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マスター:山南 葉
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/03/27


みんなの思い出



オープニング

 信じない

 ◆   ◆   ◆

「怪談か?」
「依頼よ」
 必要以上に胸を張り、やたらきっぱりした態度で答えてくる相手に、彼は胡乱な眼差しを向け――
「……ちょっと貸してみろ」
 歎息と共に手を差し出した。
 そのまま、手渡された書類に目を通す。
「……『近隣の山を訪れた人間が帰って来ない。最近、そんな現象が続いている。被害者達には決まった共通点がなく、単にその山に近寄るものが同様の被害にあっているものと思われる。また、中には奇跡的に帰還したものもいるが、渦中にあった際の衝撃が大きすぎるせいか、今なお混乱状態にあり、はっきりとした証言も取れていない』」
 半眼で読み進めていくと、彼女も――何に納得したのか――うんうんと頷いている。気にせず先に進める事にした。
「『曰く?綺麗だった??キラキラしていた??人形みたい??歌が聞こえた??連れて帰りたい?』……って、お前なぁ」
 この時点でさすがに馬鹿馬鹿しくなり、俯いていた視線を上げる。ぱしんっ、と書類を掌で叩き、
「これのどこが依頼なんだよ? ただの胡散臭えヨタ話じゃねーか。こんなのにいちいちつきあうほど、撃退士ってのは暇じゃねえだろ?」
「違うってば。だってこれ、正式に学園側から発行されたやつだもの。ちゃんと印も押してあるし、本物よ」
「あん?」
 心外そうに言われて指差す先を見やれば、確かにそこには押印がされてある。学園が正規に発行した依頼書の証だ。
「あんたがどう思ってるかは知らないけど、これマジメな話なの。失踪事件だって、実際に起こってるわけだし、証言だって本物よ」
「でもなぁ……どーにも眉唾というか、容量を得ないというか――そもそも、こんなものに本当に天魔が関ってるのか?」
「当たり前じゃない、そんなの。じゃなきゃそもそも、この学園に話が来ないでしょ」
「そりゃそうだが……」
 言うまでもないと断言する彼女に、不承不承頷く。いまいち、納得のいかない部分もあったが。
 なんにせよ、相手の結論はまったく変わらないようだった。こちらの手の中から、蓋だびその書類――撃退士への依頼書――を取り戻す。
「それに、仮に万が一、本当に天魔が関ってなかったとしても――そんな事、どうだっていいじゃない」
「はあ?」
 思わず怪訝な声をあげる。と、彼女は自身たっぷりに頷いてみせた。
「強きを挫き、弱きを助く。我が校の撃退士は正義の味方だもの。たとえどんな理由であろうと、困っている人を放っておける筈がないわ」


