●ゴンドラ組到着
連絡を受け、撃退士たちが台地の麓へと集った。
少しでも早く現場へ向かうため、設えられたゴンドラへと数人が乗り込み頂上を目指す。ゴンドラに乗り込めなかった者たちは各々のスキルと脚力を以て坂道へと挑む。
「行きましょう……ふふ、好き勝手はさせないわ」
そう妖艶に微笑むのはマリア・フィオーレ(
jb0726)。傍から見ると熱心さが足りないように見えなくもないが此度のディアボロ対策に阻霊符を用意するなど、依頼への責任感が垣間見える。
ゴンドラに乗り込んだのはマリアの他、リリアード(
jb0658)、八辻 鴉坤(
ja7362)、久永・廻夢(
jb4114)の三名。皆、魔法書や携帯電話などの準備も怠り無くスタグナントウーズへの対策は万全だ。
揺られること数分――高度が十分になると当依頼の目標であるウーズが確認できた。依頼者を追いかけ移動しているウーズだ。射程距離に入るとすぐさまリリアードは雷の魔術を飛ばす。
それは液体状に近い性質を持つウーズの身体を容易く穿った。他の者も続くが、同じ轍は踏まない気か、ウーズが身体を器用にくねらせ攻撃を躱す。そして、お返しとばかりに自身の体液を飛ばしてきた。
「飛んでくる攻撃は俺が防ぐから、ただ討つ事だけに集中してくれ!」
風遁の忍術を駆使し、鴉坤がそれを迎撃。被害を最小限に食い止める。
空の攻防が続き、逸る気持ちを抑えつつゴンドラが高台へ到着した。
そこから逸速く動いたのは廻夢だった。阻霊符があるとはいえ、もし破損してウーズが高台を下り始めると厄介だ。彼は移動のためにアウルを注ぎ込み、少年を捕獲しているウーズへと急接近するとタウントで敵の注意を惹きつけた。
一見少女にも見える中性的で儚ささえ感じさせる体躯。実は、彼は未だ撃退士として実戦経験がなかった。
「まだ戦ったことなんてないけど、ここで勇気を出さなかったらいつ出すのかって思って……絶対に助けるんだ」
しかし、自らの身を挺してでも被害者を助けようとするその姿は立派な撃退士そのものだった。昔、同じように身を挺し自分を守ってくれた今は亡き兄にその姿が重なる。
「兄さん……。あなたが守ってくれたこの力で今度は僕が皆を守るんだ」
そして意識が朦朧としている少年へと声を掛ける。
「辛いだろうけど、もう少しだけ頑張って。僕たちが絶対に助けるからね」
リリアードとマリアが狙いを定めたのは依頼者を追い回しているウーズ。既にリリアードが叩き込んだ雷の魔法により、動きは一層遅々としたものになっていた。
マリアは逃げ惑う依頼者へ頂上側へと逃げるよう勧告。そしてリリアードと連携してウーズを斜め前方で挟み込む。
「ふふ、逃がさないわよ……。リリィ、準備はよくて?」
「ええ、いくわよ。マリア」
魂の双子とも呼べるほどに似た者同士であるマリアとリリアード。二人の連携には目を瞠るものがある。そして両者から目に見えぬアウルの弾丸を寸分違わぬタイミングで撃ち込まれたウーズが空気を揺さぶるような重低音の呻きを上げた。
「ああ……マリアとの連携は本当に気持ちいいわね!」
リリアードはウーズと対を成すように歓喜の声を上げた。捕獲者のいないウーズには全力で攻撃できる。二人の攻撃により最早そのウーズは満身創痍だった。
依頼者の子供を捕獲しているウーズ。一番衰弱しているであろう子供のことを危惧し、このウーズを足止めしたのは鴉坤だった。
彼は意識のない子供に向かって声を掛け続けた。
「俺の声が聞こえるか? 必ず助ける。諦めちゃ駄目だ」
一人で敵の撃破は簡単ではないだろう。子供の安全を考慮し、無闇に攻撃を繰り返すよりも仲間の到着を優先させた鴉坤は魔術などの威嚇攻撃でウーズの進行を阻む。
