●一合目〜
わいわい。
自分の番がくる度に騒がしく待機している参加者たちが山の中へと姿を消していく。
「藤谷も来ていたのか。まぁ、所詮は肝試しだ。学校行事に顔を出すくらいの気持ちでいればいい」
参加者の波の間で佇む観月に声を掛けたのは彼女の友人でもある咲村 氷雅(
jb0731)だった。
挨拶もそこそこに、すぐに順番が来て彼は一人山を登り始める。
委員による数々のトラップが彼を待ち受けていたが、何事か思案に暮れ、硬い表情を見せる咲村は見事にそれらをスルーしていった。
「ふむ……まぁ、折角だしな」
先の依頼での傷が癒えたばかりで、念の為に応急セットを持参していた彼は、ホラーとは何ぞやということを参加者のみならず委員にまで知らしめるべく、包帯をおもむろに取り出し頭へと巻きつけていったのだった。
次に山へ向かおうと足を踏み出したのは何 静花(
jb4794)。
儀礼服で山へ向かう彼女に、委員が尋ねる。
「そんな服装で大丈夫ですか?」
「丈夫だから問題ない」
聞く人が聞くと、ちょっと惜しいもやもやするそんなやり取りをして出発。
異様にナイトウォーカー参加者率の高いこの肝試し大会であったが彼女は阿修羅。暗視ができるわけでもないのでペンライトの光を頼りに進んでいく。
途中、全く驚かない咲村にめげず静花を驚かそうとする委員たちに遭遇するが、
「あー」
という微妙なリアクションとともに委員に一撃を見舞い撃退、素早くその場を離れる。これでも実は結構驚いていたりするのだ。肝試しを怖がっているわけではないが、山育ちで山の怖さを知る彼女は慎重に前に進む。
そうして警戒感がピークに高まった頃、知らず知らずのうちに光纏し、小麦色の肌をより暗く見せ、赤く瞳を輝かせていることに本人も気がつかないでいたのだった。
頂上到着の証である団子。これは人気の和菓子屋『もちゃころ亭』による特製団子である。これ目当てに現れたのは小柄ながらに異次元の胃袋を持つ少女、最上 憐(
jb1522)である。
「……ん。フランスパンを。持った。亡霊。出会ったら。フランスパンを。頂く」
団子のみならず亡霊のフランスパンさえ射程距離だった。
危うし亡霊。亡霊の運命や如何に!
彼女は闇に紛れると足音もさせずに山を登り始める。一番近い食べ物へと向けて……。
「お、いたいた。藤谷さん、俺と組んで登らねぇ?」
ここはチャンスと気合を入れたライアー・ハングマン(
jb2704)は、観月へと一緒に回らないかと提案していた。
「一人ですし……構いません」
言葉少なに承諾する観月。それに心の中でガッツポーズをするライアー。
暗視のできるライアーだったが、観月と歩くことを想定し、ちゃっかりペンライトも持参である。
硬い表情の観月に、
(ひょっとして怖がりだったりするんだろうか?)
