●潜入
女子高潜入に名乗りを上げた8名が装い艶やかに校門に立った。
要するに全員思い思いの出で立ちである。もう白衣やらセーラー服やらドレスやら色々である。これは各人の性癖なのだろうか。
門を潜り歩む『彼ら』に学園の女生徒たちの目は釘付けだ。
『あら、転校生の方々かしら』
『素敵なお召し物ですこと』
彼女たちは知らない。彼らがこの学園に本来招かれざる者たちだということを。
これは女装した男性8名が女子高に潜入するという破廉恥……じゃなかった、正義と愛の物語である。
先の依頼で手負いとなった高橋 野々鳥(
jb5742)は松葉杖をつきながらも参加。潜入前『絶対に行かせてください!』とマジ顔だったらしい彼は、友人である佐倉 火冬(
jb1346)に付き添われながら音楽室を探索していた。
「ふふ、リコーダーを置いてる悪い子はいないかな? おにーさんがぺろぺろしちゃうよぉ?」
変態である。
二十代半ばであるものの女子制服を着こなす彼はセーラー服に身を包む火冬のスカートをちょいと捲り上げてみた。
(げ……履いてる下着、俺と一緒じゃん)
「ちょ、野々鳥先輩!? 男のスカート除いても楽しくないっすよ……! え? パンツお揃い……!? もうやだ……」
フローラルな香りに想いを馳せたり、女装することに落ち込んだりしていた火冬は更なる絶望を味わっていた。
ちなみに二人ともレースの白パンティである。細部にこだわる撃退士の鑑なのか、最早変態の域なのか、これは第三者の心持ち次第のところまできていた。
「ごきげんよう、皆さま♪ 私ルルと申しますわ」
ルルディ(
jb4008)は、ごく自然に女生徒に溶け込んでいた。深紅のゴスロリという格好に幼くも天使の美貌を持つ彼はすぐに女生徒の憧れの的となっていた。
「貴女、奇麗な肌をしているわね」
「あ……ルル様、そんな……」
行く先々ですぐに女生徒を虜にしようとするルルディに、ウィッグを被り白衣を纏った若杉 英斗(
ja4230)が静かに声を掛けた。
「あまり目立たない方がいい、ほら行くぜ」
「仕様がないですこと」
そして二人は図書室へ。
「ここは身を潜めるのにはもってこいの死角が多いからな……よく調査しないと」
「なにか面白い本はないかしら……私、少々委員の方に伺って参りますわ」
完全にお嬢様と化しているルルディはマイペースに本を探し始め、一方若杉は、
「あっ、あそこの子の静かに本を読む姿、深窓の令嬢って感じでいいなぁ……」
やはりマイペースに女の子鑑賞に勤しむのであった。
所変わってもう一人の天使参加者であるベルメイル(
jb2483)はと言うと、
「は∪〃めま∪τ、ゎT=∪は∧〃儿乂ィ儿★ 異国σ姫τ〃すゎ★」
「え、えぇ、よろしくお願い致します。個性的なお振る舞いですこと」
若干引かれていた。
どうやら彼の脳内設定では日本の文化を勉強するためにやってきたフラグ国の姫だそうだ。
なんか……とっても弾けている。普段がクールな性格なだけにそのギャップにも並々ならぬものがある。
文字にするととっても大変なきゃぴるんとした発音で彼は早速更衣室へと駆け込む。
「⊇⊇ヵゞ更衣室Йё★ もぅ深呼吸∪ちゃぅ★」
ひとしきり更衣室で深呼吸した後、これはあくまで調査のためとか言いながらロッカーを開けていく。
ええい、まともな調査員はいないのか!