三体のウーズを各人が足止めをしつつ、高台に戦場が形成されていく。
仲間の到着まで――あと少し。
●徒歩組駆ける
撃退士の力をもってすればゴンドラが戻ってくるのを待つよりも自らの力で駆け上がった方が早い。ゴンドラに乗り込めなかった者たちは急ぎ頂上を目指した。
「一般人が既に囚われているとは……急がねばならぬな」
古風な口調でそう言うのは酒井・瑞樹(
ja0375)だ。大和撫子の如く綺麗な黒髪と強い心を携え、曲がりくねる階段をお構いなしに道なき道を頂上へとひた走る。
「早くなんとかしないと取り返しがつかない事になるっすね……気合入れていくっすよ!」
巨体をものともせずに坂道を駆け上がる虎守 恭飛虎(
jb3956)。
携帯電話で連絡を取り合って敵の位置を把握し、顕現させた翼を羽ばたかせるルーノ(
jb2812)。
ライダージャケットを着こなした細身の女性、ジョーン ブラックハーツ(
ja9387)。
天魔と人間の入り混じった混合チームが頂上へと迫る。
中でも郡を抜いた速度を見せつけたのはジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)と、白陽 ジンフィンス(
jb4337)の二名だ。
ジェラルドは己のアウルを脚部へと集中させると、道が縮んで見えるかのような爆発的速度で地を蹴った。
「心はチカラ。想いは心。故に……助けないわけにはいかないねぇ♪」
軽く見られそうなその風貌と性格に反し、ジェラルドは他人が悲しむのを嫌う。その気持ちが一層彼の足を前へと押し進めた。
白陽は鬼道忍軍に恥じぬ身軽さと、悪魔の翼を以てしてその道を飛翔。戦闘組のバックアップという形で被害者の保護へと先を急ぐ。
人命はなによりも重い。敵を撃破したところで人命を守れずして依頼を成功させたとはいえないだろう。
先ず頂上へと辿り着いたのは白陽。マリアの指示で避難していた依頼者を保護し、子供を捕獲しているウーズの近くへと誘導する。親ならば自身のことよりも我が子が心配なものだ。
「俺はこのまま皆のサポートに入る。この人たちを頼んだぜ」
そのままジョーンと合流。依頼者を預け、次の目標へと移動した。
続いてジェラルド。傾斜のきつい裏道へと移動している、少年を捕獲したウーズの元へ。
「やれやれ……人質とは……」
彼はウーズの姿をその目に認めると、口からそうため息を溢す。その声にはディアボロへの嘲弄、私憤、難渋の意を含んでいるようにも聞こえた。
廻夢が身体を張ってそのウーズを引き止めていたお蔭で坂道へと差し掛かるにはまだ時間が掛かる。ジェラルドは『神の獅子』たるエーリエルの名を冠した武器を手に、全身から赤黒い闘気を揺らめかせた。敵対者を『死』という名の甘い夢へ誘うために。
徒歩組がついに全員頂上へと到着。それぞれ事前に話合っていた手筈通りに持ち場へと着く。それでも一瞬で表情を変える戦場では一分の隙をつくることも許されない。
緊張が続く戦場と化した高台で撃退士たちは躍動した。
●高台の決戦
マリアとリリアードが翻弄するウーズの元へ駆けつけたルーノ。翼で高度より戦況を把握していた彼は、まずは深手を負っているウーズを仕留めることを優先した。これが結果的に早期被害者の救出にも繋がるはずだ。
「知能を持たずして成れの果てとなった魔獣よ。運命の審判を俺が下してやろう」
手を翳し、ルーノが発現したのは煌々と輝く光の鎖。天使であるルーノが放つそれは聖なる力が十二分に宿っていた。光の鎖は弱っているウーズを縦横無尽に締め上げる。
