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物質透過と飛行能力を駆使して、ミズカ・カゲツ(
jb5543)が四階の端へ到着した。背中にあった翼が消える。
「ふむ。随分と厄介な場所に現れたものですね」
先程、フロアの地図を確認しておいた。瑠香──要救助者の居そうな場所へと向かう。
「急ぎ助けに向かうとしましょう」
全身のアウル力を脚部に集中させ、駆け出した。
「ひでーな、こりゃ……」
点在する無残な死体を見て、黒夜(
jb0668)の口から呟きが漏れた。一歩踏み出しながら、目を閉じる。
──Dun Scailth
胸の内で唱える。黒夜の影から無数の影の腕が伸び、本体を飲み込んだ。
各々は助けるべき存在と、敵を探す。
助けて、という瑠香の悲鳴が響いた。
「お遊びはそこまでですぅ〜!」
神ヶ島 鈴歌(
jb9935)が紫焔を纏った大鎌を一閃する。瑠香に迫っていたうさぎのぬいぐるみは、よろめくような動きをした。
ほぼ同時、疾風の如き速さで現れたミズカが瑠香を抱えた。大丈夫、と声を掛け、優しく頭を撫でる。
駆け出したミズカを──正確にはミズカが抱えている瑠香を追って、一体のうさぎのぬいぐるみが滑るように動く。
「相手を間違えてはダメよ。その子は今から帰るのだから」
蓮城 真緋呂(
jb6120)が放った冷たい雷の刃が、うさぎのぬいぐるみ──ディアボロに直撃した。それでも滑り進む敵の周りに、色とりどりの炎が散る。
「あいつが見たら飛びつきそうな見た目しやがって……」
友人を思い出しながら黒夜がぼそり、と感想を呟いた。すがるように動くぬいぐるみに黒夜と真緋呂が反応する前に、黒と銀の双剣を携えた彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)が駆ける。それを見た二人は、ミズカを追って走った。
白いぬいぐるみが、瑠香を追って進みながら、瑠香が居るところへ──そこへ辿り着くまでの障害である彩に向かって、赤い光の刃を飛ばす。緑色のアウルの繊維が刃の形になり、その攻撃を相殺した。至近距離に迫った彩が剣を振るう。黒い剣が突き刺さり、逃げる事も抵抗する事も出来ぬまま、銀の剣に切り裂かれた。遅れて、彩がミズカを追う。女の子にたかる敵を最小限にするべく。
南側の階段から四階で探索を行っていた北條 茉祐子(
jb9584)は、二体のねこのぬいぐるみを見つけた。そして、そう遠くない場所に居る要救助者も。ちらり、と抱えられた瑠香に視線を遣る。
「……助けたいですね」
そう、強く思う。うさぎのぬいぐるみの対応は自分が行くまでもない。
「ネコさん、邪魔をしないで下さい」
剣の形をした雷が一体に突き刺さる。もう一体の赤い斬撃を躱すと、鈴歌が急降下をする姿が見えた。
「ぇ〜ぃ!皆さんのお相手は私なのですぅ〜♪」
鈴歌の蹴りを喰らったねこのぬいぐるみが、鈴歌を狙う。付随するように、もう一体も鈴歌の方へと迫る。
「鈴さん!」
鈴歌は大鎌を振るい、茉祐子は苦無を投げる。
二体のぬいぐるみに狙われながら、二人は瑠香から敵を引き離す為、中央へ向かう。
「ぬいぐるみさんこちらぁ〜♪ 手のなる方へ〜♪ ですぅ〜♪」
順調に救急隊の近くまでミズカ、黒夜、真緋呂、彩は向かっていた。ミズカはしがみつく瑠香を、あやすように抱き直した。
瑠香を狙った赤い光。
必ず、助けるのです……!
