●スタート地点
「ここから開始だな!」
「そうだね」
ケムとメガ。二人の肝試し参加者は暗い夜道でスタンバイしていた。これから起こる事を精一杯学ぼうと気合十分のケムと単純に楽しんでいるメガ。
そんな二人に、早速不意打ちの一手がかけられたのだった。
「……こんばんは、お二人さん」
「うおぉっ!?」
現れたのは二人よりも少し幼い少女、緋翠 世羅(
jc1319)。淡々とした口調でいきなり声をかけた彼女は、お約束通りに懐中電灯で自分の顔を下から照らしつつ登場したのだった。
「ま、まだスタートしてもいないのに容赦ないね」
心の準備を整える前だったからか、二人はちょっと動揺していた。そんな二人に感情を見せない笑みを浮かべた世羅は、やはり淡々と一人語り始めるのだった。
「これは友達から聞いた話だけど、聞いてくれるかな?」
「聞けと言うなら……」
「ありがとう。じゃあ、聞いていってね。……それはある学生が夜遅く帰ってきた時の話。学生は壁のスイッチを押すが、何故か電気がつかない。仕方なく手探りで進む学生だったが、ふと目に恐ろしいものが入ったの」
「何を見たのだ?」
「……人影。誰もいないはずの部屋に誰かがいたのさ。それを前に、学生は硬直してしまう。そんな学生に、謎の人影はひたひたと、ひたひたと近づいてきたんだ。その恐怖に我に返った学生は、一目散に逃げ出した。でもね、何故か玄関の扉が開かないんだ。何度ドアノブを捻ってもね」
「それは焦るだろうね」
「彼は何度も何度も狂ったようにドアノブを回した。足音がもうすぐ手前まで迫ってもなお、開かない扉の前で。すると願いが通じたのか、扉が開いた。学生はすぐに外へと飛び出し、全力で逃げ出した」
「それはよかったな」
「学生は走った。振り返るな、走れと自分を奮い立たせながら。そしてある程度走ったら、もう足音は聞こえなくなったんだ」
「無事に逃げ切ったのだな!」
「学生もそう思い、息を切らしながらゆっくり顔を上げた。目の前に血にまみれた黒髪で青白い肌の女生徒がいるなんて知らずにね……」
結局、謎の怪異から逃げることはできなかった。つまり、そう言う話だ。それでどうなったのかと、二人は世羅の次の言葉を待つのだった。
「……さて、彼はどうなったでしょう?」
「え? 終わり?」
「ボクの話はこれでお終いだよ。彼がどうなったのか、それは誰にもわからない……」
幸せにはなっていない。そんな気がする二人であった。
そんな怪談話で気分が出てきたと気を取り直したところで、揺らめく明かりと共に第二の刺客が現れるのだった。
「興味深い話であった」
まるでここにいるのが当然と言わんばかりに暗闇から現れたのは門音三波(
jb9821)。彼は手に小振りの提灯を持っており、揺らめく光が不気味さをかもし出していた。
「お二方、明かりにこれを持っていくといい」
「あ、ありがとう……」
些細な小物と言ってしまえばそれまでだが、提灯の明かりには不安を誘う揺らめきがある。
これを持っているだけで、より肝試しを楽しめる事になるだろう。より肝を冷やせると言う意味で。
「……大丈夫かい? ここは本当に『出る』らしいから。気を付けて」
そう言って、三波は二人に手を振った。
これ以上何を言う気もないのだろうと察した二人は、言われた通りにいよいよ夜道を歩き出す。提灯の明かりによって灯される、暗い夜道へと。
●暗い夜道
二人の男は提灯片手に夜道を進んでいた。
「あれなんだろ?」
「む? どうした……人形?」
しばらく進んだところで、メガが道の異常に気がついた。点々と使い古されたように汚れた人形が落ちているのだ。
よくよくその人形を観察して見れば、それは『三人官女』や『五人囃子』と呼ばれるものだった。
わかりやすく外灯などの下に設置してある人形達。それを前に引き攣った笑みを浮かべるケムと、どこかわくわくした様子のメガ。
そんな二人はさあ何が起こるのかと歩を進めるが、そのときガタッっと言う物音がしたのだった。
「何の音だ?」
「……あれ? あそこにも何か落ちてるね」
目立つ場所に置かれていた他の人形とはまた違った造形の人形が目立たない暗がりに置かれていた。
やはり何年も使い古されたかのように汚れたその人形とは『お雛様』だ。本来ならば優しい表情を浮かべているはずなのだが、こんなところにポツンと置いてあると言うのはとにかく不気味であった。
「なんで音がしたんだ?」
「さあ? 案外人形が動いたのかもよ」
メガの軽口を笑い飛ばすケムだが、やはり怖いのか足が震えている。
とは言えこれ以上何もおきそうにないと言うことで、二人は更に先へと向かうのだった。
「待っ……てくださいまし」
だが、何も起こらない訳がない。突如誰もいないはずの……お雛様があるだけ場所から謎の声がかけられたのだった。どこか無理やり出した裏声のような声色は、よりいっそう不安を掻き立てるものであった。
