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「本日は学会への提供研究材料(夏休みの自由研究)の捕獲にご協力いただき、誠に感謝致します」
集まった撃退士たちを、白衣を纏った一人の少女が出迎えた。撃退士たちは少女からよくカーバンクルを目撃するという場所に案内してもらい、それぞれ予定した場所に捕獲のための罠を仕掛けていく。
そして皆で散らばって網を張り、カーバンクルの出現を待つことにした。
此処に、盗天魔VS撃退士の闘いの火蓋が切られようとしていた。
「宝石を持ったうさぎ……なんだかめるへんの香りを感じます(*´ω`)!」
そうウキウキと口にしながら虫取り網を持って森へと入るレグルス・グラウシード(
ja8064)はまるで童心に返った少年のようだった。
彼は地域の構造を調べ、近くで網を張っている仲間と連絡を取り合いながら探索に出た。
「うさぎならこういう所にいそうだな。それにまだまだ時間もあるし、とりあえず宝石を探そう!」
そうしてレグルスは森の奥へ奥へと足を踏み入れていったのだった。
空を飛べるライアー・ハングマン(
jb2704)は街側の担当だ。
彼は屋根から屋根へと飛び移り、カーバンクルが宝石を物色しているのではという路地裏に狙いを定めた。
「前にカードゲームをした時の外しっぷりは酷かったからな……分の悪い賭けは嫌いじゃないぜ! とか言いたいところだが、堅実に行くか」
以前に運に左右される闘いを見事外したライアーだったが、今回こそはと注意深く辺りを捜索する。しかし、彼は知らない。実はそのすぐ後ろの家でカーバンクルが宝石奪取を画策していることを。
今回もなんか良からぬ星の巡り合わせがあったりするかも知れなかった。
そのすぐ近くでは嶺 光太郎(
jb8405)が鎖の付いた水晶を振り子のように使い宝石の行方を追っていた。いわゆるペンデュラム・ダウジングというやつだ。
「宝狩りの時もいい感じに見つけてたし、今回もいけるだろ」
そう言って振り子を頼りに路地裏へと入っていく。かなりの集中力に期待も高まるところだ。
宝石探しを専門に請け負ったのは光太郎の他にもう一人、柚島栄斗(
jb6565)だ。
彼は郊外の森へと向かうと、
「さてまあ稼ぎますか」
と、飄々と宝石探しを開始した。
出発前、少女の依頼添付資料である『夏期休暇の日記』に目を通した栄斗は、
『なんですか、この黒歴史爆進中みたいな文章を書くガキは……』
と、ため息をついて呆れていたりもしたが、これも天魔絡みの立派な仕事の一つ。見事に解決させた上、しっかり報酬も戴こうと栄斗は注意深く辺りを見回していくのだった。
その頃、日下部 司(
jb5638)は河川敷へ。若松 匁(
jb7995)は川を挟んだその先にある雑木林へと探索に来ていた。
「さて、これで後は罠に掛かるのを待つばかりだな」
司は自分の仕掛けた罠を確認し、ここにカーバンクルが来た時に追い込むシミュレートを頭の中に展開する。先のことも見据え抜かりのない作戦を思い描く様はさすが熟練の撃退士だと思わせられる。
一方、匁はなかなか大掛かりな罠を張っているらしく、まだせっせと仕掛けを施していた。
(ふふ……宝石を盗むなんてカーくん、悪い子いけない子! まさか……賞金首?)
