●救助、掃討
麻生 遊夜(
ja1838)が、突入時に発したのは、
「待たせたな、助けに来たぜぃ!」
体育館に居た人達が、待ち侘びていた言葉。
まずは後方右側出入口の確保に当たる。
「何で体育館が水族館に?」
雪室 チルル(
ja0220)が、漂う海月と飛び交う鮪を見て首を傾げた。
「良くわかんないけどやっつけてやる!」
チルルが大剣で海月を一掃する。水晶のように透明な刃と、半透明な海月が混ざり合う。
遊夜の両手に、拳銃が現れる。速射性に特化した、青色の双銃。
「ハハッ、固まってるなら好都合だぜ」
近接型拳銃術、ガンカタ。流れるような動作で触手を躱し、海月の銃撃を叩き込む。漂う海月が、それを逃れ得る訳がなかった。
新井司(
ja6034)は体育館に入って直ぐに、鮪の位置を把握する。
──数が多いわね。手折るべき相手も護るべきヒトも。
次いで、後方右出入り口から最も遠い体育館前方左に視線を遣り、駆ける。
白色の革鞭を振るう。衝撃が、空間を伝い、敵に届く。
その力は合切を焼く焔のように、熱く。水中の生き物を模したサーバントは、焔を恐れ逃げるように弾き飛ばされる。
「護って、倒す」
シンプルに行きましょう。凛と、言葉を紡いだ。
半透明の青色が、ゆらゆらと浪風 悠人(
ja3452)の周りに漂う。光纏して直ぐ阻霊符を発動させた。
ゆらゆら漂う海月。周りには誰も居ない。それを確認して、悠人は攻撃に移る。
無数の彗星が、海月を引き裂いた。
「きゃあ!」
悲鳴に振り返る。一人の少女が、二匹の海月に挟まれていた。
──守るんだ、奪う者達から。
海月が少女に触れる前に、昇り龍が描かれた布槍が一瞬で、二匹の海月を引き裂いた。
「もう、大丈夫」
少女に微笑みかけ、幾らか安心した表情を確認する。他の避難者も居る、現時点での安全地帯まで引率し、敵の殲滅に戻る。
翡翠 龍斗(
ja7594)は後方左側で向かった。避難者を纏め、落ち着かせ、怪我人の治療をする。小さなアウルの光が、少女の腕に。
「完全とはいかないが、これで多少はマシなはずだ」
「あ、有難う、御座います」
比較的被害が少なく、全員友好関係を築いているからか。天魔に怯えてはいても、パニックには陥ってなかった。次の治療に移ろうとした時に、視界の隅に此方へ飛来する鮪型サーバントが入った。
「天魔、治療の邪魔をするな」
二対の青色の銃口を向ける。弾丸を喰らった鮪は高速で逃げ出した。
「ぬぬっ、なんてことだよっ……季節はずれのくらげさんとか、このひょっとこ仮面がばーんばーん★ミだよっ!(°3°)」
ひょっとこの仮面を被った新崎 ふゆみ(
ja8965)が、頼もしい宣言をした。
「うわぁ、いっぱいいるねぇ」
肌以外を黒で統一した来崎 麻夜(
jb0905)が、大量の海月を見て、感嘆の声を上げる。
次いで上がるのは、殲滅を宣言する声。
「さぁ、皆串刺しだぁ!」
鋭利な羽が、敵を串刺しにするべく蠢く。次いで、黒い骨組みだけの翼を顕現させ、ふゆみを抱える。
「二階にお届けするね」
「お世話になりますなんだよっ☆(≧∇≦)」
ふゆみが選んだ場所は、体育館二階通路。
「セーギのミカタ、ひょっとこ仮面におまかせあれっ☆ミ」
スナイパーライフルを握りながら、敵の分布状況を把握する。他の撃退士から遠い、一般人に近い鮪に狙いを定める。
「そーれ、ばーんばーん☆ミ」
弾丸が鮪を撃ち抜く。ひょっとこ仮面は、一般人に近づく敵を見逃さない。
ふゆみを運び終わった後、麻世は周辺の海月を一掃した。
「皆纏めてさようなら、だよ」
「ん、数が多い…厄介」
黒地に赤く「深夜会」と書かれた特攻服を羽織った、ヒビキ・ユーヤ(
jb9420)がこくりと頷く。そして、即座に攻撃に移る。
幻想的な翼が顕現する。宙返りの後に急降下。鮪に足がめり込む。
「さぁ、遊ぼう?」
軽やかな笑い声が漏れる。口端が上がる。鮪は彼女から目を離さず、反撃に移る。先程まで標的としていた者など、見向きもせず。
「さぁ、こっち、こっち、だよ?」
海月と鮪に、鈍色に輝く硬貨を当てながら、幻想的な翼で宙を舞う。鮪は攻撃を喰らい、回避し、時にヒビキを狙いながら、一般人から遠退いていく。
海月が漂い、時折鮪が襲っていた後方右側の出入り口には十分なスペースが空いた。
