●初日
遠藤護衛に集まった撃退士たちの見た目平均年齢は弱冠16歳。
その面々を見て遠藤は顔を顰める。
「やはり若造ばかりではないか! こんなことで本当に大丈夫なのか!」
しかしそれに意を介さず、桜庭 ひなみ(
jb2471)は屈託のない笑顔を遠藤に向ける。
「社長さん、私たちがお護りしますので安心してお仕事してくださいね!」
「ふ、ふん!」
最年少のひなみにそう言われ、バツが悪くなったのか遠藤は顔を背けた。
「簡単に人の命を弄ぶとは許せません。遠藤会長の抹殺という策謀、絶対に阻止します」
実直に言い切ったのは凛とした態度をみせる雁鉄 静寂(
jb3365)。
「我々は貴方を護るために尽力します。質問がありましたらいつでもお気軽に聞いて下さい」
「では撃退士たちよ、せいぜい私のために働くのだぞ!」
楯清十郎(
ja2990)の言葉にも耳を傾けず自宅に籠る遠藤を見送る撃退士たち。
「あの会長には撃退士についてもっと詳しく知って貰いたいですね」
「そうですね。私ももっと社長さんとお話したいです」
穏やかに告げる清十郎とひなみ。
「さて、では始めるとするか」
歴戦の勇であるリョウ(
ja0563)の一声を皮切りに撃退士たちは大きく頷きそれぞれが仕事に取り掛かる。
……戦いは既に始まっている。
旅団【カラード】の長であるリョウを筆頭に、そのクラブに身を置く柏木 優雨(
ja2101)、雁鉄らは自宅内部、周辺地理を完全に制圧。
空間把握能力に長ける優雨は室内の細かな物の配置にすら目を配る。
「現地調査は……大事、なの」
雁鉄は遠藤に協力を仰ぎ、監視カメラの設置、それを常に監視できるノートパソコンを用意。行動経路の周辺も入念に調べ上げた。
遠藤が家を出る。その車に乗り込み護衛をするのは御幸浜 霧(
ja0751)。遠藤の乗り降りにも気を配り雁鉄からの連絡を元に通勤ルートに目を凝らす。
遠藤を中央に左側はひなみが、右側では霧が息を殺すような光纏に身を包み護衛。
『ただでさえ不安なところに車椅子の撃退士など、不安を助長するだけなのでしょうね』
などと軽い笑みを浮かべていた彼女だが、過去の経験から『車』というものに思い入れの強い彼女は一時も気を緩めることはない。
「……懐かしいですね、わたくしがこの脚の自由を失ったのも、こういう状況での故意の交通事故が原因でしたから……」
彼女の朗らかな雰囲気とは裏腹に芯のあるその台詞に遠藤も息を飲んだ。
彼らの後ろから車をバイクで追走し護衛の役目を担うのはセレスティア・メイビス(
jb5028)だ。
車が会社へ着くと、
「身を護りたければご協力いただけますよね?」
と、にこやかながらも有無を言わせぬオーラを放ちながらその日の取引先を聞き出し、その移動ルートをチェック、その道における狙撃の可能性を計算に入れていた。
勤務中の護衛を担当したのはひなみ、霧に加え、藤井 雪彦(
jb4731)である。
自分たちの力を信じてもらうためにと金属バットを用意した彼は遠藤の前でそれを折って見せ、
「協力してもらえるとーより護りやすいんでーよろしくネー☆」
と、軽い笑顔を見せる。
その裏には、『男の護衛はテンションあがんねぇ〜……一緒に護衛する女の子たちを護るつもりで行けばいっかぁー☆』という気持ちがあるのだが、ちょっとそれも垣間見えていたりする。
更に護衛のために遠藤の元へ向かう途中、『あ、なんか嫌な予感がする』と頭を抱える清十郎であった。
何事もなく勤務を終えた遠藤と護衛の面々。
昼の護衛に回らなかった撃退士たちが万全の防衛策を張り巡らせていた自宅へと帰還。