「喋る人形か」
「い、行こう! 早く行こう!」
引き攣った声で次に進もうとするケム。それに肩をすくめてついていくメガ。
二人は気づかなかった。お雛様の近くにこの仕掛けをうった刺客が隠れていることに。
彼の名はゼム・クロスオーバー(
jc1027)。この当たり一帯にわざと汚した人形を配置し、物体透過によって地面の中に隠れつつ裏声などの工作を行った張本人だ。
ゼムは置いておいたお雛様を手に取り、地面を通って二人の背後を取る。そして、一瞬だけ地上に出て呼吸すると共にお雛様を投げつけたのだった。
「うおっ!? な、何だ!?」
「これ、さっきの雛人形だよ」
ゼムは人形を投げつけると共に再び姿を消した。地面の中にいる彼を二人が見つけることなどできるわけもなく、何故か独りでに人形が飛んできたと言う怪現象だけが残されたのだった……。
そして更に歩を進めるケムとメガ。メガに関してはいろいろやるなー程度の気持ちのようだが、ケムはかなり憔悴していた。
そんな二人の前に、新たな刺客が現れたのだった。
「すみません……、助けてください」
二人に声をかけたのは駿河 紗雪(
ja7147)。彼女は暗がりだからこそ目立つ白のワンピースを身につけていた。
「どうしたんですか?」
女性の登場にケムは一瞬硬直するものの、苦しそうに蹲っている男性を前に頭を振って事情を聞くのだった。
「彼が体調を崩してしまって……車はすぐそこなんですけど……」
助けて欲しい。そう言われた二人は、これも何かのネタなのでは無いかと警戒する。だが、蹲る彼氏こと藤井 雪彦(
jb4731)の様子を見てそんな疑念を一旦捨て去る事にした。本当に顔色が悪く、演技とは思えないのだ。
「助け…て……」
「わ、わかった。肩を貸そう。メガ、お前は反対側を」
「わかった」
二人は提灯を片手で持ち、もう片方の腕で雪彦を支えるように立ち上がらせた。
そのまま近くにあると言う車まで運ぼうとしたとき、雪彦は追い討ちをかけるように口から血を吐いたのだった。
「ガフッ!」
「だ、大丈夫か?」
「こ…このまま……逃げ…ゴフッ……」
「逃げ? ……早く運んだ方がよさそうだね」
流石に目の前で血を吐かれてなお冷静に状況分析などできるはずもない。二人は何の確認もせずに慌てて紗雪の指示の通りに歩き出したのだった。その顔に浮かんだ笑みに気がつくことなく……。
彼らは止めてある車の前までやって来た。紗雪が車の扉を開け、ケムたちで雪彦を何とか衝撃を与えないように注意しつつ車の中へと運び入れる。
だが、そのときメガが雪彦の更なる異常に気がついたのだった。
「あれ? この人……背中からも出血してる!?」
雪彦の背中から確かな出血が確認できた。
何で体調不良で背中から出血するのだと二人が混乱によって硬直していると、紗雪は何故かこの場に不釣合いな優しげな声を出したのだった。
「本当に助かりました……感謝します」
「え? いやそれどころじゃ……ッ!?」
何でこのタイミングで感謝なのかと紗雪の方に振り返ったメガ。そこにいたのは、不自然な光によって照らされた……血に塗れた紗雪であった。
その様子に弱った所はなく、自分の血ではなく誰かの血……返り血であることが容易に理解できる。何よりも、その手に握られた血まみれの包丁が絶対の証拠だった。
「これで…彼は私のモノ……」
何故こんなことをしたのか。何となくわからせる狂気の一言。彼女は妖艶に笑いながら、そして手についた血をぺろりと舐めながらそれを言い放ったのだった。
「な、なななっ!?」
あまりにも予想外すぎる事態に二人は完全な思考停止状態に陥る。その隙をついたと言う訳でもないのだろうが、紗雪は更に雪彦を自分のものにすべく突如現れた蔓によって車をガチガチに絡め取ってしまうのだった。
「こ、これは……」
本来なら美しさを感じさせる技なのだが、この状況では狂気しか感じられない。まるで、決して逃がさないと叫んでいるように感じられたのだ。
「手伝ってくれて、あ・り・が・と・う……」
「ギ……ギヤァァァァァ!!」
「こんなんありかぁぁぁ!?」
肝試し。その字面から幽霊系トラップばかり二人は予想していた。故に、これは完全なる不意打ち。予想の遥か外側。
歪んだ愛と狂気。ショッキングすぎる出来事の前に、二人は全速力で逃げ出したのだった。
「雪君、名演技でしたね! ……けれど、トラウマになるんじゃないですかね?」
「まあいいんじゃない? 目一杯ビビッたみたいだしさ」
そんな二人が見えなくなったころ、ヤンデレ障害犯と拉致被害者であった二人は朗らかに話していた。
当然ながらこの二人は予め打ち合わせをしていた仲間であり、傷害事件も拉致事件も起こってはいない。血も全て紗雪によって手作りされた、食べても大丈夫な素材で作られた血のりだったのだ。
