●依頼人の部屋
「えーと、それじゃあ、その、よろしくお願いします……」
宿題をサボる。そんな目的のために撃退士に依頼を出した男、タカタは追い詰められていた。
本当は、依頼した武勇伝を纏めた書類の提出だけで済ませるつもりだったのだ。だが、『報告は自分達でした方がいいだろう』と言うことで、依頼を受けた六人の撃退士に囲まれているのだ。撃退士自ら製作した、報告書を片手に。
撃退士達は仕事に誠実なだけなのだが、結局タカタは誰よりも緊張する夏休みの宿題を始めることになったのだ。
まず最初に語り始めたのは、タカタと同年代のはずなのに謎の危機感を感じさせる少女、黒百合(
ja0422)からであった。
●武勇伝・黒百合の場合
「さて、最初は私からですねェ」
そう言って黒百合は、ちょっと考えてから自分の話を始めた。大まかな内容は報告書として提出済みなのだが、それを口頭で話すために考えを纏めたのだろう。
「大した事じゃないけどォ……。大規模作戦で、あの天使ザインエル相手に一時的な状況とはいえスピード勝負で勝利した事かしらねェ……」
「て、天使ザインエル?」
「えェ、そうよォ」
「えっと、凄い敵だったんでしょうね」
「えェ。ちゃんと報告書に書いておいたからァ」
一般人に天魔がどのくらい凄いのかなんて語ってもあまり理解はされない。どんな弱いのでも一般人からすれば勝ち目なしでしかないので、軽く流して話を進めるのだった。
「私が聖槍を担いで逃走、ザインエルが奪還に追いかけて来てさァ……まァ、私に追いつけずにそのまま無事に逃走成功ォ、あの時は仲間達の援護のおかげてザインエルは負傷していて私が有利な状況だったけどねェ」
「へ、へぇ。凄いんすね……」
「ちなみに当時から更に鍛えたからァ……そうねェ、当時の3倍の速度で移動出来るわねェ。ちなみに瞬間最大速度なら時速200kmくらいなら出せるんじゃないかしらねェ……」
チラチラ手元の資料を見ながらであるが、タカタは引きつった表情でこの話を頭の中で纏めた。
え、これまじなの? 撃退士って、こんな話本気で持ってるの? と。
「後はそうねェ、タリーウって幻術を使う上級悪魔の技を真正面から破ったこともあったわねェ……。あの時は楽しかったわァ♪」
(頭を鷲づかみにされたとか書いてあるんだけど、笑い事なのそれぇ!?)
手元の資料を見る限り、黒百合が幻術を小細工なしで破ったとされる状況は結構危ない。
撃退士、やばい。舐めてた。まさかこの後もそんな話が続くのか……と、戦慄するタカタであった。
「さて、では次は私ですね」
黒百合の話が一段落した次に名乗りを挙げたのは、まだ小学生にしか見えない少女、雫(
ja1894)であった。
●武勇伝・雫の場合
「やはり、武勇伝と言えるのは天刃と称されたシュトラッサーとの決着ですかね」
雫は、淡々と自分の話を語りだした。同時に渡しておいた資料を見るように指示を出し、更に詳しくその時のことを喋るのだった。
「4年前の京都から続いた因縁も昨年に決着が付きました」
「えーと、どんな因縁?」
「そうですね、あの男とは何度も斬り合い、そして幾度となく瀕死の重傷を負わされました」
「重症?」
「はい。その刃によって何度も」
斬られた。重症を負った。自分より年下にしか見えない少女が。
それは驚くべきことだ。しかし、タカタの頭に一つ別の可能性が過ぎる。ひょっとして、これ子供特有のいろいろ盛っちゃった話なんじゃね、と。
「ただ、心残りと言えば互いに満身創痍な状態であのシュトラッサーの剣を超えて致命傷を与えたの良いのですが、そこで力尽きて止めを人に譲る事になった事ですね」
「へー」
