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マスター:矢内 重之
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/03/12


みんなの思い出



オープニング

● 地中より来るもの
「逃げろ!」
 叫ぶ父親のその姿を、少女は呆然と見ていた。
「由理! 逃げろ、逃げるんだ! 早く!」
 悲痛に引き絞られるその声は、耳にしっかりと届いている。血にまみれ、片足がどこかへ千切れ飛んでしまった彼の姿も、しっかり目に映っている。
「由理! 逃げるんだ!」
 しかし、身体は全く彼女の言う事を聞いてくれなかった。まるで動かし方を忘れてしまったかのように指一本動かすことは出来ず、声すら出す事は出来ない。
「早く、逃」
 父親の身体を挟み込むように、3対の刃が音もなく地面から突き出す。右に3本、左に3本。死神の鎌の様に鋭く研ぎ澄まされたそれが彼の身体を挟み込み、バラバラに引き裂くのを、少女はへたり込んだままただ見ていた。

 涙を流すことさえ出来ず、呆然とそこに座り込む彼女が救出されたのは、それから3時間後の事だった。

● 残された傷痕
「……彼女が、唯一の生き残りです」
 病室の奥で、ベッドで上半身を起こしたままぼんやりと虚空を見つめる少女を示し、斡旋所の職員は撃退士達にそう告げた。彼女への配慮か、そのまま少女を病室に残し、職員は会議室に移動して説明を始める。
「目の前で両親を殺されたそうで、精神的に酷いショックを受けており、
 彼女は言葉を発することが出来なくなっています。
 医師の診断によると、身体的には問題はなく、心因性のものだそうですが……」
 そういいながら渡す資料には、地面から突き出る刃の様な爪と、ずんぐりした姿を持つ獣の姿が描かれていた。
「これが、筆談で得られた情報を元に書き起こした対象の予想図です。
 その特徴から、敵はモグラ型のディアボロ、もしくはサーバントと推測されます。
 体長はおよそ1メートル。地中から透過能力を用いての奇襲を得意としているようです」
 その説明に、撃退士の一人が疑問を呈する。天魔といえど、呼吸は必要だ。透過能力を持っていたとしてもずっと地中に潜むのは無理なのではないか?
 その問いに頷き、職員は説明を続けた。
「恐らく、本物のモグラ同様、いわゆる『モグラ穴』を掘り、その中を
 移動しているものと思われます。透過するのは奇襲と、穴に戻る時の
 僅かなタイミングだけでしょう」
 一通りの説明を終え、職員は撃退士達を見回す。
「厄介な相手ではありますが、速やかな撃退をお願いします。
 これ以上犠牲者を出さない為……そして、あの少女の為に」


