●天魔討伐編
スキー場に現れた天魔は撃退士たちの活躍により無事討伐されたのだった。
〜完〜
●本編↓
天魔討伐の礼として旅館に招待された撃退士たち。
女将の話では、どうやら大きな被害を及ぼすものではなかったそうだが一般人の混乱を避けるため情報を伏せ、秘密裏に処理したということらしかった。
「ここはいい根城になりそうなのだわ」
天道 花梨(
ja4264)は旅館を値踏みしつつ荷物をフロントに預ける。そしてニヤリと笑みを浮かべ一目散に外へ。
「俺たちも行こうか」
「……うん」
ドニー・レイド(
ja0470)が声を掛け、隣にいる恋人のカルラ=空木=クローシェ(
ja0471)が少々ぎこちなく返事をした。
「久しぶりだな、スキーにくるのも。観月さん、早速滑りに行こうぜ」
「はい」
去年のことを思い出しながらライアー・ハングマン(
jb2704)は観月と山へスキーに。
旅館だけではなくスキー場も自由に使っていいと許可を得ているので意気揚々と撃退士たちは旅館を出て、白銀の世界へと飛び込んでいった。
皆がゲレンデに向かう中、鴉乃宮 歌音(
ja0427)はラウンジに腰を落ち着かせ、此度の天魔討伐の報告書を作成していた。
一通り書き終え、紅茶に口をつけるそんな歌音の耳に外の喧騒が飛び込んだ。まさか新手の天魔か、とも思ったがどうやらそうではないらしい。
「全く……ゆっくりお茶も飲めやしない」
やれやれと歌音は事件解決に向け、腰を上げた。
「今後の事を考えると、スキー技術も身に付けておくべきだよな」
礼野 智美(
ja3600)はスキーウェアに身を包み、山へと立つ。
出身地が雪の積もらない地域とあってウィンタースポーツとは縁のない彼女だったが、依頼で雪国に来ることは珍しくもない。来るべき時のためにとスキーの練習を開始した。
下って行くと妙な人だかりが目に入った。何やら人が襲われている。襲っている人間の動きを見て礼野ははっとした。
「あれはまさか久遠ヶ原学園の生徒? 冗談じゃない。これで学園の評判が落ちて俺たちの心象も悪くなったらスキー場と旅館の使用許可が取り消しになりかねん」
すぐに彼女はその場へ急行した。
山の下では『イー! イー!』とか叫んでいる怪しげな集団がカップルを襲っていた。
「私が来たからには任せてもらって良いのだわ!」
普段からリア充爆破組織『しっと団』を名乗り活動している花梨は、ここにB.V団が現れることを事前に察知していた。ここぞとばかりに一緒になってリア充撲滅を目論む。
しかし、そこにはB.V団と闘う一人の若者がいた。防寒具を身につけていてもスタイリッシュな格好を崩さない男、藤井 雪彦(
jb4731)である。
「天魔討伐だけじゃなくカップルの幸せを護ることになるとはな」
B.V団の邪魔をする藤井に団員の一人が声を荒らげた。
「お前のようなイケメンチャラ男に我々の気持ちがわかるものか!」
「あっはっは……モテてねぇ〜よっ! 見た目がチャラいからってモテると思ったら大間違いだぞ! 本命なんて貰ってないし、友&義理チョコオンリーだぞっコンチクショー!」
そんな藤井に花梨は言う。
「あら? 男やもめですか。ならば是非『しっと団』に入団……」
「入らね〜よ!?」
そんなやりとりをする連中を尻目に、
