●茶会の始まる少し前
「こんにちは。本日はよろしくお願い致しますね」
特別ゲストである藤宮戒(jz0048)に声をかけてきたのは、桜宮 有栖(
ja4490)だ。シックな紫色の着物を装った彼女ははんなりと口の端を上げて挨拶をし、藤宮が茶会に参加することになった経緯を尋ねた。
「あら、では副部長さんたってのお願いで……?」
「ええ。突然助けてくれ!と迫られたときは、一体何事かと思いましたが…」
藤宮の話を聞いた桜宮は、以前に校門前でチラシ配りをしていた部長、副部長の姿を思い出し――、
「んー……」
何か思うところでもあるのか、くす、と意味ありげな笑みを覗かせたが、それ以上の言及はしなかった。
「部長さんは真面目ですけれど少々肩に力が入りすぎているように思いますので、肩の力を抜いて優しい気持ちで、ね」
藤宮が桜宮と話している間、グラン(
ja1111)は俳句・川柳愛好部の部長であり今回の茶会の主催である二宮に、アドバイスを行っていた。人も集まり気合い十分、しかし少々緊張していた二宮にとって、グランの声かけは効果があったようだ。強張っていた肩から力が抜けた。
「ふむ…そうだな。少々力が入りすぎていたようだ。参加者に指摘されてしまうとは私もまだまだ甘いな…。ありがとう、礼を言うぞ」
「いえ、どういたしまして」
柔らかな物腰で、グランが一礼する。その辺の男がしたら気障なだけになりそうな挙措だったが、グランは見事に様になっていた。
「ようイケメン!」
グランと二宮がそんな遣り取りをしていると、和服に黒縁の伊達眼鏡、という装いの梅ヶ枝 寿(
ja2303)が、片手を挙げてやって来た。イケメン、という単語は友人である藤宮を指したものらしい。藤宮も片手を挙げ、梅ヶ枝を迎えた。
「イケメンは貴方の方ですよ、ことぶ子さん。お着物よくお似合いですよ」
「さんきゅーさんきゅー。しかしイケメンと言いつつ、呼び名はことぶ子のままなのね…」
梅ヶ枝は、知り合った時の経緯から藤宮には『ことぶ子さん』と呼ばれている。そんな遣り取りを見た二宮が、二人のもとへ歩み寄った。
「何だ、君達は知り合いか」
「そーなんスよ。でもそんなことより部長サン、こいつを『俳句王子』としてプロデュースしてみるってのはどーよ? イイ線いくんじゃねーかと思うんだけど」
藤宮の肩を叩く梅ヶ枝に向けて、二宮は渋い顔で頭を振ってみせた。
「残念だが…彼には全く俳句や川柳の才能がない。これを見ろ」
二宮から渡された、今日藤宮が詠むことになっている短冊の句を目にして、梅ヶ枝は一瞬固まった。
「…あー……気持ちは…まー…伝わる…的な…斬新な…あ、そろそろ始まっちゃう☆」
思いっきり誤魔化して、梅ヶ枝は藤宮から視線を逸らした。口笛なんかも吹いていたかも知れない。
●自己紹介
「本日は我が俳句・川柳愛好部の茶会にお集まりいただき、まことにありがとうございました。まずは挨拶をお願い致します。一句考えてきてくださった方は挨拶と一緒に詠んでいただいても構いませんし、思い付いたときに詠みたい、という方には短冊と筆ペンをお貸ししますので、その場で詠んでいただく形でOKです。それでは、鐘田さんからお願いします」
愛好部の副部長、田村が司会を務め、茶会が始まった。
「高等部3年の、鐘田将太郎(
ja0114)だ。俳句や川柳に馴染みないうえ、初挑戦なんだけど…実は、句をふたつ作ってきた。まずは一句」
『性別と 年関係ない 超氷河期(字余り)』
「意味はだなぁ…撃退士にとって深刻な問題だ。依頼の数に対して、請け負いたいって奴が多すぎるんだよ。泡食って必死に就活してる大学生と同じなんだよ、俺ら。わかるよなぁ? こんなんでも一晩寝ないで考えたんだからな!」