などと言った妄想に耽りつつ、川沿いの林に大きな落とし穴を掘り続けている。
果たして撃退士たちはカーバンクルを捕まえられるか否か。その時の誰にも、それはまだ分からなかった。
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探索開始から3時間。
一向に気配を見せないカーバンクルに撃退士たちは焦り始めていた。
皆で色々な所に仕掛けた罠にすら掛からず、誰の目にも留まらぬ神出鬼没のカーバンクル。レグルスも幾ばくかの宝石を見つけたものの、その手を止めカーバンクル捜索に力を入れ始める。
まぁ、どこに奴が居たかというと大体ライアーの探す地区とは別の居住地区である。ライアーが見回っていない方をわしゃわしゃと長い間動き回っていたのである。
「くっ……どこにも居ねぇ。俺の運は一体どこに家出したのかね……少し罠に掛かりやすいように設置し直すか……」
涙ぐましい努力を続けるライアーであった。
実は先程、光太郎もすぐ目と鼻の先にまで近付いていたのだが揺れる振り子に夢中でその存在に気が付いていなかったりした。
(宝石宝石宝石ジュエルジュエルジュエル宝石宝石ジュエルジュエル……)
と、ひたすら念じながら水晶の先に光る物を見つけて、いざ持ち上げてみたらガラスだったりなんかして、『そいやっ!』とか言いながら叩き割っている間に逃げてしまったりしていたのだ。
しかし、それまでにもなかなかの宝石をゲットしていた光太郎は引き続き黙々と宝石探しを続行していた。
そんな折、ついにカーバンクルが罠に掛かったという情報が皆に伝えられた。
それは匁が作っていた落とし穴だ。待機していた司の目を欺くように裏手から雑木林の方へ回り込んだようだ。
「むむ、逃げられたようです……」
各罠には透過防止用に祖霊符を使用している。しかし、匁が駆けつけた時にはそこはもぬけの殻となっていた。まだまだ一筋縄ではいかないらしい。
落とし穴の発動に気が付いた司がそこから逃げていくカーバンクルをなんとか視界に収めることに成功していた。そして皆に定時連絡。
『奴は雑木林方面の罠を一つ解除し逃走中。それと……かなりのもふもふ感だ』
大人びた印象を受ける司だが、以外にも可愛いもの好きだったりしたのだった。
「なんかこっちに逃げてきたっぽいな……」
順調に宝石を見つけ出していた栄斗は連絡を受け、辺りを見回す。無造作に隠されているように見える宝石も、広く開けている場所から死角になるような場所に隠されている場合が多いという印象があったため、それに倣って探索を続ける。
するとやはり次の宝石に辿り着いた。
「なるほど……」
確信を持った栄斗は光太郎にその法則性を伝えるため連絡。これで更に宝石の回収率が上がることだろう。
「あ……」
光太郎に連絡中、すごい勢いで栄斗の前をカーバンクルが通り過ぎた。連絡中ということもあり、呆気に取られ対応できなかったがあれだけ素早いと捕まえるのには苦労しそうだということは考えるまでもないようだ。
「まぁ、今回は住人の皆さんのためにも宝石に専念です。……報酬も戴けることですし」
ちゃっかりとした栄斗はそう言って宝石の探索に戻った。
見つけた宝石を眺めながら森を探索していたレグルスは、
「こういうのあげたら喜ぶだろうな(*´ω`*)」
と、頬を緩めながら最愛の彼女を思い浮かべる。貴族の生まれ、明るい性格に多い友達、そして告白されての彼女持ち、とリア充街道まっしぐらのレグルスの前にそいつは現れた。
「あ、待てー」
すかさず追い掛けたレグルスだったが『生死の掛かった私がリア充に負けることなど許されぬ』とばかりに脱兎の如くカーバンクルは逃げ出す。
標的を見失ったレグルスは仕方なく皆に連絡。
いよいよ、闘いも中盤戦。カーバンクルは撃退士たちにもふられてしまうのか。それとも不思議な世界の扉は開かれないのか。
