2メートル超えの体躯を持つディザイア・シーカー(
jb5989)だ。ディザイアは厳しい当たりでボールを奪いに行く。
バランスを崩しながらそれでもボールをキープする多々良と不破。
シュートまで持って行かれるが、それはレグルスが頑として阻んだ。
同じような展開が続く前半30分。ついに均衡が破れる時が来た。
絶対的安定感のある仁良井へとボールを上げた後、ライアー・来崎・黒神の人がセンターへと寄り一列に並ぶ奇襲。黒き髪を棚引かせ、闇の眷属たる三人のナイトウォーカーによるシャドウフォーメーション。
空間に身を紛らす三人が一斉に広がり飛び出していく。文字通りのシャドウストライカーとしてゴール前へ身を運ぶ姿はまさに黒の三連星(みつらぼし)。
仁良井が落ち着いて処理したボールをそこから黒神がダイビングヘッドで押し込み1点をもぎ取った。
しかし、喜びも束の間、前半43分には鉄壁を誇っていたレグルスがゴールを許し、1対1の同点のままハーフタイムへと入ることになったのだった。
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「すみません(´・ω・`)」
「ドンマイネ。この失点はチームの失点。ユーの責任じゃないネ」
謝るレグルスに長田が優しく声を掛ける。
「もっと僕たちがプレスを掛けられれば防げたのかも知れません。後半はもう1点もやりません」
神谷もそう言い、エネルギーを補うためカツサンドを口にした。
実はDFのこのニ人、先の依頼により怪我を負い、本来の力を発揮できないでいたのだ。だが、それに屈するような弱き者たちではない。
絶対にゴールを守る。その気迫が漲っていた。
きょろきょろと辺りを見回すライアー。彼はまだ本日観月を目にしていないのが心に引っ掛かっていた。だが、休憩が終わろうというその時、僥倖が押し寄せる。
「あの、遅くなりましたけど、これどうぞ……初めて作ったので良い物ではないですが……」
現れたのはなんとチアリーダーの格好をした観月。その手には二色の素材で作られた簡素なミサンガ。お祭り大好きの友人、ルエラ=エンフィールド(jz0195)に急き立てられ、急遽チアをやることになったのだという。
ライアー大勝利。
破顔して喜ぶライアーに向けてスタンドから親指を突き立てるルエラ。親指を突き返すライアー。なかなか息の合ったコンビである。
そして、後半が始まった。
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休憩の間にディザイアが皆にヒールを掛け、身体を癒やしたことが効いたのか、まだまだ選手たちの動きは軽い。それでも一進一退の攻防が続く。
なかなかボールを奪えないディフェンス陣が猛烈な多々良と不破の攻撃が続くのを必死になって耐える。
「いつまでも好きにはさせておかないぜ?」
相手のMFからのパスをインターセプトした麻生がすぐに前線へとボールを運ぶ。針の穴を通すような正確なパスが来崎へと通る。
いつの間にやら黒い耳と尻尾を生やした来崎が巧みにそのボールを転がしていく。これはアウルにより身体強化を行った来崎特有の変化だ。
「先輩からのボールを渡すわけないでしょ」
まるで主人から放られたボールを転がす忠実な犬のようだ。
来崎はにやりと笑うとセンターへと上げる。が、そのボールが見えない力によって左サイドへ曲がった。
ボールを受け取った黒神がドリブルで切り込む。一人のDFを、右足だけで右に流したものをすぐに左へ弾くように躱す。エラシコだ。
マークが集まりだしたのを確認し、ボールを逆サイドへ。
ミサンガを手首に巻いたライアーがそれを受け取る。
「観月さんが見てる前でこれ以上無様は晒せねぇんだよ!」
前半それほど活躍のできなかったライアーはそう叫ぶと待ち構えるDFへと突っ込む。右足を掛けたボールを、DFに背を向け回転すると同時に左足で引きつけるまるで踊るかのようなマルセイユルーレットを決め二人のDFを抜き去る。
マークを置き去りにしたライアーはシュートを放つが枠に飛ばない。と、思いきやがくんと曲がる。来崎と同じ、見えないアウルぶつけボールを曲げるバナナ……いやL字シュートがゴールへと突き刺さった。
勝ち越しの1点を奪うとライアーはスタンドに向かい拳を突き上げる。
その先には応援をする観月の姿があった。
勝ち越されたブラッド・スクリーマーズの攻撃が激化する。それはダイレクトにDF陣へと伸し掛かる。
幾度となく打ち込まれたシュートをレグルスは必死に守る。
『僕の噂じゃチャンバも走らない』