期待と不安を乗せて撃退士たちは女子高の調査を進めていった。
●調査
可憐な乙女がいた。校則に違反しない程度の化粧。清らかな石鹸の香り。
本人は自信がないなどというが、どこからどうみてもそれは女性そのもの。
その名は水屋 優多(
ja7279)、過去数多くの女装依頼をこなしてきた兵(つわもの)である。
「ひょっとしたら潜伏しやすい教室があるのかも知れません……」
彼女……失礼、彼は独自に聞き込みを開始、サーバントではなく最近無気力となった女生徒を探す。彼には今回の事件に対する『奥の手』があった。
グラウンドでは女生徒たちが肌も露わに青春の汗を流していた。
それを嬉々として眺める杠葵(
jb6984)。
「女子高……いい匂いがする……」
鼻腔をくすぐる香りを堪能しつつ、彼はアウルで形成した耳や尻尾をぴくぴくと動かす。
「あら、入部希望ですの?」
いつの間にか女生徒に囲まれた葵は情報を聞き出そうと奮闘するも、奥手な性格もありしどろもどろだ。
女生徒の一人が耳を触らせて欲しいと言い出したので触らせる。
エスカレートした女生徒たちは我も続かんとばかりに彼の耳や尻尾に手を這わせた。
「あ……ちょ、それ以上は……あっ……! ご、ごめんなさい……!」
アウルに感触があるのか定かではないが、耐えられなくなった彼はその場から逃げだしたのだった。
女生徒が落ちたハンカチを拾い、一人の人物へと差し出した。
「貴女が拾って下さったのですか? 有難う御座いますわ。お礼は何が宜しいかしら?」
「そんな、恐縮ですわ」
ハンカチを受け取った一人の女性……に見える彼もまた撃退士の一人、水城 要(
ja0355)。
大和撫子を彷彿とさせる婀娜な着物を羽織り、見栄えのする化粧、何よりその佇まいは斯くも美しき花かと見紛う程である。
「それではごきげんよう」
彼は自らの女性的容姿を羞恥たるものと思ってはいるが、人々の危機あらばと完璧に女性を演じきっていた。
日舞で鍛えられた優雅な所作は他の追随を許さない。
美術室を訪れた彼は、
「ふふ、かわいいわ……私の天使」
などと呟き、鼻血をたらしながら弟の写真でデッサンをしているルルディに遭遇。
「あら、貴方も芸術に浸りにきたのかしら」
「いえ、僕はまだ他の所も回る予定ですので。んん、それではわたくし違う教室に向かいますわ。ルルディさんもサーバントにお気を付けを」
「成功をお祈りしていますわ」
異様な空気と共にサーバント探索は続けられたのだった。
音楽室で野々鳥のピアノ演奏と共にアコギを掻き鳴らしていた火冬は気分転換にプールへ。その際野々鳥は放置である。パンツが一緒だったのでちょっとおこなのである。
室内温水プールだったが堂々と入りこむ火冬。
そしてそこで見たものは!
既にスタンバっていた若杉と葵だった。
流石プール。人気。
若杉は「ラッキーチャンス、スタートしました!」と盛り上がりながら授業を静観。『いや、違う、サーバントを探すんだ』などと付け加えているが説得力は皆無である。
葵に至ってはカメラ持参である。現在撮るか否か理性と壮絶なバトルが展開されているらしい。
端正な顔立ち、丁寧な物腰と打って変わって実はムッツリだった葵。
なにやらスマホで「ここは天国ですね! 水着姿まじ天使!」とかなんとか誰かに感動を伝えている。
火冬は「まったく……さて、サーバントが水の中にいたら大変だ。いざ!」とか言いながら水へ飛び込もうとしていたので若杉と葵は「おい」と突っ込みを入れるのだった。
その頃屋上へと足を伸ばしていたベルメイル。
美少女ゲームに愛を見出した彼にはここは外せない名所なのだ。
