●早朝の道路
「お掃除完了です!」
不幸な少年に救いの手を。そんな願いを叶える為に朝から道端の掃除に励んでいた雫(
ja1894)がそう呟いた。彼女は通学路に落ちていた少年の害になりそうなゴミを片っ端から片付けていたのだ。
「いろいろありましたね……。罠でも仕掛けているつもりだったんでしょうか?」
雫が片付けたのは道に捨ててあったチラシや糞など、踏むと大惨事になりそうなものだ。そんなものが気づきにくいがしかし踏んでしまう物陰に落ちていたのだからそんなことも言いたくなるだろう。
「でももう綺麗ですしね。じゃあ、私も例の子の家に行きましょうか」
そう言って、雫は護衛対象の家へと向かおうとする。だが、そのとき轟音と共に更なる事件が起きたのだった。
「何事ですか!?」
振り返ってみてみると、せっかく片付けた道が大量の荷物で埋まっていた。どうやら、トラックが荷崩れを起こしたらしい。
幸いにも人的被害は無いようだが、これではもうこの道は使えない。流石にこれを片付ける時間は無いことだし、この道は諦めるしかないかと雫はため息一つついてから仲間に連絡をとるのだった。
●少年自宅前
「早速問題発生か」
スマホで雫から連絡を受けたミハイル・エッカート(
jb0544)は、早くも起こった問題に苦笑いを浮かべた。
だが、そのくらいはミハイルにとっても想定内。いくらでも挽回できるとニヒルに笑うのだった。
「じゃあ、行ってきます」
護衛対象の自宅から、ついに件の少年が姿を現した。
ミハイルは通行人のサラリーマンを装いつつ少年の後ろを歩きだす。そしてある程度進んだところで早速行動に出た。少年が突然何かに驚いたように立ち止まった所を狙い、スマホを耳に当てて独り言を呟いたのだ。
「この先の道が通れなくなってるのか。迂回するとしよう」
「えっ! そうなの?」
実は先ほど少年が止まったのは、道が使えなくなっていると雫の忍法によって少年に声が届けられたからだ。それにあわせてミハイルが呟くことで、少年が足止めをくらわないように仕向けたのだ。
少年は目論見通り、通学路を少し外れて移動していった。上手く行ったとミハイルは仲間にそれを伝えるも、双城 燈真(
ja3216)から新たな問題の知らせが入るのだった。
●工事現場前
「この道は今日から工事なんだよ……。何でわざわざこっちにくるのかな……?」
燈真は仲間にその事実を伝えつつも、先回りして足止めされるであろう現場前までやってきていた。
一度大回りしているのにここで更に迂回させるのは時間的に危険だ。ならばここは自分がどうにかしなければと燈真は少年を待つのだった。
「こ、工事中?」
予想通り、少年は工事現場前で立ち往生となった。そんな少年に、燈真は偶然を装って声をかけたのだった。
「君もここを通りたいの……? だったらお兄さんと一緒に渡ろうか……?」
「え? えっと、どうやってですか?」
突然話し掛けられた少年は少し驚いた様子だが、同時に塞がっている道をどうやって渡るのか尋ねてきた。
その問いに対し、燈真は背中からはえる西洋の竜の如き翼を見せることで答えたのだった。
「これで俺は飛ぶつもりだけど、きみも来るかい……?」
「は、はい!」
燈真の翼に驚いた様子の少年だが、同時に少し目を輝かせてイエスと返答した。了承を得た燈真は少年を抱きかかえ、空を舞うのだった。
「ハーフを見るの初めてかな……? 怖い目で見ないでね……傷つくから……」
「そんなこと無いです! すっごく格好いいです!」
悪魔とのハーフであることに怯えられていないか心配する燈真だったが、少年は子供らしく純粋な憧れを向けてきた。
そんな少年をしっかりと抱え、燈真は無事に工事現場を飛び越えたのだった。
●バス停までの道
「ついたよ……」
「わっと!」
少年と燈真は、無事何もない道路へと降り立った。だが後はバス停まで行けばいいとホッとしたのだが、しかし既に次の不幸は迫っていたのだ。
その招待は鳥からの爆撃。着地の為に下に集中していた燈真はもちろん、後ろからつけて来ていたミハイルや雫も手が出せないこのタイミングで襲ってきたのだ。
「危ないですよ?」
その鳥の奇襲を、鈴羅木昴留(
jc1227)が自前のバイク用ヘルメットを盾にすることで防いだ。彼女も知らせを受け、共にバスに乗り込む為に近くまでやって来ていたのだ。
「ありがとう……」
「気にしなくていいですよ。それより、またこんな事があっても大丈夫なようにこれを着けていなさい。それと、工事のせいで揺れていますから転んでもいいようにこのプロテクターを着けてはいかがですか?」
「ええっ!?」
転んでも大丈夫なように、糞に当たっても大丈夫なように、昴留なりに考えたやり方であった。重度のマゾヒストである彼女が自分の価値観にあわせて。
