●ソウイチの部屋
思いつき企画、闇鍋パーティ。それに参加すべく、主催者ソウイチの部屋へと六人の撃退士が訪れていた。
(これがオタクの部屋かぁ……)
「この部屋漫画で見たことあるぜ……。ストーカーの部屋だ……」
狩野 峰雪(
ja0345)は心の中でそう思い、物珍しそうに部屋を見渡す。そして、藤沖拓美(
jc1431)は正直に心の内を口にしたのだった。
その辺の感情表現の差は人生経験の差からくるものかもしれないが、いずれにしてもその感想は妥当なものだった。
何せ、ポスターやら何やらで部屋が埋め尽くされているのだから。
「さて、じゃあ早速始めようぜ」
この話題に深入りすると不幸になる。そう判断したミハイル・エッカート(
jb0544)は、さっさと本題の闇鍋を始めようと提案した。
「あ、うん。もう鍋の用意はできてるから、皆で食材を持って集まってくれる?」
そう言って、ソウイチは部屋の中央に置かれたテーブルの上に置かれた土鍋を指差した。
「じゃあ、電気消すから各自鍋に食材入れてね」
「わあ、本当に真っ暗なの」
ソウイチが電気を消すと、この部屋は本当に何も見えない暗闇へと姿を変えた。そして、その暗さにペルル・ロゼ・グラス(
jc0873)が軽く驚きの声を上げた。
暗闇の中、各自が持ち寄った食材が次々と鍋に投入されていく。その際に響く様々な音が参加者の不安を煽るのだ。
「全員入れた?」
「あ、僕がまだですよ。できる限り最後に入れたいので」
全員終わったか確認したとき、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)がそんなことを言いながら自分の食材を投入した。
改めて全員の投入を確認した後、ソウイチは暗闇の中で蓋をし、一旦電気をつけた。そして、鍋を火にかけるのだった。
「じゃ、煮込む間に鍋をとる順番を決めましょーか」
「俺、一番がいい!」
「そう? じゃあ一番ね。他はくじ引きでいい?」
ソウイチは、別に順番なんて関係ないだろうとくじ引きを提案した。だが、藤沖が一番目が良いと立候補したのだった。
これは藤沖の作戦だ。箸を付けるのが早ければ早いほどアタリ具に出会いやすいと言う理論の元、先手を取ったのである。
……ちなみに、確率論的には何番目でも関係ない事を明記しておく。
「そうだ。口直しにサラダを持って来たよ。普通の鍋より野菜が少なくなりそうなので、その分を補うためにね」
煮えるまで暇になったところで、咲魔 聡一(
jb9491)がサラダを取り出した。そして、自分と同じ名前を持つソウイチに向かって声を張り上げたのだった。
「……補えソウイチ君! 好き嫌いぬかすな! それでも彼女のファンか!」
咲魔は、事前にソウイチの崇拝するアイドルについて調べてきたのだ。彼のアイドルを引き合いに出し、健康に気を使えと言い含めようとしているのだ。
が、咲魔は一つ重大なミスを犯した。そりゃもう、もしここが戦場だったら死にかねないほどのミスを。
「おお! 君も我が天使のファンなのか!」
「え?」
一つの分野に過剰な愛を注ぐもの。それがオタクと呼ばれる人種だ。それも、目の前にいるのは不足した栄養を愛と狂気で補う筋金入り。
そんな相手に趣味の話を振る。それすなわち、ダイナマイトを体に巻きつけて火事場に特攻するも同然であった。
「いやーやっぱり彼女の魅力は――」
怒涛のアイドル語り。その圧倒的な勢いはもはや洗脳だ。