深森 木葉(
jb1711)は強く思う。思いに感応するように、召喚していた鳳凰が赤い光線を妨げる。光線の放たれた方へ視線を巡らせ、白いぬいぐるみを見つけた木葉が、護符で雪の玉を放った。雪玉を掠めながら瑠香の方へ向かうぬいぐるみに、植物の鞭が絡みつく。
「追わせないわ」
淡々と、真緋呂が宣告する。再度、動きを止めた敵に木葉が雪玉を放ち、べしり、と当たる。ぬいぐるみはもがくように腕を動かし、拘束から逃れた。
救急隊の近くに居た桜花(
jb0392)は接近するうさぎのぬいぐるみを、散弾銃で狙う。
全身から生えるどす黒い光の触手が、標的に絡みつく。標的は散弾をギリギリで躱し、赤い光線を放ち、迫る桜花を迎える。桜花は紙一重で躱しながら、前進する。すれ違うように、瑠香が救急隊の手に委ねられた。今までの恐怖と、安堵が混ざり、抑えられていた瑠香の嗚咽が溢れた。ミズカはまた、頭を撫でてやる。
離れたところで、小さく舌打ちの音。
「まったく、これだから子供は嫌いだ……」
漏れた言葉と舌打ちは、散弾銃の銃声で消えた。銃把を握り直し、前へと進む。光線が桜花に当たる直前に、木葉がアウルを網のように展開して、桜花に纏わせる。桜花の肩に深い傷をつける筈だった光線は、わずかに皮膚を裂いた程度で終わった。ばら撒かれた散弾が、うさぎのぬいぐるみの耳を塞いだ。ぼろぼろのうさぎのぬいぐるみに、瑠璃色の蝶の間から、雪玉が飛来する。それでも瑠香を狙うぬいぐるみの前に、黒夜が立ちはだかる。片目を閉じた。
──IcyPrincess of Cyclops
悪夢に誘われ、苦し紛れに赤い光線を放つ。桜花が、引き金を引いた。
ぱたり。倒れ方は幾らか愛らしかった。
茉祐子と鈴歌は、中央へとねこのぬいぐるみを誘導しながら、闘っていた。
事前に準備していたハンズフリーに、ミズカから着信があった。
『女の子の救助が完了しました。そちらはどうですか?』
『中央辺りに居ます。ねこのぬいぐるみが二体です』
茉祐子が簡単に報告し、また対峙する。敵が赤い刃を飛ばすのと同時に、苦無を投擲する。双方ともに回避した。
鈴歌の視界に周囲の死体が入り、表情が翳る。掴んだ小さな棚をねこのぬいぐるみに投げ付け、視界を奪う。
「ぬいぐるみさんがどんなにお遊びしたくても……」
地面を蹴り、距離を縮める。掌に力を込めて、放たれる一撃。
「たくさんの方達を巻き込んで……被害を出していいわけがないのですぅ〜!」
一体のぬいぐるみが弾き飛ばされる。もう一体が鈴歌を切り裂く光の刃を放ったと同時、茉祐子が雷の剣を放つ。鈴歌は光の刃を躱しながら迫り、麻痺している敵を容赦なく大鎌で狙う。その攻撃を妨げるように、もう一体のねこのぬいぐるみが光の刃を放とうとした瞬間、茉祐子が雷の剣を放つ。紙一重で雷を躱したぬいぐるみが、茉祐子に接近する。
駆け付けた黒夜が攻撃を放った。夜空に咲く花火のように、鮮やかな炎。麻痺していたぬいぐるみはかろうじて炎から逃れたが、攻撃の準備をしていたぬいぐるみは為す術なく、炎に包まれた。悶えるように暴れるねこのぬいぐるみに、黒い剣が襲い掛かる。大振りのナイフのような直剣を二振り握った彩が、駆け抜けながらぬいぐるみを切り裂いた。
片割れが事切れたからか、生き残りが鈴歌に飛び掛かる。鈴歌は躱しながら大鎌を振るう。彩が黒い剣で突きを放つ。それを回避した結果、銀の剣を回避する事は出来ず、ぬいぐるみの片腕がもげた。ぬいぐるみを狙い、茉祐子はキツツキを模った和弓を構える。
深々と、矢が突き刺さる。一度、生物のように跳ねて、動かなくなった。
赤い目に茶色の身体をした、くまのぬいぐるみ。愛らしい動きで、のんびりと血に塗れた床を歩いていた。
一体は中央へ、もう一体は北側へ。とうとう、撃退士の前に現れた。
「ぬいぐるみのディアボロなんて、悪趣味……」
幼子の死体が視界に入ったからか、真緋呂の口から呟きが漏れた。視線を巡らせた先、歩行するくまのぬいぐるみと目が合った。
真緋呂に飛来する赤い弾丸。それを半身になりながら躱し、光る刃で突く。耳を僅かに削ぎ、綿が少しだけ露出した。
「先程までは救助を優先しましたから」