リプレイ本文

●もぐら叩き
 空には雲一つ無く、頬を撫でる風は冬を越えて大分温かくなってきた。見晴らしのいい小高い丘は緑の草に包まれ、思わずピクニックをしたくなるような光景だ。
「でもここに出るんですよね……」
 抑えた声でぽつりと呟くのは、宮本明音(ja5435)。あまりにものどかなその景色も、罪も無い人々を何人も惨殺したディアボロの住処と思うと空恐ろしく見えた。
「……これで引っ掛かってくれればいいのですが」
 丘の頂にペットボトルで作った風車を設置し、音を立てぬよう筑波 やませ(ja2455)は身軽な動作で身体を翻す。
「安全に誘き出せればそれに越したことはありませんよね〜」
 のんびりとした口調でエステル・ブランタード(ja4894)。彼女はいつでも使えるよう、腰を落とし地面に置いた阻霊陣を用意している。
「上手く釣れれば阻霊陣を使用して、後は全員で殴るだけと……そういう所ですね」
 言いながら、仁良井 叶伊(ja0618)はなみなみと水を湛えたタライを地面に置き、音が鳴らないよう気をつけながら、釣竿の先にルアー代わりに空き缶を結わえ付けていく。
 敵は、音、もしくは振動に反応する。それが、撃退士達の予測だった。親を目の前で殺されたった一人生き残った少女が、その声と引き換えに彼らに与えてくれたヒントだ。
 そうした準備を見ながら、じっと無言で立つのは大神 直人(ja2693)とフレイヤ(ja0715)の二人。しかし、彼らの表情は対照的なものだった。
 なるべく音を立てぬよう気を払いながら、落ち着いた表情で感覚を研ぎ澄ませ、集中するフレイヤとは裏腹に、直人の表情は険しく抑えようの無い怒りが滲み出していた。
「大神さん、大丈夫?」
 そんな彼を心配するように、そっと明音は問い掛けた。
「……頭じゃ冷静にならなきゃいけないのはわかってるんですけどね……でも、俺は女の子が苦しんでるのを黙ってみてられるような人間じゃないんですよ」
「うん……討伐できたら、お見舞いに行こうねっ」
 元気よく励ます明音に、ほんの少し直人の表情は和らいだ。
「いきます…ね」
 叶伊は石を数個拾い上げると、風車から少し離れた所に投擲した。ただ無造作に投げ放っただけだが、撃退士の筋力で投げられた石はずどんと音を立てて地面にめり込む。それはいわゆる『撒き餌』だった。ディアボロが反応するのが音にせよ、振動にせよ、仮にそれ以外だったとしてもこうしていればこちらに気付くはず。
「わ、揺れてますよ」
 タライの水に走る波紋に、エステルはのんびりと慌てるという器用な反応を披露して見せた。
「いえ、これは投石の物でしょう」
 万一読みが外れた場合を懸念して地面を警戒しながら、やませは冷静に指摘する。その時、明らかに激しく水が波打った。
「ににに、仁良井さんっ」
「はい…釣りますね」
 わたわたと辺りを見回す明音に頷き、叶伊は落ち着いた動作で釣竿を振るう。空き缶がぶつかり合い、がらんがらんと派手に音を立てた。叶伊はそのままリールを回し、空き缶をカラカラと音を立てて回る風車へと近づける。タライの水は、既に静まり返っていた。しかしそれは敵がいなくなった事をさすのではなく、逆に近づいている証拠……ディアボロが、透過能力を行使した故のことだ。
 音もなく、滑らかに三対の爪が地面から突き出す。それはすうっと交差すると、一瞬にして風車と空き缶をバラバラに切り裂いた。ハサミの様に挟んで切ったのではなく、触れただけで固定されてもいない空き缶がスッパリと切断される。かなりの切れ味を備えているようだった。
「逃しませんよ」
 すぐさま地面に沈もうとする爪を見つめ、エステルが阻霊陣を発動する。アウルの力が地面を伝って広がり、波で浜に打ち上げられる魚の様に巨大な獣が地上にその姿を現した。
「大きい……!」
 明音が目を見開く。体長約1メートル。人よりも小さいはずのそのディアボロは、横にも広いずんぐりとした体型のせいで予想以上に大きく見えた。そして何より、その短い前足についた爪の長いこと。本体と同じくらいの長さを持つ爪は剣呑な光を放ち、一本一本が日本刀のような迫力を備えていた。
「後はお願いします〜」
 エステルはディアボロが姿を現したのを確認すると、ぱっと阻霊陣から手を離して立ち上がり、ディアボロの側面を取るように回り込む。
「任されましたっ!」
 エステルが稼いでくれた時間で距離をとり、直人がすぐさま阻霊陣を張りなおした。そして膝を突いたその姿勢のままヒヒイロカネからリボルバーを活性化させる。ディアボロが攻撃した仕掛けからきっかり16メートル。そこが、直人の戦場だ。
「喰らえ!」
 アウルの力がリボルバーから射出され、ディアボロを穿つ。ギュイと奇妙な悲鳴をあげるが、さほど怯んだ様子もなくディアボロは直人に向き直ると、その身体つきからは想像できないほどの速度で彼に迫った。
「させません」
 すらりと打刀を抜き放ち、やませが直人を背後に庇い割って入る。鋭く放たれる双爪の一撃は、するりと身をかわすやませに一筋の傷をつけることも出来ず、虚しく空を切り裂いた。
 お返しとばかりにやませは打刀を上段に構え、引ききるようにして振り下ろす。しかし、その刃はほんの僅かディアボロの毛皮に食い込んだ所で止まってしまう。分厚い毛皮の下にあるのは強靭な筋肉だ。これに打撃を与えるのはかなりの力が必要だろうと、やませはその端正な眉を僅かばかり顰めた。
「天地に遍く精霊達よ、世の理をつかさどる大いなるものよ」
 そうした攻防の中、青薔薇の花弁のように舞い散るオーラを纏いながら、フレイヤは厳かに呪文を詠唱していた。
「『黄昏の魔女』フレイヤの名において命ずる」
 当然、スキルの使用に呪文の詠唱など必要ない。しかしそれでも、彼女は全身全霊を込めてそれを唱え、
「古の盟約によりて我が手に集い、万物をはかしい……破壊、し……」
 そして、噛んだ。
「……エナジーーーーーアローー!」
「押し通した!?」
 同じダアトとして成り行きを見守っていた明音が思わず突っ込む。
 詠唱はともかく、放たれた薄紫色の光の矢は深々とディアボロに突き刺さり、その身体をぐらりと揺らした。
「効いてますね。このまま押し切ります」
 両手にトンファーを構え、叶伊はその身体を躍らせる。無駄のない引き締まった身体から放たれる一撃は、まるで大砲の様にズドンと音を立ててディアボロを打ち据え、怯ませる。
「確実に仕留めさせていただきます」
 そしてその隙を狙い撃ち、背後に回りこんでいたエステルがスクロールから光の玉を生み出し、ディアボロに向けて撃ち放った。やませと叶伊に囲まれた上、死角からのその攻撃を避ける事が出来る筈もなくディアボロは悲鳴を上げながらたたらを踏む。
 追撃を加えようと踏み込む叶伊に、ディアボロはぶんと爪を振るった。ひやりとした感触が胸を駆け抜けたかと思えば、彼の身体にスッパリと3本の傷が走り、派手に血が噴出した。
「ぐっ…!」
 これには流石の叶伊も呻き声を漏らす。もう一撃喰らえば意識を刈り取られるだろうという予感があった。今回のメンバーの中ではもっとも頑強な肉体を持つ彼でさえそれだけの衝撃を受けるのだ。後衛のメンバーであれば耐え切れないだろう。
「え、えぇいっ!」
 己の背丈とほぼ同じ長さの杖を振りかぶり、明音が魔法を撃ち放つ。掌に込められた力は杖を伝い、先端から青白い光の矢となって飛び出すと、流星の如く尾を引きながらディアボロへと飛来する。魔法の攻撃を嫌うのか、ディアボロは大きく跳んでそれをかわした。
「以下――」
 そこに、ケーンを構えたフレイヤが待ち受けるかのようにして、純粋な破壊の一撃を放つ。
「省略!」
 以下どころか全省略された魔法がディアボロを襲っている隙に、エステルは叶伊に向けて手をかざし、己の裡に眠る霊気を呼び覚ました。ぽぽぽぽぽ、とまるでろうそくの光の様に小さな光の玉が無数に彼女の周囲を取り巻いたかと思うと、叶伊の身体に吸い込まれるように入っていく。すると、見る見るうちに出血が止まり、抉られた肉が盛り上がって塞がった。
「回復手段もありますので、そう簡単にやらせはしませんよ」
「助かります」
 軽く頭を下げ、叶伊はトンファーを構えなおす。治癒は完全ではなく、引き攣れるような痛みが走ったがこの程度ならば問題ない。
「こっちです!」
 やませは片手で刀を持つと、地面にもう片方の手をかざす。すると、地面に落ちた影がぐにゃりと歪み、形と重さを持った棒状の手裏剣として彼の手の中に納まった。彼は手の平でくるりとそれを回転させて先端を指先に向けると、しゅっと短い呼気と共に投げ放つ。その一撃は狙い違わずディアボロの左目に突き刺さり、ディアボロは苦悶の声を上げながらその爪を振り上げた。
 それは、攻撃の為ではなく逃亡の為。鋭利な爪を地面に突き立てると、透過能力は確かに封じられているはずなのに、全く抵抗を感じさせぬ速度で爪は地面へと潜り込む。
 ……が。ディアボロがそこに穴を穿つ前に、彼の自慢の爪は中ほどからへし折れた。
「逃がさねえよ」
 怒りを押し殺した、低い呟きは直人のもの。狙い済ましたリボルバーの一撃が、ピンポイントで爪を打ち抜いたのだ。
「ガアアアアアア!」
 折れた爪を振り上げ、ディアボロは吼える。
「これで」
 その瞳に映るのは、両腕にトンファーを構えて真っ直ぐに突き進む叶伊の姿。
「終わりです」
 トドメの一撃が、ディアボロの眉間に向けて放たれた。