「はい。かなり深く斬られて、あそこで死んでいてもおかしくはありませんでした」
「ふーん」
一応真面目に聞いているつもりなのだが、タカタは滅茶苦茶誇張された話なのだと言う結論を出している。
だが、それに雫が気づかないわけもない。憤慨した様子で、更に手元の資料を見るように言うのだった。
「何ですか、その生暖かい視線は? この話には誇張も妄想も一切含まれていません。当時、提出した報告書の写しだってあるんですよ」
確かに、タカタの手元にはその事件の詳細が書かれた報告書がある。映画一本取れそうな壮大な戦いについての報告が。
「うんうん。よくできてるよねー」
「ですから! 小道具でも無いんです!」
「でもさ、小等部3年から戦闘依頼に出てるってのはね」
「だから、真実だと言っているでしょう! 何だったら他の人にも確認して下さい」
そう言って、雫は一緒にこの仕事を請けたメンバーをみた。その迫力に押されたのか、何人かは雫の言葉を肯定する。
実際、雫は強力な撃退士なのだ。一度でも雫の戦う姿を見れば、今の話が誇張ではないことがわかるだろう。
しかし、見たことの無い人であるタカタからすれば、子供の意地しか見えないのだった。
「もう、私の話は終わりです。疲れました……なぜ、真実を話しているのに妄想話にされてしまうのか……」
「ご苦労様……?」
諦めて肩を落とす雫を尻目に、自作したんだろうなと思っている報告書を流し読みするタカタ。だが、そこでとあるものを見つけたのだった。
久遠ヶ原学園の公式印。これは学園が正式に報告書であると認められている証だ。
(え。てことは、マジなの?)
自分の過去を妄想呼ばわりされて怒っている少女の語った武勇伝が本当であると言う証拠を見つけてしまったタカタは、一人戦慄するのだった。
そして、話は次の撃退士、ソフトモヒカンと顔に刻んだ龍のタトゥーが印象的な佐藤 としお(
ja2489)に移るのだった。
●武勇伝・佐藤の場合
淡々と、されど臨場感を失わないように佐藤は自分の過去を語りだす。
「唐突に天も地も分からなくなる位に暗闇が激震したかと思いきや、眩しいばかりの光の中から大きな二つの手が俺を掴み上げた」
(うーん? これは何の話だ? 前の二つから考えても、きっと実話なんだろうけど……)
もう口出しするのは止めて、一人語り続ける佐藤の言葉をタカタは聞き続けた。
きっと、この話も信じられないような実話なんだろうなと思いながら。
「俺は赤子だった。その大きな手の人に、俺は育てられたんだ」
(あれ? 撃退士って赤子のころから記憶があるのか?)
「俺は急速に成長していった。いつしか大きかった手が俺の手の大きさと変わらなくなった頃、俺は旅に出たんだ。大きかった手の持ち主には妻がいて、彼女が旅の道中を案じて丸薬をくれた」
(つまりその旅が武勇伝ってことなのかな?)
もう『嘘だ』なんて思うことは止めたタカタ。
今依頼人がどんな精神状態なのかなど知るはずもなく、佐藤は更に自分の話にのめり込んで行った。
「旅の途中、不穏な噂をそこかしこで耳にした。『鬼と呼ばれる賊が村々を襲っている』と……」
(鬼……天魔か)
「俺は正義の心が赴くままに賊のアジトを目指した。無論、賊を戒める為にだ!」
唐突にテンションを上げ始める佐藤。そんな彼の話を、全く疑うことなくタカタは聞き入るのだった。
「道中、幾人かの同士と合流したんだ」
(同じ依頼を受けた撃退士かな?)
「苦しんでいたので丸薬をあげたら仲間になった。鋭い牙を持つ者、眼にも止まらぬ速さで動く者、大空を天高く舞う者、と言ったところか」
(薬で回復した仲間と共に討伐に向かったって事かな?)
