●不透明キネマインド
夢を形にできたらと誰もが思っている。それが叶わないとも心のどこかで。
「やあやあよく来たな、丁度準備がおわったところだ」
相変わらず芝居がかった仕草で、少女ハンミョウが彼らを出迎えた。その表情は様々だ。楽しみにしているもの、緊張しているもの、これから見るものに今から赤面しているもの。
適当に座ってくれと、彼女は言う。その言葉に従い、各々でパイプ椅子を広げることにした。少女ハンミョウが、映像ディスクをデッキにセットする。
「さあ諸君」
注目、という風に拍手をひとつ。やっつの目線が自分に向いたことを確認すると、彼女は満足気に胸を張った。
「これから上映されるものは、夢だ。諸君らの夢であり、おそらくは全人類が望んでやまないものになっているだろうと私は確信している。こうでありたい、こうであったなら。いいじゃないか。素敵じゃないか。素晴らしいよ。さあ、私と夢のひとつを追いかけていくとしよう」
リモコンのボタンを押す。暫くのロード音。それが終われば、スクリーンに映像が流れ始めた。
●褐色性ライクライム
思い返せば恥ずかしく、今に耽れば赤面し。
「今助けるなの!」
黒騎士の衣装を纏い、木馬に跨ったぴっこ(
ja0236)が駆ける。向かうは助けるべき彼方。囚われの姫。
「餓鬼が片腹痛いわ、下僕共よ!」
けれども、敵は甚大にして強大だ。悪意の蛇群が彼に向かい殺到する。
「ぴっこ、逃げなあかん!!」
叫ぶ姫。何故か脳裏に浮かんだファイヤーフライグレイブ。無数の蛇から繰り出される火炎の猛攻を、ぴっこは敢えて速度を緩めぬことでかいくぐる。
「ならばこれでどうだ!」
蛇群による一斉掃射。それは巨大な火の玉となり、ぴっこに避ける術を与えない。万事休す。そう思われたときである。
パパラー。
まさかの効果音。湧き上がる歓声とド派手なコンピュータグラフィック。木馬に翼が生え、天を舞う。火球は足下に、豪炎の火花を散らしていた。
「ぴっこ、エスペシャルパンチなのっ!」
宣言と共に剣を抜き放ち、両手で抱えると人質を括りつけた十字に向けて突進する。パンチどこ行った。
十字架を袈裟斬りに処せば、拘束の蛇共が分断されはらりと落ちる。人質無傷。これぞご都合主義。多分人質に当たる瞬間だけは剣を引いてたとかそんな説明だ。落下する彼女をお姫様抱っこで抱え、驚愕する天魔へと。目に眩しい光。天魔の断末魔。赤と青の高速変更は控えめに。
唸りながら倒れ、蛇群共と消えいく天魔。軽快で熱いBGMをバックに、ぴっこは朝日へ向けて飛びさって行った。嗚呼、ヒーローぴっこに栄光あれ。
これは、とある適当世界のちまに扮して雇用主の牛と労働闘争を繰り広げるお話。ちまってなんぞ。
「ちまは今まで数知れない闘争を繰り広げてきたちま!」
それは己の功績を主張する。『つ』←こんな形した手を振り上げて。
「ちまを押しながさんとする轟流の中で合成樹脂を発泡成形して作られた武器で粘つく油性物質と格闘しながら界面活性剤まみれになってもちまは闘争したちまよ!」
おそらく、皿洗いをしていたということだろう。
「ちまは別の場所でも戦っていたちまよ……極微小の生命体を駆逐しながら粉塵と格闘し、衛生環境を好転させるべく重機を使って家中を駆け巡ったちまよ!」
たぶん、掃除機をかけていたということではなかろうか。
「更に一晩化学物質を散布して準備した後、化学物質を除去してから棒状の武器にさらなる化学物質を塗布し有害細菌を殲滅するため武器を使って格闘し、細菌を死滅させたちまよ!」
えっと、きっとトイレ掃除だと思う。
