●
会場は熱気に包まれていた。
設えられた闘技場へと足を踏み入れるデュエリストたち。
選ばれし七人の闘士は戦いの座へと腰を降ろす。
『アブソリュート』決勝開幕。
「奇遇だな、俺の名前も夢野ってんだ」
君田 夢野(
ja0561)は参加者の一人である夢野勝利へと声を掛ける。しかし、それを嘲笑うように夢野勝利は自分のカードに目を戻した。
「ま、一つだけ言っておくさ――最初から勝った気でいる奴は真っ先に負けるぞ。絶対(アブソリュート)の勝機など存在しない、それは天魔との戦いでも学んでいるだろう?」
君田は夢野勝利の不敵な笑みにイカサマを警戒し使用カードのチェックを申請。審判のルエラもそれに応じる。
「ついでに審判、ちょっと相談があるんだけど」
そう切り出したのはダンボールで作った自作のカード取り出し装置を腕に纏うベルメイル(
jb2483)だった。カードバトル漫画を真似たものなのか、その装飾はなかなかにクオリティが高い。
ベルメイルとルエラは何やらごにょごにょと相談し合い、『面白いからオッケー』と何かの許可を得たようだ。
そして改めてプレイヤーにカードが配られ、試合が始まった。
●
「さぁ、楽しもうぜ! 勝負だ!」
「がんばるぞ、おー!」
ここまで適当にカードを出して勝ち上がってきたライアー・ハングマン(
jb2704)と、ゲームならお任せという相馬 カズヤ(
jb0924)が張り切って声を上げる。
カズヤの召喚獣であるヒリュウのロゼが円卓の周りを飛び、応援という彩りを添えた。
「決勝まで来ちまってなんだが、今回も適当にカードを出すぜ。敵を殴りに行くのは得意だが、小難しいことはさっぱりだ……」
ライアーはあまりこの手のゲームを得意とはしていないらしく、運を天に任せた作戦に出るようだ。
「自分なりに考えてみたけど、このゲームなかなか奥が深いな……。シンプルイズベストってやつだな」
カズヤはもう一度自分の出すカードを確認し、頭の中に幾多のシミュレーションを思い浮かべていた。
カズヤの対の席には遊戯を得意とする参加者がもう一人いた。
世界最古の盤上遊戯『セネト』発祥の地エジプトを故郷とする褐色の勇士、バアル=セテフ=セネトファラオ(
jb8822)その人である。
「セネトファラオは盤上遊戯王の意。我こそが遊戯の頂きなり」
確固たるその意志は手にしたカードへ尊厳と畏怖を乗り移らせんが如くである。
その隣には、無垢な笑顔でカードを卓に並べるシオン=シィン(
jb4056)。
なんと、手持ちカードを数字順に並べ、皆に見えるようオープンして置いてある。
「仕掛けることに意味がある……!」
なにやら意味ありげなことを呟き、彼女はその時を待った。
そして、一回戦、ルエラのコールが会場に響き渡った。
●
一回戦。10or20or40。
「プレイ!」
掛け声と共に参加者が手札を出す。
皆の目を引いたのはベルメイルだった。
「さあ、デュエルの時間だ! ミンファ! 戦士たる君の実力、見せてくれ!」
彼は腕の装置からカードを引き出すとオーラを放つ。場に出されたカードは他の参加者と違い、何故か美少女のBUが施されている。
実は先ほど、自分の提出カードだけこのカードに変えてもよいかベルメイルは確認しており、特に不正は見られなかったため許可が降りたのだった。
彼のカードは6。序盤からなかなか強気の采配だ。魔法具なのかなんなのか、気持ちホログラムのようにカードから美少女が浮き出ているようにも見える。
しかし、尻尾で弾くようにカードを提出していたシオンのプレイカードはなんとスタニングカード。結果得点は20点に決定し、シオンが一歩前に出る。
「……ぐはぁっ!」
ベルメイルは強カードが破られた影響か、大きくふっ飛ばされ壁に叩きつけられる。まるでカードゲームアニメの主人公である。
「確実に得点はものにしないとね」
軽くナイトミストでぼかしながら尻尾でカードを出す戦術でシオンは動きを読まれない作戦のようだ。
バアル、ライアーは互いに4、3と中位カードを失い、カズヤは2、二人の夢野は共に1を捨てにいったようだ。
二回戦は60or70。
どちらに転んでも高得点のここを抑えれば勝利がぐっと近づく勝負。常に夢野勝利の動向に目を光らせていた君田は夢野勝利が時折バアルの方へ目を向けるのを見逃していなかった。
ふと彼はカズヤの召喚獣ロゼに目を這わす。学園でも学ぶことだが、召喚獣の目は主と視覚共有を行うことが可能である。もしカズヤがその気になれば相手の提出カードを知ることができるのでは……。
そう考えた君田は夢野勝利の視線の先にはっと気がつく。バアルの更にその後ろ、一般観戦者の一人に間者がいたら……。
「皆、カードを出すときは伏して出したほうがいい。自分以外に知られることのないように」
その時夢野勝利は一瞬だけ歯噛みする。
二回戦、バアルはスタニングカードに手を掛けていた。それを知った間者が夢野勝利にサインを送っていたのだがそれが断たれたのだ。確実でない以上、ノートカードの消費は避けたい。夢野勝利は2を処理した。
しかしそれが運命の交差点だった。
バアルのカードはスタニング。シオン、ライアーは6と競っていたがここの高得点はバアルが得る。
「全ては時の運。しかし、運は如何様にも味方にすることができる。ハトホルが微笑むのはこの我ぞ」
戦いは少しずつその戦火による熱を広げていった。
●
やっぱ適当に出すのはまずかったか?