●あの丘を越えて
「終わったわー!」
 バン、と扉を勢いよく開き、開口一番叫ぶフレイヤに、被害者の少女……由理は身体をびくりと震わせた。
「勝った、勝ったわ、勿論大勝利よ! まあ、この黄昏の魔女フレイヤ様にかかれば、土の竜だろがモグラだろうがちょちょいのちょいよ!」
 高笑いを織り交ぜながら、ハイテンションで言葉を続けるフレイヤの顔を、ぽかんとして見つめる由理。その手をそっと握り、明音は彼女を安心させるようににっこりと微笑んだ。
「もう大丈夫。心配ないよ」
 幼い少女の心を解きほぐす様に、明音はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あのもぐらは、私達がやっつけちゃったから。それに、もし由理ちゃんがまた怖い目にあったら、絶対、絶対助けに行く」
 ですよね?と振り向く明音に、
「ええ」
 にこにこと笑みを見せながらエステルが頷き、
「勿論!」
 ぐっと拳を握り締めて直人が請け負い、叶伊とやませは小さく、しかし頼もしさを感じさせる仕草でこくりと頷いた。
「勿論、魔女であるこの私もね!」
 フレイヤ達の顔をじっと見つめる由理に、明音は小指を立てて突き出す。導かれるままに由理がそれに小指を絡めると、
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーますっ。指きった!」
 明音は拳を上下に振りながら楽しげにそう歌った。そして、打って変わって真剣な表情で、じっと由理を見つめる。
「指切り約束。私たちも頑張るからね」
 じっと明音を見つめ、ややあってこくりと頷く由理の頭を、フレイヤは自分の胸にかき抱くようにしてぎゅっと抱きしめた。
「お父さんがいないのは寂しいよね」
 そして、先ほどまでのハイテンションな、どこか芝居がかったものとは全く異なる声色で、彼女にそう語りかける。
「だからね、寂しい時は泣かないとダメなんだよ」
 訥々とした口調は、派手なその身につけた派手な魔女服には全く似合わない。しかし、それこそが彼女の本質なのだと……心からの言葉なのだと思わせる、優しくも切実な響きがあった。
 フレイヤはそっと由理の肩に手をかけその顔を覗き込むと、ニッと悪戯っぽく笑う。
「泣けないなら私に任せなさい! 魔女は何だって出来るのよ?」
 先程までの調子は消え、芝居がかった言動が戻る。しかし、それは虚飾を意味しない。信じているからだ。自身が魔女であると。魔女であることで変われる……変える事が出来ると、フレイヤが心から信じているからだ。
「あなたに泣いちゃう魔法をかけちゃうんだから。泣き止むまで私が傍にいてあげるから、ね?」
 ぽんと由理の頭に手を置き、一際優しい声で、フレイヤはそういった。由理は大きく目を見開き、口も負けじとするかのようにをあけて『あ』の形を作った。
 そのまま、フレイヤの顔を見、明音を見、そして他の面々の顔を見る彼女に、フレイヤと明音はゆっくりと頷く。