あくまでも話を合わせる為だけに下調べしてきた咲魔。その程度で、この怪人に太刀打ちできる訳がない。
人を説得するにもっとも必要なのは、自信。力強い主張は、どんな理論をも捻じ伏せる力があるものだ。
そして、ソウイチの愛にはその力強さがあるのだった。
「と言うわけだ。素晴らしいだろう」
「ウん。テんシサイこウ――」
「あー、そろそろ鍋も煮えたんじゃないか?」
本当に洗脳されかかり、宇宙人のような片言になる咲魔。このままだといろいろ人生に支障をきたしそうだが、見かねたミハイルが助け舟を出した。
それを聞き入れ、ソウイチは話を切り上げて再び電気を消しに行く。
このまま話が続けば危なかったが、まだ初期症状だ。しばらくすれば正気に戻るだろう。
こうして、やや急ぎ足で再び電気が消され、闇鍋パーティが始まったのだった。
●闇鍋開始
「よし! じゃあまずは俺の番だッ!?」
一番手の藤沖。彼は自らの手で暗闇の中の鍋蓋を取り外し、何をする前から息を呑んだ。
匂いだ。どう考えても普通の鍋から来るとは思えない甘ったるい匂いが部屋を満たしたのだ。
「こ、これは……?」
その匂いには、原因の一人を除いて全員が眉を顰めた。だが、だからと言って一番手が手を止めていい理由にはならない。
藤沖は覚悟を決めて箸を鍋に突っ込み、何かを掴んだ。そして、勢いよく口に入れたのだった。
「甘っ! マズ! 味の国際紛争やぁ!」
口に入れた瞬間に広がる、醤油と強烈な甘味。そして、口に入れた何かが大量に出す甘い煮汁。それが藤沖の舌を一気に破壊したのだった。
「なんだよこの甘さ! ってか、これはひょっとして俺の入れた高野豆腐か?」
藤沖が引いたのは、どうなるかわからない闇鍋の汁をたっぷり吸い込ませようと用意された高野豆腐であった。
そして、藤沖は自らその食材を手にしたのだ。まさに自業自得である。
「高野豆腐? それは僕も入れたよ」
「甘いのは僕の入れたチョコレートの塊でしょう」
「なっ! チョ、チョコだと……!?」
高野豆腐は、メンバー最年長である狩野も入れたと告白した。だが、それを遥かに凌ぐクレイジーな一言がマステリオの口から放たれた。
何故彼が最後に食材を投入することに拘ったのか。それは、解けてしまうチョコを食材に選んだからであったのだ。
それはつまり、既にこの鍋は闇どころかチョコによって覆われた黒鍋と化していることを示していたのだった。
「つ、次は俺だな……」
二番手はミハイル。このロシアンルーレットからただの銃殺刑に変わった黒鍋に挑む二番手である。
「――グゴォ!?」
闇の中に響き渡る、死の間際の断末魔のような嗚咽。笑いの神は、ミハイルに一切容赦などしなかったのだ。
そう、彼が引いたのは彼がもっとも嫌う食物たるピーマン。それも、チョコ風味となった常人でもきつい一品であった。
おまけに、チョコ臭によってピーマン臭が隠されてしまった不意打ちの一発であった。
「た、食べきったぜ……がく」
「どうやら、先輩は僕のピーマンに当たったようですね」
倒れ伏すような事を言うミハイルに、チョコ鍋の衝撃で正気を取り戻した咲魔が一言解説した。
先輩と呼ぶ男が嫌いだとわかっているピーマンをあえて入れるとは、彼もなかなかいい根性している。
「じゃ、次は僕ですね」
三番手は、このチョコ鍋の諸悪の根源であるマステリオ。チョコが大好物であると言いきるだけの事はあり、躊躇無く鍋から何かを口に運んだ。
「あ、僕の入れたチョコですね。よかったー溶けきってなくて」
(チィ!)