真緋呂とは逆方向から、ミズカが純白の刀で斬り掛かる。慌てたように回避したくまのぬいぐるみに畳み掛けるよう、鋭く凍てつく雪のような斬撃を喰らわせた。
「此処からは存分に、相手取りましょう」
距離を取った敵を見ながら、刀を構え直す。真緋呂とミズカが共に斬り掛かる。それを迎えるように、赤い弾丸が二人に飛来する。駆け付けた木葉がアウルを網状に展開し、ダメージを軽減させた。
桜花が接近しながら、散弾銃の引き金を引く。濃い緑色の光が、標的に近付く。ミズカは一度下がり、真緋呂が振るう刀が、敵を掠めた。
標的の狙いが真緋呂から桜花に移った。敵を桜花が対処している間に、三人は体勢を立て直す。
「治癒しますね〜」
ミズカの負傷具合を見て、木葉は治癒を行う。生命力を活性化させ、失われた細胞の再生を促進する。 木葉の手に、新緑の魔法書が現れる。葉の刃がぬいぐるみを襲う。散弾を回避する事に専念していたぬいぐるみは避けようとする事すら出来ず、喰らう。
無防備な敵に、ミズカが斬り掛かる。ぬいぐるみ跳び上がりながら回避し、赤い弾丸を放った。赤い弾丸を屈む事で回避したが、その間にミズカの間合いからぬいぐるみは逃れた。
しかし、ぬいぐるみの背後に真緋呂が迫っていた。直刀の一振りを喰らわせる。相手の動きは予測演算より導き出していた。
故に、刃はぬいぐるみの首を刎ねた。
ねこのぬいぐるみを倒した後。歩きながら敵を探していた彩の視界に、くまのぬいぐるみが入った。素早く、相手が気付く前に接近する。
魔具が黄色い外骨格アームに変異する。背後からの、体重を乗せた鋭い一撃。拳撃と共に放たれた超震動波が、ぬいぐるみを脆くさせる。
「ぬいぐるみさんには負けないのですぅ〜!」
銀歌の大鎌が、ぬいぐるみを弾き飛ばす。茉祐子は植物の鞭を作り、ぬいぐるみを束縛した。動きを止めた標的を、黒夜の炎の刃が襲った。
黒と銀の剣を振り翳しながら、彩はぬいぐるみへ接近する。赤い弾丸が彩を迎え撃つ。緑色のアウルの繊維が、赤い弾丸を模して、攻撃を相殺した。二振りの刃が、ぬいぐるみを襲う。
それから逃れる為に僅かに後退したぬいぐるみを、黒夜が阻む。
「逃がさねーよ」
アイスブルー色に光る片目の氷姫。黒夜の周囲を微弱な氷の粒が飛び交い、敵を傷つける。黒と銀の剣が、畳み掛けるようにぬいぐるみを切り裂いた。茉祐子の投げた苦無が掠め、よろりと動きながら、苦無の持ち主を狙って赤い弾丸を放つ。
「……ッ」
ギリギリでそれを避け、再度植物の鞭で攻撃する。それを躱す為に動いた結果、彩の銀剣の餌食になった。銀歌の力の入った掌底が、ぬいぐるみを後退させる。
茉祐子は手に馴染む弓を構え、矢を射る。矢は深々とぬいぐるみの中央に刺さった。それが止めだった。
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真緋呂はフロアに残り、遺体の処置を行っていた。血をぬぐい、ちぎれた四肢を集める。頬に触れ、苦悶の表情を和らげる。
自らが血に塗れる事には気にせず、遺体に触れる。
──生きていればどうにでもなるから。そう思いながら、そっと遺体の目蓋を閉じさせ、祈る。
木葉はぐすぐすと泣いている瑠香へ、ぬいぐるみを手に話しかける。
「瑠香ちゃん、瑠香ちゃん。ごめんなさいなのですぅ。悪いぬいぐるみがいっぱいオイタをしちゃって、怖い思いをさせちゃったのですぅ……」
愛らしいぬいぐるみが、しょんぼりと頭を垂れる。その後、ぱたぱたと腕を慌しく動かして言葉を続ける。
「でも、でも、いい子も沢山いるのですよぉ。だから、怖がらないで……。お友達でいてください……」
瑠香はぬいぐるみと木葉の顔を高速で見比べる。木葉の笑顔を見て、破顔する。
「うん! これからもよろしくね!」
うれしそうに、ぬいぐるみを抱き寄せた。
バナナオレを持った黒夜が、瑠香に歩み寄った。
「あいつらは悪いヤツの手下だったんだ。だが、もう大丈夫。ウチらが全部やっつけた──だから怖い思いしなくていい」
しゃがんで視線を合わせ、バナナオレを手渡す。
「もう何にも怖くねーから、な?」
「……うん!」
泣き腫らした顔で、それでも力強く、瑠香は頷く。嬉しそうに、ぬいぐるみとバナナオレを抱えた。