●切り刻まれた公園
カマイタチの討伐。その依頼を受けた撃退士達は、風の妖怪が潜むと言う公園へとやってきていた。
「どうせその辺にいるんだろ? 隠れてないでかかって来いよ」
「やーい、カマイタチー! 自慢の風の刃をみせてみろー! それとも怖くて出てこれないのかー」
公園に着いたのはいいが、敵影は見えない。ここにいることだけは間違いないので、恐らく隠れて様子を見ているのだろう。
そう考えた六道 鈴音(
ja4192)と天険 突破(
jb0947)が言葉で挑発してみるが、これと言って変化は無い。一撃攻撃を当てただけで姿を現すくらいに沸点が低いと事前に交戦した撃退士から聞いてきたが、どうやら言葉は通じないようだ。
「じゃあ、俺は上から」
「あたし達は下から探そうか」
「はい、頑張りましょう」
敵がいないのではどうしようもない。そこで、まずは敵の捜索から始めることとなった。
まず空から全体を見渡す為に西條 弥彦(
jb9624)が背に悪魔の翼を顕現させ、宙へと飛び上がった。
他の五人は直接公園内へと入り、自らを囮にしつつ敵を探す予定だ。特に黒井 明斗(
jb0525)はこれが初めてとなるスレイプニルの召喚を行い、気合の入った臨戦態勢である。
地上組の中で、まずアサニエル(
jb5431)が一歩前に出てカマイタチ捜索の肝になるであろう生命感知の力を早速発動させる。敵の位置もわからない状態で敵に関わる能力を使うというのは危険だが、リスクは承知の上だ。
むしろ、攻撃してくれば逆に位置を掴んでやるくらいの気概で周囲を探っていった。
「ん? なんかいるね」
「え! どっち!?」
早速、何かが感知網に引っかかったようだ。アサニエルはすぐさま方向指示を出し、仲間達を敵がいると思われる場所へと誘導する。
だが、残念ながらすぐに見失ってしまった。どうやら警戒網に入っていることに気がついたようで、地面を舐めるような低空飛行で距離を取られてしまったのだ。
結局、判ったのは何か素早いものが公園内をうろちょろしていることだけだった。小さいだけのことはあり、逃げに徹されると非常に面倒くさい。小動物が地球上から駆逐されていない理由だろう。
……ついでに、短距離ダッシュは結構疲れることを再確認もできたりした。
「中々捕捉できないね……これがホントのイタチゴッコってやつかい」
ちょっと場所を変えて二度目の感知を発動させる。だが、これもまた先ほどと同じような結果に終わってしまう。
その結果に思わず悪態をつくアサニエルだが、ここで敵からこの均衡を崩す一手が放たれた。感知によって判明した方向とは逆の方向から風の刃による奇襲が放たれたのだ。
「ッ!? チィ!!」
攻撃されるとしても、感知した方向からだと思っていた。その心の隙もあって、背後から飛んで来た風の刃を撃退士達は避けきれなかった。
特に、自ら囮になっている形のアサニエルにだけは直撃に近い形で命中してしまう。戦闘不能と言うほどではないが、無視はできないダメージだ。
「治療します!」
集団を襲う攻撃を受けてしまったが、まだまだ負けたわけではない。素早く立て直すべく、黒井はアウルの光を乗せた風を放った。
この風には癒しの力があり、範囲内にいる者全員を回復させられるのだ。
「すまないね、助かったよ」
「いえ、当然のことです。ですが……」
「ああ、また見失っちまったね」
回復こそ出来たが、カマイタチはすぐにまた姿をくらましてしまった。空から見張っていた西條からも見えない位置だったらしく、またもや見失ってしまったわけだ。
「どうやら、こっちの範囲索敵を逆手に取ってるみたいですね」
六道の予測に、撃退士達は皆頷いた。どうやら、二体交互に索敵範囲を出たり入ったりすることでこちらをかく乱しているようなのだ。
どうやらそこそこ知能もあるようだと、撃退士達は知らず知らずのうちに汗を流すのだった。
「生命感知は後一回。無駄遣いはできないよ」
「いや、すぐ行こう。何となく見えてきた」
その後も、所々補足できるが捉えることは出来ない状況が続いた。虎の子である感知能力の使用回数的にも慎重にならざるを得ないところだが、空から見ている西條が何か思いついたようだ。空から全体を見ることが出来た関係上、カマイタチの行動パターンを把握することができたらしい。
