●準備A
クリスマスの名残、年末に向けて忙しくなるその時期に張り出された『後日祭参加者募集』のチラシ。その出来はお世辞にも良いとは言えない。
多くの人はその募集に目を留めるも足を止めることはない、そんな折、広告を見て苦笑いしながらも顔を綻ばせる人物がいた。
「静矢さん、なに見てるんですかぁ?」
「ん、ちょっと興味を惹かれるものを目にしてね」
青色の綺麗な髪をふわりと舞わせ、鳳 蒼姫(
ja3762)はチラシを見詰める旦那、鳳 静矢(
ja3856)の腕を取った。
「クリスマスと大晦日までの時間をこうしてまた過ごすのも悪くないかな、とね」
「クリスマス後日祭! 次のクリスマス、もう実現しちゃいましたね。なんだかゆっくりまったり楽しめそうですねぃ」
月が綺麗なクリスマスパーティーを互いに楽しんだばかりであったが、その出来の悪いチラシを眺め、二人はやわらかく微笑むのだった。
ルエラの元へと訪れた二人は、思いつきで始めてしまいわたわたしているルエラの代わりとなって段取りを迅速に進めていく。
「告知は斡旋所を利用するなどしてもっと大々的に宣伝しよう。とりあえず開く場所も確保しなければな。大き目の空き教室を借りられれば良いのだが」
静矢の的確な指示が光る。
「告知用チラシができましたよー! 可愛いでせう? このイラスト☆」
蒼姫は自作したチラシを自信満々に静矢へと見せた。その満面な笑みはなんとも誇らしげだ。
チラシには、来年のクリスマスに向けて『おねむ』に入りかけたトナカイたちを無理やり起こして引っ張っていく蒼姫のデフォルメキャラがカラフルに描かれていた。
次々に進んでいく準備。
なにも出来ないルエラは最後まで『お、おう……』とか言いながら二人の行動力に舌を巻きつつ準備を進めるのであった。
●準備B
『クリスマス後日祭開催』
その可愛らしくコミカルなチラシを見て一人の少女が「ほむゥ……」と顎に指を当てた。
「まぁ、クリスマスとか正月でもなんでも関係無いわねェ、心から楽しめれば大勝利でしょォ♪」
元気にそう口にするとその少女、黒百合(
ja0422)はルエラたちが準備している教室へ。そういえば今年はきちんとクリスマスパーティーをしていないなと思いながら彼女は勢いよく教室のドアを開けた。
「お、おう……」
最早口癖になってしまった言葉でルエラは黒百合を迎え入れる。
「料理やケーキの方の手筈は整ってるの?」
「簡単なものなら私たちが作る予定ではあったが、ケーキまではまだ手が回っていないな」
すぐに静矢が答える。
「あらぁ……? それじゃあ私が一肌脱がないといけないわねぇ」
大騒ぎをするのが大好きな黒百合はこういったイベントごとには目がない。悪戯に微笑むとルエラを連れ出すと買出しへ向かうのだった。
残された鳳夫妻の前に黒百合たちと入れ替わるように教室に入ってきた人影があった。
小柄な少年、ザジ(
jb4717)と、それと対照的に大柄な青年、カッツ・バルゲル(
jb5166)の二人だ。
「私たちも参加させていただいてもいいでしょうか?」
「勿論」
落ち着いた声で二人を歓迎した鳳夫妻。
少しずつ参加者を増やしていくクリスマス後日祭。準備は着実に進行していく。
●その時の二人
先の依頼ではクリスマスというイベントも忘れ人助けをしていた悪魔、ライアー・ハングマン(
jb2704)。悪魔というには優し過ぎるその男はなかなかにロマンも持ち合わせていた。
