●校舎裏
「この手紙を取り返しに来た、ってぇわけか」
言う牟田率いるM・B・Sは、自嘲じみた笑いを浮かべた。
「所詮、お前達みたいな奴には、俺達の気持ちはわかんねえよ。モテたい、何て思ったことないだろ?」
その言葉を聞き、アーレイ・バーグ(
ja0276)は複雑な表情を浮かべる。
「もてたい……ですか。あなたがたはその先のことを考えていますか?私には恋人がいますが……末期がんで入院しています。もう手の施しようはなく持って1・2年、早ければ数ヶ月の命です」
淡々と、アーレイは事実を告げる。
「恋人の義務として勿論看取りますが……あなたたちはそういうことを考えたことがありますか?恋人が出来てハッピーエンドはお話の中だけです。実際には結婚したり子育てしたり最後には死別します」
アーレイは同情して欲しくてそれを語ったわけではないが、牟田達は揃ってやりきれない表情を浮かべた。基本的に、根は善人なのである。
独白のように語っていたアーレイは、彼らへと視線を向ける。
「そもそも【恋人が欲しい】という発言がおかしいということに気付いていますか?それは恋人がいるというステータスを欲しがっている人間のいうことです」
その言葉に、牟田はぐっと呻いてたじろいだ。図星であったからだ。
そんな彼らに、アーレイはにっこりと笑み、優しい口調で続ける。
「あなたたちにはまだ【好きな人】はいないのでしょう?ならもてなくてもいいんです。本当にこの人が好きだ!って人が現れたときに好きになって貰えるように努力すれば良いと思います。恋する女の子の【好き】を邪魔して良いかどうか……もうわかりますよね?」
「別に俺達は、あの娘の邪魔をしようってわけじゃない」
近藤がそう反論した。
「手紙だって、他人に見せびらかしたり悪用しようなんざ思っちゃいねえ。ただ……」
「小さい、実に小さい…男と言うには肝っ玉も懐も小さいなぁ、貴様」
近藤の言葉を、嘲るような笑みが遮った。
「娘一人の間違いすら許容できんとは…つまらん男よな」
サディスティックな笑みを浮かべ、言葉を連ねるのはフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)。
「ぐはぁっ!」
その言葉に、近藤が、吹き飛んだ。『小さい』……普段はまるで気にしないかのように振舞ってはいるものの、その単語は彼にとって致命的なものであったのだ。
「こ、近藤ー!」
「しっかりしろ、傷は浅いぞ!」
近藤に駆け寄るM・B・S。
「勘違いならとすぐに返せば、潔しと好印象を持たれように…貴様宛で無い恋文を後生大事に抱えて嬉しいのか?ああ、嬉しいからそうしたのだったな。すまんすまん」
そこに容赦なく、フィオナは追撃をかけた。
「っ……!」
事実、嬉しいのである。
ぐうの音も出ぬほどの正論、思わず牟田は呻き、片膝を突く。
「そっちの四人、貴様等も同じことよ。諌めもせず、娘一人に複数で相対するとは何事か。男であるなら恥を知れ」
更に続く口撃に、花山が崩れ落ちた。
「わ……私は、女、だ」
瞬く間に倒された三人に、残る二人、横田と浅田が言い返す。
「それでも、俺達は頑張って生きてるんだよ……!」
「そ、そうだそうだ!」
それは反撃というにはあまりにも儚い。
「はん、笑わせるなよ阿呆共。努力に果てなどあるものか。そもそも……」
フィオナは彼らを無遠慮に眺め回した。具体的には横田の腹回りと、浅田の寂しい頭髪を。
「努力した結果が御覧の有様か」
「ごふっ」
「ぐぁっ」
横田は強烈なボディーブローを受けたが如く身体をくの字に折り曲げ、浅田はきりもみ回転しながら頭から地面に突っ込んだ。