何を考え付いたんだと、当然他の撃退士達は説明を求め、それに答えるべく西條は事前に用意したヘッドセットを使って端的に情報の共有を行った。
曰く、敵は交互に索敵範囲をかく乱すべく動いている。そして、実際に攻撃するときには生命感知の範囲外から撃っているのだ、と。
「なるほどね。わかったよ」
話を聞いたアサニエルは、三回目の生命感知を発動させた。
このとき一匹引っかかるが、やはりもう一匹を捉えることは出来ない。だが、それは想定の内なのだ。
アサニエルの示す方角の逆、同時に空の西條からも見えない茂み。そこに彼は注目する。
感知したカマイタチの逆方向とは、自然と撃退士達の背後になる。すなわち、そここそが攻撃役のカマイタチにとっての絶好の狙撃ポイントとなるのだ。
それさえ分かっていれば話は簡単だ。予め該当する場所が絞られる位置に全員で移動し、先ほどの手順を繰り返せばいい。それだけで、勝手に狙いをつけている場所へと標的がやってくるのだから。
「見つけたぜ」
予想通り、そこには背後から攻撃しようとしているカマイタチがいた。
その風の攻撃が放たれるよりも早く、西條はマーキング効果を持った弾丸を撃ち込むのだった。
「キュ!?」
弾丸は見事に命中し、カマイタチの位置が明確に暴かれる。同時に、攻撃を受けたことでカマイタチはいきり立ったようだ。
怒りのまま姿を見せたカマイタチに向かって、構えていた天険が先制でアウルの鎖を放った。これで空から叩き落そうとしているのだ。
しかし、流石に正面からの攻撃は避けられてしまう。だが、その間に六道と天羽 伊都(
jb2199)の二人が駆け出した。真っ直ぐ一直線に敵に向かって走り出したのだ。
当然、自分に向かってくる敵を止めようと、カマイタチは突風で足止めしようとする。その暴風を前にしては、並の人間では進むどころか立っていることも困難だろう。
「これ使うのイヤなんだけどなあ……」
だが、天羽は既に嫌そうな顔ながらも天魔としての翼を展開しており、同時に全身を白銀で覆うような勇ましい姿へと変化して堪える。
天羽が銀獅子モードと呼ぶそれは、圧倒的な移動能力を彼に与えるのだ。その力をもってすれば、逆風の中をゆっくりではあるが進むことすら可能になるのだった。
「残念だけど、こんなんじゃ私の動きを封じるのは無理ね」
同じく、六道も風を無視して一歩一歩地面を踏みしめるように進んでいた。こちらは小細工なしの正面突破であり、純粋に抵抗能力によるごり押しである。
方法は違えど、突っ込んだ二人は共に正面突破によって徐々に距離を詰めていく。だが、それを見てもカマイタチは余裕の様子だ。
何故ならば、カマイタチに近づけば近づくほどに風は強烈になっていく。いくらなんでも、流石にこれ以上の接近は無理だ。そうカマイタチは考えているのだろう。
その慢心を咎めるかのように、六道の姿がふと消える。そして、次の瞬間にはカマイタチの背後に移動したのだった。
「はい、つかまえた」
瞬間移動能力による、風を無視した接近作戦。これは見事にはまり、カマイタチもいきなり捕まったことに驚きを隠せなかった。
とは言え、いくら近づいても流石にゼロ距離突風は危ない。冷静になられて最大威力の風によって吹き飛ばされる前に、六道は速攻を仕掛けるのだった。
「おしおきの時間よ。六道鬼雷撃!」
六道の全身から放たれる雷がカマイタチを襲い、その体を痺れさせる。これには堪らず、カマイタチは風を解除してしまうほどのダメージを受けた。
「チェックメイトね。くらえ、六道呪炎煉獄!!」
「キュキュキュ!」
そのまま止めを刺そう紅蓮と漆黒の双炎を放とうとするが、それは見逃せないともう一匹のカマイタチが姿を現した。
そして、六道へと連続で風の刃を放ってきたのだった。
「くっ……。どこから攻撃してきてるのよ!」
直撃を避けるために、六道はトドメの一撃を中断して回避に徹した。タイミング的に完全回避とは行かずにかすり傷を受けるが、この一手は大きい。
ついに、敵の全てが姿を現したのだから。
「銀獅子の妙技とくと味わえ!」
更に、一匹目のカマイタチとて逃がしたわけではない。突風が消えた今、ジリジリと進んでいた天羽が一気に接近したのだ。銀獅子と化した今の彼ならば、ほんの一瞬の隙を突いて接近戦に持ち込むことなど容易いのだから。
距離を詰めた天羽は、手にした直刀でカマイタチに斬りかかる。