「当日は誘いに行けなかったからなぁ……。まだクリスマスの名残があるうちに挽回しねぇと」
戦闘の時には大罪を司る技を駆使する凶靱な悪魔も、こと恋愛においては一人の男である。
以前の依頼で交換した電話番号を頼りにライアーは番号を押していった。
『もしもし。藤谷です……』
『という訳で観月さん、どっか出掛けようぜ!』
いろいろすっ飛ばしてライアーは誘いの言葉を叫ぶ。
『……?』
なぜいきなり他人に出掛ける誘いを受けるのか全く見当がついていない観月は首を傾げた。ライアーも苦労人である。
それから若干噛み合わない会話を続けながらも、なんとかライアーは観月と出掛ける手筈を整えた。
魔界での生活が長かったライアーもクリスマスについてそんなに詳しくはなかったが多少の知識くらいはあった。楽しい一日にしなければならない。
奇しくも二人が選んだ日はクリスマス後日祭開催の日であった。
●準備C
「ふぅ、買った買った。ルエラちゃん、こんなにお金大丈夫?」
「この日のためにサンタの格好で走り回ったんだよ!」
「いかがわしいバイトじゃないでしょうねぇ……?」
「スカートは短かったです!」
買い物を終えた黒百合とルエラ。今回のパーティー費用は全てルエラ持ちである。参加者たちも払うと申し出たが、なにかのプライドなのかルエラは頑なにそれを突っぱねたのだ。
二人が帰ってくるとパーティー会場である教室は華やかな小道具で綺麗に飾り付けられていた。
「壁につける飾りはこんなものでいいだろうか?」
「いい感じになりましたねー」
クリスマスのオーナメントと折り紙で作ったモールが演出を彩り、カーテンの内側に施された電飾がピカピカと光った。
「あとはこれを……」
蒼姫は黒板に『クリスマス☆後日祭☆2013』とチョークで大きく書き込む。
「なかなか良い感じなのですよぅ」
皆の顔に笑顔が灯る。開催はすぐそこまで迫っていた。
●祭り当日
後日祭開催の日。
「さぁて、お姫様を攫いに行くとしようか!」
トレードカラーである黒をベースにシックな印象の服に着替えライアーは待ち合わせ場所へ。遠めに見えた人影、いつもの服装ではあるが待ち合わせよりもかなり早い時間にも関わらず予想外に観月は既にその場所へと来ていた。
「わりぃ、待たせちまったかな?」
「いえ、私も2分前に来たばかりですから」
観月がこう言うということは本当にその時間に来ていたということだろう。
「じゃ、じゃあとりあえず歩くか」
こくり……
無言で頷く観月。
こうして二人の一日は始まった。
「さぁて、料理を作るとしましょうか!」
同じ頃、料理班はパーティーで振舞うための料理を開始していた。
蒼姫はからあげ・サンドイッチなどパーティーに大活躍の料理を次々と完成させていく。
黒百合はケーキやかぼちゃのスープに着手。それに食いついたのはルエラだ。
「なにこれ!? 黄色い! どろっとしてる!」
「興味あるんですか? じゃあ、一緒に作りましょう。まずはかぼちゃを小さく切って玉ねぎと牛乳を……」
「ほうほう……」
パーティーまであと一時間。
「こういうとこ好きなのか?」
こくり……
ライアーと観月はファンシーなグッズが並ぶ雑貨店を巡っていた。観月はまじまじとねこグッズを真顔で値踏みしていた。
(どうする? やっぱりここはプレゼントか!? プレゼントだろう!)
