●本戦開始20分前
気持ちよく晴れ渡った青空の下、2月の冷たい空気をものともしない薄着で立ち回る、撃退士の面々。イチゴ争奪アスレチック大会の参加者である彼らは、本戦開始に備えて各々準備運動などを入念に行っていた。
そんな猛者達の中の一人、優勝候補その2こと千堂仁左衛門も、卑怯戦法に使う道具の手入れに余念がなかった。
「あっ…!!」
そんな千堂に、突如禍が降りかかった。どん、と衝撃、左肩には冷たい感触。見れば、Tシャツはぐっしょりと濡れている。千堂が苛立ちながら振り返った瞬間、…彼の顔面はだらしなくやに下がった。
「ご、ごめんなさい、あたしの不注意で…! あの、着替えを用意させて下さい! 男友達と一緒に参加してるので、借りてきますから――!」
禍の根源、もとい千堂にわざとぶつかった藍 星露(
ja5127)は、有無を言わさず言い置いて一旦その場を離れた。用意しておいた衣服を手に再び千堂の元へ戻ると、ありあまるおっぱいの間に挟み込むように、強引に千堂の腕を抱き寄せる。
「更衣室で着替えましょう!」
会場内には、汚れた衣服を着替えるための簡易更衣室が設けられている。腕が極楽状態の千堂は、藍に引っ張られるままふらふらと更衣室まで歩いていった。その間、気持ち悪い猫なで声で「いやぁ〜悪いねぇ〜」などとぶつぶつ言っていたのが鳥肌ものだ。
藍は千堂を更衣室に連れ込むことに成功すると、作戦の仕上げに取りかかった。千堂に着替えを渡した後、「あたしも濡れちゃったし、着替えないと…」とか言いつつ、自らもシャツを脱ぎ捨てようとする。そう――これは、藍の考案したお色気作戦なのだ。女性に飢えていると覚しき千堂を色仕掛けで足止めし、優勝争いから脱落させる。作戦は見事に当たり、千堂は藍に背中を向けつつも、横目でちらちらと藍の着替えを窺っていた。
「あの…すみません、ブラのホックが留められなくて。代わりに留めてもらえませんか…?」
艶めかしい吐息混じりの懇願を、藍が口にした刹那。
男やもめ千堂は、とうとう我を忘れた。
「お〜っぱいちゅわぁぁ〜〜ん!!」
どこぞの怪盗よろしく空中に跳び上がってズボンを脱ぎ捨てると、パンツ一丁の姿で藍の頭上から襲いかかる。しまった、演技過剰にしすぎたかしら――などと冷静に考えつつ、藍は危難を避けるべく魔法の言葉を吐いた。
「ああっ!? もうスタート時間過ぎてるっっ!!?」
千堂は急いでスタート地点に戻ったが、既に他の参加者達の姿はなかった。
●本戦開始、落とし穴エリア
時は少し遡り、本戦開始直後。
「あ!空飛ぶイチゴと1upキノコや!」
銀 彪伍(
ja0238)が叫びながらイチゴと色塗り椎茸をばらまいた途端、参加者の半分が一斉にそちらに目を向けた。イチゴ好きを釣るための銀の作戦は既に使い古されている手らしく、残りの参加者には残念ながら効かなかったが、半分だけでも釣れたのは僥倖というものだ。
「何ッ…!? イチゴはどこだ!?」
…しかし、今回の依頼主である宇佐美明吉(jz0014)まで釣れてしまったのは、予想通りとはいえ何だかちょっと脱力である。
「落ち着いてください宇佐美様!ゴールでイチゴが待っているのでしょう!?」
「ほらほら、くおんが欲しいんでしょ。私が取れたらあーんしてあげるから集中集中♪」
そんな宇佐美を去なしたのは、シャティアラ・ヴォランドリィ(
ja3594)と鈴原 水香(
ja4694)だ。ナイスフォロー、グッジョブ!とばかりに銀がサムズアップ。我に返った宇佐美をサポートしながら、依頼請負人の面々は走る。撃退士達は、あっという間に落とし穴エリアに辿り着いた。
「はいよーーーっっ!!」
ライバル達が落とし穴に落ちたり落ちそうになったり右往左往しているところを、かけ声と共に軽快に進んでいくのは池田 弘子(
ja0295)だ。長い棒を持ち込み、落とし穴満載の地面を高飛びでクリアしていく。その軽やかな姿は、さながらムササビのようだ。
「イケダねーさんカッコイーー!!」