実に幸せそうな声で自前のチョコを頬張るマステリオ。まだ溶けてないとかどんだけでかいチョコぶち込んだんだ。
そして、諸悪の根源が無傷なことに誰とは言わないが舌打ちするのだった。
「次は俺だな」
四番手は主催者であるアイドルオタク・ソウイチ。
既に根源であるチョコは取り除かれたが、既にその味が鍋に広がっていることに変わりは無い。彼は決死の覚悟で酷く持ちにくい何かを口に運び――思いっきり悶えた。
「なんだこりゃ!? 油の固まりか!?」
口に入れたものは、ほとんど溶けていた。わかる事はひたすら脂っこいことだけ。とにかく胸焼けしそうな味わいであることだけであった。
そして、その疑問に答えたのは、やはりマステリオであった。
「きっと、僕の入れたバターですね」
(バターだとぉぉぉぉ!?)
バターは美味しい。だが、間違っても鍋に入れるものでも単品で塊を口にするものでもない。
中にはそれが美味いと感じる人もいるだろうが……ソウイチにはただただきついだけであった。
「次は私なの」
五番手はペルル。致死率が非常に高い鍋から取り出したのは、小さい何かだった。その正体は――
「舌の上でシャッキリピポンと食材が踊る……! これキウイ? 暖めた果物ってまずいの……」
「お! 俺のイエローキウイか」
何となく言ってみたかったセリフのあと、本音を漏らすペルル。
基本的に、果物とは冷やした方が美味いのが定説だ。それを鍋で煮た上に、チョコと醤油の味付け。そりゃきついに決まっている。
根性で完食するが、投入した犯人であるミハイルをぺルルは暗闇の中で睨みつけ、不吉な一言を放つのだった。
「なるほど……。喜べ、コレを入れた貴方はあたしのサークルの同人誌であられもないことになるなの」
この先、中年撃退士ミハイルがどんな姿で公開されるのか。それはペルル次第である……。
「先輩がどうなるのかは放っておいて、次は僕だね」
六番手は咲魔。洗脳から立ち直って何かを掴み、口に運んだ。そして、何かの苦味に眉を顰めるのだった。
「僕の料理よりは、マシだ……。何か苦いけど、これ野菜かな?」
「あ、ひょっとして私の入れたワサビなの?」
「……擦らないワサビって、こんな感じなんだ」
日常的に食されるワサビは、細胞をすり潰すことで辛味を引き立てている。しかし一本丸々入れられたワサビは、辛味よりも若干の苦味を感じさせるのだ。
……チョコの甘みが、よりその苦味を引き立てているわけだが。
「最後は僕だね」
一巡目最後の挑戦者は狩野。既にこの鍋の恐ろしさは十分にわかっているが、臆せず何やら妙に重い食材を掴みあげたのだった。
「妙に重いね……うっ! これは、ひょっとしてタコかな……?」
「あ! 私の入れたタコなの!」
掴んだのは、ペルルの持ってきたタコであった。しかも、切り身ではない丸一匹である。
一応鍋に入るくらいのミニサイズだが、一揃い全部と言うのはなかなかにきつい。狩野は全て食べると決意しているために必死で食らいつくが、結構きついものがあった。
まあ、それでも本来は当たり食材だ。当たりなのだが……やっぱりチョコ味が全てを台無しにしていたのだった。
「さて、折り返しだね。じゃ、また一番から」
「お、おう……」
もはやこの鍋の恐ろしさは全員が知っている。だがそれでも止まれない一番手藤沖は、やっぱりハズレを引いたのだった。
「……パイナップル」
「あ、俺だ」
引き当てたのは、主催者ソウイチの食材であった。
あの『肉をやわらかくする』効果があると言う理由で投入され、そしてもったいないからとそのまま出てくる煮込みパイナップル。その威力は、広く知られているところである。
「次は俺だな。……もうピーマンは無いだろうな」
まだ先ほどのチョコピーマンのダメージが抜け切っていないのか、警戒しながら鍋をつつくミハイル。
掴みあげたのは自身が用意した食材、ミニハンバーグであった。
「焼きすぎだ、炭食ってるみたいだ」
しっかり火を通したハンバーグは、ちょっと焼きすぎだったようである。まあ、そもそもチョコスープとの相性が最悪なのもあるだろうが。
「次は僕ですね。……あっ! 高野豆腐だ! チョコ味がしみてて美味しいです!」
(まじか?)
