最初に撃退士達の攻撃を喰らったのは、出入口付近で棚を蹴っていたディアボロだった。
「これ以上の被害は出させないよ」
桜木 真里(
ja5827)が声を上げ、激しい風の渦に巻き込まれたディアボロはふらついた。大剣を手に駆ける天険 突破(
jb0947)から逃げるように、無力な生存者へと近づくが、主人の命令を遂行する事は出来なかった。
「あなた方の相手は私がしてさしあげるわ」
華澄・エルシャン・ジョーカー(
jb6365)が、火竜の如き布槍で突く。予想していなかった攻撃に、ディアボロは一度距離を置いた。赤黒のシンプルなヘッドセットをつけた亀山 淳紅(
ja2261)がディアボロに向けて攻撃を放つ。空中の小さな鯨がスピーカーに変わり、音波がディアボロの身を切り裂いた。身体のあちこちが欠けた標的に、突破の斬撃が襲う。一体のディアボロが事切れた。
突入した後、風羽 千尋(
ja8222)とイーファ(
jb8014)と南條 侑(
jb9620)は救助班として活動していた。敵に気づかれないよう本棚の間やカウンターの裏などを通り、要救助者を探す。イーファの視界に血痕が映る。表情こそ変えず周囲を警戒しているが、早く助けなければと強く思った。
「ったく、何で図書館……」
神出鬼没にも程がある、と千尋は思った。その理由がふざけたものである事は、まだ判明していない。
「これ以上被害増やすわけにはいかねぇ……急ごう」
千尋が生命反応を感知し、倒れた棚で上手くディアボロから隠れていた女性を発見した。千尋が騒がないよう要請すると、女性は何回か勢い良く頷いた。
「歩けるか?」
侑が尋ねる。女性は一度頷いて、よろよろと立ち上がった。
千尋と侑が丁寧に避難経路を説明する。その間、どうしても周囲への対応が疎かになるが問題ない、イーファが周囲を警戒している。
一体のディアボロが、二人の子供に接近していた、一人は泣きながら叫び、一人は悲鳴を上げる体力すらない怪我をしていた。その子供達に、流星のように駆け付けた大狗 のとう(
ja3056)が声を掛ける。
「大丈夫。絶対に、大丈夫」
大小様々な種類の犬の幻影が、愛嬌たっぷりにディアボロに突撃していった。
「必ず君達を家に帰す。信じろ!」
まとわりついた幻影を払えないディアボロを、イーファが追撃する。炎を纏う矢が、ディアボロを射抜いた。
ディアボロが動けないでいる間に、千尋が怪我を負っている子供を回復させる。小さなアウルの光が、子供へと注がれていく。それを邪魔させまいと、再度イーファは弓を引く。放たれた矢は、的確にディアボロの脚に傷を作った。
治療が完了し、二人の子供を外へと誘導しようとした時、ディアボロが再度動き出す。腕を振り上げた瞬間に、盾を持つ点喰 縁(
ja7176)が割って入る。祝福を受けた強力な防壁がその攻撃を受けた。その間に避難は完了し、ディアボロは追撃を恐れ逃げ出した。のとうと縁はディアボロが次の標的を見つけないよう、それを追いながら要救助者を探す。
撃退士達の突入から少し。ヴァニタスが赤い槍を右手に、先程まで読んでいた本を左手にヴァニタスが立ち上がった。
「ん……強敵、はじめて」
やや緊張したように、桜坂秋姫(
ja8585)が呟いた。そして、ヴァニタスに問いかける。
「……ん、あの……あの……ん、……お名、まえ……ん、は?」
「んー? ……じゃ、リチャードで」
挙動不審気味な少女に対して、幾らか苛立ちと気怠さが抜けた雰囲気で返答する。ある程度は会話が出来るようだ。普通の日本人青年に見える上に、明らかに即興で名乗っていたが。
「あの、なに…ん…なに、してる…の?」
「見ての通り……ってもうやってないか」
左手の本を軽く掲げてみせた。真里が会話に加わる。
「これだけ五月蠅いと邪魔そうだけど。必要だったのかな、アレ」
視線でディアボロを示す。それに秋姫が続けて問う。
「悪魔の……命令……?」
「いーや。読む本が血と硝煙の香りがする話だから、片方くらいは欲しかっただけだよ」
左手の本をひらりと一度振る。その台詞を受けて、真里が穏やかに提案した。
「本、途中なんだよね。折角来たんだし最後まで読みたくないかな」
ヴァニタスの首肯により、交渉は進む。
「もし読書を続けてくれるなら、硝煙の香り、良ければプレゼントするよ」
真里の手に、アサルトライフルが現れる。そして、銃口はヴァニタスでもディアボロでもない、誰も居ない所を向いていた。
「……それはそれは、有難い」
真里は銃口の先に誰も居ない事を再度確認して、引き金を引いた。
二人の子供を狙うディアボロからの一撃を防いだ後、縁は要救助者が居ると連絡のあった図書館の職員控え室へと向かっていた。
