●スーパー前
「えっと、それじゃ事前の打ち合わせ通りでいいですね?」
件のゴリラが居座るスーパー前で、集結した撃退士の一人木嶋香里(
jb7748)は纏めるように声を上げた。
今回の依頼は店を破壊することなくゴリラを討伐すること。そのための作戦として店外への誘き出しを行おうと事前に話し合い、各自が使えそうな物を用意してきたのだ。具体的には、それぞれが買い集めてきた食糧を。
「ゴリラ型ディアボロですか……バナナやリンゴがあればいいですかね?」
作戦に当たって、参加者の一人である御剣 来(
ja8903)がポツリとそう言った。敵がゴリラ型と言う事で普通のゴリラの好物を買ってきたが、これでいいのか今一自信が無いのだろう。
もっとも、それに対して何か言える者などいるはずも無いのだが。ゴリラディアボロの好物など、知っているわけも無いのだが。
「店を壊すなたー言うけれど、こんなど田舎に大規模出店する方がよっぽど詰んでいるんじゃねーかー?」
そんな空気を誤魔化す為か、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は少々違う話題呟いた。
まあ、それは紛れも無く本心なのだが。実際、店の破壊を防ぐなんてことを考えなければ楽に勝利できる自信があるだけに愚痴りたくもなるのだろう。
「確かにそうですけど、気にしないで作戦開始と行きましょう」
他の撃退士達も内心ラファルの意見には同意なのか、特に諌めることなく作戦を開始した。別に作戦内容そのものに反対しているわけではないのだから問題ないのだろう。
それにしても、真剣な表情の撃退士達が揃ってバナナだのリンゴだのを抱えて走る姿はどこかシュールである。
●スーパー内
最初の進入時に破壊された壁。そこから先行して二人の撃退士が内部へと気配を消して侵入していた。
「この辺りは隠しておかないといけませんね」
進入した内の一人、水無瀬 雫(
jb9544)は食料品の棚を大き目の布で覆い隠しながらそう呟いた。
誘き出し作戦では、食料品を見せ付けることでゴリラを誘導することとなっている。つまり、周囲に目移りしてしまうような食料があっては失敗する恐れがあるわけだ。それを避ける為に彼女は走り回っているのだ。
そして、とりあえず予定ルートをカバーし終わったところで誘導組へと連絡を入れるのだった。
「ウホ?」
ゴリラは、目につく店内の物をひたすら食べ続けながらマヌケな声を出した。ゴリラの足に何かが当たったのだ。
「そらそら、食いつけ。こっちにも沢山あるぜ」
ゴリラに当たったのは缶詰だ。その辺の倉庫から失敬してきた食料品であり、ラファルの誘き出し作戦であった。
更にその先にも同じ缶詰が等間隔で設置されており、これを辿っていく内に外に出てしまうと言う……名づけて『ヘンゼルとグレーテル作戦』であった。
だが……
「フゴッ!」
「あ! やべ!?」
このゴリラの知性は並みのゴリラを下回る。つまり、密閉された缶詰を食べ物だと認識できなかったのだ。
事前情報ではそれでも平然と食らう能力があるはずだが、今はそこまで切羽詰ってなかったのだろう。いらないと判断したのか、なんと缶詰を思いっきりぶん投げたのだった。
「おっと、危ない」
ゴリラの腕力で投げられた缶詰は、さながら弾丸の如き威力で近くの壁に当たろうとしていた。
早くも店に被害が出そうになったとき、ゴリラの近くで息を潜めていた鷹司 律(
jb0791)が闇を身に纏って缶詰を弾いた。
彼の役割は店の防御。その為に構えて隠れていた以上、いくらなんでも缶詰でダメージを負う事は無い。
だが、これでゴリラに撃退士達の存在がばれたこととなる。そこで、誘き出し第二班が即座に動いたのだった。
「あー、おいしいですね」
「そうですね!」
誘導コースの上で、二人の女性がゴリラに見せ付けるように手にした食事を食べていた。一人は木嶋、そしてもう一人は雫(
ja1894)であった。
彼女達の作戦は、果物や肉類と言った非常にわかりやすい食べ物でゴリラを釣ること。それも、自ら食べて見せる事でより挑発的な効果を生み出していた。
それを見たゴリラは……本能むき出しで走り出したのだった。
「ウホーンッ!!」
「わ、わっ!」
「い、急ぎましょう!」
これ以上無いくらいわかりやすく釣られたゴリラは物凄い勢いで二人に迫る。店内での戦闘を極力避けたい撃退士達は予定ルートを通って店外を目指すが、これでもかと迫ってくるゴリラはかなり早い。
そこで、時間稼ぎの意味もあって三人目の誘導班が動いた。手にゴリラと言ったらこれだろと言う最終兵器、バナナを持っている向坂 玲治(
ja6214)だ。
「自分で言っといてなんだが、ほんとに釣られて出てくるとは思わなかった」
