●洞窟前
「では、ペイントしますね」
Rehni Nam(
ja5283)が洞窟の中に潜入する仲間達に対し、超高速で絵筆を振るう。もちろんただの筆ではなく、アウルの力で潜入に役立つ効果を与える能力だ。
「不燃性の布を用意してきた。いざと言うときは使え。それと、マスクだ」
「ボクはこれを用意してきたよ」
敵が火を使うことから警戒し、学園からかき集めてきた大きな布をVice=Ruiner(
jb8212)が配っていく。洞窟内が煙で包まれることも考えて、マスクまで用意していた。
そしてジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が持ってきたのも同じく布だが、こちらは予め水を含ませてきていた。これで火による攻撃に対する盾にするつもりなのだ。
「予定通りに行くぞ。まず俺たちが中に入って人質を確保する」
「ああ」
事前準備の確認が済んだところで、ローニア レグルス(
jc1480)が淡々と計画を確認し、それにフローライト・アルハザード(
jc1519)が言葉少なく頷いた。この二人にViceを加えた三人が潜入組だ。全員同じ種族なので、その縁での連携も期待できそうな組み合わせである。
本作戦は、潜行組による人質の安全確保後、敵天魔の挟み撃ちだ。それを成功させるべく、彼らは気配を消し、地面を透過して潜入を試みる。
「まずは私達が注意を引き付けますので、その隙にお願いしますね?」
そして、潜行組が中に入る為の隙を作るのが残りのメンバーだ。それぞれの仕事を果たし、目的を達成すべく彼らは動き出すのだった。
●洞窟最深部
「問題なく潜入に成功したな」
「ああ。ルード、見張りを頼む」
Viceが召喚したヒリュウ、ルードが見張りに立ち、潜入した三人は捕らわれている人質を探した。
情報によればこの付近にいるはずなのだがと軽く見渡してみれば、すぐに発見することができた。頭以外を糸でぐるぐる巻きにされ、意識を失っている姿で。
「3、4、5と。全員いるな」
「だが糸は壁にまで伸びている。これではこの付近で火が起きれば彼らまで燃えてしまう」
ローニアが人質の数を指差し確認しながら数え、フローライトは状況を確認し、その危険性を端的に伝えた。
この糸は非常に燃えやすい性質を持っているため、こんなに縛られた状態で燃えれば確実にあの世行きだ。しかも火を伝えるように周囲に糸が伸びているため、この付近で戦闘になるのはまずい。
「糸を切るぞ……」
「わかっている。慎重にやるぞ」
それが分かっている三人は、すぐさまそれぞれの武器を取り出し、糸の切断を開始した。
まずは周囲に伸びている糸を切り、その上で用意していた布を被せれば引火の危険性はほとんどなくなる。そう信じて迅速に行動したのだった。
しかし――
「チッ! 思ったよりも頑丈だな」
「だが切れないこともない」
この糸は、頑丈だ。流石の撃退士でも簡単には切れないらしい。
だが、ちょっと腰を据えてやれば切れないことはない。それを自分の手で知った三人は次々に糸を切っていく。
その作業に作戦の第一段階成功を感じ始めたとき、見張りをしていたヒリュウのルードが鳴き声を上げた。どうやら、敵が迫っているようだ。
「糸を切ったことでばれたか?」
「同朋、来るぞ」
フローライトの無表情のまま放たれた注意の通り、洞窟の入り口側からわらわらと何かがやってきた。
小蜘蛛だ。事前情報では爆弾としての役割を持ったディアボロの能力の一つであり、撃退士だけならばともかく一般人がいる現状では危険極まりない相手である。
「本体は来ないようだな」