微妙な葛藤を心でしていたライアーに構わず観月は店を出ようとする。どうやら可愛いものを見て満足したようだ。
「おっと」
すぐにライアーも観月の後を追って店を出る。特に買い物をすることもなくこんな街巡りが続いている。
「歩き疲れたろ? ちょっとそこで休んでいくか」
少々小洒落たカフェに二人は入り一息。
「そういや、あの寝巻きは着心地良かったかね? 今度こそはぬいぐるみだな。なんなら別に今日買ったって……」
最近観月がパジャマとして使っている猫服はなにを隠そうライアーが贈ったものだ。
しかし、観月は顔をぷるぷると振った。
「パジャマ、ありがとうございました。毎日使っています……。でも、これ以上何かを戴くけにはいきませんから……」
「別に気ぃ使わなくていいぜ。こっちも好きでやってることだしな。さて、次行くか!」
二人のアフタークリスマスはまだ続く。
パーティー開始。
始めは小規模予定だったものが、結果的には数十人の参加者で教室は埋まっていた。
「はいはい、どんどん食べてねー。まだまだありますよぉー」
蒼姫がトナカイの着ぐるみで参加者を接待。可愛らしい格好に皆のテンションも上がる。
「鍋もいい感じですよぉー」
冬らしく黒百合はキムチ鍋を用意。この季節に皆で囲むには最高のチョイスだろう。
「予想より料理の減るペースが早いな。私も手伝おう」
盛り上がる会場から離れ、静矢も料理作りへと参加を表明。これがまた手馴れていて味も抜群で大好評だ。
「美味しい料理も楽しいパーティーの重要な要素だからねぇ」
静矢は蒼姫と肩を並べ、料理を続ける。二人のかけがえの無い思い出にまた一ページを刻みながら。
「ここでルエラサンタからプレゼントタイムです!」
出来上がった会場でルエラが更に会場を盛り上げる。なんと参加者全員にプレゼントを用意したというのだ。
「ちょ、ルエラちゃんやっぱりいかがわしいバイトを……!?」
「サンタの格好はヘソ出しでした!」
黒百合の質問に微妙な答えを返しながらルエラは全員にプレゼントを配る。
「中華包丁……」
「なぜ浮き輪……?」
ザジとカッツのプレゼントBOXに入っていたのは季節感も何も感じさせないものだったが、そのネタ的なプレゼントに場も和んだ。
「ここでメインの登場だよぉ」
蒼姫の自慢の手作りレモンパイと黒百合のショートケーキの登場だ。
「あ、このケーキには濃縮ワサビクリーム・超激辛キムチ具材、タバスコエキスを混ぜ込んだ大型地雷が混ざってますからねぇ」
「ひゃっほーい! ケーキきたー! ……ごぶはぁっ!!!」
いの一番にケーキに手を出したのに僅か数個しかない地雷ケーキを引いたルエラ死亡。
まだまだパーティーは続いた。
●想い出
ライアーは映画鑑賞、ボーリングなど観月が初めての場所を次々にエスコート。
そして食事の後、二人は駅前のイルミネーションの前へ。
当日より寂しい装飾ではあるものの、まだ撤去されていないそのイルミネーションは目映いまでの輝きを放つ。
「これを二人で観たくてよ」
ライアーは少年のように顔を綻ばせる。
「……」
観月は瞬きをすることも忘れその光景を見詰めた。
言葉は発しなかったがライアーの袖をきゅっと掴みその場を離れようとしない観月とともにライアーはずっとその場で立ち続けた。
「蒼姫、少し休憩しようか」
会場も落ち着いてきた頃、トナカイの衣装を脱いだ蒼姫とエプロンを外した静矢は屋上へと足を運んだ。
「パーティー盛り上がって良かったですねぇ。あんまりゆっくり出来なかったですけど」
笑いながら二人は手摺りに手を掛ける。見下ろした街の風景はいつもと変わらないものだったが、二人でこの時期に見渡すこの眺めには特別なものがある。
少し風が出た屋上は意外と冷えた。
静矢は蒼姫の手を握り街の灯火へと目を向ける。
「……いつも支えてもらってすまないな」
静矢は囁くように呟いた。