リプレイ本文

さぁて。鬼が出るか、蛇が出るか。

 ◆   ◆   ◆

 色濃い緑の森の中、澄んだ歌声が響く。
 その旋律は人を惑わし、聞く者の意思を奪うような妖しい魅力を持っているわけではなかったが、それでも不思議と耳に残るものだった。高く遠く。小鳥のさえずりのような透明なハミングがずっと続いている。
 明るいようでどこかもの寂しさもあり、中には聞いた曲も混じっている。スコットランド民謡らしいが。彼女の歌声を聞きながら、郷田 英雄(ja0378)は赤い瞳に呆れの色を滲せ、歎息まじりに呟いた。
「……ふむ。存外結構な山道だな、ここは」
「そうかしらぁ?」
 と、答えてきたのは彼の後ろを歩く黒百合(ja0422)だ。長い黒髪を揺らしもせずに、気楽な様子で山道を登っている。足を進めるたびに、目印代わりにつけた鈴が、涼やかな音をたてた。
「私はむしろぉ、レディーファーストで簡単な道を譲って貰ったんだと思ってたけどぉ」
「いや、あっちのチームにもちゃんと女はいるだろ、與那城が。こっちだけレディーファーストって、おかしいだろお前」
「それはぁ、単に人数比の問題ねぇ」
「ストレートなようで、ある意味差別的な意見だな、おい」
「別にぃ、女性的魅力の差で優先されたって言ってるわけじゃないからぁ、差別でもないと思うわぁ」
「でも、別にそんなにキツくはないですよ」
 と、五十鈴 響(ja6602)が歌を中断して口を挟む。どこかふうわりとした、柔らかみのある風貌。鳶色の瞳には、言葉通り疲労の色など欠片もない。
「いえ、差別の話じゃなくて、この道の事ですけど。実際、ここまで登ってきても大して疲れてませんもん。私」
「あのな。たとえ女子供であろうと、撃退士の体力が基準になるかよ。俺がしてんのは、一般人の話だ」 
 ズレた回答の連れには目を向けず、歩きながら続ける。
「一応、俺らも軽い装備はしてきたけどよ、普通の人間なら天魔がいなくても、迷ったっておかしくなさそうな場所じゃねぇかよここ。熊とかいるんじゃねぇか?」
「最近の熊はぁ、山よりもむしろぉ、人里でゴミ箱とか漁ってるみたいよぉ」
「どこに行っちまったんだ、野生の誇りは」
 げんなりと呻いておく。
 実際、行程はそれなりに厳しいものだった。
 彼らだからこそ、このような軽装(全員がほぼ普段着のままである。黒百合にいたってはワンピ姿だ)でひょいひょいと気軽に登っているが、一般人ではこうも行くまい。登山道というだけあって、きちんとした道もあるが、高地の薄い酸素と急勾配の中では、歩くのもやっとというところだろう。
「まァ、こんだけ見晴らしがよけりゃ、さすがに見逃す心配はないだろうけどな」
 そこが最大の懸念だった為、安堵の息を漏らす。と、五十鈴が頷いた。
「ですね。どっちかというと、素直に出てきてくれるかが問題なんですけど……」
 ふと思い出したように、また歌い始める。伴奏もないが、時折吹く風が梢を揺らし、控えめな拍子を奏でていた。
「被害者っぽい人達も見つからないしねぇ……って、あらぁ?」
 かくん、っと言葉の途中で小首を傾げる。
 『感知』は一般的な撃退士のスキルだ。殺気や気配などという、胡乱なものではない。五感で捕らえた差異や違和感など、通常であれば見過ごしてしまう注意点を、使用者の精神へとダイレクトに訴えかけてくる。
「……どうした?」
「『感知』にひっかかったわぁ。熊じゃなければ、あたりかもねぇ」
 黒百合の言葉に、残る二人の気配が変わる。郷田は、いつでも戦闘に移行できるようにさりげなくナイフを構え――
 そして神に出会った。
 金色の髪。薔薇色の頬。透き通った肌。宝石のような瞳。その美を現すのに、言葉はあまりにも乏しい。美しくも愛らしく、艶やかでありながら清廉としたその姿は、正に美の極みだった。
 全身が粟立つような恍惚に包まれる。例えようのない幸福感。背中に薄羽を生やしたその美しい生き物は、弦を震わすような美しい声で何かを言うと、にっこりと微笑み飛び去った。
 当然のように、郷田はその後を追い――
「! 駄目です!」
「――待ちなさい!」
 そして崖から落下した。
 