そんな池田の勇姿を後方から見守りながら、慎重に歩を進めるのは神宮陽人(
ja0157)。誰かが落ちた穴は避けて通れる――急がば回れの精神を元に、落とし穴エリアを易々と抜けてゆく。池田と神宮以外のメンバーも、次々とクリア。この時点で、依頼請負メンバーに脱落者は一人もいなかった。
●壁エリア
壁エリアでは、優勝候補その1こと黒岩剛造が黒光りする半裸体で、壁の天辺に指をかけるため今まさに跳び上がろうとしてしているところだった。
「ハァイマッチョメェン! ウチも一緒に連れてったってェ♪」
そこに現れたのは銀だ。黒岩の背中にぴったりとくっつきつつ、持参したロープ付きフックを黒岩のベルトに引っかける。黒岩が壁を登ったら、そのロープを伝って自分も壁を登ろうという心算だった。
…の、だが。
「ナッ…何ダオ前!? 俺カラ離レロ!!」
何故片言喋り、と突っ込む暇もないまま、黒岩が大仰に取り乱す。
(…何やこの慌てよう…ごっつい怪しいわ…)
相手の穏やかではない態度に何やらティンときた銀は、益々その背に寄り添いくねっと科を作った。
「イ・ヤ★ 隆々と盛り上がった男らしい筋肉、フェロモンむんむんな割れ顎、締まりきった可憐なおしり…。あぁン、す・て・き…★」
臭い演技と共に、黒岩の尻をつるっと一撫で。すると銀の予想通り、黒岩は全身に鳥肌を立てて飛び上がった。
「×××!! ★△◎■×!! ヤメッ…ヤメロォォ!! 俺ハノーマルダ!!! 俺ハソッチジャネエェェェ!!!」
黒岩が、銀から離れようともの凄い勢いで壁をよじ登る。先ほど黒岩に引っかけたロープを使い、銀もその後に続いた。作戦大成功。しかし、二十歳超えの長身男性を吊り下げてなお壁を登れる黒岩の筋力は、賞賛に値する凄まじさである。火事場の馬鹿力――過去、余程凄惨な経験をしているのだろう。可哀想に。
だが、銀は容赦なかった。
黒岩に付けていたロープを壁の中央付近に1本だけ垂れているロープに密かに結び付けた後、距離を詰めて相手の退路をじりじりと断つ。
(アアッ…コ、コノママジャ俺ノ貞操ガ…!! 南無三!!)
騙されたまま退路を断たれた黒岩は、とうとう自ら沼へと身を投げた。透明な涙が一滴頬を伝い、空中に散った。
「ハーイご苦労さーん。後はワテらに任せてお休みしててなー!」
銀が黒岩対策をしている間、隣では司 華螢(
ja4368)が他参加者の妨害行為に励んでいた。壁の上に立ち、持参の小麦粉爆弾を構える。
「地道に妨害、れっつごー」
壁登り中のライバルに投擲、相手は粉塗れ。間髪入れずに爆竹を投下。咳き込んだり、爆竹に泡を食った拍子に手が滑り、ライバル達は落下。粉に混ぜられた唐辛子成分で、ついでに涙目だ。小麦粉爆弾を避けた相手には、威力を最小限にまで落とした魔法攻撃で威嚇する。見た目は地味だが、なかなかどうして有効なようだ。
「正々堂々、手段を選ばず勝負を勝ち取れ?」
卑怯な攻撃を繰り出しつつ、疑問系で小首を傾げる司。どうやら、こんな感じでいいのかな?と思っているようだが、その問いに答える人間はいなかった。
「こんな所で散っちゃうなんて…不憫ねぇ。骨は拾わないけど、代わりにゴールを目指させて貰うけどっ」
先に壁を登ったシャティアラに引き上げられながら、鈴原が呟く。鈴原の次は池田、氷月 はくあ(
ja0811)と続く。仲間への妨害を司が阻止し、シャティアラが手を貸して迅速に壁を登る――見事な連携プレイである。
遅れてやってきた神宮は、壁に取り付こうとしている宇佐美に声をかけた。
「明吉くん、ここは、僕を踏み台に…僕が馬跳びの土台になるっていうのはどうかな?」
「…なるほど、解った。俺が先に登ったら、手を貸そう」
「痛くしないでねっ!」
神宮の提案に即座に乗った宇佐美は神宮の背に足をかけ、無事壁の上まで登り切った。今度は神宮が壁を登る番だ。用意周到な神宮は、自作のフックワイヤーを壁に引っかけて登り出したが――途中、手が汗で滑ってしまった。
(うっわ〜僕ってば大ピンチっ…!!)