そんなことを考え、頼れる男を演じきってみせると心に誓うライアーであった。
この肝試し大会には大勢の参加者を捌くために複数のルートが設けられている。
その一つを登る悪魔のカップル、颯(
jb2675)と鴉女 絢(
jb2708)。別ルートを登るヒロッタ・カーストン(
jb6175)。
まだ彼らはこれから起こるであろう恐怖を知らないでいた。
『肝試しで脅かす側はやったことあるけど、脅かされる方は初めてで楽しみー』
そう言って意気揚々としていた絢だが、いざ事が始まるとその独特の雰囲気に呑まれていた。静かで真っ暗な山の中……時折聞こえる物音。
「思ったより怖いよ……ひっ!」
簡単な玩具が飛び出してくるだけびくつく絢は颯の服の裾を掴む手に力を入れる。
颯は肝試しというものが初めてのようだが、驚かされることはあっても恐怖を感じているほどでもない。飛び出てきた精巧な人形に、よくできているなぁと関心をも示す余裕がある。
「これくらいなら平気だよ……ん、絢?」
絢は恐怖のあまり、目を瞑って小さく震えている。
颯はそんな絢を落ち着かせようと、絢の手をぎゅっと握りしめた。
「絢、大丈夫だよ」
泣きかけていた絢もそれに安堵を覚え落ち着いたようだ。
「うん、ありがと。颯君がいるから大丈夫」
実は後ろから次の参加者が来ていたが空気を読んでその方たちは二人を避けるように進む。もう完全にそこには二人の空間が出来上がっていたのだった。
「う〜ん、こういったことは嫌いじゃないんだけどねぇ……」
撃退士による肝試し。何が起こるか分かったものではないとヒロッタは様子をみるため大分後方からのスタートを切った。今のところそこまで大変なことは起きていない様子。安心して彼は前へと進む。
「おや? 怪しい……何でこんな所にお地蔵さまが……」
一人進むヒロッタのルートには古ぼけた地蔵が一体鎮座していた。地蔵ならば普通ありえないような構造であり、その手は何かを乞うように差し出されている。
(まさか、な)
彼は何とはなしに、偶々持っていた飴玉をその手に乗せた。
その時、山中へとサイレンの音が響いた。
『緊急事態発生。緊急事態発生。嘆きの男女及び、委員を襲うモノが現れたようです。繰り返します……嘆きの……』
肝試し大会は混乱の渦中へと叩き込まれたのである。亡霊だけではなく、何者かが肝試し委員を襲っているというのだ。
『ですが、団子が勿体ないので全員無事に団子を持ち帰るように。以上です』
……しかし、委員もなかなかの兵者であった。
●五合目〜
「……ん。キノコ。結構。あった。中々。美味だった」
ひたすらに山菜やキノコを探し求め、胃袋へとご案内していた憐はサイレンの音に耳を澄ませる。
「……ん。意外と。結構。ある程度。大変なこと。起きてる?」
彼女は団子を気にして先を急ぐ。
その先に、
『例え全滅しようとも我ら委員は仕事を全うしてみせる!』
無駄に熱い委員がこんにゃくをぶら下げた釣り竿を多数用意し吠えるが、全て憐の胃袋へと消えた。というか、こんなに熱くこんにゃくをぶら下げられても誰も驚かないことに委員たちは気づいていない。
『くっ……俺たちの武器が……』
「……ん。トラップ。おかわり。大盛りで」
まだまだ彼女の胃には余裕がありそうだ。
ヒロッタの周りでは先程から怪現象が続いていた。
「うわぁ〜危ねぇ危ねぇ、なるほどここはそういう風になってるのね……」
仕掛けさえわかっていれば怖いものではない。仕掛けられたトラップを見定め、そう呟いたヒロッタ。しかし、周りの雰囲気がおかしいことに彼は気づく。
かちゃ……
何かの物音がしてそちらを見る。
ちり〜ん……
そして風鈴の音が響いた。
そこで彼が見たものは……生首であった。
血だらけで蒼白な顔が宙に浮いていたのである。
「いーーーやーーー!!」
彼は走る。もうどこを走っているかわからぬまま走り、途中何かにぶつかったが気にせずヒロッタは駆け抜けた。
「よし。次だな」
徐々にノってきた咲村はスキルで姿を隠したまま次の獲物を狙った。
「うわっ……ぶっ……」
ヒロッタに突き飛ばされた颯は絢ごと倒れこみ、うらやま……破廉恥にも絢の胸へと顔を埋めた状態になる。
「ご……ごめん……!」
すぐに颯は身体を起こす。
「ちょ、ちょっと颯君……だ、大丈夫……? こういうことはちゃんとした場所で……いや、ちゃんとした場所ならいいわけじゃなくて……!」
恥ずかしさのあまり口走った絢は落ち着くべく素数を数える。
(……3、5、7、……あれ? 7の次なんだろう?)
