●レストラン『故郷の味』テラス席
「では、これより特別企画! 灼熱早食い大会を開始します!」
テラス席に座る六人の男女。それらを前に、これからどこか戦場にでも行くんですかと聞きたくなる防護服を身につけた性別もわからない人物の宣言がなされた。
彼はこの店のオーナーシェフであり、これから件の凶器を調理するべくこんな防護服を身につけているのだ。
更にその隣には普通の服装の若者が立っており、どうやら彼が司会進行を勤めるらしい。
「ふむ、専門家の調理とはこのように行われるものなのだな」
そんなオーナーシェフの格好をみて、何故か感心するような感想を述べたのはローニア レグルス(
jc1480)だ。
彼はまだまだ人間世界の常識に疎い天界出身者であるためか、明らかに料理人が身につけるものではない防護服にそんな感想を持ったらしい。
「凄い格好だが、客寄せか? ならば、ここは今日の戦場。俺は企業戦士、これが俺の戦闘服だ」
その隣に座っているミハイル・エッカート(
jb0544)が自分の襟元を正しながらそう呟く。
彼が着ているのはサラリーマン御用達のダークスーツにトレンチコート。ハードボイルド映画に出れそうな格好であるが、現在の季節は夏であり、一人我慢大会と化しているように見える。
しかも、手首や首下には包帯が見えており、怪我をしているようだ。ご丁寧に点滴まで腕に差しており、どう見ても怪我人ルックである。明らかにこれから始まる戦いに参加していい体調ではないようだ。
「では最初の種目、地獄の再現の第一章、肉まんです!」
「何!? カレーだけじゃなかったのかよ!」
今大会は、三種類の料理の早食いの総合結果で順位を決める。
それだけは全参加者に通達してあったはずなのだが、鐘田将太郎(
ja0114)だけはそれにいきなり抗議した。どうやら話を聞いていなかったらしい。
と言うのも、彼は無類の米好きだ。その為、この大会でカレーライスの早食いがあるとしか話を聞いていなかったのである。なんと無謀なことか。
そしてもちろん、そんな一人の為にプログラムが変わることはない。そんな訴えは黙殺され、早くも最初の料理、目が痛くなるような赤で覆われた肉まんが彼らの前に運ばれたのだった。
「やけに赤い肉まんだな。トマトで作ったのかね?」
「なんじゃこりゃ、肉まん赤っ! だが、ピーマンさえなければ上等だ」
「確かに赤いな」
上から鐘田、ミハイル、ローニアの感想だ。他の三人は無言で赤すぎる肉まんを見つめていた。
そう、彼ら三人と無言を貫く三人にはある違いがある。すなわち、慢心だったり好奇心だったり単に聞き逃しただけだったり理由はいろいろだが、彼ら三人はこれから自分達が何を食べるのか知らないのだ。
その差はまず行動に現れる。目の前にあるのがどんな凶器か知らない三人は、試合開始の合図と同時に赤肉まんへとかぶりついたのだ。
すると――
「……って、か、かれー!! 何だよコレ!? 暴君どんだけ入れてんだよ!!」
「な、なるほどこう言う趣向か。だが辛味とは痛覚だ。撃退士には通じない」
「お、オリーブオイル!」
まず鐘田が爆発した。これが漫画だったら火を吹いていたんじゃないかと言う勢いで空に向かって咆哮を上げている。
ちなみに、暴君とは唐辛子界で非常に有名なハバネロのことだ。だが、今食べているのは世界最強のキャロライナ・リーパー。ハバネロの五倍の戦闘力を持つ規格外の敵であることを彼は知らない。
そして、その隣では汗をたらしたミハイルが無理やり冷静な態度を維持し、ローニアが持参したオリーブオイルを一気飲みしていた。この大会は持ち込みありだ。
「ぶっちゃけ食感以外に肉が入ってる意味が分からんね。味覚死ぬし」
そんな凶器レベルの辛さに悶絶する人たちの横で、一見余裕そうな鷺谷 明(
ja0776)がそう呟いた。
彼は知っている側の人間であり、これが最強の辛さであることも知っている。その覚悟の差がこの余裕の正体だろう。まあ、彼個人が味覚に対してちょっとした耐性を持っていることも関係しているのだろうが。
「うみゅ? ……みゅ? ……みゅ、あ、みゅああああっ!!! 辛いよぅ、熱いよぅ! じゅーしぃーだけど……クリスタルダストー!!」
「おおースゲー」
そしてもちろん、覚悟しているからと言って耐えられるほど世界最強は甘くない。
覚悟してから口に入れたはずのユリア・スズノミヤ(
ja9826)は、肉まんはうまいんだけど辛すぎると奇声を上げ、何を思ったのか巨大な氷を作り出した。
周りのギャラリーには好評のようだが、当然辛味が静まるわけは無かった。
「そんなに飛ばすと後が持たないよ!」
最後の参加者、アサニエル(
jb5431)は一人冷静に動いていた。
彼女は肉まんを幾つかに割り、冷めるのを待っているのだ。しかも、その間に持参した辛味中和効果を期待できるものを口に運んでいる。