「つまりっ! ちまは契約通りの労働を完遂したちま! 契約を完遂した以上雇用主からぺぷちとヤキニクの支給を受ける権利があるちまよ!」
非常に回りくどいが、要するにヤキニクが食べたいということなのだろう。いや、ややこしいよね日本語って。
「ヤキニク! ヤキニク !ヤキニク! ちまー!」
どどんと置かれる鉄板、山と積み上げられた肉。かくして食という闘争は始まるのだ。
これどこにアーレイ・バーグ(
ja0276)出てくるんだろう。
厨二病満載。それはそれで結構なことだろうけれど、今回の作品には部活動の存続に関わっていると聴く。妄想全開もよいのだが、見る側にとっても一定以上の支持が得られるものに仕上がらなければならないのではないかとレイラ(
ja0365)は思うのだ。
静寂に満ちた満月の夜。波立たぬ湖面の上。演じるは巫女舞。透き通るような薄手の衣装を身に纏うレイラは、まるで幻想的な精霊のようにも見えた。これが、大多数に見られるのだと思えば恥ずかしくもある。だが、これは人助け。身を粉にするとしよう。
舞に合わせ、舞台が四季をうつろいでいく。
春には桜、咲いては散り踊る花びらが湖面に吹雪き。
夏には緑、生い茂る命は活力を持ち躍動し。
秋には紅、美しく熟れた彼らが水面に映り。
冬には無、新たを待つ真白の世界でひとり舞う。
それは時に艶かしく、時に凛々しく。水をめぐり、焔をくぐり。生まれてから死ぬまでの物語。しいてはそれからに蕾を待つひとりうた。
季節は環をなして、やがて一年が終わる。夜は死のようなものだ。やがては次の生命が色づくように、世界は明日に産声をあげる。夜が明け、舞もこれにて終演となる。役目を終えた精霊の巫女は、スクリーンの舞台上から姿を消した。さあ、朝日が昇る。
それは、本当に突然の悲劇であった。地球に帰還しようとする麻生 遊夜(
ja1838)。その船中に、ヤツラが現れたのだ。異形。異貌。ヤツラは瞬く間に船内で蹂躙の限りを尽くすと、次々に制圧していった。戦えたものは少ない。立ち向かったと言えようものは、たまたま武器庫近くに居た治安員達だけだった。
跳びかかる敵の喉にナイフを突き立てると、遊夜はその脳天に向けて引き金を絞る。連続した発泡の後に、嫌な金属音。弾詰まり。舌打ちするも、新手の来る気配はない。どうやら一息つけるようだ。タイミングよく入った通信に、耳を傾ける。
「……すまなねぇな、こっちは全滅だ。もう持ちそうにねぇ、やっちまってくれ……あぁ、あとは頼んだ」
オーヴァ。辞世の句になると思いながら、最後の一服にと懐を探る。嗚呼、でも。
「っと、あいつにやっちまったんだっけか……まったくヤキが回ったもんだ」
見つけた空箱を握りつぶし、後へ放る。最後の煙草は美味かったろうか。向こうでも売っていればいいのだが。
敵の奇声。もう間も無くにこちらへと顔を見せるだろう。最早銃はなく、刃物ひとつ抑えきれるものではない。
「最後にひと目でもいい、君に会いたかったな……ごめん」
ロケットに写る彼女に微笑んで。ほら、死神共がやってくる。覚悟を決めよう。これで最後なのだから。
「さぁ! 一世一代の大舞台だ! 代金がわりにてめぇらの命を貰っていくぞ、糞共が!!」
ひとりの男が、宇宙の花と散る。
日々の平和を謳歌していたはずのクラリス・エリオット(
ja3471)。だが、それを悪意が引き裂いた。誰よりも大切な最愛の弟が悪の巨大組織『ワルイノダ』に攫われてしまったのである。
悲しい事だ。だが、その悲観に明け暮れるクラリスではない。弟を救うため、近所の博士に力を借りて彼女は改造人間クオンライダーへと生まれ変わったのだ!