「どうやら我が校の生徒が一般の方に迷惑を掛けているようです。……はい。現在外出中のサークルのリストを……ええ、可能な限り捕まえてきます」
と、歌音は久遠ヶ原学園へと連絡を入れていたのだった。
一団と離れ、軽く流した後、上級者コースでスキーを楽しんでいたのはライアーと観月だった。初めて滑った去年より観月は随分上達している。
「上手くなったよなぁ」
「ありがとうございます。でも……寒いのはやっぱり苦手です」
「ここには温泉もあるって言うし、後で入るのもいいかもな」
「そうですね……」
バレンタインのお返しをいつ渡そうか、一大イベントに胸中穏やかではないライアーと、それに全く気がつかない観月は山を滑り続けた。
「あなたたち、こちらに退避すると良いのだわ!」
カップルをB.V団の魔の手から匿う花梨。しかし、それは罠であり、連れて行った先はB.V団の溜まり場。
「残念、花梨ちゃんはしっと団の総帥なのでしたー♪」
『イー!』
我先にとカップルをいびるB.V団団員たち。
「誰も! クッキー一枚すら! 返しに来ない! 私の苦悩と怒りを思い知ると良いのだわ!」
B.V団と一緒になって逃げ惑うリア充をハリセンで粛清していく花梨は輝いていた。
そこへスキーをしていたドニーとカルラがリフトに乗ろうと通り掛かる。
二人に目を付けた団員が襲い掛かろうとするが、それをハリセンで叩き止めたのは花梨だった。
「……あの二人はまだ熟成カッポゥというには早いのだわ。さぁ、別のリア充を襲うのだわ!」
実のところ花梨の活動はただのリア充壊滅運動ではない。叩かれた団員も戸惑いつつ別のカップルを襲った。
「なんだかスキー場が騒がしいな」
「そうだね。でも、気にならないよ」
「もう少し滑るか」
「うん」
その頃、ドニーとカルラは周囲のことなど気にせず二人の世界を造り上げていたのだった。
一人のB.V団が吹っ飛ぶ。
カップルを護るように立ちはだかるのは礼野だ。
「人に迷惑掛けていたら当然出逢いなんてないだろうが! 嫉妬する前に自分のこと振り返れ!」
厳格で男勝りな彼女はこのような軟弱な精神を嫌う。
「撃退士の本分を忘れたかー! 戦いに異性など不要なのだ!」
B.V団の一人が礼野の前に立ちはだかる。
「撃退士の本分? それ俺の親友にケンカ売ってるのか?」
実はこの三日前に彼女の親友は入籍。ほやほやの新婚さんになっていたりしたのだった。
「そんなもの知るか! お前も女護って格好つけやがって。お前にも彼女を作らせるものか! 野郎ども、やっちまえ!」
そう言って飛び掛かるB.V団たち。
「馬鹿野郎、俺も一応性別は女だ! か弱い女いじめて楽しいなんて男の風上にもおけない奴に掛ける情けはないっ!」
凛々しい容姿と低い声から男性に間違われることの多い礼野はそう叫ぶと目にも留まらぬ雨のような攻撃を繰り出し、B.V団を一蹴した。
「お、礼野ちゃん、やるねぇ〜」
藤井も暴れるB.V団を力で捻じ伏せる。大人しくなった者には幻覚を与え機動力を奪い、カップルを追い回す者には術符より生み出した式神を纏わせる。
「おっと、いかせねぇーよ?」
それでも逃げ出そうとする者の前に風の如き速さで舞い降りた。