「確保完了だ、こっちに逃げて来い!」
遊夜が、避難者に向けてそう宣言する。
「後方右側の出入り口に向かうわ。身体を低く伏せながら、落ち着いてゆっくり。敵は出来るだけ私達が惹きつけるから、安心して」
司は、はっきりとした口調で、周辺の一般人に告げた。皆、特に問題なく進み出した。
……否。少しだけ。一人、怪我で足元が覚束ない人が居た。その人の斜め後ろに居る人物に、顔を寄せて目配せする。
「ちょっと格好良い所見せてあげなさいよ。上手くやれたらキミは英雄よ」
心の中で付け足す。私よりも、余程。
龍斗は生徒達の治療を完了させた後、隊列を組ませ、出入口付近でも走らない、雪崩れ込まないように指示を出す。一人、両脚を噛み付かれた少年が居た為、背負って進む。
周囲に敵が近付いてきているかを確認する。小さく、背中の少年が悲鳴を漏らした。
接近する鮪型サーバント。身を翻す。
凧形の盾が龍斗の手に現れ、鮪がぶつかる音。
「……大丈夫か?」
敵が離れるのを見ながら、声を掛ける。か弱いが肯定の返事を訊いて、安堵に息を吐く。出入口までは、そう遠くない。
チルルと遊夜は、出入口に敵が寄り付かないようその周辺で戦っていた。
「今回はあたいの新しい力を見せるときね! いでよ! あたいの使い魔!」
チルルが気合たっぷりの声で、ケセランを召喚する。
現れたケセランを見て、チルルが発したのは、
「……あれ?なんかこう思ったものと違う?」
気が抜ける感想だった。
「と、とにかく出入口を確保するのよ!」
気を取り直して、指示を出す。ケセランは出入口の近くで、壁代わりに。
チルルが大剣を握り直し、敵を近づかせないよう振るう。それをすり抜けた鮪型サーバントが、避難者へと向かう。
「しまッ、」
チルルの顔が引き攣る。しかし心配は杞憂に終わった。
「残念、そこは俺のテリトリーなのさ」
遊夜がニヤリと笑う。同時に、赤黒い光纏の赤のみが銃口に集まり、弾丸が放たれた。
「俺の目が黒いうちは当てさせてやんねぇぜぃ?」
双銃を握った遊夜が攻撃を続ける。銃口から肩にかけて、赤い光が螺旋状に纏わりつく。黒い弾丸が、鮪と海月を抉る。次いで飛来してくる鮪へ弾丸を叩き込んでいると、先程の鮪が再度迫ってきた。遊夜が其方へ銃口を向けるよりも、ふゆみの弾丸が早かった。
いい腕だ。遊夜は口端を上げる。そして、脇からチルルが飛び掛かる。
「喰らえ!」
大剣が、鮪を両断した。
着々と出入口に向かう二人組が居た。右足に深い傷を負った少女に、無傷の少女が肩を貸して進む。漂いながら二人へ近づく海月を、悠人の布槍が切り裂いた。狙ったように飛来する鮪を、ふゆみの弾丸が穿つ。それでも突進を止めない鮪と二人の少女の間に入り、布槍とアウルの力で庇う。
突進を妨げられた事で動きを止めた鮪を布槍で突く。司が急降下による蹴りを放ち、それを喰らった鮪は司を追いかけて行った。
もう嫌だ、と少女の何方かが声を上げた。悠人は一度拳を握って、二人に言葉を掛ける。
「絶対に助けるから、俺たちを信じて」
弱々しくも頷いたのを見届ける。出入口は近い。
「ばーんばーん☆ミ」と、一般人への脅威を取り払うふゆみ。スコープを覗いていたその時、一匹の鮪が此方へと近づく。
「ひょっとこオーラ!(°3°)」
謎めいたポーズを取り、宙返りからの急降下による蹴りを放つ。鮪は勢い良く床に叩きつけられた後、その勢いをも生かしてふゆみに襲い掛かる。鮪がふゆみに届く前に、夜にかかる虹のような、色鮮やかな七色の炎が鮪と、近くに居てしまった海月を包む。
「しめやかに、爆発四散♪ 」
炸裂する炎。海月は蒸発したように息絶えた。しかし、鮪はまだ生き永らえており、まだ数多く存在する海月が漂いながら接近する。
鈍色に輝く硬貨が舞う。紙同然の海月が切り裂かれる。ヒビキはクスクスと軽やかな笑い声を上げながら戦っている。
「ユーヤの邪魔はさせないわ、させないもの」
ヒビキに突進する鮪に、ふゆみの弾丸と硬貨が、掠る。ヒビキに噛み付く一瞬前、麻夜の攻撃が当たった。
「邪魔だよ、消えちゃえ!」
血が酸化した様な赤黒い拳銃から、憎悪を込めた弾を撃つ。背から溢れたアウルが腕を毒々しく黒に染め、目から光が消えている。
ヒビキが硬貨を放ちながら言う。