「おいおい、まだ折れてくれるなよ?楽しいのはこれからではないか」
死屍累々たるその有様をフィオナは実に楽しげに見下ろす。
「あ、悪魔か、貴様は!」
近藤が滂沱の涙を流しながら叫んだ。魂の叫びであった。
「その、流石に言い過ぎじゃないかな……」
心なしかしょんぼりとした様子で、七條 奈戸(
ja2919)はフィオナを諌める。
「まあ、正直言うと俺ももてたい、って言うか…うん、気持ちは分かる」
そう呟く奈戸は客観的に見て、どう見ても美青年である。なにやら気の抜けた感じのパンダがプリントされたTシャツは正直かなり残念であったが、その容姿はそれを補って余りあるものがあった。
「俺、今まで女の子に何かした事なんてないのに…するつもりもないのに…」
懐疑的な目を向ける牟田達に、奈戸はぽつりぽつりと話し始めた。
「教職課程取ろうとしただけで変な目で見られたり…高校生とか、興味ないのに…」
その語る様子は単に口先だけではなく、彼が心の底から語っているのだと、牟田達は心で理解した。
「ちょっと勇気だして落し物渡そうとしただけなのに通報されかける、とか、ね…」
はは、と乾いた笑いと共に奈戸はそう言い、その時の事を思い出したのか、両手で顔を覆った。
視界の塞がれた彼の肩に、ぽん、と何か暖かい感触が生まれる。目を開けてみれば、M・B・Sがその表情に優しい笑みを浮かべ、彼を囲んでいた。その笑みは、同情でも、哀れみでもない。深い理解の……友情の、笑みだ。
「皆…!」
ぶわっ、と奈戸の双眸から涙が溢れる。
「泣くんじゃねえ。わかるぜ、その気持ち…」
牟田はどこまでも優しい声で、そう言った。
「お前も今日から、M・B・S団員だ…!」
何よりも硬い友情が、そこにはあった。
「しかし、お前みたいな奴でもそんな扱い受けることあんだなあ」
「世の中は冷たいからね…最近は特に、挨拶をしただけで変な目で見られたり」
「ああ、あるある」
奈戸達は早速、非モテトークで盛り上がる。
「小学校の傍をうろうろしてるだけで通報されたり」
「あるあ……うん?」
「中学生二年生以上とか、正直ないと思うし…告白されても困るんだよね…」
「ふざけんなモテてんじゃねえか!」
友情は数十秒で崩壊した。
「お友達が欲しいのでしたら…何故…相手の嫌がることをするのですか…?」
ぽつり、と。Lime Sis(
ja0916)はたどたどしい口調で、そう尋ねた。
「ぼやいて…すねて…人に嫌がられることをして…結果が出ないと…嘆いて…解決するのですか…?」
「さっきも近藤が言ったがな……別に俺は嫌がらせしたいわけじゃねえ」
真摯な口調のLimeに、牟田は真正面から応える。
「あの子にとって手紙が大事だ、ってぇのはわかる。けどな、俺にとってだって大事なんだ。あの千春って子はまた書けばいいだけだろうが、俺はそうはいかねえ」
「…それでも……相手が嫌がっているのは確かなはずです…」
Limeは花山へと目を向けた。
「花山さんはほかの人から見ると異性の人ですよね…? 花山さんとのおつきあいはモテる…にはならないのですか…?」
「ば、馬鹿な事を、言うんじゃねえ…!」
Limeの言葉に、花山は何故か狼狽した。
「外見の練磨に限界があるのなら…心の練磨を心がけるしかないのでは…? 素質がなければ…努力以外の何が出来るのですか…」
「……届かねえ努力ってのも、世の中にはあんだよ」
Limeの言葉はどこまでも真っ直ぐで、それ故に牟田の捻くれた心には届かない。
「お前は努力すればアレになれんのか」
牟田の指差すその先には、アーレイ。
「シ、シスちゃーん!」
両手で顔を覆って座り込むLimeに、奈戸は叫んだ。