「ウホッ!?」
バナナを視界に納めたゴリラは、一目散に向坂へと突進してくる。それをあしらいつつも木嶋や雫と連係をとり、何とかゴリラを予定コースを通って決戦の地、駐車場へ誘き出したのだった。
●駐車場
「今ですね」
ゴリラが店外に出た瞬間、食料を誘き出し班に渡して車の中で待機していた御剣が自家用車を発進させた。そして、ぴたりと車を店に開けられた穴の前に止めるのだった。
車で壁を作ることで、再びゴリラが店内に戻ってしまうリスクを軽減したのだ。更にその前に鷹司と水無瀬が立ちふさがることで、より布陣を強固なものにした。
そして、それを見た誘導組は一斉に手に持った食料を予め駐車場にぽつんと置かれてたバナナ付近へと投げたのだった。
「ウホ?」
ゴリラはそれが何を示すのかはわかっていないようだが、しかし深く考える頭を持っていないのだろう。結局警戒することすらなく食料の元へと走って行き、バクバクとその全てを腹に収めていく。
その前後左右で撃退士達が戦闘準備を整えていることなど、お構い無しに。
「では、行きますね」
仲間の準備が完了した所で、御剣が動いた。彼は今ゴリラが居座っている場所に自らの武器を使った罠を仕掛けていたのだ。
それこそが、目に見えないほど細い金属糸を使ったワイヤートラップ。完全に油断しているゴリラの四肢を絡め取るように動く糸が、見事に敵を拘束したのだった。
「ウガァァァァ!!」
しかし、敵は腕力に優れるゴリラだ。ある意味力ずくとも言える拘束トラップを、ゴリラはやはり腕力で振り払っていく。糸自体は簡単には千切れなくとも、それを固定している物が耐えられないのだ。
そうして食事の邪魔をされたゴリラは、一瞬の内に怒りに任せてワイヤーを排除してしまったのだった。
もっとも、一瞬の隙があれば撃退士達にとっては十分な時間だったのだか。
「行きます!」
先陣を切るのは雫だ。彼女は高めた闘争心と共に、手にした剣を左足へと突きたてた。
そのまま斬りおとしてしまおうと言うくらいの気持ちで剣に力を込めるが……彼女の力を持ってしても一撃では倒しきれない。みっちりと詰まった筋肉によって、刃が途中で止まってしまったのだ。
「特殊能力が無い分、基礎能力が高いですか……」
「ウゴォォォ!!」
斬りおとすことはできなかったが、それでも痛烈な一撃であった事には変わりない。ゴリラは苦しみのうめき声を上げつつ、自らに刃を突きたてた雫へとその豪腕を振りかざす。
だが、それを周りの仲間が見過ごすはずも無かった。
「やらせるわけありませんよね」
動いたのは鷹司。彼から放たれた蝶の群れがゴリラへと殺到したのだ。
この蝶自体にはそれほどの破壊力は無い。だが、その代わりに敵の意識を朦朧とさせると言う特殊効果がある。
鷹司の力に抗えなかったゴリラは、一瞬その動きを停止する。その隙を縫って雫は一旦後退し、その代わりに準備万端整った水無瀬とラファルが同時に突撃したのだった。
「そこです!」
まず水無瀬が水のような力を纏った爪を振りかざし、先ほど雫が抉った左足へと追撃を加える。彼女の狙いは敵の四肢を破壊する事で動きを止めることだ。
その狙いは見事に嵌り、傷を更に抉られたゴリラは思わず膝をついた。どうやら痛みで意識の方も覚醒したようだが、バランスを崩された今の状態ならばラファルにとっては木偶人形かサンドバックでしかない。
「行くぜぇ!」
彼女の体は先ほどとは違った様相を呈していた。四肢が機械へと変化しているのだ。
機械化したラファルの腕力は半端なものではない。ましてや、今の崩れたゴリラ如きが抗えるものでは無いのだ。
「うらぁ!!」
ラファルはゴリラの傷ついた左足を抱え、強靭な脚力でゴリラと共に宙へと飛び上がった。
突然の事態に慌てるゴリラだったが、それはこの場において隙でしかない。ラファルも当然それを見逃さず、更に右足まで掴みとってゴリラの体を完全に支配した。
そして、その体勢のまま一気に地面へとゴリラを叩きつけるのだった。
「グボッ!?」
「決まったぜ」
会心の一撃が決まり、ゴリラも相当ダメージを受けたようだ。更に空から降ってくる時間差を利用して、水無瀬による三度目の左足狙いの攻撃まで決まったおまけ付きである。
だが、それでもまだ死んではいない。生命力だけはとことん高いゴリラであった。
「じゃ、これもプレゼントだぜ」
「では、私も」
ボコボコにしたゴリラに追い討ちをかけるべく、二人は一旦距離をとりつつおまけの拘束能力を発動した。
ラファルは目に見えないアウルによる万力締め。そして、水無瀬は冷気による凍結攻撃だ。
これでゴリラはまたもや動きを縛られることとなった。何せ左足はほぼ破壊され、全身を不可視の力と氷によって固められた状態なのだから。