普通に考えると大食い早食い大会でそんなものを口にするのは間違いだが、今回だけはそれが正解だ。何せ、目の前にあるのは本来ならば幾つ食べられるかを競うものではなく、完食できたら賞金出しますレベルの凶器なのだから。
「さーて、間もなく第一種目終了ですが、現時点のトップはユリア選手! 二位にアサニエル選手! 三位がミハイル選手です!」
そんな撃退士達の阿鼻叫喚を、司会の店員が煽っていく。
既にその辛さと暑さで大半が上着を脱ぎ、ミハイルに至っては傷が開いてちょっと出血しているのになかなか肝が据わっている。
そして、無事に第一種目は終了した。とりあえず死者ゼロである。
「はい、終了です! では、休み暇なく次の種目! 灼熱ラーメンに移行します!」
「鬼かあんたは!!」
「あ、ちなみにスープ一滴でも残したら完食と認めません」
「悪魔か!!」
無事かどうかは分からないが、撃退士達がちょっと死闘でも繰り広げた後のような疲労感と口に広がる痛みに近い辛さを無視してさっさとプログラムは消化されていく。
次のメニューは激辛成分たっぷりのラーメン。辛さと共に熱さを強調する料理だ。
「これも暴君たっぷりのラーメンか……」
「闇鍋に比べたらこの程度……」
「ラーメン赤っ!」
「湯気が呼吸器にダメージを与える様だ」
このちょっと引くくらい赤いラーメンに、各人はそれぞれ思い思いの感想を述べた。
この湯気が痴漢撃退スプレーくらいの活躍は出来そうなラーメンの前に元気なのは、先ほど一位をとったユリアと体力を温存しているアサニエルくらいである。
「……ごふっ、ぐあっ、腹いてぇ!!」
ハードボイルドな男は逃げない。既に唯一物理的にダメージを負っているミハイルがラーメンを一気に啜るが、その表情は苦痛に歪む。
まあそりゃそうだ。撃退士は確かに痛みに慣れているが――消化器系は鍛えていないのだから。
結局、どこに持っていたんだとツッコミいれたくなる点滴を更に増やす結果となったのだった。
おまけに自動体外式除細動機ことAEDまで用意している。その用意が間違っているとは言わないが、一体何を想定していたのだろうか?
「そろそろ本気出すよ!」
「すいませーん。小鉢くださーい」
一方、冷静さを失っていないアサニエルとユリアはそれぞれ策を持って動き出した。
アサニエルは両手に箸を持ち、片手で食べている間にもう片手で麺を持ち上げて冷ます作戦に。ユリアは予め小鉢に移して冷めやすくする作戦である。
「身体が熱くなってきやがった……」
「やっぱり味なんてわかんないね。味覚完全に死んだよ」
その一方で、鐘田はもう余裕なんて欠片もないが『カレーライス』への一念だけで上半身裸になっても堪えていた。
そして、鷺谷は不自然なまでに自然体だ。この超激辛を食べて汗一つかかないなんてありえないのに、何故か何の変化もない。明らかに何かしているようだ。
……つまり、本当に問題無しではないということであった。
「ゴフッゴフッ! 痛っ!!」
「うおっ! 危ないぞ!!」
「すまん。義肢に仕込んでいるものでな。……当たらんように避けろ」
そして、ラーメンからの刺激に咽たローニアは、ついラーメンのスープを跳ねさせてしまった。
このスープはもはや武器。それが体に付着すると言うことは、すなわち痛みを受けると言うことだ。
その僅かながらもダメージに驚いた改造人間ローニアは、四肢に仕込んだ刃を思わず展開してしまう。そして、それが隣で血を流していたミハイルを襲ったのだった。
咄嗟の緊急回避で事なきを得たとは言え、ここだけ完全に血潮が舞う戦場と化しているのだった。
「はーい、そろそろラーメンも終了ですねー。順位は一位がアサニエル選手! 二位がユリア選手! そして三位が鷺谷選手でした!」
「うにゅー負けたぁー!」
「さあ、分かっているとは思いますがノンストップで最終種目、カレーライスへ移りたいと思います!!」
「おお! ついにカレーか!!」
前二つの激辛に殺されかけてた鐘田がここで復活した。元々カレーライスを目当てにして来ただけに、ようやくテンションアップと言った所だろう。
そんな彼の頭の中に、辛さという要素をダイレクトに表現する『カレー』と言う料理の真実が残っているのかは実に不安だが。
「赤すぎるぜ。カレーと言っていいものか?」
カレーは辛い。そんな常識知っていたはずなのに、それでも常軌を逸した色合いにミハイルは引け腰になる。まあ、半死人が食べていいものでないのだけは間違いない。
もう汗ダラダラの上に包帯がどんどん血で赤く染まっていくミハイルの汗をユリアが気を利かせて拭いたりする中、ついに最終決戦が始まるのだった。
「ぐぅおぉぉぉ!? これも激辛か!」
「うぐぁあああ……腹が死ぬ! やべぇ、こいつは天魔より強い!」
念願のカレーだと、そして男の維持を見せてやるとまず鐘田とミハイルが勢いよく飲み込むようにスプーンを動かした。