どんどん佐藤の話を脳内で補完し、タカタは話を独自に理解していく。
「俺達は長い戦いの末、ついに賊集団『鬼』を倒す事に成功した。そして、『鬼』に奪われた財宝を村々へ返してまわった。やがて故郷に帰りつく頃には、俺に通り名が付けられていた」
(あ、そう言えば、撃退士って功績によって二つ名を名乗るんだっけ)
「そう、『桃太郎』とな」
「なにぃぃぃ!?」
童話だったの? ただ大げさに童話語ってただけだったの!?
そんなことがタカタの脳内を駆け巡るが、同時に一つの答えが頭に湧き出てきた。すなわち、桃太郎の童話をやたら壮大に話したのではなく、壮大な冒険が桃太郎に似ていたからそう呼ばれるようになったんじゃないか、と。
(そうか、日本人なら誰でも知っている童話の主人公。撃退士はそれに匹敵するのかぁ……)
「さて、俺の話はこれで終わりだな」
「じゃ、次は俺だぜ」
何か致命的な勘違いをしたまま、語り手は次に移る。
続けて話をするのは、ペンギン帽子がトレードマークのラファル A ユーティライネン(
jb4620)である。
●武勇伝・ラファルの場合
「武勇伝でんででんでんでんってな。やっぱ武勇伝となったらこれを言わなきゃねー」
「はぁ……」
「俺は爆弾魔とかいろいろ言われているし、やっぱそれ関係の話かな」
(今度はテロリスト!?)
自分よりちょっと年上の少女、ラファルの爆弾発言――文字通りの爆弾発言により、タカタはまたもや戦慄した。
「某会社の社屋の爆破解体清掃だな。以前の依頼で10階層ほどのビルで社長が行方不明になるって言う事件があった。おっとり刀で救出に駆けつけてみたところ、何のことはない、産廃の不法投棄場所になってたゴミビルで遭難してたってオチ」
「そ、遭難……」
「大量のゴミ袋で埋め尽くされた中にな。警備ロボやらなんやらまで誤作動を起こして正直まっとうな手段では手に負えなかったから、社長だけ助けて後は手持ちの火砲を叩き込んでビルごと焼却してやったのさー」
「ビル……焼却……」
「どうやったかって? 俺の体は8割がた機械になっているから内蔵火器もいろいろ仕込んであってな。V兵器の魔装砲弾をしこたまぶち込んでやったら崩れちまって随分と安普請だったよなー。100発くらいだったかな、こまけーこたぁ忘れちまったよ」
「8割機械……100発……」
もうラファルと言うか、撃退士の言葉を繰り返すだけのオウムに成り下がっているタカタ。
困ったことに、この話が完全事実だとわかるからこそ余計に彼の常識を破壊するのだ。タカタが偶々ニュースで見た、新聞にも載っていた、謎の社屋倒壊事件についての情報を知っているから。
「ま、俺としては頑張った方だね」
「そ、そうですか……」
全身兵器にそう言われると、もう神妙に頷くしかない。ちょっと頑張られると、自分の家まで消滅しそうだし。
「じゃあ、次は私――」
「いや、俺からだ」
次に名乗りを上げたのは、何故か猫のキグルミを着ているカーディス=キャットフィールド(
ja7927)だった。
だが、そこで彼から個人的に自作報告書を読んで疲れた様子のミハイル・エッカート(
jb0544)が割り込んだのだった。
●武勇伝・ミハイル&カーディスの場合
「お前は俺の武勇伝でも読んでろ」
「えっと?」
「ああ、すまないな。それじゃ、俺の資料を見てくれ」
「はい……」
カーディスに自分の報告書を渡し、ミハイルがタカタに対して報告を始める。
だが、そこでタカタは困ってしまった。ミハイルの報告書がアレだったために。
(……超下手な漫画形式。しかも某人間って)
「さて、俺は撃退士と会社員。二足のわらじでやってる」
「あ、そうなんですか」