ライアーは全く効果的なイカサマも思いつかなかったらしく、今回も正々堂々と運任せを選択した。イカサマなしで堅実に点を稼げば勝利を狙えるはず……! と何故か無駄に自信満々であったという。
※フラグが発生しました
彼はまだ無得点であることを気にしながらもせめてイカサマだけはされないようにと周りを注意深く観察する。
「まぁ、俺なんぞにバレるイカサマは成立しなさそうだが……」
しかし、その思いとは裏腹に監視の目が強くなってきたことでこのままでは危ういと思ったか、カズヤはヒリュウを手元に戻す。
「四回戦なんかでちょっと偵察してもらおうと思ってたけど、ま、いいかな。イカサマで勝ってももやもやしちゃうしな」
様々な思惑が飛び交う中、三回戦。
「宣言だ。次はスタニングを切る。君たちはノートを出してはどうだい?」
周りの状況から余裕ができたのか君田が揺さぶりを掛け始めた。とらえどころのない彼の表情を読めないまま、皆はカードを切っていく。
「三千世界を渡り歩いたその孤独、今こそ俺が埋めてあげよう、マコト!」
ベルメイルは例の如く美少女を召喚。ちなみにスタニングである。
結局宣言通りスタニングを出した君田とベルメイルが得点権利を得るも、内訳がなんと10点選択の山分けにより、各5点。ないよりはマシとは言え、スタニングを出したのに見合う数字かというと厳しいものがある。
そして試合は中盤の山場、四回戦、30or×2を迎える。
ここでシオンは賭けに出る。
皆がプレイカードをオープンした瞬間に気を逸らし、勝利カードへと自分のカードをすり替える作戦だ。
「オープン!」
皆のカードが開かれる。その瞬間……
「あーっあれなにーっ!?」
シオンは大声を出して何か明後日の方向を指差した! ……にも拘らず、緊張のある参加者は勿論、なぜか会場の観戦客すら誰もその方向には目をくれず『しーん』という言葉がとっても似合う空気がその場を支配したのだった。
どっちみち、すり替えようとしても既にスタニング、6、5と強カードを使用してしまっているシオンはその場にスタニングが出ていなかったため、カズヤが出した6に勝てるカードを所持しておらず予定通り4を出したままに至った。
その後、彼女は涙目でほっぺたを膨らませていたという。
その表情がなかなか良かったのかその時の写真が後に裏の世界において高値で売買されることになるとはその時の彼女は知る由もなかった。
ここで30点をゲットしたカズヤ。
何故か見えない闇の炎に身体を焼かれもがくベルメイル。
未だ無得点のライアー。
戦いが佳境に差し掛かろうとする頃、バアルが仕掛けた。
使用済みカードを廃棄すると見せ掛けて一枚のカードを手の影にパームする。
(パームとはマジック用語などで『手の中に隠し持つ』技術の総称である)
こうして得たカードを夢野勝利の衣装に仕込み、偽イカサマを作り出すという手に出たのだ。そう、この時のためにバアルは夢野勝利の隣の席を狙って着席していたのだ。イカサマを告発すれば夢野勝利をこの勝負から脱落させることができる。
(絶対不可避、最強の仕留め手……ジャッジKILL……味わうがよい!)
と、ここでバアルは思い留まる。
実は円卓を七人で囲んでいるわけだが一人と一人の間には結構な距離がある。とても手を伸ばして届く距離ではないのだ。
観客、カメラ、参加者の目を盗んでこの偽イカサマを達成するのは困難。それならば自分が偽イカサマを仕掛けたということがバレるリスクを冒す必要はないのではないか。
そう考え仕掛けるのを堪えた。
結局ここは夢野勝利がスタニングで勝利を収め、40点を獲得。
ここまでの成績は、
君田5点、カズヤ30点、ベルメイル5点、ライアー0点、シオン20点、バアル60点となっている。
残り高得点の並ぶ終盤戦、戦いは熾烈を極める。
●
「次は6だ。是が非でも取りたいのでな」
次こそはブラフかと思われた君田の発言はまたしても真実。
バアルの5、ライアーのノートカードもすり抜け50点を奪取。
誰がトップになるかわからないままラスト二戦を残すのみとなった。最後の二つは二回戦と四回戦で出なかった×2と70である。ここを制すればまだ誰にでも可能性はある。
しかし大きな問題がある。
実はここまでまだノートカードを温存している参加者が5人もいるのだ。そしてスタニングを残しているのはカズヤとライアーの二人だけである。
もしスタニングがぶつかり誰かがノートカードを出せば二人の敗北は必至。
カズヤは考えた。
しかし、ここでノートを切れば最終戦はスタニングにノートをぶつけられる可能性が高い。そして恐ろしいことにここまで6を温存しているのはトップのバアルと夢野勝利であり、夢野勝利に至ってはもう一枚も4と十分に強い。
やるしかない。
カズヤはスタニングを切る。
問題はライアーの出し札。
「っしゃ、気合入れていくぜ!」
ライアーも手札を切る!