鐘田が涙目で訴える。うんうん、と周囲の面々が頷いた。二宮も大きく頷き、
「なるほど、切実な問題を訴えたわけだな…。もう一句は?」
促された鐘田が、もう一句続けた。
『春くれど 独り身男は まだ冬だ』
彼女イナイ歴18年の心情を詠んだものらしい。独り身の鐘田は『イケメンゲスト』として参加している藤宮に恋人がいるのかどうかが気になるらしく、隣に座る藤宮を肘で突付きながら話を振った。
「藤宮はイケメンだから相当モテるんだよなぁ? そのあたりはどーよ?」
「俺ですか? 残念ながら、恋人と呼べるような存在はいません。鐘田さんと同じ独り身ですよ」
藤宮が苦笑しながら肩を竦めたところで、次の参加者の自己紹介が始まった。
「大学部1年、グランと申します。宜しくお見知りおきください」
優雅な仕種で頭を下げるグランの服装は、鍛えた胸元がちらりと見える粋な着流しだ。白皙の美貌が微笑むと、二宮は思わず頬を赤らめた。
「び…美形というのはそれだけで絵になるものだな…一句詠みたくなったぞ…。いや、私の句よりグラン、君は何か詠むかね?」
二宮が仕向けると、グランは居住まいを正して自身の作ってきた句を朗々と詠み上げた。
『梅の香に 誘われ出る みどりかな』
「春の日に咲いた梅の花の香りに誘われて、鶯がやってきましたよ、という情景を詠んだ句です」
グランの解説に、二宮はふむ、と首を傾げ、
「みどりという言葉には、他にも意味を持たせられそうだな…」
何やらあれこれと思案を始めたものの、時間がなくなる、と田村に促されて渋々考えるのを諦めた。
「高等部2年の、鳳 優希(
ja3762)ですー。えとですね、希も一句考えてきたのですよぅ」
次の自己紹介は、水蓮の柄が美しい蒼い留め袖を纏った鳳だ。まだ若いが既婚者であることから、振り袖ではなく留め袖を着てきた、ということらしい。そんな彼女の一句は、
『愛しき子 桜色した 頬染めり』
「結婚した希にも、いつか大事な赤ちゃんが産まれてくるのかな? こんな春の麗らかな日に、頬を桜色に染めて産まれて来たとしたら、きっとその子は愛しい子に他ならないだろうな……と、そんな気持ちを込めて詠んでみたのですよー」
にこにこと笑う鳳の一句に、二宮はいたく感動した、という表情で彼女を見た。
「君の表情にも、声色にも、いずれ産まれてくるであろう我が子への愛おしさが滲み出ているな…。良い句だ。さて、次は?」
「大学部1年、絵菜・アッシュ(
ja5503)です。本日は宜しくお願い致します」
自身のことを『オレ』と呼び、普段は男のような言葉遣いをしている絵菜だったが、今日は着ている振り袖に合わせたか、丁寧な挨拶を口にした。髪もストレートにし、『和服の似合う楚々としたお嬢さん』といった風情である。着物を着るのが初めてなせいもあってか、初々しさが際立っていた。
「絵菜か、綺麗な色の髪をしているな。私の好きな、雪のような色だ。さて、君も一句詠んでくれるのかね?」
二宮の問いに応じ、絵菜は自作の一句を詠み上げた。
『いかがせむ うきよのはなの ちりぬるを』
「なんか自分が考えたのを詠むのって恥ずかしいな…」
この世の花がいずれ散ってしまうのは仕方のないこと。人が死んでしまうのもまた、どうしようもない事だという無情さを詠んだ句――恥ずかしがりながらも解説を終えた絵菜を見遣り、二宮はしんみりと腕を組んだ。
「そうだな…我々は、撃退士だ。こうやって一句詠んでいる間にも、何処かで誰かが天魔に襲われ、命を落としているやも知れぬ…。一人でも多く、そういう命を救いたいものだな…」