静矢は天魔の襲撃で家族を失っている過去もあり、家族というものに対する想いも人一倍強いものがある。この久遠ヶ原学園でもその知略を十分に生かし、複数のクラブの部長を努めるが、その影にはいつも蒼姫がいた。
「なに言ってるんですか。当然のことですよぉ。だって家族なんですから」
「ふっ、そうだな……」
風が更に強く吹き付ける。
蒼姫は自分の手を握っている静矢の手を、更に上からもう片方の手で包み込む。
「それに、アキは静矢さんの奥さんで、静矢さんはアキの旦那様なんですから」
静矢はほんの一瞬、自分ですら気がつかない程の刹那、端整な切れ長の目を丸くした。
「……深いな」
「ええ、深いです」
風が止むと同時、天から白いプレゼントが降りそそぐ。
「あ、ホワイトクリスマス! 違った、ホワイトアフタークリスマス!」
屈託のない笑顔を浮かべる蒼姫の肩を静矢は空いている手で抱き寄せた。
「今年ももうすぐ終わるな……来年もまたよろしく。蒼姫」
抱き寄せた手で頭を優しく撫で、静矢は蒼姫の唇に自分の唇を重ねた。
突然のことに驚き、先程の静矢よりも目を丸めた蒼姫だったが、すぐにその顔は今まで以上の微笑みへと変わった。
「こちらこそ、宜しくなのですよぅ?」
蒼姫にとって当然過ぎたその質問に疑問系で返し、笑いながら二人の夜は更けた。
「ふぅ……それじゃあルエラちゃん、二次会……いや、社会見学といきましょうか」
まだまだどんちゃんやってる参加者はいたが、黒百合はルエラを誘って外へ。まだ鳳夫妻がいるのだから大丈夫だろうとルエラを強制連行した。
つらい過去を持つ悪魔と人間のハーフである黒百合。常に元気に見えるルエラにも秘められた過去があることをなんとはなしに感じ取っていた彼女は、まだまだ騒ぎ方が足りない、とルエラをあちこちに連れ回す。
「まずは定番! カラオケだぁ」
「おお! これが1970年代から普及し、事前に録音された空演奏で歌を唄うという伝説のカラオケですかぁ!」
変な知識だけは持ち合わせているルエラであった。
延長を繰り返し歌ったあとは、居酒屋である。
実年齢17歳のルエラと、実は成人しているが中等部のような外見の黒百合ではあったが、悪魔であるから大丈夫と居酒屋に突撃。ルエラが『間違えて』酒を大量に飲んでしまい、二人で管を巻くオヤジを撃退。
本来悪魔はアルコールに対する耐性も高いのだが初めて口にしたアルコールとイベントという高揚感もあり、ルエラはべろべろだ。
「なかなかやるねぇ、ルエラちゃん」
「やるっすよぉ。あたしゃあやってやるっすよぉ」
にやにやと笑う黒百合。本当に『間違えた』かどうかは永遠の謎である。
「締めはラーメンに決まり!」
「うなぁ!」
テンションが上がってきた二人は隠れた名店と名高い裏路地のラーメン屋に入りラーメンを啜る。
膨れた腹を擦りながら二人は翼を広げ、最後は夜間飛行だ。
「いらっしゃい、聖夜の夜にィ……可愛い悪魔様ァ。人間たちが作り出した巨大なイルミネーションを存分に御覧くださいませェ♪」
眼下に煌く灯りを堪能。
街を一回りした後、二人は見晴らしの良い山の土手に腰を下ろした。
「ふ〜うぃっく。黒百合おねぃ様はこんなに小さいのにおねぃ様だったのれすね〜。おねぃ様〜」
「あ、ちょ、どこ触って……! あっ……! やめ……やめろつってんだろこらぁ!!」
夜を愉しんだ二人であった。その後どうなったかはご想像にお任せします。
●閉会
遅くなったがライアーと観月も開催されている後日祭を知り、それに参加。戻ってきたメンバーと共に朝まで騒いだ。
「これで後日祭も終わり、か。どうかね? クリスマスの感想は」
ライアーが聞くと観月は戸惑いながらもしっかりと答えた。
「たの……楽しかった、と思います。忘れることはないくらい……」
「そいつは良かった」
(ま、焦ることはねぇか。全ては彼女のためだけに……!)
それぞれの想いが詰まった『くりすます』はこうして終わりを告げた。
戦いの中の、ひと時の安らぎが、そこにはあった。