しかし少年からするとヘルメット越しだろうが糞に直撃するのは嫌だし、道を歩くだけで防具などつけたくはない。
そんな思いがあったからか、少年は感謝しつつも早足でバス停に向かうのだった。
「ありがとうございます。でも、結構ですので……」
「僕も一緒に行くよ……」
ちょっと早足気味に離れていく少年。ついて行く燈真。そんな感謝交じりの拒絶を前に、昴留は恍惚とした表情を浮かべるのだった。マゾヒスト、恐るべし。
●バスの中
撃退士達の尽力のおかげで時間のロスは最小限であった。故に問題もなく少年と昴留に燈真、そして別ルートから合流したミハイルは揃って同じバスに乗り込んでいた。
少年はガラガラだった為前の方の椅子に座り、一緒にそれとなく乗り込んだ撃退士達は少し離れた所で立っていた。そのまま平和にしばらく時が流れたのだが、次のバス停で偏屈老人が乗り込んできたのだった。ご丁寧に、他の席が全部埋まったころを見計らって。
老人は嫌な笑みを浮かべつつ、真っ直ぐ少年の方へと歩いてくる。他の客の迷惑など無視して強行軍だ。だがそこで、老人は戸惑ったように動きを止めたのだった。
「『ほっといてください』じゃと?」
背もたれ越しに見える少年の背中に、老人牽制用の紙が張ってあったのだ。これは昴留の仕込みである。
そして、老人の気が削がれたところで昴留が先陣を切ったのだった。
「他の客の迷惑も考えないなんて、常識ないんですか?」
嫌がらせの為に客をかき分けて無理やり進んだ老人。その行為に対して真っ向から喧嘩を売る昴留。少年から自分へと攻撃対象を変更させる作戦だ。
「わしはただ降りやすいように前に行きたかっただけじゃ! 全く近頃の若いもんはお互いを尊重する気持ちがない……」
一瞬で自分を正当化し、かつ相手を貶める説教を組み立てた老人。本来なら誰しもが機嫌を損ねる所であり、それを見るのが老人の楽しみなのだ。だが、真性マゾヒストである昴留にとって罵声はご褒美でしかなかった。
そして、その隙にもう一つの作戦が実行されていたのだった。
「ありがとうありがとう。なんて優しい子なんだ。まだ小さいのに立派なもんですねえ」
「いえ、当然のことをしただけですから……」
少年にこれでもかと感謝の言葉を述べているのは鈴代 征治(
ja1305)。彼は松葉杖ギブス包帯を身につけ、重傷者アピールするような格好で先ほどバスに乗り込んでいたのだ。
そしてこっそり少年に近づき、席を譲ってもらったのである。その実績を持って少年を褒め称え続けていたのだ。
「立っているのもやっとの怪我人に席を譲るとは優しい少年だな、そう思うだろう」
征治の作戦にミハエルが協力し、老人を牽制する。少年を悪く言いづらくする為だ。
だが、年老いてから捻くれた人間を舐めてはいけない。その程度のプレッシャーで黙るような神経はしていないのだ。
「わかっとらんのう。怪我人と言うのはな、一度座ったらなかなか立てないこともあるんじゃ。それを無神経に自分の親切で満足しようなんぞ思慮が足らんというものじゃて」
この老人、今度は征治をダシにして少年へ説教し始めた。これを見過ごすわけには行かないと、征治は老人の言を否定する。
「そんなことはありません。これはなかなか出来る事じゃあない。現に彼はそれが出来ています」
「わしはこの子が人の都合を考えなかったことを叱っておるんじゃ。お主の事情は関係ない」
だが、征治自身が問題ないと言っているのに老人は止まらない。もはや正論だろうが倫理観だろうがこの老人は止まらないのだ。
そこで、ミハイルは切り口を変えて老人へと攻撃を行うのだった。
「結局爺さん、あんたはその席を寄越せって言いたいのか? 今にも倒れそうな怪我人の席を奪うというのか。日本のサムライ魂は腐っちまったのか」
今度は老人自身を悪と認定する強めの口調。しかし老人はそれでも止まらない。再び自分を正当化する言い訳を口にし、少年にネチネチ嫌味を言おうとするのだった。
だがそこで今まで黙っていた燈真が……いや、燈真のもう一つの人格である翔也が表に出て老人を怒鳴りつけるのだった。
「おい爺さん……! この行為のどこに説教足れる所があるんだ! 年よりだからって調子に乗んなよあぁ!!」
文字通り人が変わったように怒気を撒き散らす翔也。流石に老人は黙って一歩後退する。
そして、気がつけば周囲が自分の敵だらけだったとようやく理解したのか、舌打ちした後すごすご下がっていったのだった。
ついに老人を撃退したと目配せする撃退士達だが、ここで空気を読める征治がこの喧騒に少年が怯えていると気がついたのだった。
「ありがとうございました。僕はとっても助かりましたよ」