絵菜の次は、桂木 潮(
ja0488)が自己紹介を行った。桂木は、スタンドカラーのシャツに着物と袴という書生スタイルだ。普段から和装を身に着けているということもあり、落ち着いた雰囲気でとてもよく似合っている。
「初等部3年の、桂木 潮です。短歌とか俳句って、短いセンテンスに色々と想いが込められてていいですよねぇ。僕の両親も、付き合い始めの頃からしばらく短歌の交換をし合っていたそうです。ロマンチックですよねぇ……そういうの、憧れませんか?」
桂木の言葉を聞き、二宮は思わず自らの膝を打って彼の方へ身体を向けた。
「わ…解っているではないか、少年! 素晴らしい!!」
更に、入部を希望するという桂木の申し出を受け、二宮は滝のような嬉し涙を流して喜んだ。
「高等部2年の、七種 戒(
ja1267)だ。お、同じ名前なんだな藤宮氏! 皆もよろしゅーなっ!」
水浅葱に流水模様の袷を着た七種が、明るく挨拶をする。続いて、茶室から見える梅の木の姿に一句思い付いたらしく、短冊に筆ペンを走らせてからよく通る声で詠み上げた。
『六花散り 梅の香りに 春を知る』
「んむむ、ちと安直だったか…?」
詠み上げてから首を捻った七種だったが、そのまま解説を続けた。
「季節の移ろいはなんと早いのか、まるで生き急がされているかのようだ。きっと日々の大切さを教えてくれているのだろう…今この時は、もう二度と来ないのだから。…とまあ、そんな意味を込めて詠んでみたわけなんだが…」
二宮は、腕を組んでうむうむと頷いた。
「六花と梅。良い組み合わせだ…。君のセンスはとても私好みだ」
七種の次は梅ヶ枝が自己紹介を行い、自信満々に一句詠み上げた。
『コンビニの おでんが品薄 春が来る』
「ふむ…日常のふとした瞬間に、春がやって来たことを実感する、といった具合か」
その後、桜宮、藤宮と自己紹介を終え、お抹茶を点ててくれるお抹茶愛好部部長が挨拶し、最後に二宮と田村が簡単に名乗って自己紹介は終了となった。
●俳句かるた
自己紹介の後は、七種の提案でお茶を嗜みながらの俳句かるた大会となった。二宮が所持している俳句かるたに今回の参加者の句を混ぜることを提案したのは、桜宮だ。古今東西の名句と並んで自分の句が詠み上げられ、取り札となるという状況は何だか面映ゆい感じだったが、皆楽しそうにかるたに興じている。
「東雲の――」
「ハイッ!」
やる気満々でかるたに臨んでいるのは、鐘田と七種だ。参加するからには勝つぜ!という意気込みが、前のめりな姿勢からも伝わってくる。二人ほどの気合いはないが、梅ヶ枝と鳳もかるたに夢中になっていた。
「ううん…な、なかなか難しいな…」
先程までのしおらしさは何処へやら、いつもと同じ男性口調に戻った絵菜が眉を寄せて呟く。
「アレな、アレのよんだ句な。あー読み間違えたわー」
勢いはいいものの、お手つきの多い梅ヶ枝。
「急いては事をし損じる、と言いますし、取り敢えずは自分の前にあるすぐ取れそうな札だけ覚えておくようにする、というのも手ですよ」
なかなか札の取れない二人には、グランが穏やかに助言する。絵菜はなるほどなーと納得し、
「そうか…グラン君は頭がいいな!」
再び札に向き直った。
「あー、足痺れた…崩していい?」
鐘田の問いかけに、二宮が笑いながら頷いた。
「構わんぞ。楽な姿勢で楽しんでくれ」
ずっと正座だったためか、足に痺れの来ている者が多いようだ。
「ぐわっ、これは痺れたのです…む、無念」
言葉と同時に、ばたりと倒れる鳳。自分もそうなってはたまらないと鐘田は胡座になったが、勝負に集中しているためか他に足を崩す人間はいなかった。