ミハイル著の、お世辞にもうまいとは言えない漫画形式の報告書に唖然としていたら、いつの間にか話が始まっていた。
「俺はある日出社した。重役相手に撃退士ビジネスの展開を説明する目的でな。すると、そこで突然社内に強盗が乱入し、重役を人質にしたんだ」
「おおう。マジですか」
「ああ。もっとも、俺がいる以上襲撃失敗は確定しているようなもの……と言いたい所だが、奴らの中にもアウル覚醒者がいたんだ」
覚醒者がいる。それはつまり、撃退士と同等の力の持ち主が敵に回ったということだ。
「覚醒者相手に手は抜けないんだが、重役からは生け捕りにしろと命令されてな。手間取ってる間に、強盗共が社内の一室に人質と一緒に逃げ込んじまってな」
「それは、ピンチですね」
「ああ。下手すれば人質が殺されてしまう。そこで、俺は通気口なんかから進入したわけだ。そして光纏し、こう言ってやったんだ」
そこでミハイルは一旦溜め、決め台詞のようにビシッと決めた。
「お前らの銃など俺には効かない。そして、命の保障もしない、ってな」
「え? でも人質……」
「ああ。奴らもそう言った。だから俺はこう言ってやったんだ。『お前らが殺したってことにしてやるさ。面倒だからこの部屋ごと吹っ飛ばすぜ』ってな」
「え゛!?」
そのかなり危険な発言に、タカタは思わず叫び声を上げてしまう。だが、そんな彼を尻目にミハイルはあっけらかんと言ってのけたのだった。
「もちろん本気じゃない。大人の駆け引き、って奴だな」
「ミハイルさんかっこいい!」
渋く――実際こんなことを重役相手に言えるかなんて内心を隠しつつ――決めたミハイルに、彼の報告書を呼んでいたカーディスが歓声を上げた。
そして、そのテンションのままに今度は自分の話を聞いてくれと資料を出したのだった。
「これ、私のも読んでください!」
そう言って、カーディスは資料を、ざっと千枚くらいありそうな紙の束を出したのだった。
(うわ、凄い量。さっきミハイルさんが疲れた様子だったのは、こんな量のを読んだからだったのか)
「まずですね、私が調査以来で見つけた古代の宇宙船を誤って動かしてしまったところから始まります」
(え? 古代の宇宙船?)
いきなりおいおいとしか言いようの無い話から始まったが、今のタカタに撃退士の言葉を疑う気力は無い。
こんな話も、勢いのままに信じてしまうのだった。
「事故で宇宙に出てしまった私。そこに敵の宇宙艦隊が現れて威嚇砲撃してきたのです! そして、私はそれを華麗に回避し、逆に迎撃してやりました!」
いや、敵って誰だよとか、いつから古代の宇宙船を華麗に動かせるようになったんだとか、そんな呟きを小さく漏らすミハイル。
だが、幸か不幸か、タカタはそれに気づかずに全てを信じるのだった。
「攻撃命令を出したとき、何と宇宙船の擬似人格とコンタクトをとることに成功します! そして、つい敵対勢力を撃退した私と宇宙船は、それより宇宙戦争に巻き込まれることとなったのです!」
(し、知らなかった。いつの間にか人類は宇宙人との接触に成功していたのか! もしや、あの猫キグルミは古代の宇宙服なのか!?)
何かもう、わけのわからない納得の仕方をしているタカタ。とは言え、自分の話で大いに驚いている依頼人に、カーディスはご満悦の様子だ。
当然、その周りを囲っているほかの撃退士達はちょっと苦笑いだが。
「では、詳しいことはこの資料を参照と言うことで」
「あー、はい」
量が膨大すぎる為、カーディスの武勇伝は粗筋だけでお開きとなった。
そして、これにて報告会は終了。依頼人、タカタにありえないような事実を知らしめ、そして撃退士への多大な勘違いをさせて幕を閉じたのだった……。