「ノイエ、まだ幼い君を戦場に立たせるなんて、俺には……俺には……!」
ベルメイルは相変わらずである。
そして札がオープンされる。
並んだのは、
6、3、2、2、1、6……そしてカズヤのスタニング。
ライアーが出したのは2。
カズヤは四回戦、七回戦と、×2を有した勝負で勝利を収め、これで60点。トップのバアルに並んだ。
だが、最後に残された問題がここである。
最終戦八回戦。
「堂々といけっ……! やばい時ほど堂々と……!」
シオンは最後まで並び順を変えることなくノートカードを放出。
「これもまた運命なり」
バアルが残されたノートカードに手を掛ける。
「最後はノートを切らせてもらう。これしか残っていないのでな」
「ウィルナ。裏切りこそが君の刃ならば、もう存分突き立ててくるといい」
と、君田、ベルメイルもノート。
「これはもしかして……」
カズヤにも残されたカードはノートカード。
伏兵はライアーだった。
もし、先ほどライアーがスタニングを出していたら最終戦はノートカード5枚にライアーの2、夢野勝利の4で夢野勝利が総合優勝を収めていた。
もし誰かが七回線でノートカードを出していたらまた違った展開も合ったかもしれない。
様々な偶然が絡みあい最後の戦いがその時を迎える。
「もう何がなんだかわからんがとにかく勝負だ!」
最後にライアーがスタニングを出したことにより最終戦70点をノートカード出した5人で分け合う形になった。
最終結果。
君田夢野69点、相馬カズヤ88点、ベルメイル19点、ライアー・ハングマン0点、シオン=シィン34点、バアル=セテフ=セネトファラオ74点、夢野勝利……40点。
優勝は相馬カズヤに決定したのだった。
●
「バカな……俺が敗れるとは……」
夢野勝利はがくりと肩を落とした。そこに君田が声を掛ける。
「『絶対』はない、ということこそこのゲーム、アブソリュートの本当の意味なのかも知れないな」
君田のイカサマ破りがなければバアルの序盤に得た60点は夢野勝利のものとなり優勝していただろう。常に一位に肉薄しつつも4位へと身を落としたことはただの偶然ではない。
第五位に終わったシオンは、そんなダブル夢野をじぃっと見詰め、若干涙目になりつつ、
「胸を張るんだよ……! 手痛く負けた時こそ……胸を……!」
と、気丈に振る舞う。そんな表情が良かったのか裏の世界ではその写真が以下略。
「我が次点になろうとはな。新たな盤上遊戯もなかなかにやりおる。しかし、最後に頂点に立つ者は常に一人。我がその一人となろうぞ」
バアルとカズヤの差は僅かに最終戦で得た14点の×2分差によるものだけだった。日々生まれていく新しい遊戯に心躍らせ、バアルは明日を見詰める。
戦いに敗れたベルメイルは何故か満身創痍で横たわり、
「ぐふぅ……さぁ、癒してくれ……マイエンジェルズ……」
とカードに癒やしを求めていたりなんかしたのだった。
「ふぅ、なんとか優勝だな」
カズヤは高い戦略性とオーバーアクションなども含めた心理戦でこの戦いを勝利で飾った。
「やっぱり一番が『一番』だな!」
そう言って観客に向かって手を振ったのだった。
そして、一人まさかの無得点ライアーである。
たとえ完全アトランダムにカードを出しても0点で終わるのは珍しい。
「ぐぅ……賞金に釣られた俺も俺だが、これは……」
ある女性のために少しでも蓄えが欲しいと思っていたライアーは頭を抱えるが、決勝まで残った時点で低額とはいえ賞金の権利を得てはいたので多少は懐が暖かくなる。
選手控室に足取り重く戻ったライアーだったが、そこでサプライズは起きた。
「あ、お疲れ様です……。ルエラさんにライアーさんが出場していると聞いて……」
そこにはドリンクの差し入れを持ってきた藤谷 観月(jz0161)がいた。
実はクリスマスの一件以来、ライアーの内情を察したルエラが気を利かせていたのだった。
(ルエラさん、グッジョブ!)
0点でもこの日の幸福度100点のライアーであった。
流行りモノはいつか廃れるもの。しかし、その時まで人は戦い続ける。それは挑戦であり、煩悶であり、法悦であり、とても大事な思い出である。
それがゲームというものなのだ。