そして、当然のように悶絶した。既に体力の限界であるミハイルなど、椅子から転げ落ちで悶え苦しんでいる。
まあ、わざわざ点滴の針を抜いてから転げまわって血飛沫撒き散らしている辺り、もしかしたらまだ余裕なのかも知れないが。
「あっはっは! 死にそうな人は指差して笑ってやるのが我が正義」
そして、そんな死一歩手前のミハイルを鷺谷が指差して笑った。なかなかに外道だが、ちゃっかり回復スキルを同時使用している辺り真の外道ではないのだろう、多分。
「ふぅ、ふぅ、やるじゃないか、お前。この俺をここまで追い詰めるとはな!」
笑われながらも回復を受けたミハイルは、律儀に点滴を戻しつつ強敵(カレー)に向かって啖呵をきる。もう完全に戦闘依頼のテンションだ。
そして、再び席に着こうとしたところで――ゆっくりと倒れ付すのだった。
「おおっと! ミハイル選手ここでリタイアか!?」
「牛乳、プリーズ……」
遺言を残し、ミハイル脱落。一応言っておくが、血塗れで本当に死んでいるように見えるが一応息はある。
「さて……俺も、後悔はしないと決めていてな」
そして、鷺谷も何か覚悟を決めたようにカレー皿を一気にかきこんだ。その姿は、まさに魔王に立ち向かう勇者――を守るために犠牲になる戦士くらいの意気込みであった。
そして、ついに一皿完食した末、何か達観したように一息ついた。まるで、消える前の最後のロウソクのように。
「……さらば。ぶおおおぉぉぉ!!」
鷺谷は、わざわざスキルを使用してマジで火を吐いて倒れ、動かなくなった。最後の意地を見せてのリタイアである。
「完食、出される限り完食……」
そんな死人だらけの早食い大会と化す中、ローニアはまずカレールーだけを食べる作戦に出ていた。全身凶器の恐ろしさを見せつつも、米がルーの辛味を引き立てることを恐れての作戦だ。
だが、やはりすぐに限界が来るのだった。
「うわっ! あぶなっ!!」
「……すまないがスプーンのお代りを頼む」
辛味に拒絶反応が起きたのだろう。ローニアの腕は、まるでロケットパンチのようにスプーン片手に飛んでいったのだった。
「もう遠慮は要らない! ラストスパートだよ!!」
「米では負けん!!」
「ピロシキにつけるとちょっとマイルド?」
もはや食べ物大会なのかビックリ人間コンテストなのか戦場なのかもわからなくなる中、今まで体力温存で戦ってきたアサニエル、持参したピロシキによって辛さ中和を目論むユリア、そして念願の米なら気合で食べると全身を赤く染める鐘田もラストスパートをかける。
ここにきて策を捨てて飲むようにカレーを胃に収めるアサニエル。
これは夏野菜とピロシキで食べれば女性受けするなどと凶器を語るユリア。
最初から気合と米への愛だけで捨て身に出る鐘田。
そして、スプーンと腕を取り戻して再び悶絶しながらも食べ続けるローニア。
ついでに、今まさにこうなることはわかっていたと用意されていた担架で病院に搬送されていくミハイルと鷺谷。
最後の二人はともかく、四者のデッドヒートが繰り広げられるのだった。一歩間違えればマジで死ぬデッドで辛さ的な意味でのヒートである。
「……それまで! 試合終了です!!」
「お、終わった……」
司会者が時間を告げると、全員崩れるようにテーブルの上に倒れた。どんだけ余裕も持っていても、世界最強の力を正面から受ければこうなって当然だ。
「さて、ただいまのカレー勝負ですが……一位は鐘田選手!」
「よっし!!」
「二位はアサニエル選手!」
「まあまあだね」
「そして三位はユリア選手でした」
「うにゅー!」
「四位か……スプーンのロスが効いたか」
告げられた順位に、各自はそれぞれの思いを口にする。特に米勝負で勝利した鐘田はうれしそうだ。口の中辛すぎて涙目だけど。
「では、最後に総合順位の発表です!」
そして、最後の審判が下される。今までの成績は全部発表されているのだから計算しようと思えば簡単なのだが、もはや参加者にそんなこと考える余裕はないのだった。
「総合得点第一位は……28点のアサニエル選手です!!」
「天辺取ったよ!!」
優勝者となったアサニエルは勢いよく立ち上がり、勝利の雄たけびを上げた。
他の参加者達はそれぞれの悔しい思いを抱いただろうが、彼らも立派に戦ったのだ。文字通り倒れるまで戦い続けたミハイルや鷺谷も含めて、全員健闘したのは間違いない。
相手は世界最強の辛味、キャロライナ・リーパーだったのだから。
「では、優勝したアサニエル選手には優勝商品として金一封が送られます」
「おや、そんなのあるのかい?」
「一応大会ですしね」
アサニエルが勝者の証を受け取る。そして、それを他の参加者達がひりひりする口を押さえつつ称えた。
こうして、この死人量産間違いなしと思われた無謀な早食い大会は、なんと半数以上が生還すると言う結果で和やかに幕を閉じたのだった……。