しかし……追い詰められた獣の本気はここからなのだった。
「ウホーンッ!!」
「なにぃ!?」
ゴリラは自分への負担を無視し、強引に腕力のみで拘束を引き剥がした。そして、一旦仕切りなおそうとでも言うかのごとく左足を引きずりながらも一目散に走り出したのだった。
「行かせませんよ」
ゴリラが走り出した方角にいたのは木嶋であった。恐らく意味など無いのだろうが、あえて言えば今まで自分に痛みを与えた者達は避けたかったと言うところだろう。
木嶋としては、ここでゴリラを逃がすわけには行かない。ここで逃がせばこのゴリラはまた周囲を食い荒らすだろうし、今度こそ人的被害がでる恐れもあるのだから。
それには、ここで木嶋が一瞬でもいいから足止めをする必要がある。仲間達もゴリラが突然逃げ出したことに驚きつつも追撃を加えようとしているが、片足がほとんど破壊されていると言うのに太い両腕を器用に使ったゴリラは思ったよりもかなり素早いのだ。
「ウホホッ!!」
「やっ!」
ゴリラが仕掛けてきたのは、突進の勢いを乗せたショルダータックルだ。そのでかい図体と体重を乗せた体当たりは実に驚異的な破壊力を秘めており、盾で受け止めてもなおほんの僅かな均衡しか許さずに木嶋を吹き飛ばすに足る威力を持っていたのだった。
もっとも、逆に言えばほんの僅かには受け止められてしまったと言うことであるが。
「うらぁっ!!」
「ウゴホッ!?」
ゴリラに真っ先に追いついたのは、比較的近くで構えていた向坂であった。
追いついた向坂は間髪いれずに手にした槍を振りかざし、ゴリラを再び撃退士による囲いの中へと押し戻すように吹き飛ばしたのだった。
「大丈夫か?」
「平気です!」
ゴリラの逃亡を阻止した後、吹き飛ばされた木嶋の心配をする向坂。だが、既に木嶋は自らの力で受けたダメージを完全回復させていた。
盾で威力を殺し、抜かれても即座に回復する。この二つによって結果的には完全防御に成功していた木嶋であった。
「今ですよ!」
「とどめをお願いします!」
一方、吹き飛ばされたゴリラは鷹司と水無瀬、そして御剣の三人によって再び拘束されていた。氷の能力で、またはワイヤーによって徹底的に雁字搦めにされていたのだ。
そして、その周囲では雫とラファルが剣を構えていた。既に逃走を考えるほどに弱っているゴリラ。そこに最後の攻撃を繰り出すべく、力に優れた二人が同時にラストアタックを仕掛ける算段だ。
「では」
「とどめだぜ!」
両刃の大剣と刃渡りの長い日本刀。二振りの刃は、確実に仕留めると言う意思と共に振るわれた。
まるで炎を纏っているような輝きを纏った刃が頭を貫き、刺突に特化した形状の刀が胸を貫く。
流石の生命力自慢のゴリラも、動きを封じられた状態からそんな連係攻撃を急所に浴びれば耐えられるわけも無い。二振りの刃によって、この迷惑で今一存在意義の分からないディアボロとの戦闘に終止符が打たれたのだった。
●作戦終了後
「いやー、ありがとうございます。しかも事後処理まで手伝ってもらってしまってすいません」
「いえいえ」
討伐完了を報告した後、撃退士達は少しだけ店の片づけを手伝っていた。常人には持ち上げられないガレキ撤去などのボランティアだ。
そんな撃退士達へ店長は感謝の意を述べまくっているが、ふとラファルが気になっていた疑問をついでに聞いてみたのだった。
「なあ、なんでこんなど田舎に大型店舗出したんだ? こんなとこじゃまともに客来ないんじゃねーか?」
「え?」
普通に考えて、こんな人のいない場所に店を出しても碌な利益は出ないだろう。それは撃退士達の総意だったのだが……しかし店長は何故か自信満々に答えたのだった。
「ここには沢山の土地があります! ならば、いつかは開発されて大都市になる日もくるでしょう! その日の為に、土地が安い内にこうして店を構えたのです!」
「へぇ、そんな話があるのか?」
その内ここら一帯が高くなると言うのなら、まあ早い段階で確保しておくと言うのもわからない話ではない。まあそれにしてもちょっと気が早い気もするが、しかし店長はそんな予想を更に超えていたのだった。
「いえ! いつかきっと発展するはずだと言う私の予測だけです!」
「え……? じゃあ、発展しなかったらどうするんですか?」
「なーに、それまでの間は近くの村の住民がターゲットです。この辺りには碌な店がありませんからね。きっと近くの村で大人気になること間違い無しでしょう」
「は、はぁ……」
この店長、そんな見込みでこんなでかい店作ったのかと一同目が点になるのだった。
「あのゴリラとこの店長、どっちが上なのかね……」
経営者としてそれでいいのかとも思うが、しかし真の成功者とは案外こんなバカなのかもしれないと乾いた笑い声を上げる撃退士達であった……。