狙撃などに合わないようにと部屋の中央で遠藤には休んでもらい、外には鳴子などを設置。そして屋内には遠藤と護衛以外は出払ってもらうという入念ぶりである。
ローテーションを組み護衛に当たる撃退士たち。長期戦になる以上、休める時に休むのは鉄則である。そんな時、事件は起きた。
鳴子を鳴らすどころか、正面からド派手な破壊音。
その時護衛をしていた雪彦、セレスティア、優雨の三人は他の待機組を起こし遠藤の護衛に回ってもらい、音の鳴った位置へと駆けつける。
「シャワーの後だというのに空気が読めていないですね」
不機嫌なセレスティアの前には一体の天魔。大きな体躯を激しく揺らし、そこら中を破壊している。
「これ以上は……行かせない、の」
「力自慢っぽいのが来ちゃったね。でも純粋な戦闘でも引けは取らないつもりだよっ!」
優雨、雪彦も臨戦態勢に入る。
太い腕を振り回して襲い来るモノに対し、闇の力を行使する優雨。しかし、それを振り払い天魔は攻撃を仕掛けてくる。図体に似合わず意外と素早い。
「ならば」
より迅き攻撃を。
霊符を取り出した優雨から雷の如き閃光が迸る。それは的確に天魔を捉えた。
続いてセレスティアは自分の髪と同じく美しい白銀に染まる槍を携え襲い来るモノを刺突。小柄な女性から放たれたとは思えない鋭い一撃。だが、かなりタフなのか撃退士たちの攻撃は思った以上に効果が薄い。
天魔の攻撃をなんとかいなし、撃退士たちは一進一退の攻防を続ける。
「可愛い女の子が両手にあるものだから今日も妖精たちの嫉妬の嵐が吹き荒れるよ」
雪彦の放った風の刃は天魔を切り刻む。
勝負あった――
そう思った矢先に乱暴に振り回された天魔の腕が優雨、セレスティアを襲う。
(しまっ……! スキルが間に合わない!)
セレスティアがシールドを張ろうとするが遅かった。
喰らう。
そう思った女性陣二人の前に立ちはだかる影。
「女の子には手を出させないっての!」
腹部に強烈な一撃をもらい雪彦は床を転がった。
その隙に襲い来るモノは来た道を振り返り逃亡。残されたのは荒らされた室内と無傷の女性二人、苦悶しながらも女性を守れたことに笑みを浮かべる一人の撃退士だけだった。
●二日目
「全く! やすやすと自宅への侵入を許すとは何を考えているんだ!」
翌日、遠藤が経緯を聞かされ憤慨していた。
「しかし、我々は会長のために……」
「黙れ!」
清十郎が弁解するも取り付く島もないといった様子だ。
それからは昨日とメンバーを切り替え、通勤からは雁鉄が別の車で、勤務中にはリョウも護衛に加わって対策。
しかしそれを嘲笑うかのようにその日も何事もないまま夜が更けた。
「社長さんはなんで新しい勢力をつくろうと思ったのですか?」
ある時ひなみがそう遠藤に聞いてみた。
「そんなもの金のために決まっておる!」
「確かにお金は大事ですよね。でも社長さんを絶対……絶対酷い目になんて遭わせないです」
遠藤はこの少女があまり人と接することが得意ではないだろうことに気がついていた。しかしその少女が今は目を逸らさずにそんなことを言うものだから、遠藤も大人しく頷くしかなかった。
そこへ側近である塩田が来訪。明日の会議の打ち合わせと書類チェックのためだ。それをリョウ、雁鉄が合言葉で本人確認を行い終始二人の話し合いをつぶさに見守る。
仕事のできる二人が側にいることで遠藤も比較的安心して仕事をしているようだ。
更に世が更け、
『夜更しはお肌の大敵』と霧はぐっすりと眠り、いざという時万全を期すため清十郎も体を休め、昨日戦闘を行ったメンバーも疲労を抜くために休息を取る。
雪彦だけは敵に殴られたのもなんのその、『ボク? 三日間くらいなら遊んでられるしー♪ 若いし余裕〜☆』と外に散歩へ。