「血のり初めて作ったですけど、ぐつぐつ煮込んでいると魔女気分も味わえて、結構美味しい♪ 二得ですね!」
ノリノリで作られた作り物の血。雪彦は本当に体調を崩しての演技。
渾身のネタで心の底から叫び声を上げさせた二人は、満足げにその背中を見つめるのだった……。
●アパート前
「あ、あれも肝試しの一環だよな! 通報しなくても大丈夫なんだよな!」
「だ、大丈夫だよきっと。もし大丈夫じゃなくても、きっとあの二人は幸せになるさ」
支離滅裂なことを言いつつも、ケムとメガは乱れた息を整えていた。あまりの事態にいろいろパニックのようだが、とにかく順調に肝試しは進んでいた。
そして、驚かす側からすればその心理状態は絶好の獲物なのだった。
「電気がつかないぞ?」
「あれ? 誰の声?」
「アパートの中からみたいだな」
廃墟同然のアパートから、見知らぬ声がしてきた。一応自分の家なのに知らない声と言うことでケムはいぶかしむが、声はそんなこと全く気にするわけもなく続けて叫び声を上げた。
「誰だ! 誰かいるのか!?」
「何か、雲行き怪しいね」
「く、来るな!」
「ドタドタと……玄関に向かってきているな。……あんまり走ると床が抜けるんだが」
悲痛な男の叫び。それを前に、ついつい先ほどの怪談話が頭に浮かぶ二人であった。
もちろんこれも演出だ。叫び声を上げているのは既に仕事を終えたゼムであり、このイベントのサポートを努めているのだった。
「ガチャガチャドア開けようとしてるね」
「錆びてるからな。開けるのにはコツがいるんだ」
怪談を思い出しつつも、二人は表面上は冷静に振舞う。それでもどこかずれたコメントをしているあたり内心の動揺が透けて見えるが、とにかく取り繕っていた。
そして、やはり怪談通りに扉は開かれた。現れたのはもちろんゼムだが、二人からすれば初対面なので気にした様子は無い。
そのままゼムは二人の方へと走ってきた。そして、そのまますれ違うように真っ直ぐ走り去ってしまうのだった。
「これは……その内黒髪女学生にでも出会いそうだね」
「走り疲れたあたりでな」
走り去ったゼムの背中を何となく見ながらも、二人は怪談を思い返して適当なことを言った。
とは言え自分達には関係ないかと、ちょっと遠まわしなネタだったと内心で安堵する。
その隙こそ、刺客たちの狙いであるというのに。
「ウフフ……」
「へ……ギャアァァァァァ!!」
安堵しつつゼムの背中を目で追っていた二人の背後に、いつの間にか血に塗れた黒髪の女学生が立っていたのだった。
彼女の正体は芥川 玲音(
jb9545)。まさに怪談話そのままの姿で現れた玲音は、血に塗れながらも妖艶に笑うのだった。
「フフフ……あなた達もこっちに来ない?」
「こ、こっち?」
「激しく遠慮する……いや、しかし生まれて始めて女性に誘われ……ああでも!?」
蠱惑的な妖艶さを持つ囁き声。外見から考えても幽霊一択である彼女がそんな態度をとっているため、不気味さがより増していた。
おかげで、ケムなど思考回路が暴走してしまっている。メガも似たようなものだが、とにかくこのネタは大成功のようだった。
「あら残念。それじゃ、さようなら……」
「き、消えた……」
十分自分の役割をこなしたと判断した玲音は、最後の仕上げに幽霊らしく透過能力を使ってスーと消えて見せたのだった。
●ゴール地点
「お疲れさん。どうだったかな?」
「は、はは。大した事、な、無かったな!」
「声が震えてるよ……」
先回りして待ち構えていた三波。彼の労わるような言葉に、無理やり取り繕う様なことを言う二人だった。
もちろん、いろんな意味で豊富なネタが仕込まれていた今回の肝試しを前にすっかり焦燥しているのは言うまでもない。
だが、無事終わったと気が抜けた様子であることも事実。そんな二人に三波は優しく笑みを浮かべつつ最後の仕事を果たすのだった。
「さて、そろそろ提燈を回収させてもらおうか」
「ああ、はい」
「お返しする」
「……? 提燈が足りない……ん? 一人いない。ケム殿にメガ殿、「彼」はまだゴールしていないのか?」
キョロキョロと周囲を見渡しつつ、三波はそんなことを言った。
一体何を言っているのかと二人は首を傾げる。そんな二人に、三波は止めを刺すように言葉を続けるのだった。
「なんだ、最初に顔合わせて挨拶した時もずっと三人だったろう? 痩身で顔に包帯巻いた男。いただろ。怪我で喋れないとばかり思っていたが……彼も友達じゃなかったのか?」
ますます何を言っているのかわからない二人。そんな彼らを前に、三波は仕方がないなと提灯を回収するべく一人道を戻っていったのだった。
そして、残された二人はふとこんな事を言うのだった。
「包帯の男か……。どっちの被害者の生霊かな?」
「恋愛は命がけ。この教訓を俺の胸に深く刻んでおくとしよう」
こうして、季節外れの肝試しは無事に恐怖と共に終了したのだった。