だが。そんな神宮の手を、宇佐美が腕を伸ばしてはっしと掴む。二人の視線が交錯し――彼らは思わず叫んでいた。
「ふぁいお〜〜っ!!」
「じゅっぱぁぁ〜〜つっ!!」
何故そんなことを口走ってしまったのかは、彼らにも解らない。だが、彼らは問われればこう答えるだろう――「何か、凄く力が出そうな気がしたから」。
●ローラー沼
ローラー沼の前で、池田は立ち止まった。棒高跳び戦法は、ここでは使えない。他の参加者同様、地道にローラーの上を渡ってゆかねばならないのだ。これまで共に苦難を乗り越えてきた相棒を捨て、某人型ロボットに搭乗する主人公のように高らかに宣言する。
「イケダ、行っきま〜す!!」
助走を付け、大きく跳躍。足場のローラーはぐるんと回転し――池田は見事なフォームで泥の沼に落下した。
「あ〜〜っっ!! くやしーーー!!」
沼から上がった池田は、ギャラリーを盛り上げるに相応しい汚れっぷりだ。その見事なまでの泥まみれ姿に、既に失格となった参加者達の間から歓声が上がる。
「ねェちゃん、思いきり良かったぞォ!」
「その姿はお前の勲章だぜ!」
「ホント!? ありがとう!」
池田は、元々非常にサービス精神旺盛な性格をしている。泥だらけの格好で請われるままにポーズを取り、携帯電話での写真撮影に応じた。
司と鈴原、氷月は、ローラー沼でもライバルの妨害に専念した。依頼主である宇佐美を優勝させるため、依頼請け負いメンバーは皆、敢えて地味な役回りに徹しているのだ。宇佐美が聞いたら、男泣きに噎びそうである。
「はいは〜い! こっちにご注目♪」
鈴原は、優勝候補その3こと風花爽を視界に入れないようにしつつそちらの方向へ適当に矢を放ち、バランスを崩して相手が沼に落ちるのを狙っていた。氷月も、ローラー沼を渡っていくライバル達の足許へ、威力を落とした射撃を行い沼へ落とそうと試みていた。どこからどう見ても卑怯極まりない感じだが、彼女達も似たような妨害行為に遭ってきたのでお互い様というものだ。
「ふふり、着地に合わせれば、威力を落としてもバランスくらいは崩せるのですよー」
得意げに笑う氷月の横では、風花のファンの気を引くため、司が風花ブロマイドをばらまいていた。
「普通のブロマイドは、きっと皆さん既にお持ちだと思うのだけれど…半裸のものは持っていないわよね?」
無表情でブロマイドを撒く司は、風花がどんなに美しくても心を動かされることがない。何故なら彼女は百合属性――というわけではなく、恋愛をする気持ちがよく解らないのだ。まるで、思春期を経験してなどいないかのように。そんな彼女とは対照的に彼のファンであるライバル女子達はブロマイドを奪い合い、結果風花は鈴原の攻撃に足許を掬われ沼に落下。風花が落ちれば、ファン達も自ら沼に飛び込んでいった。
「はーい、ようこそ天国へ♪」
風花とそのファンが散っていき、後に残った男性参加者を胸に抱き込んだ鈴原が、豊かなおっぱいにこれでもかと相手の顔を押し付けながら屈託なく笑う。セクハラならぬ逆セクハラ…にもならない行為だ。何故って相手が喜んでいるので。普通の女性ならば恐らく絶対にやりたくない感じのおっぱい行為だが、鈴原は一向に嫌がる素振りを見せない。男は、鈴原のおっぱいに無我夢中だ。その間にも、レースは進む。おっぱいに魅せられた男は、至福の時を味わいながら敗れ去っていった。おっぱい、最強。