混乱する絢を颯は引き起こす。
(や、柔らかかった……なぁ)
ぶんぶんと頭を振ってそんな考えを頭の隅に追いやり、颯は絢と二人で頂上を目指す。
そんな中二人の肩が叩かれた。
二人が振り向くと、そこには咲村の生首が。
「ぴっ!」
絢は短く叫ぶとその場に腰を落とし、颯は驚きながらも戦闘態勢に入った。
「絢には絶対手出しはさせない!」
しかし咲村はすぐに身を引き、次の標的へ向けて移動を開始。
颯はまた絢を慰めながら落ち着くのをゆっくり待ち続けたのであった。
「頂上にあるのはみたらし団子といったな。野ざらしなら虫に集られて虫団子になるんじゃないのか……?」
歩きながら真剣にそんなことを悩んでいた静花だが、配布されたチラシには団子はきちんと特製の箱に収められていると書いてあった。試験勉強に必死になりすぎ、試験を忘れるという彼女らしいおとぼけである。
「まぁ、なにか出たらしいし、さっさと終わらせるとするか」
進む静花の後ろから何かが走ってくる。
ヒロッタだった。
「きぃやあああーー!!」
知らずのうちに光纏して瞳が淡く光り浅黒い色の肌になっている静花を見て、ヒロッタは悲鳴を上げ更に別方向へと走り去っていく。
「……なんだ、今のは」
呆気に取られながらも静花はとにかく先に進んだ。妙な胸騒ぎがすると、手にハリセンを構えながら。
「何が起きてんだ……」
騒がしい山を見上げ、ライアーは周りを警戒する。参加者が次々と山を降りてくる。その手には団子の箱は握られていない。
進むべきか、引くべきか。
躊躇しているライアーへ観月が言った。
「お団子、皆持ってない……取ってこないと……」
その言葉を聞いて、彼は決心する。
前へ進む。
そして絶対に藤谷を危険な目には合わせない。この身に代えても。
こうなるとペンライトの光だけでは心許ない気がしてくるのが不思議だ。だが、自分はナイトウォーカーなのだ。この闇で彼女を護る騎士となろう。
ライアーは少し観月との距離を詰めると、もう間近に迫る折り返し地点である団子置き場へと向かった。
●頂上〜
「こんなところか……」
散々参加者を驚かせて回った咲村は頂上の団子置き場で休憩を取っていた。病み上がりで動き回ったものだから体力的にもきつく、実は振り向きざまの一撃を颯にもらっていたのだ。
「おっと、誰か来たか」
身体を奮い立たせ、木にぶら下がり驚かせる準備OK。
だが予想外に、来訪者はそんな咲村に声を掛けた。
「……こんなイベントでスキルなんぞ使ってるんじゃないっ!」
この騒ぎはナイトウォーカーの仕業と見抜いていた静花は自分の光纏騒ぎを棚に上げて咲村をハリセンで一閃。
「あ」
落下する咲村。
咲村は今ので体力の限界になり、静かにそこへ横たわる。
なんだかんだ火の玉的存在のように人々を脅かして回った静花も団子片手に山を降りる。
こうして、人々を恐怖に叩き落とした二人組の脅威は山から去ったのであった。
「……ん。あっちから。食べ物の匂い」
食事に忙しい憐はまだ山腹にいた。
何やら騒がしい音がしてそちらにいくと……フランスパンを手にした女性が立っていた。見開いた瞳孔、垂れ流しの涎、この世のモノとは思えない形相の女は怯える男へとゆっくりと歩み寄ると、手にしたフランスパンを振り上げ……
「……ん。食べ物は。頂いて。行く。大丈夫。私が。美味しく。頂く」
憐に取られた。
『あっ……ちょっ』
無残、女は獲物を奪われたのだった。
「はぁはぁ……」
叫び、走り続けてきたヒロッタ。
なんとか団子は手に入れたが、行く先々で放棄されたトラップを発動させていた彼はその場に膝をついた。そして発動するトラップ。頭の上から何かが落ちたと思ったら、うじゃうじゃとその落ちてきた袋から虫が這い出てくる。