「ひでぇありさまさねぇ、反吐がでらぁ」
嫌でも視界に入ってくる図書館の惨状に、縁が感想を漏らす。その声には憤りが混ざっていた。
侑が要救助者を背負って外へと向かっている事、職員控え室にはもう要救助者が居ない事が通達された。侑が子供を背負って走っているのを見つけ、直ぐにディアボロが駆ける音が聞こえた。
「南條くん!」
駆けるディアボロと侑の間へと駆け寄る。侑も気付いたのだろう、瑠璃色のアウルを纏った美しい扇が、ディアボロへと飛んでいく。ディアボロがその攻撃によって立ち止まった。
縁が発した光は絡繰り仕掛けの糸のように、ディアボロを幾重にも絡め取る。その間にと侑は出入口へと駆けた。身動きが取れないディアボロに、容赦のない淳紅の音波が襲う。糸から逃れたディアボロが近くの縁を蹴り飛ばそうとし、それに負けじと縁も剣で応戦する。振るわれる、蛇の鱗を持つ点喰家の剣。ぼろぼろになりながらも縁へと殴りかかろうとするディアボロを、真里の生み出した炎の剣が穿つ。縁が逆袈裟で斬りかかる。それが止めだった。
出入口を目指す少女に、ディアボロが近付く。それを見つけたのとうが駆けつけ、剣を振るう。
「邪魔だっ!ぶっ飛べ!」
強烈な一撃。後方へ吹き飛ばされた後、よろめきながら後退するディアボロは追わず、のとうは子供と共に出入口を目指す。それを再度追いかけ、殺さんとするディアボロに向けて、突破が大剣を振るう。
「手は出させないぜ」
高速で武器を振るう事によって起こす衝撃波。ディアボロは立ち止まったが少女は短い悲鳴を上げた。恐怖を押さえるように、華澄の凛とした声が響く。
「落ち着いてこっちから外に!」
高速機動によりディアボロに接近し、槍を振るいながら、少女に声を掛ける。
「頑張って! どんな傷を負ってもお護りしますわ」
華澄は布槍を構えながら、ディアボロに問う。
「静かな図書館で暴れないで。その姿じゃ言ってもわからないの?」
「まぁ、そんな機能はないからなぁ」
暢気に読書中のヴァニタスから返事が来た。それに対して、幾らか注意を払いつつ言葉を紡ぐ。
「読書が好きなの? 知的なのね」
布槍を振るいながら、再度口を開く。
「だけどマナーは最低みたい。後始末はきちんとして頂くわ。 ──どうするつもりかしら?」
「んー。折角人外になったんだからね。そういう人として大事な面倒なものは無視してる」
返答に憤りを感じつつ、華澄はヴァニタスとの会話を止め、救助者探しに専念する。
少女を避難させた後。突破の視界の端に入ったディアボロが駆け出した。大剣を手に握る。女性の悲鳴がした。高速で振るわれた大剣が生み出した衝撃波が、ディアボロにぶつかる。駆け寄ると、本棚にもたれかかり、幼い我が子を抱いて震える女性が居た。
「大丈夫だ、助かるからな」
そう言って、ディアボロと対峙する。
連絡を受けて、侑とイーファが駆け付けた。女性の負傷を治す為、侑が掌の中が光纏と同じように輝く。ディアボロを牽制すべく、隣に居たイーファが此方へ歩くディアボロを狙い、雷のような弓を構える。それと同時に秋姫が護符を放った。護符を躱した代償として矢に当たったディアボロは、紫電に怯えたのか、一度立ち止まり、苛立っているかのように傍らの椅子を破壊した。
「動けるか? 出口までは俺等が守るから、迷わず逃げろ」
突破は親子にもう一度声をかけ、大剣を握り直し駆けた。自らを殴り飛ばそうとする獣の腕を避け、相手を弾き飛ばさん勢いで大剣を振るう。それを援護するように秋姫が護符を放つ。現れるタタラオオカミの化身が、ディアボロへ無数の切り傷をつけていく。それでも女性に近付こうとするディアボロを、イーファの射た炎を纏う矢と、秋姫の放った護符が制した。諦めたのか身を翻したディアボロを、突破の大剣が貫いた。大剣を引き抜き、一度息を吐く。ディアボロはゆっくりと倒れ、動かなくなった。
ディアボロとの戦闘が一段落して、イーファは一度視線を下げた。胸を貫かれた死体が横たわっている。再度周囲を見渡して、遺体を隅へと運んだ。これ以上、傷付く事のないように。
ヴァニタスが本を閉じた。何処かを狙った訳ではない光弾は、床を抉るだけだった。
「いや、読書も楽しいんだけど。折角だから苛め応えがある生命体殴っとこうかなって」
笑いながら、近くに居た真里に接近する。その槍を持つ手を狙い、淳紅が雷を放つ。
「……きれーな声でえげつないなぁ」
槍に当たった雷は攻撃を止めるに十分な力を発揮し、一歩後ずさる。
「本はページを捲るたび、想いが込もるものです」