 森を歩くコツとしては、迷わない、などとは決して考えない事だ。
 登山家に聞いたら、また別の意見が聞けるのかもしれないが。少なくとも亀山 淳紅(ja2261)はそう考えることで己に妥協点を見出そうとしていた。
(大体、迷わん方が無理だっちゅうねん)
 生い茂る枝に視界を塞がれ、ろくに空も見えない。斜面にあっても天に向かって垂直に伸びる木々は、重力に逆らうように地面から斜めに生えている。足元に絡みつくような下草を、時に引き千切り、踏み分け、乗り越えながら進む行程は、容易に距離感を誤解させ集中力を削いでいく。
「これ、獣道っちゅーよりは、ただの崖やんけ。よっくこんなとこから無事で還ってきたなぁ、被害者さんは」
「逆説的に言えば、これほどの悪路だからこそ、天魔の追撃から逃れられたのだろう。確かに、人の歩く道とは思えないからな」
 先を行く穂原 多門(ja0895)が振り向かずに答えた。足を止めず、後続のメンバーのために刀で下草を払いながら、
「とはいえ、こう見晴らしが悪くては、捜索も難義するがな」
「真昼間なのになんか暗いもんね」
 額の汗を拭い、與那城が呟く。まだ春先とあって、高地の気温は冬と変わらないほどだった。天候には恵まれてはいるものの、枝の間から差す日差しは如何にも心細く、暖気も感じられない。それでも動かし続けた身体は、それなりに熱を持っていた。
「学園もそれなりに田舎ではあるけど、ここまで本格的な山の中ってわけじゃないしね」
「山ん中っちゅーか、こんなとこで生活出来るとしたら、もう人間やないけどな」
 顔にかかった葉を手で押しのけて、答える。
「セイレーンしかり、ローレライしかり、妖精は歌が上手いってのが定石やからなぁ……聴けるとええんやけど」
「それで失踪してる人がいるんだから、そう簡単な話じゃないでしょ」
「せやな」
 咎めるほどの強さがあったわけではないが。與那城の言葉に、素直に頷いておく。
「だが、確かに亀山の言う通り、なるべく速く件の天魔と遭遇したいものだな。一応『感知』は使っているが……居場所を告げる鈴も、この雑音ではどこまで届くか微妙だしな」
 近くに幹を手をかけ、岩肌を半ばよじ登るようにして、呻く。彼らが準備していた鈴は、被害者に(あるいは天魔に)こちらの位置を知らせるためのものだったが、こうも雑音が激しくては、その効果も期待薄だった。と――
「……穂原さん? どうかした?」
「いや――」
 尋ねられた穂原が、口を開こうとした刹那。
 衝撃。そして轟音。遥か頭上から落下してきた重量物は、ばきばきと派手な音を立て枝をへし折りながら、大地に激突した。続けて、それに比べるとひどく軽い、何かが降り立つような音が二つ。そして。
「……あらぁ?」
「まあ皆さん。お揃いで」
 現れたのは見覚えのある面子だった。黒百合と五十鈴。二人の少女が数時間ぶりに遭遇した仲間に挨拶をする。その横で郷田に押しつぶされた亀山の腕らしきものが見えた。
 事態が把握できないまま、與那城が唖然とした声をあげる。
「ええと……何? なんで君達みんな、いきなり上から降って来たの?」
「あ、それはですね。えーと、話すと長くなるんですが……」
「いや、いいから。説明の前にまず亀山を助けてやれ」
 口を開きかけた五十鈴を遮り、穂原が少年の腕を引っ張る。完全に目を回しているようではあったが、何故か無傷でもあった。活を入れてやると、ほどなく目を覚ましたので、ついでに郷田にも入れてやる。
「……なんだっちゅーねん、一体」
 まだ多少ふらふらしつつ亀山が起き上がると、五十鈴はパタパタと慌てて手を振った。抗弁するように、
「あの…わざとじゃないんです。私達、ただあれを追ってて、その、郷田さんが落ちちゃって……」
「あれ?」
 首を傾げて與那城は、彼女の指し示す先を見やる。と、そこには――
「っか、可愛えっ…!? は!あ、あかん。なんてふぁんたじーなんやっ」
 半透明の薄羽を広げ、微笑みながら浮遊するそれは。まるで童話に出てくる妖精のような容姿を持っていた。
「あのフェアリーを見つけたら、郷田さんが崖から落ちちゃって。それで、追いかけてきたんですけど……」
「っ……ソ、耳、塞げ」
「え?」
「いいから全員、耳塞げ! 来るぞ!」
 郷田の叫び声と同時――
 キイィイン――という高音が鼓膜に突き刺さった。
 脳がとろけるような陶酔と、僅かに残った理性がその支配に対抗し、頭蓋がひび割れるような激しい苦痛に襲われる。従えってしまえばいい。それは楽な事だ。この声の向こうには、きっと幸福が約束されている……
「っつ……何よ――これ?」
「あの、天魔の、能力だ。くそっ、俺もさっき、頭に声が聞こえた瞬間、何も考えられなくなったっ」
 耳を塞ぎながら、歯軋りして呻くが、他に防ぎようがない。が、一同が立ち尽くす中、一人静かに動くものがいた――黒百合だ。『こんな事もあろうかと』予め耳栓を持っていた彼女は、耳障りな洗脳音に囚われる事無く、地を滑るように移動すると、敵の背後から影手裏剣を放つ!
 天魔は――
 驚愕に、目を見開いた。自分の声から逃れるものがいた事が、意外だったらしい。宮中に避けて手裏剣をかわすと、端整な顔を怒りに歪め、醜悪な表情で牙をむく。
 それを見て。
 黒百合はむしろ邪悪に哂った。金の瞳が、暗い愉悦の色に染まる。