「うーーなーー!!」
そして飛び込んだ先には怯える男に立ち尽くす女。
人だ、助かった。そう思ったヒロッタに女は襲い掛かる。
『フランスパァンッ!!』
「いーーやーーー!!」
憐れ、ヒロッタは山を転がり落ちていったのだった。
無事団子を入手したライアーと観月。
二人を見詰める視線があった。力尽き倒れている咲村である。
実は前もって彼らが通るルートにとっておきの仕掛けをしていたのだ。彼には珍しく奥の深い笑みを浮かべ彼は瞳を閉じる。
「これが……最後の『日常』だ」
二人の背を見送り、咲村は闇へと姿を消した。
何かの気配がする。
半獣の悪魔であるライアーの鋭い嗅覚がそれを捉えた。
ぽとりと彼の肩に古びた人形が落ちて笑い声を上げた。
「ふぉっ!」
反射的に人形を吹き飛ばすライアーだったが、その人形は首がもげ、何かの液体を流し、引き千切られた手足を引き摺りながらもライアーたちに迫った。ずるずる、ずるずる……と。
その一連の事柄に観月の動きが止まった。ライアーを振り向き、僅かにぴくんと肩が揺れた。
「藤谷さんっ!」
何かがまずいと彼の六感が告げる。
ライアーはすぐに光纏。人形から観月を庇うように立つと、観月をその腕で抱き抱える。
「ちょっと揺れる! しっかり掴まっててくれ!」
言われるまま取り敢えずライアーにしがみつく観月。
『ふランすパぁんッ!!』
地獄の底から響くような声を上げながら四つん這いで迫る女性も出現。
「なんなんだよ、ちくしょう!」
逃げるライアーの身体に森の枝木が突き刺さるが構わず彼は速度を上げる。
下山して無傷の観月をその腕から降ろし、微笑みかけることができるその時まで彼が気を緩めることはなかった。
●閉会
山の麓。
何が起こったのかという顔で観月はライアーの腕から降りた。
「……ありがとう」
何を感謝しているのかも分からないまま観月は礼を口にする。
「藤谷さんさえ無事なら……俺は。あの、これからは名前で呼んでも、いいか?」
ぎこちなく尋ねるライアー。
その時、花火が上がった。
観月が何と言ったかはしっかり聞き取れなかったが、名前で呼ぶことを了承したのだけはわかったライアーだった。
その後は何事もなく無事山を降りた颯と絢は肩を寄せ合い花火の観賞。
「颯君、あの時かっこよかったよ」
「絢……」
はい、ごちそうさまです。
ボロボロのヒロッタが項垂れていると頭上から声。
「……めだまの匂い。頂く」
「ひぃ!」
顔を上げるとそこには大量の団子の箱を持った憐の姿。余った団子を全部持って帰ってきたようだ。当然中は空である。
「……ん。気が付いたら。団子が。消えてた。きっと。天魔の。仕業。それはそうと。飴玉の匂い。頂く」
「……はい」
醤油だれを口元につけ、手を広げる憐にヒロッタは深いため息とともにその手へと飴玉を乗せた。
「結局委員が襲われたのってなんだったんだ?」
静花が委員の一人を捕まえて聞いてみた。話によると襲われた委員たちは皆無傷だが、張り込み用非常食を奪われていたらしい。
静花は大量の団子の空箱を抱え飴玉を頬張る憐を見て言った。
「納得」
金一封でなんとか憐に分けてもらったフランスパンの一欠片を委員が調べたところ、未知の成分で構成されていたようだが、ほとんどは憐の腹の中である。どうやって食べたのか……ある意味恐ろしい事件であった。
嘆きの男女の話はこれからも七不思議として語られそうである。
こうして夏夜の一幕が降りた。
追伸。
あの山には何かを乞うように手を差し出している地蔵など、ないそうである。