「屋上レニは授業を受けす〃レニぉ昼寝∪τレヽゑ女σ孑ヵゞレヽゑッτ矢ロッτゑゎ★ 是非`⊂も会レヽT=レヽゎ」
期待に胸を膨らませ、屋上の塔屋へ昇る梯子に足を掛けるベルメイル。
女子高への潜入調査。
高鳴る鼓動。
高まる期待。
自分がここへ来たことは完全なるフラグのはずなのだ。
きっとここを昇った先には仰向けで空を見上げ、寝転んでいる美少女との出逢いが――
あるはずもなかった。
誰もいない塔屋の上、強い風が彼の髪を靡いて行く。
「返せよ……屋上で寝てる不良少女とフラグが立つと信じてた俺の胸キュン、返せよ――……!!」
素に戻った彼は心で泣いた。
理科室探索を終え、女生徒が保健室で休んでいるという情報を得た水屋は早速そちらにも足を向ける。
学校には来ているらしいが、やはりその異常性から周囲に休むよう言われていたようだ。
「お休みのところ失礼します」
水屋は『お見舞い』という形で先生に付き添われ保健室に入ると、ベッドで休んでいる女生徒の元へ。先生が少し目を話した隙に此れ幸いと女生徒の額に手を添え、ダァトの力でもって彼女の過去を読み取る。
「なるほど……」
色つきリップを引いた唇を一文字に結び、彼は先生に礼を言い保健室を出る。
途中、騒がしく走り去っていく仲間を見送り彼は次なる目標に向かった。
女子更衣室。
それは思春期の男子にとってまさに禁断の地、隔たれた架空並行世界、超弦理論を超えた異空間。
水屋とすれ違い、そこに辿り着いた野々鳥と火冬。野々鳥は感動を表し、ベルメイルと同じく深呼吸。
すーはーすーはーすーはー!
「よし、佐倉くん。忘れ物のパンツを探そう」
変態である。
彼は火冬がプールに行っている間、ベンチでぼーっと座って溜めておいた英気を解き放つ。
「なに言ってるんすか。ここには隠れるところが多いから怪しくて来てるんです。そんな生着替えに遭遇したいとかそんなわけないじゃないですか!」
「うん、俺そんなこと言ってない」
火冬、欲望がだだ漏れるの巻。
「あー、やっぱすげーいい匂いする……」
一つ一つロッカーをチェックしていく二人の耳に、そこへ届く足音が。
「や、やば! とりあえずここに!」
「おい待て! 俺も入れろ!」
なぜか火冬が隠れたロッカーに無理矢理一緒に隠れる野々鳥。
そこへ来たのは、
すーはーすーはー。
「うん、いい匂い」
狐のような耳を生やした人物だった。
葵、お前もか。
それから時が経ち、葵が去る音を確認してロッカーの扉を開けた二人の前には、清楚に足音を立てず更衣室にやってきていた一般生徒が。
「あ、その、ごゆっくり!」
女生徒は顔を赤らめ去って行った。
「こういうこともあるよね」
「うん」
二人は何かを悟っていたのだった。
優雅に歩く水城に周囲から溜め息が漏れる。
「か弱き淑女を狙ったサーバントの襲撃など、言語道断。皆さんの危機、救ってみせましょう」
小さく呟き彼は背筋を張る。
お嬢様学校においてもそのしなやかなる動きは目を引いた。
「恐れ入ります。わたくしこちらは初めてなものですので見取り図など御座いましたら確認したいのですけれど」
相手に自らの評価をつくらせることこそがお嬢様をお嬢様たらしめる業。
それならば私が案内致しますと買ってでる生徒に礼を言い、水城の探索は続く。
途中、渡り廊下からグラウンドが見えた。そこには人だかりと紅いドレスの生徒。ルルディだ。
(ふふ……やはりボクの女装は通用する!)
「貴女、私のものになりなさい」
ルルディは一人の生徒の顎をくっと持ち上げ瞳を合わせて言った。
「は……い……」
きゃーと黄色い声が辺りに響く。
残念ながらこの場につっこみ不在!