回想シーンは終わり、舞台は現在へと戻る。弟がここに居るとの情報を聞きつけ、『ワルイノダ』のアジトに潜入したクラリス。しかし、時既に遅く弟は別の場所に連れ去られた後であった。全ては罠。今や彼女は全身黒タイツの兵隊共に取り囲まれ、絶体絶命の窮地に居る。
「弟がここにいないのなら暴れても安心じゃな……変身っじゃ!」
ポーズと共にベルトが回転し、どこからともなくマスクを装着。変身完了と同時に何故か爆発音。変身前と明らかにプロポーション変わってるが気にする事なかれ。改造人間クオンライダーここに見参!
『ワルイノダ』の兵隊と言えど、所詮は雑魚。変身したクオンライダーの敵ではない。それでも敵の数は多く、こうしていては時間がいくらあっても足りないだろう。来週へ続くなどもっての外だ。構えを取ると、腰のベルトが回転し始めた。きゅいーん。
「必殺、クオンキーック!!」
謎の爆発。基地ごと壊滅。これぞヒーローの必殺技。名前のもう半分は使うなよ、あとが怖いからな!
かくして『ワルイノダ』の基地は壊滅した。だがクオンライダーの戦いは終わらない。弟を助けるその日まで!
雨の降る昼下がり、七海 マナ(
ja3521)は窮地に立たされていた。行動を共にし、信じていた仲間たちに裏切られたからである。ここは洋上、逃げ場はない。歯噛みするも、やるしかないのだ。剣を抜き、銃を構えた。味方は自分のみ、敵はそう―――百人。どこの洋モノ映画だ。
「海賊魂……見せてやるッ! 行くよっ」
マナの素早さについてこれる海賊などいない。誰も彼もがその動きを捉えることが出来ず、ばったばったと切り倒されていった。
ロープを使い敵船へと乗り込んで。飛び込んだ勢いを殺さぬままに、跳ぶ。目指すは操舵席。マナには尋ねねばならぬことがあった。思い場所へたどり着く。出迎えるは黒ひげ。敵船長。
「どうして……なんでみんな裏切った!」
「そりゃおめえ……言えねえよ」
話す気はないということか。ならば、
「海に抱かれて沈めッ!」
マナの剣が黒ひげを袈裟に裂いた。飛び散る血しぶき。銃を向け、止めをと引き金に力を込める。だがそれを、賊らが押し止めた。
「待ってくれマナ! 俺達は、俺達は―――お前に告白しようとしていただけなんだ!」
思考が止まる。そんな馬鹿な。いや思い返せ。理由を言えぬといった黒ひげの顔を。あれは酔った赤ら顔ではなく、照れたそれではなかったか。まさか。
「マナ、俺は……お前のことが……かはっ」
倒れる黒ひげ。駆け寄る海賊。叶わぬラブロマンス。しかしそれに、主人公だけが異を唱えた。
「だから僕、女じゃないんだってばー!」
悪党もまた、花である。
雨の降る夜。瓦礫と化した廃墟。鳴り響く殴打音。男が馬乗りになり、染 舘羽(
ja3692)を殴り続けている。
喧嘩、ではない。歳の離れた少女と取っ組み合いをするほど狂ってはいない。凌辱、でもない。所帯あった身で手を出せるほど踏み外してはいない。これは復讐なのだ。
妻帯者を殺された恨み。愛する人を奪われた痛み。それだけが男を突き動かしていた。
何度殴ったろう、最早舘羽は動く様子を見せなかった。あの憎らしい敵の部下。ざまあみろと思うばかりで、同情の余地など無い。腰をあげた所で、冷えかけた頭が再沸した。舘羽が妻のチョーカーを身につけていたからだ。我を忘れて毟り取る。それが仇となった。
同時、跳ね起きた彼女に反撃を受ける。息をつく間もなく、腹へ顔へ打撃を受けた。
「だめだよ〜おじさん、ちゃんと心臓の音、確認しなきゃあ」