征治は再び感謝を述べる事で少年をケアする。そしてこのとき、少年を励ます素振りをしつつ背中の張り紙を回収したのだった。少年にばれなければ無問題である。
「は、はい。あの、お大事に……」
少年は何とか気持ちを立て直したようだ。こうしてバスは無事に目的地へとたどり着いたのだった。
●昼ごろ
バスを降りた少年は無事に学校へと辿りついた。バス停から学校までの道程は先回りしていた雫が学生の群れに混じって護衛したが、特に何事もなかった。
そして、今は各自が放課後の為に準備しているところだ。その中でも、雫は一人とある店へとやって来ていた。
「すみませんが、何も聞かずにある少年に肉まんを用意してあげてくれませんか? お願いします」
雫がやってきていたのはいつも少年が帰りに肉まんを買う店だった。彼女はちょっとしたサプライズ提供の為の下準備をしにきたのである。
頼み込んで店員に了承を貰った雫は、お礼を言ってその場を立ち去る。後は下校のガードだけだと気合を入れるのだった。
●下校時刻
「あ、傘壊れてる」
少年が学校を出て十秒後、狙ったように雨が降り出したのだった。慌てて携帯していた傘を取り出す少年だったが、何故か傘が開かない。早くも落ち込み始めていた。
だがそのとき、少年の視界に見慣れぬものが飛び込んできたのだった。
「ご自由にお持ちください?」
すぐ近くにあった安いビニール傘が数本入れてある傘立てに、勝手に使ってよいと書かれていたのだった。これは友愛の傘といい、ミハイルが予め置いておいたものである。
天の助けだと少年は走って傘の元まで向かうが、やはり不幸は起こるのだった。
「おっ! これ使っていいのか?」
「ラッキー」
タイミング悪く学生の団体が少年の前に現れ、全ての傘を持っていってしまった。
希望を与えられ、そして奪われた少年はますます気を落ち込ませてしまう。だが、それもまた予測していたミハイルが素早くフォローに回るのだった。
「ほら、雨だぞ。持って行け」
「え? でも貴方の分が」
「俺はこの傘を返しに来たんだ、気にするな」
近くで待機していたミハイルは、少年にそれとなく傘を手渡した。まさか本当に必要になるとはと内心思いつつも、感謝しながら歩いていく少年を何とかなったと見送るのだった。
●帰宅バス
「他の人にした良い事はきっと自分にも返って来ます。きっと幸運が訪れますよ」
「そうですかね。でも、そうかもしれません」
帰りのバスに予め乗り込んでいた征治は、少年に再びお礼を言っていた。そして、その言葉を手に持った肉まんを見ながらも少年は素直に肯定したのだった。
「これ、いつもの店で貰ったんです。プレゼントとかで」
「そうですか。早速幸運が訪れましたね」
笑顔の少年を前に、征治もまた笑顔で話し続ける。少し離れた場所に例の老人がまた乗り込んでいるが、今朝のことを考えて忌々しそうにこちらを睨みつけるだけであった。
●最後の戦い
「ばれない様に追い払うのも限界があるよもう……!」
燈真は突風を操り、飛び交う鳥の群れを少年から離そうと空の上で頑張っていた。雨が上がった直後、何故か大量の鳥の群れが少年の上を飛び始めたのだ。
「嫌っていた体質が役に立つとは……」
その近くで、気配を消した雫も少年に張り付いていた。彼女の持つ動物嫌われ体質を利用し、鳥を退けているのだ。
「鳩が豆鉄砲を食らったってか。そのまんまだな」
更にその付近で、ミハイルまでもが消音モードの豆撒機関銃で鳥を追い払っていた。鳥が鳩とは限らないが、撃たれた鳥達は驚いて逃げていく。
こんな複数の撃退士がチームを組んで戦っているなんて知りもせずに、少年は一人何も知らずに平穏無事に家に帰るのだった。
●誕生会
「誕生日おめでとう!」
「ありがとう!」
少年の家に集まった数人の友達。彼らは皆笑いながらパーティを楽しんでいた。それを遠くから見守る撃退士達だったが、ふと昴留がこんなことを言った。
「誕生日ケーキが少年に激突するのではないか? 誕生日プレゼントが履き古しの靴下や、バナナではないか?」
「いや、流石にそれは管轄外ですよ……」
今までの不幸オンパレードからそう思ったのだろうが、流石にそこまでやられたらどうしようもない。
そんな心配をされているなど露ほども思わず、依頼主の少年が何気なく主賓に尋ねたのだった。
「ねえ、今日一日どうだった?」
「え? そうだなぁ」
不幸な少年は少し考え、そしてこう言ったのだった。
「いつものお爺さんと他の人たちの喧嘩に巻き込まれたりはしたけど、親切な人にも出会えたしね。いい一日だったんじゃないかな」
そんな少年の感想を聞き、撃退士達はホッと一息ついたのだった。もちろんプレゼントもちゃんとしたものであり、最後まで楽しく終わったのだった。