「他の連中がうまくやっているんだろう。俺たちは俺たちの仕事を果たすとしよう……!」
彼ら三人の仕事は、人質の安全確保および挟撃。その邪魔をする意思のない人形を滅ぼすべく、彼ら三人は武器を構えるのだった。
●洞窟入り口付近
「キミの相手は、ボクなんだよ♪」
ジェラルドの華麗な、物凄く目立つ、まるで舞台のような格好いい仕草から放たれた痛烈な蹴りがこの事件の主犯、大蜘蛛の背中に打ち込まれた。
潜行組以外の五人は、今洞窟に入ってすぐの辺りで戦闘を行っていた。敵はもちろん、この洞窟に巣くうディアボロ、大蜘蛛だ。
彼はそこそこの高さはある洞窟の地形を最大限に利用し、これ以上ないくらいの派手さで周囲の注目を集めた。これでもう、小蜘蛛はともかく本体が人質の方に行く事はないだろう。所詮は蟲であり、目の前の敵を排除する以上の思考は持っていないだろうから。
「ハッ! ……皆さん注意してください! 岩の隙間なんかにも小蜘蛛が潜んでいるようです!」
水無瀬 雫(
jb9544)が水の様な盾を作りつつ叫んだ。どうやら、この洞窟には目に見えるところ以外にも敵が潜んでいるらしく、迂闊に近づけば吹き飛ばされてしまうようだ。
当然左右の壁にも蜘蛛糸が張り巡らされている為、踏ん張りの利かない爆発を受けるのは命に関わる危険性がある。
「見えてる分は俺が何とかしてやる! まずは入り口まで下がるぞ!」
向坂 玲治(
ja6214)が影の刃を操り、小蜘蛛が近づく前に切り捨てつつもそう叫ぶ。
彼らの仕事は大蜘蛛の討伐であり、潜行組の仕事の邪魔をさせないように引き離すことだ。その為にも、少しでも敵を入り口付近に連れて行きたいのだった。
「熱っ!? クソ、もう燃えてきやがった!」
しかし、そううまくも行かない。天王寺千里(
jc0392)がそんな愚痴を力強く叫んだように、小蜘蛛の爆発によって徐々に火が回り始めたのだ。
その熱と爆風は、小さいながらも撃退士達の体力を奪っていく。彼らも連携して回復を図ることで対処しているが、地形による永続ダメージはやはりつらいものだ。
「こんな小細工でアタシを止められると思うんじゃねぇ!」
しかし、天王寺はその程度で止まらない。超速振動によって凄まじい切れ味を生み出す日本刀を手に、次々と燃える糸そのものを斬り裂くことで火を鎮めていく。もちろん刃自体が火を生まないように事前に細工はしてあり、獅子奮迅の活躍だ。
小蜘蛛と糸、その二つの厄介な敵を撃退士達は次々と排除しながらも徐々に後退していく。大分時間も稼いだことだし、うまくいっていると互いに笑みを浮かべたとき、ついに大蜘蛛が動いた。
糸だ。天井に張り付きながら撃退士を追ってきていた大蜘蛛が、口から多量の糸を吐き出してきたのだ。それも狙ったのか、撃退士達が足元の卵地雷でバランスを崩していたタイミングで。
「クッ……! なんの!」
それに対し、水無瀬は咄嗟に動いた。彼女は回避が間に合いそうにない仲間達に向けられた分までを空中で自分の腕で受け止めたのだ。
これで他のメンバーは頭上からの糸から逃れられたが、水無瀬だけは多量の糸に絡められてしまった。それだけでも大蜘蛛はよしとしたのか、すぐさま牙を鳴らした。今吐いたばかりの糸に着火したのだ。
「うぐぅぅぅ……!」
水無瀬の腕が炎に包まれる。流石の撃退士でも苦しむ業火に水無瀬は苦しげな表情を浮かべるが、しかし次の瞬間には不適に笑って渡されていた水を含んだ布で火を消して見せたのだった。
「この程度の火で、水無瀬の者を倒せると思わない事です……!」
彼女は水を操る一族。ならばこそ、あの程度の火では彼女を害する存在にはなりえないのだ。
「おいおい、無茶すんなよ」