痛い。痛い。見ずとも折れていることがわかる。
「ご主人サマなら、もっと長く、上手にお仕置き、やってくれるのにぃ!」
あんな下衆に心酔しているのか。関係のないことを思うところに、頭部への蹴打を受けた。身体を起こしていられなくなる。
倒れ伏した男が取りこぼしたチョーカーを拾い上げ、舘羽は泥まみれのそれに頬ずりを始めた。
「あーあ、大事な首輪が汚れちゃった……怒られちゃう」
声にならぬ声をあげ、取り返そうと手を伸ばす男の頭を。舘羽は容赦なく踏み抜いて。嫌な、音。
雨の喧しさが、むしろ静かで。
二月十四日。思春期の少年少女からすれば胸踊らせ時に嫉妬の炎を燃やす記念日でもあるのだが。
「ターゲットが家を出たわぁ」
雨宮アカリ(
ja4010)の通信に、上空で旋回飛行中の対地支援機から応答が入る。
『OKだ。しっかり見えてるぜ』
今回の依頼主も、今日この日を心待ちにしていた少女であった。だが、想いを寄せる相手は学園でもアイドル級の男の子。貰う数もひとしおであろう。奥手な依頼主がその戦場を駆け抜けられる筈もなく。であれば、その支援要請が自分達にきたというわけだ。
「フォアードエリアクリア」
誰一人、この少年に近づけさせはしない。撃ち、拘束し、その道を突き進んでいく。そして、学校へ。ここからが本番である。
「校門前にウジャウジャ待ち構えてるわぁ! 私だけじゃ無理よ」
『Roger that. 掃討する』
轟音。轟音。有象無象の少女達に降り注ぐ40mm機関砲。奇襲に心構えがあろうはずもなく、少女達は次々に撃ち抜かれていく。
「Good kill. Good kill」
殺してません。あくまでゴム弾です。
ついに、一掃されたその場へとターゲットが到着した。そこへ、ひとりの女の子が校舎から駆け寄っていく。
『あれで最後か』
「待って! アレは依頼主よぉ!」
味方の誤射。アカリは走り依頼主の盾となる。腹に40mm。薄れ行く意識の中で、無事依頼主が目的を果たしたのを確認し、暗幕を迎えた。
「作戦……終了……みんな……よくやったわぁ……」
なんぞこれ。
●虹色式ゼムノート
いや、やっぱり黒歴史かもしれない。
「感動したッ!!」
エンドロールと同時、少女ハンミョウがパイプ椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がった。軽く涙も流している。
「素晴らしい、実に素晴らしい!! 今度の発表会は間違いなく我々の最優秀で終えることだろう。ありがとう、感謝する。出来ることなら次回も、否、是非我が部活動の一員として―――アレ?」
豪語し、振り向いたハンミョウが見たものは自分一人だけの教室であった。先ほどまで一緒に見ていたはずの彼らがいない。おかしい。どこに行ったのだろう。購買戦争の時間でもないはずだが。
例えば、詩。否、古いノートでもいい。ページの端にかき集めた自分の世界。妄想と設定の数々。それらを懐かしいと読み返すのはいい。思い出は必要だ。だが、それを他人から突きつけられ。あまつさえ、絶賛されたとしたらどうだろうか。想像して欲しい。想像してみるといい。であるならば、この場この時のこれは、当然の帰結であったろう。
「まあいいか。よし、これで首もつながったな」
後日。カッコいいシーン発表会ではスタンディングオベーションと共に満場一致で最優秀賞を飾ったとか飾らなかったとかいう話だが。
知らなくていい。知りたくもない。それはそんな、別のお話。
了。