ルルディのGL一直線の暴挙はしばらく続いたのだった。
黄色い声を外に聞きつつ体育館倉庫。
整った顔立ちであるものの、女性っぽいとは言えない若杉はできるだけ人目を避けて探索を続けていた。
「青春の汗が輝くお嬢様のたちの姿こそ、思考の芸術だよね。体操服や部活のユニフォーム……最高だね!」
とプールに引き続きテンションは高い。
葵も同行し、またもや、
「ここは天国ですね! 体操服姿まじ天使!」
とか誰かにスマホで感動を伝えている。
「さて、運動で汗を流す女の子たちを観察に……って違った、サーバントを探すぞ」
危うく本音の出かかる若杉。
胸の大きな娘はいないかと目を皿にする葵に若杉は落ち着いて言い放った。
(これはサーバントとの戦いだ。油断していては命を落とすことにもなりかねない。気を引き締めて行こう!)
「聖白百合学園か……。かわいいコ結構いるな。よし、もっとお嬢様を堪能するぞ!」
「本音と建前、逆になってますよ」
つっこむ葵。
しかし、全くもって同感だったので二人は素晴らしき調査を続行したのだった。
●サーバント
一通り学園内の案内を終え、他の撃退士と連絡を取り合い、目星をつけた水城。
間近の被害者である生徒から記憶を読み取った水屋。
二人がそこに辿りついたのはほぼ同時だった。
『視聴覚室』
確かに頻繁に出入りする特別教室ではなく、遮光カーテンなども完備されていることから潜伏にはもってこいだろう。
「貴方もこちらにいらしたのですね」
「ええ。被害に遭った方から情報を得ましたが、感情を失う前、最後に訪れた所がここだったみたいなのです。それならまだ潜伏している可能性もありますし……」
二人はあくまでも女性らしさを失わずその教室を念入りに調べる。
その時水屋の背に何かが触れた。
「水城さん、どうかしましたか?」
「いえ、わたくしは何もしてませんけど」
次は水城の臀部を這う何かの感触。
「水屋さん、ちょっとそこは……」
「え? なんですか?」
二人は顔を見合わせるとお互いに何かを確信したように頷き合う。
水屋が忘れていた阻霊符を発動する。
すると弾かれたように床から河童型のサーバントが姿を現した。
二人を完全に女性と勘違いして手を出したサーバントだったが、後悔先に立たず。
おろおろするエロ河童。
『さて、御仕置の時間ですわね』
二人は声を合わせドレスオーラ展開。
水屋が呼び出した異界の腕。それが触手のごときうねりを見せ河童を拘束。
あんなところやこんなところをまさぐり、河童を辱める。
「被害者の思いを味わうといいのです」
「その忸怩たる行動を戒めて差し上げましょう」
そして、水城が着物を物ともせず軽やかに舞うと仕込んでいた忍刀を一閃。アウルのエネルギーが河童を包む。
そのエネルギーが河童を浄化・消滅まで誘った。
これにて、女生徒に脅威を与えていた聖白百合学園の事件は解決したのだった。
●大団円
無事討伐を成功させた一同。その後、一日を体験入学ということで過ごし終え帰宅。
なんだかんだ結構御満悦な野々鳥と、パンティまで履いて戦闘もしないなんて何やってたんだろうと顔を覆って自己嫌悪している火冬。
エロ河童が犯人と聞いてうらやまけしからんと憤慨する若杉と、写真には撮らなかったけど脳内フォルダに女生徒の姿を保存した葵。
落とした女生徒の数を指折るルルディ。怪我さえしていなければ……とか呟いていたが、怪我をしていなかったら何をしでかしていたやらである。
「……やっぱり何か違ったかな」
ベルメイルはといえば、はっちゃけ過ぎた自分の行動に疑問を感じてたりする。
「この姿も時として人を守る武器。これを己と受け止めましょう」
自分自身を見詰め直す水城。
「男性ばかりの依頼でしたが……なんとかなりましたね」
学園内と変わらぬ清楚さで微笑む水屋。
こうして男性8名による愛と正義の物語は終焉を告げた。
責任を放り出した斡旋所係員は、撃退士たちが女装や女学園潜入を癖にしませんようにと祈っていたとかいないとか。
そんな一つの物語。