「いや、ほら、シスちゃんには未来があるって言うか…むしろそのままがいいって言うか…」
「…私アーレイさんと同い年です…」
「え、シスちゃんって高校s…え?」
両手で顔を覆う人間が、二人に増えた。
「……とにかく。その、気持ちはわかるし、同情もする。けど、そんな行為を続けても君たちに残るのは虚しさと悪評だけじゃないっすか…他に何か、妥協点…解決方法があると思うんっす」
そんな彼らを横目で見つつ、株原 侑斗(
ja7141)は説得に入った。
「……例えばどんなだ?」
初めて出た建設的な意見に、牟田はそう尋ねた。
「例えば……自分が同じ文面の手紙を書いてそれと交換するとか」
「男から貰って何が嬉しいんだ」
「じゃあ、他の女性に代筆を頼むとか」
「そんな相手がいたら苦労してねえよ」
「3次がだめなら2次に走ればいいじゃない」
これは名案だ、とばかりに侑斗が言うと
「なるほどな」
牟田は納得したかのように大きく頷き……
「とでも言うと思ったか!」
獰猛な笑みを見せた。
「何で!?」
「うるせえ! 結局お前らも俺達の事を馬鹿にしてんだろうが!」
「ご、誤解っす!」
「もういい…お前らも撃退士なら、力づくで取り返してみやがれ!」
彼に呼応し、M・B・Sは陣を組む。怒りの赤黒い光纏が、彼らを覆った。
「収めてくれると嬉しい…かな、あんまり手は出したくないし…」
奈戸の言葉も既に届かず、牟田は無言で構える。
「そう来るならば仕方あるまい。貴様らの性根を叩き直した上で、奪った恋文を返してもらうぞ……我が相手は貴様か」
愉快気に一歩踏み出すフィオナの前に、花山が立ちはだかる。
そして、戦闘が始まった。
「武器を抜くがいい。その時、貴様等の正義はなくなる」
居丈高にそう宣言するフィオナに対し、花山は拳を構え。
「私の武器は、これだ」
そう、言い切った。油断ではない。それが最上の武器であると、彼女は信じているがゆえ。
「その意気だけは、買ってやる」
フィオナもまた、拳を構える。騎士の端くれとして、無手の相手に剣を抜くなど彼女の矜持が許さなかった。
その横を過ぎ去るようにして、アーレイに向かい放たれるアウルの弾丸を、Limeが盾で弾く。
「後衛職の人への攻撃は…私が遮断します…」
「…お嬢ちゃん。小さいからって容赦はしねえぞ」
その弾を放った近藤は、アーレイからLimeへと狙いを変え、リボルバーを構える。
「それは…お互い、様です」
その呟きに、二人は揃って凹んだ。
「やっと始まりやがりましたか」
眉間に皺を寄せて呟くのはジェイニー・サックストン(
ja3784)。彼女はそもそも説得する気など毛頭なく、戦闘での狙撃の為に校舎の二階に潜伏していた。
「全く、阿呆なことに精を出す馬鹿もいたもんです。まあ、出るものが出るんですから構いませんが」
ジャコン、と音を立ててレバーを引いて空薬莢を排出し、同時に弾を篭めて構える。狙うはダアトの浅田。仲間に守られるダアトは装甲が薄く、高い命中率を誇るインフィルトレイターにとってはカモの様なものだ。
「……理由は阿呆ですが一応模擬戦の真似事だとでも思えば……」
呟きながら、引き金を引けば特製のゴム弾が浅田を強かに打ちつける。反転、浅田の放った魔法が飛んでくるが、その頃にはジェイニーは場所を移動していた。狙撃して、その場に留まり続けるなどと言う愚を彼女は犯さない。次から次へと移動しつつ、彼女は狙撃を加えていく。
「やっぱり馬鹿らしいことは変わらねーのです」
溜め息と共に、ジェイニーはそうひとりごちた。
侑斗は打刀を抜き放ち、横田を狙う。数の優位を最大限に発揮する為に、真っ先に潰すべきは回復役の横田だと、彼は判断した。