そう語っていたレグルスだが、人当たりの良いレグルスはお年寄りにも人気があり、近所のおばあちゃんが『レグルスちゃんが試合? 行かなくちゃねぇ』と、走って応援に駆けつけて来ていてくれたことなど知る由もなかった。
ここまで悔しい思いをしているのは長田だ。これ以上抜かれるわけにはいかない。
「怪我をしてイル位でパフォーマンスが落ちるようじゃあ……ババアに殺されるネ」
長田が言うババアとは人として生きる全てを教えてくれた退役軍人のステラ・ハーミットのことだ。憎まれ口も愛情表現によるものなのだ。
ディザイアが不破へのマークを強めパスコースを塞ぐ。これで多々良と長田の1対1が出来上がる。
長田は重心を落とし、肩幅に開いた片足を前方へ出す理想的なフォームを取る。
「同点はいただくよ!」
「させないネ!」
多々良が得意とするドリブル。点を取るのに逸る一瞬の隙を突いて仕掛けた長田の会心のスライディングが多々良の足元からボールを奪う。
すぐにボールは神谷の元へ。
ここまでパサーに徹し、ディフェンスも担い後ろにいた神谷。
徐々に前へとポジションを移し、麻生との連携で中盤を押し上げる。
ついているマークの動きが止まった。神谷の幻術による木の根が相手には足元へ絡みつくかのように見えているのだ。
その隙にマークを外し、足を振りかぶった。まだペナルティエリアの遥か外。そこから全ての力を注ぎ込むような渾身のシュートを放った。
「行け!」
ここまでどんなに辛くとも表情を崩すことなく相手に食らいついていた神谷が見せた鬼気迫る一撃。
試合開始直後の多々良のシュート。そのお株を奪うロングシュートが笹林の護るゴールを狙う。
「させるか!」
飛びついた笹林が手を伸ばす。ギリギリのところでその手がボールを弾いた。もし、体調が万全ならばゴールに突き刺さっていたことだろう。
そのこぼれた球に一瞬で距離を詰めた仁良井。周りにいたDFが見上げたその姿はまさに『塔』。塔の頂点から芝の大地へ叩きつけられるように弾んだボールがネットを揺らした。
これで3対1。
残り時間を考えると十分に優位な数字だが、撃退士サッカーにおいて完全に安心なリードは言えない。
「油断せずにもう1本決めていきましょう!」
波に乗った後も慢心することなく引き締めていくその姿に選手たちも大きな声を出して応えた。
残り時間10分。決着の時は迫る。
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まだ時間はある。
ゴール前で回せば多々良が決めてくれる。
そう信じ攻め続けるブラッド・スクリマーズだったが多々良が放った強烈なシュートはやはりレグルスの牙城を崩すことはできなかった。
疲れ切っている神谷だったが、最後まで気を緩めることはない。神谷から麻生へ、麻生から仁良井へ。勝利の方程式を導くような美しい軌跡を描きボールはゴール前へ集まる。
ここまで全てのゴール前のプレーに関わってきた仁良井はまさに不倒の柱。周りを敵に囲まれている状況にも屈することはない。
残りタイム僅か。
ゴール前の混戦で見つけた一筋の道。仁良井はそこへボールを通す。走りこんで来たのは黒神だ。
ディフェンスラインを大きく下げて多々良や不破もボールを奪うために自陣を護る。
「これ以上は行かせない!」
ペナルティエリアに踏み込んだ黒神の前に不破が立ち塞がった。
中央に走りこみながらボールの右側へ左足を大きく踏み込む黒神。そこから足をクロスさせてボールを蹴る。
ラボーナに不意を突かれた不破と笹林。反応が遅れるが笹林はボールをなんとかクリアする。そこへ黒神が飛んだ。
「これが10番の責任やで!」
スポーツを諦める原因となった視力の落ちた左目が赤く燃える。空を裂く黒神のボレーシュートがゴールに突き刺さり、ダメ押しの1点を挙げた。
倒れ込んだ不破が見上げた先には蒼きユニフォームに浮かぶ10番の背番号。世界で数々のエースが着けてきた伝統の数字だ。
程なくして鳴り響いたホイッスルの音に勝者も敗者も皆、空を仰いだのだった。
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「いっぱい頑張りました。面白かったです(*´ω`) 今の僕ならS.G.G.Kって呼んでもらってもいいですよね★」
レグルスの言うのは『スーパーがんばりゴールキーパー』ということらしい。
そんな茶目っ気に皆が笑う。
「いやー、負けた負けた。楽しかったよ、またやろうな」
多々良の声に気持よく返事をするイレブン。
久遠ヶ原学園の秋はこうして深みを増していくのだった。