ウーズの動きを制限するために放った魔法だったが、運命はその者に終焉の審判を下す。鎖がウーズの身体を圧潰すように交差すると、液状であった身体は浄化され霧散した。
「あら、ルーノちゃんに美味しいところを持って行かれちゃったわね。妬いちゃうわ」
「ふふ……流石は天使ね」
マリアとリリアードは妖しく笑い、他の敵の元へと分かれる。
「時間は掛けられない、一気に片を付ける」
目標を昇天させたルーノも青銀の柄と刃を持つ美しい剣を手に、少年を捕獲しているウーズの元へと急いだ。
鴉坤が食い止めていた子供を捕獲しているウーズの元へと、瑞樹、恭飛虎が到着した。鴉坤はそのまま壁役を務め、二人に攻撃を任せる。
瑞樹は気を失っている子供へ気の入った声を飛ばした。
「助けに来たぞ! あと少しの辛抱だ。頑張れ!」
苦境に負けず、気を強く持たねばならぬ。それは武士の心得を信条としている瑞樹にとっては当然のこと。特に今回のような件では精神力が生死を分かつことさえもある。子供の生命の灯火が完全に刈り取られぬよう必死に声を掛け続けた。
そして、幼少時から学んできた剣道を軸にすらりとした細身の太刀を正眼に構える。人の構えや水の構えとも呼ばれる基本として王道の構え。そこから気合と共にアウルの力を乗せた一撃をウーズへと浴びせる。
ぶよぶよとしたウーズの身体は物理攻撃を吸収するが、構わず剣を振るっていく。それは徐々にだがウーズの身体へと確実にダメージを蓄積させていた。
鴉坤と瑞樹がウーズを抑えて居る間に恭飛虎は体内で気を練り込む。大柄な体格とは裏腹に臆病な彼だったが、他撃退士との共同作戦ということもあり失敗を恐れず体内でアウルを猛らせる。
「もう少しで助けてあげられっすから耐えるっすよ……!」
練り込んだ気を体内でアウルと同時に燃焼させ、驚異的な速度で剣を一閃させる。それは物理攻撃へ耐性の高いウーズを物ともせず、その身体を貫く。
そこには普段から『ヘタレ』などと呼ばれている悪魔の姿はなかった。心優しき隻角の悪魔。だが、二本以上の腕で攻撃しているのではないかと思うほど激しい剣撃に、ウーズには自らの生命を脅かす、まさに阿修羅に見えていただろう。
三人の協力により、ウーズは子供を地面へと残したまま崩れ流れる。すぐさま瑞樹は用意していた布で子供に付着していた体液を拭き取り、依頼者を保護していたジョーンへと子供を預ける。
「ん、これでもう安心だ。あんたらはアタシの後ろに隠れてな」
ジョーンの後ろでは子供との再会に涙する両親。その姿に端正な顔を引き締め、ジョーンは呟く。
「あんたらは何があっても守ってやる。あぁ、守るって言ったからには……ぜってぇ守るんだよ」
その姿に依頼者たちは掠れた声でありがとうございますと言うと、これ以上ないほどに頭を地面に押し当てた。
ウーズの体当たりが廻夢を捉える。
「ぐぅ……!」
移動に全ての力を注いだ上に敵の注意を引き付けた廻夢は無防備なところをウーズに狙われていた。それでも廻夢は一歩も引くことはない。
何の力も持たない少年がこれほどの魔物に挑むにはどれだけの勇気が必要だったろう。そう考えた廻夢は少年を捕獲したウーズを前にして引くことなど決してできなかった。
初めての戦闘。初めての衝撃に視界が揺らぐ。それでも少年に声を掛け続けた。
もう一度視界が揺らいだ廻夢は体当たりをまた受けたのかと思ったが違う。それは揺らめく闘気を纏ったジェラルドによるものだった。
「それ以上は行かせないよ……絶対にね……☆」
ジェラルドの夢のような一時が始まった。
廻夢に気を取られていたウーズへとクローを振り翳す。目にも止まらぬ三本の爪による斬撃。瞬く間にウーズの体液が飛び散り、身体を磨り減らしていく。