「ふ、悪く思うな…勝負の世界はシビアなんだぜ!」
負けず嫌いな性分ゆえか、勝つためには何でもする――七種の攻撃が、梅ヶ枝の痺れた足の裏にヒットした瞬間。梅ヶ枝は、声にならない叫びを上げて畳の上に倒れ伏した。
「あらあら……」
それを見ていた桜宮は、着物の袖で口許を隠すという優雅な所作で笑いつつ――七種の足の裏を、『つんつん』と突付いておいたした。
「…………っっっ!!」
梅ヶ枝と同様に崩れ落ちる七種。
「ん? どうかなさいました……?」
自分の仕業であるとは微塵も感じさせずに、くすくすと笑う桜宮。えげつない攻防が繰り広げられる様を目の当たりにしてしまった鐘田は、
(…俺、我慢しないで足崩して良かった…)
そんな風に思ったそうな。
「ん……一句浮かびました」
そんな、楽しそうな(?)先輩達の様子を見ていた桂木が、呟いて短冊に筆ペンを走らせる。
『笑い声 集めて疾(はし)れ 春一番』
桂木の一句を聞いて、二宮は札を読む手を止め、笑みを深めた。
「皆の仲睦まじい様子が、よく表れている句だな。最後の『春一番』が爽やかだ」
二宮の誉め言葉に、桂木は含羞みながら微笑んだ。
「ありがとうございます。色々本も読んだつもりですけど……いざかるたに参加してみると、まだ結構知らない句がありますねぇ。もっともっといろんな人の詠んだ句を知りたいです。
…あ、部長さん、読み手交代しますよ。取る方にも回ってみませんか?」
桂木の申し出を受けた二宮が読み手を交替して、かるたが再開された。
●お汁粉
「うん、お茶だけでは苦かったので、甘いお汁粉も持ち込んでみたのです。如何ですか?」
抹茶が苦手な者のために鳳がお汁粉を用意していたので、かるたの後はそれで一服することになった。抹茶の苦さに辟易していた七種(慌ててお茶菓子を頬張り喉に詰まらせる→お抹茶で流し込む→苦さに再びお茶菓子を頬張る、という抹茶スパイラルに陥っていた)は、鳳のお汁粉で一息吐いた。
「ありがとな希…いや、今日はたまたま喉の調子がだな云々」
抹茶は苦くて飲めない、という事実は認めたくないらしい。
「あ。藤宮さんもどうぞなのですよー」
鳳の申し出に、藤宮は笑顔でお汁粉を受け取った。それから不意に顔を上げ、
「…そういえば。桜宮さんは、まだ一句詠まれていませんね?」
ここで、桜宮の一句が披露されることとなった。
「私は川柳を詠ませて頂きました」
『立ち止まり ふと横見れば 馴染み顔』
「ふと、立ち止まってみた時に自分の側には誰がいるのか。……そんなことを、考えてみての一句です」
桜宮は、副部長を一瞥してくす、と小さく笑んだ。隣に立っている大切な相手――傍にいることが、空気のように自然な存在。それがどれだけ尊く得難いものであるか、どうか忘れないで――。
桜宮は、多くを語らない。その目に淡く揺れ動く憧憬の色に気付いた者は誰もいなかったが、それでも、二宮と田村には何となく伝わったようだ。互いに目線を交わし合うと、照れくさそうに笑う。
「…少々気恥ずかしい気もするが。隣にいてくれる存在というのは、ありがたいものだな」
「…………」
桜宮は己の孤独をひた隠しにしたまま、眼差しで二宮の言を肯定した。
「では、締めの一句を藤宮さんにお願いしましょうか?」
場の雰囲気を変えるように、桜宮が言う。藤宮は短冊と筆ペンを借り、その場で一句詠んだ。
『お汁粉の 小豆が甘い 美味しいな』
相変わらずセンスの欠片もない藤宮の川柳に、皆で腹を抱えて笑う。茶室から見える梅の木が、春風に煽られて白い花弁を散らした。