黒鍋を作り出した諸悪の根源、マステリオ。彼はチョコ味なら何でも食べられる味オンチと言う無敵の鎧を発揮し、見事無傷でこの鍋を耐え切ったのだった。
……他の犠牲者を多々出しつつ、ではあるが。
次はソウイチの番だが、この男は自ら用意した食材であるグミによって自爆した。数種類の味を混ぜて引っ付けたトラップ食材だったが、まあ自業自得である。
そして次はペルルの番だが……彼女は掴んだ食材を無言で飲み込んだ後、やけに陽気な様子で叫んだのだった。
「鍋の出汁と絡み合い紡がれるラプソディー……味覚の大音楽会やー! なの。いやー、たこ焼きとは意表をつかれたの」
「お、俺のたこ焼きか」
彼女が掴んだのは藤沖のたこ焼き。それも、様々な調味料で事前に味付けされている一品であった。
そのチョコを交えた複数の味わいといったら、味の不協和音大会とでも言った所。普通に食べたら美味いだろうが、この鍋に入れたときの味わいはお察しと言ったところだ。
何とか食した後、彼女は地獄の底から響くような声色を出したのだった。
「ミハイル×藤沖……。覚悟するといいの」
その言葉が何を示すのか、それはペルルにしかわからない。だが、名前を出された二人は底知れぬ寒気を感じるのだった。
「次は僕だね。……ん? なんだろ、不思議な食感だね?」
「ああ、それはきっと僕のアボカドだね」
咲魔が取ったのは、狩野の食材アボカド。森のバターとも言われ、日本では生で食べられることが多い果物だ。
そう、生で食べる果物である。ならばそれを煮込み、かつチョココーティングともなればそれは……黙るしかない味わいである。
「さて、最後は僕だが……おや、これはキュウリだね。嫌いじゃないが……チョコが、あれだ」
「ああ、僕の入れたやつです」
最後の食材。それはキュウリであった。入れたのは咲魔である。
まあなんと言うか、普通と言ってしまうとなんだが当たりの部類だろう。……チョコさえなければ。
チョコと煮キュウリの新感覚テイストを前に、年長者の意地で何とか声を出すことは堪える狩野。だが、顔はまずさに歪んでいるのだった……。
●パーティ後
「あ゛ー、生き返る〜」
「いやー楽しかったなの! シメにラーメンでも行こうかなの」
「舌が壊れたみたいに味がしねーんだけど……」
無事に闇鍋が終了した後、参加者達はミハイルの持ってきたプリンや咲魔のサラダで口直しをしていた。
この闇鍋を前にしても楽しかったと言えるとは、流石撃退士である。理不尽への耐性が半端ではない。
……まあ、藤沖が一時的な味覚障害に陥ったりもしているが。
「ところでソウイチ君。若いうちは無理がきくけど、身体を壊してしまったら働けなくなってしまって趣味にもお金を使えなくなってしまうよ。もう少し、身体にも気を使ってあげてね」
そんな終わった感の中、年長者の狩野がソウイチを軽く嗜めた。まあ、極一般的な常識ある人間からすればソウイチの食生活には一言言いたいだろう。
そんなありがたい忠告だったのだが……ソウイチは明後日の方向に解釈するのだった。
「はい! 俺ももっと修行を積んで、いつか天使からの愛だけで生きられる体を手に入れて見せます!」
何をどう解釈した結果そうなったのかはわからないが、ソウイチは食生活の乱れ如きで体を壊すのが未熟なのだと取ったらしい。
そんな馬鹿を前に、撃退士達はヤレヤレとため息をつくのであったとさ。