「ふふふふふぅ……ご自慢の歌が効かなくて、生憎だったわねぇ。さぁ、頭部が跳ね飛ばされても歌えるかどうか、試してあげようかしらあぁ!」
 ハルバードに獲物を持ち替え、襲い掛かる。予定にはないが、自ら接近戦を仕掛けた。仲間が回復するまでの、時間を稼がなくてはならない。
 距離を詰める。と、相手は再び口を開いた。すうっと、上半身が膨れ上がるほどに息を吸うと咆哮を上げた。音ではなく、純粋な空気圧が、衝撃となって黒百合を襲う。
「ぐっ……」
 単身で挑める相手ではない。咄嗟に下がって距離を取ったが、むしろそれは危機を招くだけだった。空気振動を使っての遠距離射程が可能な相手に、間合いを広げる必要がどこにある?
 手裏剣で牽制し、無音歩行で背後に回る。敵は狙いをこちらに移した。音と生身の移動では、どう足掻いても勝てるわけがない。何か、イレギュラーでも起こらない限り――と、その時。
 歌が、聴こえた。
 カウンターテナー。
 成長期を脱しきっていない、少年特有の高さを残す声が、朗々と山中に響き渡る。両手で耳を塞ぎ、苦痛に顔を歪めながら必死の形相で歌い上げる亀山の声は、それでも確かに天魔の歌声に対抗していた。
 更にもう一つ。その声に寄り添うようなメゾ・ソプラノ。五十鈴の歌が、亀山の声に重なる。二人の歌謡いが、妖精の奏でる幻惑の調べを打ち消すべく、澄んだ歌声を響かせる。三つの歌声は、時にせめぎ合い、時に調和しながら、幻想的なハーモニーを響かせ、聴く者の心を、高く穏やかに震わせてゆく。
 最初に正気に返ったのは、與那城だった。
 息を止め、敵との距離を一気に詰める。敵の攻撃がなんっであれ、近距離ファイターの彼女にとって、戦闘方法は変わらない。
 彼女が狙ったのは首元だった。正確には、気管。天魔であれ、生物には変わりない。喉を潰せば呼吸困難となり、脳に酸素が届かなくなれば死ぬ。そこまでの効果を得られずとも、耳障りな歌は防げる。充分だ。
 正面からの刺突。右手を手刀の形に構えて、喉を狙う。が、天魔は重力を無視して空中に回避。反撃の姿勢を見せるが、黒百合の手裏剣によって阻まれた。更に、與那城の背後から。その頭上を飛び越えるようにして、郷田が踊りかかった。体内で練り込まれたアウルを一気に開放。その爆発的な力で、大上段から刀を振り下ろす。
「おおおおおおおおおっ!!」 
 一閃。天魔の羽が斬り落とされる。
 が、浮遊には影響がないようだった。元より、羽ばたきで浮いていたわけではなかったが。眼前で次々と繰り広げられる三人の攻撃を、かわし、あるいはくらいながらも、天魔はただひたすらに一点だけを注視していた。正確には、その先にいる亀山と五十鈴を。射るような憎悪の眼差しで。
 歌を封じられたことが、よほど屈辱だったのだろう。そんな感情が、あればの話だが。 
 天魔が再び息を吸う。音波による衝撃波。狙いは亀山と五十鈴だ。謡い続ける二人には、避けるだけの余裕がない。が、衝撃はが届く寸前、二人の前に穂原が立ちふさがった。
 相手の放つ衝撃波をアウルを込めた剣の一振りで薙ぎ払う。銀の焔が弧を描き、彼の軌跡を彩った。
「この護り、容易くやぶれまい」
 絶叫があがる。
 天魔が怒りに吼え猛る。愛らしい瞳に激怒を滲ませ、一際大きな咆哮を放つ。
「させるかよ!!」
 叫んだのは郷田だ。相手の呼吸を乱すべく、刀で斬りつける。遠心力を利用した、大振りの一撃。刃に肉が掠める感触。力任せに、強引に振りぬく。天魔の腕がぼたりと落ちた。そこへ。
「いっくよー!」
 目にも止まらぬ速さ――ではなく。 
 脚部に集中したアウルを爆発的に燃焼させて。高速で移動した與那城が、目にも映らぬ速度で、駆け抜ける。天魔が慌てて振り向き、反応するが。それはあまりにも遅い。
 彼女に対抗するには千年遅い。
「くらえーっ!閃光魔術!」
 與那城に蹴りぬかれた天魔の身体は、壊れた人形のように力なく、大地に崩れ落ちた。

「おーい! こっちだー! もういいぞー!」
 陽は陰り。夜が終わり。御伽噺の幕が落ちる。
「もう大丈夫ですよー! 出てきてー! 心配いりませんよー!」
 呼びかける。幻惑ではなく現実の声で。幻想世界に迷い込んだ住人達へと。
「もう大丈夫だってばー! 皆で家に帰ろうやー!」
 撃退士達の声は、妖精に連れされられた人々の耳に、確かに届いた。 
 
 
 


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 歌謡い・亀山 淳紅(ja2261)
 幻想聖歌・五十鈴 響(ja6602)
重体: −
面白かった!:5人

バカとゲームと・
與那城 麻耶(ja0250)

大学部3年2組 女 鬼道忍軍
死神を愛した男・
郷田 英雄(ja0378)

大学部8年131組 男 阿修羅
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
函館の思い出ひとつ・
穂原多門(ja0895)

大学部6年234組 男 ディバインナイト
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
幻想聖歌・
五十鈴 響(ja6602)

大学部1年66組 女 ダアト