援護はまだ来ない。
体勢を崩している廻夢とジェラルドで少年を助けなくてはいけない状況だった。ジェラルドの攻撃を喰らい続けながらもウーズは廻夢へと体当たりを続ける。
「勇気っていうのは……勇気っていうのはこういう時に振り絞るものなんだ!」
ジェラルドが距離を取ったところで廻夢は叫ぶ。
魔法書アクアリウム。
水棲系に近い身体を持つウーズに対して、効果が薄いのではないか。そう思っていた廻夢だったが躊躇うことなく魔術を詠唱した。
光がその場を満たす。
光源である放たれた魔術の中を泳ぐ魚影。その魔術が少年を避けるように泳ぎ、ウーズの身体を貫通した。そして、ウーズは断末魔を上げ、地へと流れ堕ちたのだった。
●誰が為に
ボクの意識にぼんやりと流れるもの。
それはいつの日か見た撃退士たちの勇姿と重なっていた。
柔らかな風に包まれた瞬間にボクは覚醒する。
「よく頑張ったね。俺は……君も立派な撃退士だと思う。大切なのは力だけじゃないって事を、君は知ってるじゃないか」
そう言って手を差し伸べてくれた眼鏡のお兄さん。
ああ。
ボクはまた助けられたのだ。ボクを……ボクのことを撃退士だと言ってくれるの?
「君が敵を食い止めてくれたお蔭で間に合った。よくぞ立ち向かってくれた」
「俺たちが間に合ったのも、その足止めがあったからか。お前が居合わせた偶然に感謝しなくてはな」
ボクの木刀を拾い、声を掛けてくれるポニーテールのお姉さんと、青髪のお兄さん。
ボクが足止めをしたから?
本当にボクの力が役になんて経ったの?
「無謀な行動は勇気とは言わない。でも……よく頑張った。大物になるよ、キミ☆」
「あんな化物に立ち向かったなんて君は本当に勇気のある子だね。君が将来どんな道に進むかはわからないけれど、その勇気こそが大きな糧になるって僕は思うよ」
ボクの行動を諌め、そして励ましてくれる銀髪のお兄さんと優しい桃色の髪をしたお兄さん。
ボクに将来が待っている?
大きな未来があると言うの?
「すごく頑張ったわね。力より何より、その勇気が一番大切よ」
「一歩を踏み出す勇気はとっても素敵な才能なのよ?」
そう称え、両の頬にキスをしてくれた綺麗な二人のお姉さん。
才能……?
勇気……?
ボクは……ボクは……
「皆、無事っすか……?」
全員の無事を確認している優しそうな大きなお兄さんに、小柄な悪魔さんと格好良い黒髪のお姉さん。
この人たちは撃退士だ。憧れの、撃退士。
世の中には素質を持っているならば、窮地に身を追いやられることでアウルを発現する人たちもいるらしい。だけどボクにはそれが起きなかった。
ボクにはやはり元々撃退士になる素質なんてなかったんだ。
でもこの人たちはそんなボクを認めてくれた。
撃退士だと言ってくれた。
ボクを……助けてくれた。
そして、皆口を揃えて言う。
『君の名前は?』
ボクの……ボクの名前は……
口を開きかけた時、遠くから聞き慣れた声が聞こえた。
「……――! ――!! ……あぁ、無事だったのね……!」
「――! 大丈夫だったか!?」
ボクの両親だった。
こんなにボクの心配を……?
思えば、あの日撃退士に助けられ、撃退士になりたいと言ってからは両親が冷たかった。その裏には撃退士のすぐ背中にある危険を考慮した想いがあったのかも知れない。
こんな大きなものを心に残してくれるなんて。
やはり、ボクの憧れは『撃退士』だ。
ボクは少年A。
名前なんて記号に過ぎない。
でも、そんな記号を気にしてくれる人たちがこの世界の空の下には居るのだ。
これからも、ボクは――ボクでありたい。
END