歌と似て。と脳内で付け加えつつ、周りの惨状を見遣る。そして、その原因を睨むように視線を遣って、告げる。
「それをこういう形で壊す貴方は、自分、嫌いです」
「嗚呼、そりゃえげつなくもなるか。──ッて」
真里が雷気の攻撃を放った。それを軽く喰らいながら、槍を振るう。
ヴァニタスが気紛れに近い理由で戦闘を始めた、という情報は淳紅によりすぐ全員に伝えられた。
侑とイーファが蹲り泣く三人の少年を見つけた。一人、酷い怪我を負った子供を治癒しようとするも、ディアボロが向かってくる。幾らか距離がある事を幸いに、侑は中空に五芒星を描いた。五芒星が一瞬、微かな光を放つ。近付けなくなったディアボロの脚を、イーファの火を纏う矢が襲う。
「君ら、どうしようもないくらいマナーもセンスも悪すぎだな?」
のとうが、ディアボロへ痛烈な一撃を喰らわせる。
三人の少年を襲う筈だったディアボロは、問題なく食い止められていた。しかし、ヴァニタスが数発放った光弾が飛来する。逃げる少年達と光弾の間に侑が立つ。
「……我が身を盾としてってのは、あまり好きじゃないんだが」
網のようなアウルを身に纏い、光弾を受けた。
殆ど出口へ迫っている少年達を尚追おうとするディアボロに、突破が容赦なく大剣を薙ぐ。
「うらぁッ!」
力を込めた一撃が、ディアボロを弾き飛ばす。倒れた標的に大剣を突き刺すと、弱ったディアボロは息絶えた。
小さな声で泣いている少女と、それに近付くディアボロを見付けた。秋姫は、アウルで形成した弓を構え、呟く。
「祓い給い……清め給え……」
狼の群れが鳴き合うような風切り音。魔を討ち祓う一矢が、緑色の風を纏いディアボロを襲う。腕から血を流している少女に、千尋が近付く。痛みと恐怖で泣く少女に、猫のような赤目を細めて宥める。
「大丈夫だ。な?」
小さなアウルの光を傷口へ送る。
「もう痛くないぞ」
手を差し伸べて、立ち上がらせる。手を離したらすぐに倒れそうなくらいに足が震えていた為、負ぶって走る事にした。ヴァニタスが乱射した光弾の一発が迫る。縁は強力な防壁を出し、それを受けた。
千尋を追いかけるディアボロの前に、華澄が立ちはだかる。戦乙女が華澄に重なって消えた。真紅に輝くオーラが流れるような斬撃。斬撃を受けた腕に、陽光を受けた花が、絢爛と咲き誇った。金色の光纏を纏う縁が更にディアボロを妨げる。絡繰り仕掛けに用いられる糸がディアボロに絡みつく。それと同時、秋姫の護符が放たれ、タタラオオカミの化身がディアボロを裂く。
「──全員の救助が完了した」
少女を無事外へと連れ出した千尋が、皆に伝えた。それを知らないディアボロに華澄の布槍が突き刺さった。
ヴァニタスの足元に、血色の図形楽譜が展開する。
『Canta! 'Requiem'.』
無数の死霊の手が、ヴァニタスを愛しむように包み込む。
「……ホント、えげつない」
頬を吊り上げた、凶暴な笑みを浮かべて、その手から逃れようと暴ばれ出す。水の矢を放ちながら、真里がからかうような声で言葉を紡いだ。
「……その動き、あんまり恰好良くないね」
「色男は厳しいなぁ」
口端を吊り上げたままの表情。淳紅が音波を放ち、それを喰らいながら無数の手から逃れる。次いで、攻撃を放とうとしている真里に槍を振るった。
「……ッ」
衝撃を緩和させる緊急障壁を以てしても、軽視出来ないダメージが通った。真里の雷は外れ、槍が真里の胸を貫こうとした瞬間、ヴァニタスの身体が淳紅の発した強力な冷気と突風によって吹き飛ばされた。追い打ちをかけるよう魔法を放とうとする淳紅に、光弾が飛来する。淳紅は難なく躱したが、その間にヴァニタスは体勢を立て直していた。
千尋のアウルの光が真里に送り込まれ、失われた細胞の再生を促す。真里を狙うヴァニタスに、秋姫が緑色の風を纏う破魔矢を放った。
ヴァニタスは撃退士達から遠退いて笑った。
「やー、ちょっと憂さ晴らしするつもりが予想以上に喰らってしまった。強いね君ら」
テーブルを壁代わりにする。その姿に、突破が舌打ちを漏らす。
「ち、逃げるか」
そして心の中でそっと思う。助かった。
「ちょっと待った!」
のとうが制止の声を上げる。律儀にもヴァニタスは其方に視線を向けた。
「それってば、図書館の本だから持って行っちゃ駄目だかんな!」
ビシッ、と手を差出し、本の返却を要求するのとうにへらりとした返事が返ってきた。
「えーここまでやった相手にそんな事言う? ……まあ、絶版本でもないみたいだし」
あっさりと、本を放り投げる。意外な程弱い衝撃で、のとうの手に本が届いた。
何人もの人を殺し、傷つけた存在は軽々しく去っていった。
「それじゃあ、また何処かで」
そう、余り喜べない台詞を吐いて。