●足場のある池
シャティアラ、氷月、神宮、宇佐美の四人は、最後の難関である池の手前までやって来ていた。有力なライバルはほぼ壊滅、楽勝かと思われていたが――現場に着いてみると、既に先行している参加者が一人、小さな足場から足場へジャンプで渡っている場面に出くわした。
「このままではいけませんわね…」
相手は大分岸に近付いている。このままでは、先に優勝されてしまうかも知れない。シャティアラは眉間に皺を寄せて呟くと、小柄な氷月を見下ろした。
「…失礼!」
言葉と同時に氷月の両手を握り、ぐるんぐるんと大回転。フルスイング!!
「ぁぇ? …わわ、わーっ…!」
シャティアラが手を離すと、凄まじい遠心力の働きで氷月は一直線に岸の方向へと飛んでいった。その様は、正しく人間大砲と呼ぶべき大迫力であった。
「さあ、宇佐美様も!!」
シャティアラが手を差し出す。宇佐美は覚悟を決め、その手を取った。
「…了解だ。俺は氷月にくらべたら重いだろうが……宜しく頼む…!」
氷月と同じく、回転する宇佐美。長い前髪が、びゅんびゅんと風に靡く。そのまま投擲!! しかし微妙に目測を誤った宇佐美の身体は、丁度岸に着いたライバルの方へ――
「う…うわああっ!?」
男性撃退士が振り返れば、目の前にはかっ飛んでくる人間(宇佐美)の姿。ライバルと宇佐美は……お星様になった。
「ああっ!! ごめんなさいごめんなさい宇佐美様――!!」
その後、向こう岸に着いたシャティアラは、突然ぶん投げる形になってしまった氷月にもひたすら謝罪したそうな。
●優勝目前、オヤジクイズ
「あ、走らないとだっ…!」
池を抜けた氷月、シャティアラ、神宮の三人は、オヤジを目指してひた走った。ほどなくして見えてきた開店中の八百屋の前には、紫煙を燻らせながらオヤジが腕組みをして立っていた。
「…今年はまた、若いのが来たな。早速だが、クイズの答えを聞かせてもらおうか」
三人同時の到着となったが、協議の結果、代表して神宮がクイズに回答することになった。新聞部部員である神宮の、オヤジに関する情報を聞き込みした成果が、今、試される――!
「ネタはあがってんだ、僕がそのふざけた幻想をぶち壊す! 答えは…ガチムチマッチョメンのパンツレスリングだっ――!」
沈黙。これがテレビのクイズ番組なら、画面が暗くなってドラムロールが鳴っているところだ。オヤジは、煙草を口から離してふっと煙を吐き――眼光鋭く、神宮を見据えた。
「…正解だ。よく、見抜いたな――」
重々しくオヤジが告げる。つまり、オヤジは実はソッチ系ということが判明してしまった瞬間だった。
そんなオヤジの性癖はさておき、その場にいたシャティアラと氷月は、優勝出来たことを心から喜んだ。
「やった! やりましたよ神宮さん!!」
「これで、宇佐美様にイチゴをお渡しすることが出来ますわね!!」
その場にいた三人と、後から駆け付けた仲間達全員は、手を取り合って万歳三唱。くおんを受け取った宇佐美の手は、感動のあまりぶるぶると震えていた。宇佐美が一粒食べた後は、皆で分け合って勝利の味を噛み締めることとなった。