優雨の差し入れでアンパンと烏龍茶を食していたリョウ、雁鉄、ひなみは寝ずの護衛に当たる。
ふと、リョウと雁鉄が部屋の装飾に疑問をもった。
「これは誰かが用意したのか?」
「どうでしょうか……」
塩田が来る前にはなかったはずの花瓶。屋敷内の怪しいものはセレスティアや優雨が逐一チェックしているはずだがいつの間に用意されたのか。
そこでひなみが声を上げた。
「離れて下さい! 敵です!」
敵を見抜いたひなみのその声に反応し、花瓶は姿を変えると雁鉄へと襲いかかった。
その攻撃をひなみが射撃でいなす。
騒ぎに飛び起きた遠藤が目の当たりにした化物に怯え悲鳴を上げた。
「下がっていて下さい!」
雁鉄も防衛火気であるPDWを手にして応戦、リョウも戦闘に加わる。
「誰か呼びましょうか!?」
「間に合わん。ここは俺たちで切り抜けるぞ」
ひなみが提案するがリョウは冷静に対応。ここで誰かが持ち場を離れれば遠藤に危害が及ぶ可能性もある。
潜んでいたモノは相当に素早かった。
三人の攻撃を難なく躱し、触手を複数へと飛ばしてくる。
天魔の攻撃に晒される遠藤を庇い、ひなみが打ちのめされ崩れ落ちた。
「くっ……!」
雁鉄の射撃が確実に天魔を追い込むが敵の方が上手だった。床を抉り、壁を貫く攻撃に胸を打たれ雁鉄も肺の空気を全て吐き出し気を失う。
「これ以上好きにはさせん」
奇襲を好むモノとしては圧倒的すぎる力をもつ天魔に対しリョウは一歩も引かない。互いの攻撃を避け、互いの攻撃を交換し合う。
その死闘を制し、最後に立っていたのはリョウだった。
彼を象徴するような黒き雷の槍で天魔を掃討。
恐怖に怯え、睡眠を取ることのできなかった遠藤はいつまでも部屋の中で震えていた。
●三日目
依頼最後の日。
どんなことがあろうと仕事を休めないと、遠藤は怯えながらも出社。その時、撃退士たちに良からぬ報せが届く。
先日屋敷を襲撃し取り逃がした天魔が街で暴れているというのだ。すぐに、一度戦闘経験のある雪彦、セレスティア、優雨が対応に当たった。
昨日の一件で療養を余儀なくされたひなみと雁鉄は離脱。残されたメンバーで遠藤を護り切る算段だ。
昼を過ぎ、取り引き回りを行うため外に出た遠藤の胸が打ち抜かれた。
予告にあった三体目の天魔の仕業か。
「出たか」
しかし、打ち抜かれたのは遠藤に変化の術で化けていたリョウ。勿論攻撃も空蝉で避けている。
本物の遠藤の傍には、清十郎と霧。
今回襲撃を企てていた相手を『魂を奪う』という言葉から冥魔であると見破っていた清十郎は自分と霧が最大の矛となることを予知していた。
「落ち着いて下さい。僕がいる限り、貴方に危害は及ぼさせません」
霧もすぐに地理からの射線を読み、遠藤からそれを遮るように前に出る。屋外ということもあり行き交う車からも目を離さない。どこに敵がいるかわかったものではないのだ。
二度目の攻撃。
敵の位置を把握した清十郎と霧はより前に出て反撃を試みる。
「そこですね!」
霧がアウルを込めた弾丸を撃ち、清十郎は龍の描かれた扇子を宙に舞わせ応戦。
しかし流石に僅か一体で二人の撃退士を戦闘不能にまで追い込んだ冥魔の仲間というべきか、常に先手を取る動きになかなか三人はついて行けない。
特に最大の矛となる二人の性質は同時に脆弱なる盾とも成り得る。後手に回るこの環境では些か不利に感じられた。
この状況にリョウもアサルトライフルを手に応戦の姿勢をみせる。
敵の執拗な遠距離攻撃に徐々に蝕まれる三人の体力。余裕のないそんな時に予想外の事態が起きた。
「え、え、遠藤会長……」
ビルから出てきて遠藤の後ろに立つのは塩田だった。その手にはナイフ。