少女、菜津美はその闘いを日記に収め、着実に夏休みの課題を進めるのであった。
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「……来ないな。俺の運にゃ期待してないが……心にクルものがあるな……」
雑木林や森への移動連絡を聞いていたライアーは、居住区とその境を重点的に調べていた。しかし、その地域を回避したカーバンクルはまたもやライアーが見回る反対側の居住区へと侵入。ライアーの行動は完全に裏目に出ていた。
その時、路地裏に設置していた罠に反応が。
すぐさま罠の場所に急行するが、囲い込み閉じ込める系の罠が2つとも壊されていた。ライアーの罠は失敗に終わったようだ。
「……宝石狙いの奴らの強運を願うばかりだぜ……」
ちょっと心が折れたライアーの瞳にはカーバンクルが盗んでいった宝石と同じく眩く光るものが滲んでいたりいなかったりしたという。
同じく待ち惚けを食わされているのが司だ。今日のカーバンクルは迂回するように行動し、全く河川敷へと近付こうとしない。
「読みを外してしまったかな」
そこへ宝石を探しに光太郎がやってきた。手にはおにぎりとカレーパン。しっかり栄養を補給しつつ集中力を持続させていたようだ。
「お、お前もここにいたのか。首尾はどうだ?」
「さっぱりですね。そうだ、嶺さんが集めた宝石少し分けて貰えませんか? 罠に使いたいので」
「おう」
落とさないよう袋に入れ、ヒヒイロカネに仕込んでおいた宝石を取り出すと、光太郎はその中から一際赤く光る石を司に手渡した。
礼を言い司はネズミ捕りの要領で罠の強化を図る。
「ふぅ、もふもふしたいのになぁ……」
先程見たカーバンクルを腕に抱いている状態を思い浮かべ、エアーもふもふする司。しかし、罠を有効に作用させるためにもここを簡単に離れるわけにはいかない。
とりあえずエアーもふもふで気を紛らわせ、司は次の機会を伺っていた。
「柚川の話からすると、ここらからだと……あの辺が怪しいか」
カレーパンを食べ終え、指をぺろりと一舐めした光太郎は更なる探索に余年がない。面倒くさがりの割に協調性がある様は少し可愛らしく思える。人の名前をよく間違えるのが玉に瑕だが割りと人の面倒見は良いようだ。
二人がカーバンクルを目にするのはまだ先のようだった。
そしてまた時間は経過しもう日が暮れるという頃、期は一気に訪れた。
栄斗が仕掛けた雑木林の罠を皮切りに、カーバンクルの動きが慌ただしくなったのだ。それを回避したカーバンクルは次にすぐ光太郎が仕掛けたトラバサミに驚き、更に近くに仕掛けてあったトリモチを大量に敷き詰めた落とし穴へと落下。
ベトベトになりながら逃走しているところを匁に追われていた。
「カーくん発見! 確保―! クーヤ! いくよ!」
他にも『追い込み漁じゃあー』とか叫びながら召喚獣のヒリュウであるクーヤと一緒に匁とカーバンクルの激しい追いかけっこが開始された。
クーヤがある位置へとカーバンクルを誘導するように立ち回り尻尾をつついていく。
「ここなのです!」
その位置にカーバンクルが来た時に匁は罠を発動。ロックが解除された大きな丸太がロープに吊るされ振り子のようにカーバンクルを襲う。うーん、なかなかデンジャラス。
アウルを伴わない物理攻撃が効かない天魔といえどカーバンクルはそれを慌てて避ける。
そこに匁はすかさず飛び込んだ。
「ちょおぁぁぁ!!」
飛び蹴りである。
かねてより、菜津美に『どうやって捕まえるんですか?』と聞かれて『蹴りこみたいデスね。顎を』と答えていた匁は有限実行を果たしたのであった。
可愛い容姿とは裏腹に人の道の外を征く果敢さである。
少しふらりとしたカーバンクルだったが、それだけではまだ勢いは止まらず逃走。
「わんちゃんあると思っていましたが、浅かったですか」
ここが勝負どころと、彼女は皆に集結の連絡を取ったのだった。
『おーい、出てきてよー(´・ω・)?』