だが当然無傷ではない。今も彼女自身の回復能力によって治癒が行われているが、痛みもあっただろう。
そんな彼女を心配する仲間達の言葉がかけられるが、水無瀬は笑って自分の健在をアピールするのだった。
「大丈夫です。私、頑丈ですから」
「……いい根性じゃねーか。んじゃ、今度はこっちから行くとしようぜ!」
やせ我慢も立派な強さ。事実まだまだ彼女はいけるのだから、過剰な心配は侮辱だろう。
そんな思いがあるのかは不明だが、天王寺がここで攻撃に打って出た。もう十分引き付けたことだし、周囲の糸も今の炎上で大分なくなった。
これより、撃退士による本格的な蜘蛛討伐の時間だ。
「ほらよ!」
向坂は片手を地面につけ、影を操った。その影は腕となり、大蜘蛛の体を拘束していく。
大蜘蛛は当然抵抗するも、影の腕を払う事はできない。もとより、影に実体などないのだから。
「捕らえられる側になる気分はどうだ?」
「シュルルルルッ!」
影に拘束され、大蜘蛛は天井に貼り付けにされた。
怒りのままに大蜘蛛は威嚇音を上げ、向坂に敵意をむき出しにする。更に動きが止まったくらい自分には何の関係もないのだと宣言するように、再び糸を大量に、しかも向坂だけをねらって吐き出したのだった。
「おっと、そんな見え見え当たるかよ――あ」
そんな糸、怖くないと向坂は軽く避けていくが、そのとき突然小蜘蛛が現れた。どうやら岩陰に隠れていたのに気がつかなかったらしい。
何かする前に即爆発した小蜘蛛は、その爆風によって向坂の足を止める。ダメージは大した事はないが、このタイミングでそれはかなりまずい。
「やべ」
大蜘蛛の糸が向坂の服に付着した。しかし、そんなピンチにも関わらず、向坂は笑った。この程度、まだまだ余裕だと見せ付けるように。
「シュルル!」
そんな態度に怒ったのか、大蜘蛛は先ほどと同様糸に火をつけた。
糸を伝わって炎は真っ直ぐ向坂に伸びてくる。それを向坂は――上着を捨てることで回避するのだった。
「念のために一枚余分に着ておいて正解だったな」
此処に来る前に買っておいた、一枚の上着が燃え尽きていく。ちょっともったいないが、十分その役目を果たしたといえるだろう。何せ、影に縛られ、せめて攻撃をと繰り出された炎を無力化したのだから。
そして何よりも――
「覚悟しろよ爆弾野郎、てめぇを木っ端微塵にして肥溜めにぶち込んでやるぜ!」
ヤル気満々の天王寺の一撃を、大蜘蛛にノーガードで受けさせる為の一手になってくれたのだから。
「シュルル!?」
重い一撃をもろに受けた大蜘蛛は怯んだ。当然天王寺はそこで止まらず、更に滅多切りにしていく。
「今です!」
「OK、ボクはいつでも大丈夫さ」
「やってやるか!」
大蜘蛛が見せる致命的な隙。それを最善の攻めにしようと、水無瀬、ジェラルド、向坂の三人が同時に跳んだ。
狙いは蜘蛛の口。毒を与える武器にして、糸に火をつける道具でもある牙だ。通常ならば危なすぎて近づけない場所であるが、このタイミングならば行くしかないだろう。
「――セイッ!」
「シュルルル!?」
三人分の全力攻撃は、全て牙に、より正確に言えば牙を支えている歯茎を抉った。
これにはたまらず大蜘蛛も悲鳴をあげ、同時に二本の固いものが飛ぶ。肉ごと牙が弾け飛んだのだ。
「よっしゃ!」
「これはこれで、何かに使えそうな素材だよね☆消えちゃうけど♪」
部位破壊に成功し、ほんの僅かに喜びを出す撃退士達。そんな中で、ジェラルドが冗談めいた口調で地面に転がる牙を指差してそう言った。
まあ確かに、これが倒した敵の素材で更に武装を強化する的な世界であれば何かに使えそうではある。こう、炎刀・蜘蛛とかそんな感じの武器素材に。