 彼女の頬を一滴、銀の筋が流れ落ち、ぽたりとベッドの上に落ちる。
「あ……り、が……と……う」
 引き絞るように、由理は声をあげた。彼女は、恐ろしかったのだ。地面から現れる怪物が、いつどこで襲い掛かってくるかわからない。ほんの少しでも動き、声を発すればずたずたに切り裂かれてしまう。そんな恐怖と、幼い心はずっと戦っていたのだ。その恐怖から、この日彼女はようやく解放された。
「あり、がとう……ありが、と、う……ありがとう……!」
 嗚咽と共に、繰り返される感謝の言葉。目の前で両親を失った彼女の未来には、いくつもの苦難が待ち受けていることだろう。しかしそれでも、撃退士達は確かに取り戻せたものを、今はただゆっくりと噛み締めた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

撃退士・
仁良井 叶伊(ja0618)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
風の向くまま気の向くまま・
筑波 やませ(ja2455)

大学部7年271組 男 鬼道忍軍
ブレイヴ・ドライヴ!・
大神 直人(ja2693)

大学部4年256組 男 インフィルトレイター
癒しの霊木・
エステル・ブランタード(ja4894)

大学部9年139組 女 アストラルヴァンガード
乙女の味方・
宮本明音(ja5435)

大学部5年147組 女 ダアト