(……えっ……)
清十郎と霧が振り向いた時には遠藤は腹から血を流し、倒れこむ瞬間だった。
「こ……これは……うわああああああ!」
塩田が我に返り叫んだ。
彼は、今戦闘の最中にある天魔の幻覚能力に逆らえず己を制御できていなかったのだ。
思えば、人が激しく行き交う街の中へ遠藤を出したことが間違いだったのかも知れない。本当に命を護りきりたいのならば彼の言葉に背いてでも厳重に軟禁すべきだったのかも知れない。
その直後天魔が姿を現した瞬間を逃さず霧と清十郎の攻撃がその身を貫いた。街中で暴れていた天魔も仕留めたという連絡を受け、ここに三体の天魔撲滅を達成したのである。
清十郎がすぐに遠藤に駆け寄り回復を試みるが、時既に遅しというのか遠藤の容態は悪化の歩みを止めない。遠藤は首を振った。自分はもう駄目なのだと。
「撃退士の諸君……い、今まで済まなかった……。天魔というものが、あれほどに恐ろしく……凶悪なものだとは……し、知ら」
「喋らないでください! 助けます……助けてみせます!」
清十郎が肉体活性を付与し、霧が細胞再生を続けなんとか遠藤は意識を保つ。
「皆……必死に私を助けようとしてくれた……。昨日倒れた少女たちの名はなんと言ったか……このままでは……申し訳が立たないが、あとのことは塩田に……うぅ」
「このままではまずいな」
リョウはすぐに救急車を手配するが、回復のスペシャリストである霧、清十郎の力をもってしても回復できない状況に望みが薄いことを悟っていた。
「天魔ではなく、人に刺されるとは……私らしい最期だったのかも知れんな……。最後に礼を言わせてくれ……ありがとう。特に倒れた少女たちと……あの軟派な少年にもな……」
そこに駆けつけた暴れる天魔を退治し終わった撃退士たち。駆けつけた雪彦の目は充血していたが、二日目の夜にも彼は皆が内部を護る中、外で狙撃に対する警戒をしていたのだ。もしかしたら誰よりも緊張の糸を保っていたのは彼かも知れない。
そのことを外にいる部下から聞いていた遠藤は撃退士たちを見る目が変わっていたのだ。
そうして、遠藤は静かに息を引き取ったのだった。
……寒い、風が吹き付ける、曇天の、空の下のことであった。
●撃退士として
「そうですか……残念です……」
「私……天魔から社長さんを護れなかったの……?」
遠藤を守れなかった報告を聞いた雁鉄とひなみは肩を落とした。
あれからもう襲撃はない。天魔にとっては本当にただの暇つぶしだったというのか。
人命に重きを置く撃退士としてやるべきことはやった。その評価が遠藤の言葉であり、残された塩田並びに遠藤グループの者たちからの感謝の言葉だということはわかっている。
だが、依頼を遂行できなかった、一つの命を護れなかった、その事実は撃退士たちの心に重く圧し掛かる。
「落ち込んでも仕方ありません。次の命を救うことを考えるのが撃退士としてあるべき姿です」
マイペースなセレスティアが皆に声を掛ける。
「その通りだと、思う……の」
優雨もそれに同調。
「まぁ、なんだかんだ悪人ではなかったよな」
「願わくば彼の魂が健やかであることを……」
雪彦と清十郎が静かに言った。
「第二の会長様を生まないためにも、わたくしたちがしっかりしなければですね」
霧も静かに心に誓うのだった。
リョウは遠藤の意を汲み、塩田に自由に動ける組織の構築を打診するが、遠藤亡き今、それは難しいことらしい。
『我々は旅団【カラード】。久遠ヶ原に寄り掛かる事だけを良しとしないものだ』
彼の弁である。
いずれその時が来るかも知れない事を信じて彼は進む。
この街にも、冬が来る――