「シャァァァァァ!」
なんて冗談を言っていると、大蜘蛛はいよいよブチギレ咆哮を上げた。それにより、わらわらと小蜘蛛が出てくる。どうやら総力戦の構えのようだ。
流石の撃退士も、この数の小蜘蛛の自爆を受ければ身が持たない。と言うか、現段階で精神ダメージがでかい。主に絵面の酷さで。
それでもやらないわけにはいかないと、さっきから吐かれていた糸に引火してまた酷いことにならないように距離を測っていたそのとき――大蜘蛛の背後から、複数の人影が飛び出してきたのだった。
「待たせたな」
「人質の安全は確保した」
やってきたのは、人質の安全を確保し終えた潜行組だった。彼らは小蜘蛛と糸の処理を済ませ、そのまま気配を消してこちらに近づいてきていたのだ。
そして、その不意打ちで大蜘蛛の足に痛打を与えた。ここにきて挟撃という圧倒的不利を理解したのか、大蜘蛛は更に唸って大量の小蜘蛛たちに攻撃命令を出すのだった。
しかし――
「人質はもう大丈夫ですね?」
「ああ、意識は戻らなかったが引火対策は万全だ。やれ、人間」
Rehniの確認に、フローライトが答える。もう人質を心配して過剰に火を恐れる必要はないと。
人質が燃えてしまう危険さえなければ、小蜘蛛が群れた程度で彼女達は止まらない。それを証明するように、Rehniはこの洞窟内にアウルで作り出した大量の石を、岩を作り出した。そして、それは彗星の如く小蜘蛛の群れへと降り注ぐのだった。
小蜘蛛を纏めて吹き飛ばす広範囲攻撃。洞窟の中でそんなことをするのは多少リスクであったが、他のメンバーたちがアウルを流し込むことで補強しているおかげで崩れることもなさそうだ。
そう、人質にまで爆発によって生じた火が向かう心配さえなければ、この程度彼女達には何の問題もない。ご丁寧に一箇所に集まってくれていた小蜘蛛たちは、こうして揃って意味のない爆発となったのだった。
「シュ、シュー……」
ようやく影の縛りから大蜘蛛は抜け出したようだが、既に満身創痍。背中には刀傷が目立ち、武器である牙も失っている。足も全てではないが斬りおとされてしまっている上に小蜘蛛を全て失った。残っているのは傷ついた口を酷使しなければならない糸くらいなものだ。
片や、散々爆発やら炎やらで消耗してはいるが、まだまだ元気な撃退士8人。その全てが最後のトドメを行おうと、武器を構えている。
大蜘蛛も、最後の足掻きを見せてやろうと無事な足を広げて威嚇する。しかし、今更そんなもので怯みはしない。気持ち悪いが。
せめてもの抵抗か、大蜘蛛は体液を撒き散らしながら糸を吐く。しかし、もはやそんなものを食らうことはない。その隙に攻撃。斬撃、殴打、射撃、更には魔法が次々と大蜘蛛に吸い込まれていく。
こうして、戦闘は終了したのだった。
●洞窟前
「要救助者の搬送、終了です」
洞窟の奥で不燃性の布をかけられ、マスクを被せられて守られていた要救助者達は皆無事に病院へと送られた。医師の見立てでは命に別状はなく、意識もその内戻るだろうとのことだ。
「新年初の依頼にしては少々厳しかったですね」
水無瀬は全てが終わったからこそいえる、ちょっと疲れた様子でそう言った。
他のメンバーも、それぞれ口にはしないが軽く頷く。概ね似たような感想らしい。
「にしても、あれだな」
「なんですか?」
向坂が、なにやらしみじみとした様子で自分に注目を集め、そして一言呟いた。
「当分、アメコミの某ヒーローも見たくないな」
それは多分、糸で戦う赤いあのヒーローだろう。
わらわらと湧き出してくる蜘蛛蜘蛛蜘蛛。その光景に言いようのない疲労を覚えた撃退士達は、やはりそろって頷くのだった。