「あのな、嫉妬したってしょうがないじゃん? 邪魔したところでスッキリする? しないよ〜絶対しないね♪ 帰って今夜眠る時に『あ〜今日一日頑張ったな〜』って思い返してみたら、『あれ? おかしいな……リア充をあんなにイワしたったのに目から水が……』って虚しくなるに3000点だよ!」
どこぞの回答者に得点を賭けるが如く藤井は言い放った。
「大方の避難はできたな」
一般人の避難をしていた歌音もB.V団鎮圧に乗り出した。
「さて、相手が撃退士なら遠慮はいらないよな」
逃げ惑う者たちの足へとアウルの弾丸を放ち、動きを封じる歌音。
「大丈夫。傷は浅くしておくし、後でちゃんと治療するから」※但し逃がさない模様
その時、歌音の電話が鳴った。
「はい。……はい、わかりました。それでは」
B.V団として旅だったメンバーは把握しきれていないが処分は決まったとの学園からの通告だった。
「君たち、帰ったらVBC100本コースのお仕置きだそうだ。楽しみにしているといい」
VBCは身体の負担を考え、基本一日3本までのトレーニングと決められているが今回の加害者には特別コースが振る舞われるようだ。
B.V団の悲鳴がそこかしこで上がったのは言うまでもない。
それでもB.V団には花梨がついていた。「私がしっと団総帥よ!」と、叫ぶその姿は何故かマントにスク水。どうやら女王様のボンテージスタイルを意識したようだが色々間違っていた。
彼女は、
「お兄様たち! がんばってなのだわー!」
と、団員を励ましたり、ゲレンデの上から大雪玉を転がしたりと逃げ遅れたカップルを狙いつつ、対B.V団のメンバーと交戦。
その姿に、
「俺、もうロリコンでもいい!」
というB.V団団員が続出したとかしないとか。
最後には自分の転がした雪玉に巻き込まれ目を回す彼女だったが、モテない人を元気づけられたこと、カップルがお互いを護ろうと結束を固めたこと、そんな皆が幸せになる光景に笑顔をつくったのだった。
「日暮れちまったな。身体、大丈夫か?」
寒いのが苦手な観月を気遣いライアーは声を掛けた。
「……はい。あ、温泉……」
「そういや、温泉があるんだったな。そろそろ帰って一汗流すか」
「そうですね……」
そうして二人は冷えた身体を温めるため、一足早く旅館に戻った。
「……さぁ、帰ろう。これ以上は、俺もどうにかなっちまうよ」
日が暮れるまでボードに乗っていたドニーはカルラに告げる。
「じゃあ、次で最後ね」
そうして二人はリフトに乗り込んだ。
頂上に近づく頃、幻想的な白の世界でドニーはカルラの肩に手を回す。
「カルラ……」
意図を察し、カルラは目を閉じた。
冷たい空気の中に感じる互いの温もりが、互いの口を通じて伝わる。それは控えめだが、優しく甘い口づけだった。
まだ付き合い始めて日の浅い二人は幸せな時を過す。
キスの余韻で夢心地のカルラは危うくリフトを降り損ねそうになるが、ドニーは笑って彼女を抱き寄せる。
「さぁ、ラスト行こうか」
「……う、うん」
ホワイトデーは、まだ終わらない。
●
旅館に戻ったライアーは早速温泉へ。
「お、貸し切りみたいなもんじゃねぇか」
誰もいない浴場で身体を洗い、露天の湯船へと身を沈める。手には修学旅行の時、遺跡で手に入れた淡く光る蒼い石。
(結局まだ渡せずこんなところまで持ってきちまったな……)
大岩に背を預け一息吐くライアー。
「誰か……いるの……?」
(こ……この声は……観月さん!?)