アストラルヴァンガードの横田は回復役であると同時に、強固な盾でもある。非力な侑斗の力で崩すのは難しい。…しかし、最強の盾を崩しうるのは、いつだって最強の矛だ。
「アーレイさん!」
「仕方ない…ですね」
アーレイの放った雷球が、横田に直撃した。アストラルヴァンガードは魔法にも強い、が、アーレイの攻撃力はそれを更に凌ぐ。代わりに防御は極めて脆弱だが、近藤からの攻撃はLimeが防ぎ、横田の攻撃は侑斗が素早い動きで翻弄した。
鈍い音が、響き渡る。二人の乙女が交互に殴りあう音だ。花山がその太い腕を振るいフィオナの頬を殴りつければ、身体を揺るがしつつも踏みとどまり、フィオナが花山の腹に拳を叩き込む。互いに避ける気など皆無。矜持をかけた闘いが、そこにあった。
「何で…剣を、つかわねえ」
「知れたこと」
二人の対格差は歴然。中背のフィオナに比べ、花山の体躯は男と比べても大きい。
しかし、フィオナは花山を『見下ろした』。
「格下相手に、騎士が剣を取れるものか」
その全身は本来ならば立つ事もままならぬ筈。しかしそれでも、フィオナはピンと背筋を伸ばし、己が生き方を主張した。
「なるほど、な」
「次は迷い無く来い。貴様の拳が泣いておるわ」
どうと倒れ伏す花山に、フィオナはそう言い捨てた。
「一つ、聞いていいかな…」
荒く息を吐きながら斧を構え、奈戸は問う。
花山をフィオナが倒し、浅田は既にジェイニーの銃弾に倒れ、横田も侑斗、アーレイのコンビに倒されている。近藤はまだ立っているが、Limeにその弾の尽くを弾かれ、牟田に加勢に行くことが出来ずにいる。大勢は決した。
「何で、俺を叩き出した?」
勝負がつく前に、奈戸はそれを聞きたかった。最初は、自分の失言が嫉妬を招き逆切れさせたのかと思った。だが、刃を交わすうちに、彼の瞳には嫉妬心ではなく、別のものがあるような気がしたのだ。
「簡単な事だ」
牟田は自嘲気味に笑む。
「お前はウチに来るには早い…まだ、諦めんじゃねえ」
だが、と牟田は言葉を継ぐ。
「M・B・Sは理不尽に虐げられる者の味方だ。辛くなったら、いつでも来い…!」
「牟田君…!」
奈戸は斧を取り落とす。これ以上の闘いは、無意味だ。牟田もまた、剣を収めた。
「あ、あの、済みませんっ」
そこに割って入る影が一つ。童顔気味の、ショートカットの可愛らしい少女。
「わ、私のこと覚えてないかも知れませんが、そ、その、ずっと好きでした。お兄ちゃんって呼んでいいですか!?」
「え、な、あ……!?」
あまりにも突然の展開、そしてそれ以上に目の前に現れた見覚えの無い美少女に、牟田は完全に硬直する。
「あっ」
奈戸が止める間もあればこそ。
可愛らしい少女こと、ジェイニーの銃弾は牟田の顔面を見事に捕らえ、吹き飛ばしていた。
「次は相手を間違えるでないぞ?」
そう言って笑顔を投げかけ、手紙を渡してやるフィオナに、
「あの…違うんです」
千春は首を、横に振った。
「間違ったのは、相手じゃなくて、差出人の名前…私、ウッカリ、自分の名前書いちゃって」
「えっ」
「字が下手だからって、姉に代筆を頼まれたんです。それがまさかこんな事になるなんて。姉さんも、余計な事は言うな、って言うし……」
嫌な予感がした。
「そういえば、君のフルネームって」
侑斗はふとある事を思いつき、そう尋ねる。
「花山千春、です」
倒れ伏すM・B・Sの五人。
己の胸を抑えながらしょんぼりとするLime。
顔を両手で抑え絶望の様相を見せる奈戸に、痛々しい自分の演技を必死に頭から追い出そうとするジェイニー。
「それを早く言わんかぁー!」
花山と殴り合い、ボロボロになったフィオナの叫びが、死屍累々と言った有様の校舎裏に鳴り響いたのだった。