「ここは、絶対に、通さないの」
──ユーヤの邪魔はさせない。強く、思う。
一般人に近づこうとする敵を撃つふゆみの弾丸。綺麗な華を生む麻夜の夜の虹。敵を撃墜するヒビキの硬貨。
ヒビキの宣言は、覆る事なく果たされた。
全ての一般人が体育館の外に出た。二階から全体を見ていたふゆみが皆に、嬉しそうに報告する。
「ん、あとは仕上げ、だけ」
こくり、とヒビキが頷いた。ヒビキが鈍色に輝く硬貨を投げた。鮪が躱した結果、近くの海月が引き裂かれた。回避による隙に畳み掛けるよう、チルルが大剣を突き出す。開放されたエネルギーは吹雪のように白く輝き、海月を引き裂き、鮪に重傷を負わせる。氷結晶が、はらりと消えた。
チルルに向かう鮪に、麻夜が反応した。手に作り出した赤黒い拳銃から弾丸が放たれる。鮪は海から釣り上げられたかのように跳ねた。
「さぁ、堕ちよう? ボクより黒く、真っ黒に」
クスクスと、黒い涙を頬に伝わせながら笑った。ヒビキが麻夜に、小さなアウルの光を送り込む。失われた細胞の再生が促進される。
「まだ、遊べる、よね?」
首を傾げて問うヒビキに、麻夜が力強く頷いた。
「ふふ、うふふ…今宵も嫉妬が滾るよー」
禍々しい鎖鞭が振るわれる。鮪とゆらゆらと漂ってきた海月の前にチルルが躍り出る。大剣の一振りは、海月を容易く切り裂く。まるで、チルル以外の世界が氷結したかのようだった。
生き延びた鮪が司に突進する。ひらりと身を翻すと、壁に当たった鮪が一瞬だけ動きを止める。
その一瞬は、撃退士の前では命取りだ。
ヒビキの硬貨、チルルの剣戟を喰らった後。敵の命を、蒼き光が手折る。
「手折る、集灯瞬華……!」
花に似た光が、舞い、散る。
悠人の手には黒い拳銃が握られていた。鮪を狙って、引き金を引く。
遊夜の銃口から肩にかけて、赤い光が螺旋状に纏わりつく。
「ハッ、俺の銃弾から逃げ切れると思うなよ? 」
光の弾丸と黒い光を纏わせた弾丸が、鮪と周辺に居た海月を襲う。鮪は弾丸を避けるように飛び回り、数を減らした海月が、固まって揺らめく。
「そーれ、生命力ちゅーちゅー☆(・3・)ノ」
琥珀色の糸が、海月を一網打尽に絡め取る。そして生命力を回復し、感想を。
「……でもっ、くらげの生命力って、なんか水っぽいカンジ、するよねっ」
誰も同じスキルを行使していないからか、同意も否定も返ってこなかった。するのかもしれない。
龍斗の周りを金色の百の龍が舞う。青い双銃で、残った鮪二匹を襲撃する。迫る鮪を見つめ、悠人は後ろに跳ぶ。奪う者達を倒す為に。光の弾丸が再度鮪の身を削った。そして遊夜が引き金を引き、黒い弾丸が放たれた。
「さようならだ、良い夢を」
何とか攻撃から逃れた最後の一匹が龍斗に飛んでいき、左肩に噛み付く。 拳全体と手首をブロウクンナックルが包み込み、
「悪夢は去れ」
敵を、握り潰した。
●アフターケア
サーバントを掃討した後、撃退士達は怪我人の処置に当たった。
悠人が救急箱を持って、怪我人を診ていく。そう酷い状態の人は居ないようだ。チルルが避難者に渡しておいた救急箱が活躍していたらしい。それでも出血が目立つ人に、アウルの光を送る。
遊夜が赤い光を放出して、怪我人の治癒を促す。
「お疲れさんだ、もうちょい我慢してくれよ」
麻夜とヒビキは遊夜に甘えながら、救急箱で適確に処置する。
救急箱での怪我人の手当てを手伝っていた司の視界に、一人の少年が入る。怪我は擦り傷程度だが、かなり疲れているようだ。あの状況とこの暑さを思えば無理もない。其方へ歩み寄る。
「よく頑張ったわね」
トマトジュースのプレゼント。
余裕が大分戻ってきた生徒は、段々とその疑問が大きくなる。
あのひょっとこ女はなんだろう。
「ふっ…セーギのミカタは、正体を明かさず去っていくのだっ|彡サッ」
謎は謎のままで。……撃退士である事は判明しているが。
「腕によりをかけてやんぜ、何が良いかね?」
褒美に好物を作ってやろう──そう思いながら、麻夜とヒビキに尋ねる。
「わぁい♪ カレーだぁ!」
「帰ろう、早く、早く」
麻夜とヒビキが「おとーさん」に跳び付く。幸せな、家族三人。
八人の撃退士の奮闘の結果、四十六人は無事に救出され、サーバントは全て掃討された。
真夏日の迷惑な悪夢は、これで終わり。