と、生命探知を駆使しつつ森を彷徨っていたレグルスも連絡を受け取り捕獲へ大きく動く。
森の小動物たちを忍法で集め、特殊周波で操っていく。
「ねずみさんたち、よろしくお願いします(`・ω・´)!」
特に多く集まったねずみたちにそう呼び掛け、森の探索を任せると雑木林の方へと駆け出した。
「結局河川敷へは現れずでしたか。ちょっと行ってきます!」
「しっかりな」
司は宝石を探し続ける光太郎にひと声掛け、返事を受け取ると川沿いを下流へと走る。
途中で川向かいに栄斗が現れた。
「もっと下流みたいです。急ぎましょう!」
一時宝石集めを中断し、栄斗は耳を澄ませカーバンクルの行方を大雑把にではあるが断定して司を誘導する。聴覚スキルを持つ栄斗ならではのサポートだ。
「俺も忘れられたら困るぜ。さぁ、狩りの時間だ!」
上空から聞こえた声はライアーだ。予定では街を集中的に監視というものだったが、多数の罠と匁による飛び蹴りで弱っている今がチャンスと撃退士たちが集結しつつあった。
日没までに勝負をつけるため撃退士たちは急ぐ。
「うおりゃあ!」
匁とカーバンクルが争う場所に三人が到着。すぐに反対方向へとカーバンクルは逃げようとするが、
「行かせないよ」
機動力を活かし司が瞬時にカーバンクルを飛び越え道を塞いだ。すぐにカーバンクルは方向転換して森へ。
そこに待ち構えていたのはレグルスだ。
結果的に『響鳴鼠』で操った動物たちはカーバンクルの行方を掴めなかったが、逆の発想でその他の場所に狙いを定めていたのだ。
止まったカーバンクルに後ろからライアーが飛び掛かる。
「大人しく捕まってくれや、俺の為に!」
かなり切実な声で訴えるが現実は非情である。その脇をすり抜け逃げる。
だが、それが良くなかった。
まだ発動していかったレグルスの罠がそこで作動。ここでも罠を躱すカーバンクルだったが、そこへ今まで身を隠すため使っていなかった祖霊符を発動させレグルスが手を振り上げた。
「かわいそうだけど、これで決まりです!」
すっぽりとレグルスの虫網に収まったカーバンクルは観念したのか大人しくなったのだった。
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カーバンクル捕獲後、司は汚れを落としたそれを満足そうにもふもふしていた。
「やっともふれましたね。処分する時、情が移るのもいただけないがこれはやめられない」
匁は、
「カーくんって光り物が好きなんですかね……?」
と、疑問を口にしつつカーバンクルの顎を撫でる。
後日わかることだが、戦闘能力のない低級サーバントだったため、住人の精神異常をきたさせ感情摂取を容易にするという名目で活動していたようだ。
栄斗と光太郎の頑張りの甲斐もあり、それなりの報酬を得ることができた撃退士たちはそれを皆で山分けする。
「いやー、そこそこ稼げましたねー」
「まぁまぁだな」
栄斗と光太郎も互いを認め、結果に満足そうだ。
リア充なのにおいしい所を持っていったレグルスは上機嫌でお札を広げくるくる回っていた。もしかしたら頭の中では報酬で彼女にプレゼントを買い、いい感じになっているのかも知れない。
ライアーはその後、以前の依頼の礼も込めて、今回の依頼担当に任命されたルエラ=エンフィールド(jz0195)と、想い人である藤谷 観月(jz0161)を食事に誘った。
「ご馳走になっていいんですか!? ひゃっふー!」
「ありがとうございます……」
「前回の礼も兼ねてっからな、気兼ねなく食ってくれ!」
そうして食事を楽しむ三人だが、ライアーは知らない。底知れないルエラの食欲のことを。
ライアーの不運はまだ続いていたのだった。
さらに後日――
「ふっ……これで学会への提出は完璧だ」
「はい、阿智さん。自由研究ね。あら、宿題のドリルはどうしたの?」
「……!」
そんな少女の日常があったとかなかったとか、それはまた別の話。