痺れが一番ひどいタイミングこそ乗り切ったが、カマイタチには風を作るほどの時間的余裕が無い。やむを得ず、天羽の直刀を両手の鎌で受け止めた。
だが、銀獅子の一刀をどうして小動物如きが止められると言うのか。ほんの一瞬の均衡の後に、カマイタチはその体を両断されたのだった。
「キュー!!」
仲間がやられたことに怒ったのか、二匹目のカマイタチが気炎を上げる。だが、それに追い討ちをかけるように、またもや上空から西條がマーキング弾を命中させ、沸点が低い獣の理性を完全に奪い去った。
当然カマイタチは怒り狂うが、既に遅い。先ほどの攻撃をした瞬間、背後で待機していたアサニエルが空を舞うものを地に引き摺り下ろす鎖を放っているのだ。
「偶には地面を這うのもいいんじゃないかい?」
「キュキュ!?」
冷静さを欠き、カマイタチは鎖に囚われる。その隙を突くべく、今度は天険が走り出した。
だが、このままやられるほどこの妖怪も弱くは無い。縛られながらも慌てて自らを守る突風壁を作り出したのだった。
「よお、隣に立たれる感想はあるか?」
「キュキュ!?」
だが、突風に煽られた瞬間、天険は後退するどころか加速した。アウルの力で瞬間的な加速を得て、真っ直ぐ風を突っ切ったのだ。
この反則的な移動術により、自分のテリトリーへと容易くカマイタチは踏み込まれた。肉体能力をさっぱり持たないカマイタチにとって、接近状態とは危険以外の何物でもないのだ。しかも今は鎖に縛られている。この状況でなお自分の勝利を信じられるほど、カマイタチは思い上がってはいなかった。
本来ならば空を逃げたいところなのだが、今は鎖によって飛行を封じられている。仕方なく、カマイタチは手に備わった鎌のせいで苦手な陸上移動で走って逃げることにした。
「逃しません」
だが、それを囲む撃退士が許すはずも無い。接近こそしたが急加速の反動で方向転換できなかった天険は反応できなかったが、一歩引いた位置から全体を見渡していた黒井が自ら召喚したスレイプニルと共に回り込んだのだ。
まさに、逃げ出したがしかし回り込まれてしまった状態である。
「逃げんなよ」
チョロチョロと走って逃げ出したカマイタチに向けて、天険は後ろから衝撃波を放った。黒井によって足を止められたカマイタチを外すわけもなく、衝撃波が直撃する。
それによって、カマイタチは大きく吹き飛ばされた。その隙を逃す理由は無く、更に黒井のスレイプニルまでブレスによって追い討ちをかけるのだった。
肉体能力は低いカマイタチ。それが援護を受けるべき仲間もいない状態で、連続の直撃を受けた。流石に耐えられるわけも無く、二匹目のカマイタチもここに倒れたのだった。
●戦闘終了後
「イタタタ……。ったく、痛いねぇ」
「仕方ないですよ。我慢してください」
「私もお願いします……」
「わかっていますよ」
戦いが終わった後、黒井が救急箱でアサニエルと六道に簡易的な治療を施していた。
黒井は、戦っていたときとは違い非常に温和な表情だ。本来は、戦うことよりもこうして人に親切を働くことにこそ幸せを感じるタイプなのだろう。
最初の補足出来ない状態からの風の刃でそこそこの人数が傷ついたが、ほとんどがかすり傷だった。それは既に治癒し終わっているのだが、流石に直撃を受けたアサニエルと不意打ちを受けた六道だけには簡易とは言え治療が必要だったのだ。
重傷には程遠い軽い怪我だが、何事も小事こそ丁寧にやらなければならないのである。
「お疲れサンサーン、中々骨の折れる仕事でしたね〜」
「ん、ありがとう」
座って休憩していた撃退士達に、天羽が陽気に声をかけた。その手には、人数分の缶コーヒーが握られている。
最初に短距離ダッシュを繰り返しただけはあり、全員喉がからからだった。そこで、自販機で缶コーヒーを買ってきてくれたのだ。
「それにしても、この公園大分荒れちゃいましたね」
治療を終え、手渡されたコーヒーをゆっくりと飲みながら黒井が呟いた。自らの召喚獣を労わりながらではあるが、破壊された公園の惨状を嘆いているようだ。
「仕方ないだろう? あたし達は全力を尽くした。ただそれだけさ」
「そうですね……」
元々、この公園は彼らがやってくる前に破壊されていた。ならばどうしようもないことだと割り切り、コーヒーと共にほんの僅かな後悔を飲み干していく。
こうして、突然現れた妖怪騒ぎは終着したのだった。