「あ、お、俺だよ。ライアー。ここ混浴だったんだな。あはは……」
陽が落ちた夕空ではあったが、空気が澄んでいるためか空には星が光る。
笑って誤魔化したライアーだったが、ここしかチャンスはない、と彼は気持ちを固めた。
「前はチョコありがとな。それで、お返しにこれ。なんか形に残るものの方が良いかと思って」
二人は一つの岩を互いに背にするように座ったまま手だけを岩の横に回し石の受け渡しをする。
「綺麗……」
観月が空に石を掲げ呟いた時、ライアーは言った。
「観月さん、好きだ! 結婚を前提に、恋人として俺と付き合ってくれないか!」
言った。言ってやった。
普通のアプローチでは要領を得ない観月にライアーははっきりと言った。
「……」
沈黙。暫しの時が流れ、
「ごめんなさい。私、愛とか人を好きになるとか、よく……わからないんです」
家族からの愛情すらも与えられず成長した観月は感情の起伏が乏しい。自分の心もよくわからず彼女は口を噤んだ。
「そ、そっか……いや、自分の気持ちがはっきりした時に返事をくれればいいから。あ、悪い、このままじゃ出られないよな。先に上がるな」
観月はもやもやと見えない湯気の中、去っていくその後姿を見詰めていた。
ライアーは暫く涼んだ後、部屋に戻る途中で観月と顔を合わせた。
「じゃ、じゃあ明日な」
少々バツの悪そうなライアーが部屋に入ろうとしたその背中に観月は声を掛ける。
「……私、愛とかよくわからないですが、ライアーさんに言われた時、なんだか温かかったです。それじゃ……」
「みづ……!」
ライアーが振り返ると同時に、観月もまた踵を返し自らの部屋へと入っていった。
その時ライアーが見たのは初めて見せる観月の笑顔だった気がした。
もしかすると『愛』を知らない少女が、それを知った瞬間だったのかも知れない。
宿に戻ったドニーとカルラ。
二人は部屋に入り驚愕した。
他の撃退士たちは皆別々の部屋を宛てがわれているが、一応襖で仕切れるようになってはいるものの何故かこの二人は同室だったのだ。
「こ、これ……殆ど相部屋じゃない! 確か別々って……宿の人の勘違い……?」
「一応確認してみるか」
二人は仲居さんに確かめたが、やはり部屋は合っているらしい。
「ま、まぁ……大丈夫だろう。俺たちは、その……確かにそういう関係だけど、俺、いい加減なことはしないぞ」
「……そ、そう……? ドニーがそれでいいなら、その……私も、いいけど……」
二人は襖を開けてみた。
布団が敷いてあった。布団は一つ、枕は二つだった。
背後にいつの間にか立っていた仲居さん。
「ふふふ。サービスですよぉ〜。あ、ティッシュは枕元にありますので」
そう言って仲居さんは去っていった。
ドニーはすぐにもう一つの布団を押入れから引っ張り出し襖を隔てた反対側へ敷く。
「大丈夫だから。いい加減なことはしないから」
二度目である。
「……うん、大丈夫。それはちゃんと信じてるから……ね?」
「ああ……お前が信じてくれる限り、絶対にさ」
その後、別々の温泉を堪能した二人。
何故かカルラはいつもより念入りに身体を洗っておいたようだ。乙女心である。
食事を取り、館内を二人はまるでデートのように楽しんだ。
就寝時、二人は向かい合い、照れくさそうに挨拶をする。
「おやすみ」
「……おやすみ」
襖を閉めようとしたドニーの不意を打ち、カルラの唇がドニーの唇に重ねられた。
驚いたドニーだったが、襖を閉めようとしていた手でカルラをしっかりと抱きしめ、彼はキスを返した。
「……今度こそおやすみ」
「うん……おやすみ」
二人は互いの笑顔を見詰めつつ、襖を閉じた。
●
翌日、捕まえておいたB.V団を前に礼野、藤井、歌音が説教をしていた。
「これからは異性を敬い、謙虚に生きるのだな」
「万が一自分に幸せが来た時、邪魔されたら嫌じゃない? 相手の立場に立ってごらんよ。最後に言うけど、ボク武士は食わねど高楊枝って好きなんだよね〜。やせ我慢って男のロマンじゃない? 嫉妬に狂う、羨ましくて堪らない……でも、でもさ、そーいう時に笑顔で賞賛できるヤツってめっちゃかっけぇよ! マジリスペクトだよ! ボクはそうでありたい!」
「学生の本分は勉強で、撃退士には撃退活動も必要だが、それは青春を蔑ろにしろというわけではない。今を楽しめ若人よ」
幼く見えるが歌音は立派にお酒も嗜める歳である。なかなかに重みのある言葉が並んだ。揃い踏みした熟練の撃退士たちの前にはB.V団たちも首を縦に振るほかなかった。
ちなみに花梨はちゃっかりとそこから避難していたりしたのだった。
騒がしくも恋の季節が過ぎ去っていく。
外に出た撃退士たちは眩しさに目を細める。
雪国にも春の訪れを感じさせる麗らかな陽の光が撃退士たちの身を温かく包んだのだった。