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園芸屋の店先に、プラチナブロンドの青年が現れる。桜木 真里(
ja5827)を温室一杯の花が出迎えた。
「すみません、青いバラはありますか」
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世界で一番美しい花ねえ……と、蒼波セツナ(
ja1159)は首を傾げた。
物理的な美しさよりも、二人の関係を考えて良い花を選びたい。
「やはり、愛とかそれにまつわる花がいいかしら」
愛の花言葉は幾多あれど、今の盛りはひまわり。その意味は「熱愛」と「恋慕」。けれどそのまま伝えたのでは面白みがない。
自称黒魔術師は何事か思いついたと、くすりと笑みを浮かべる。
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同じ頃、藍那湊(
jc0170)は依頼人の白彦を訪ねていた。
そこには先に新柴 櫂也(
jb3860)が来ており、白彦と頭を捻っている。
「世界で一番美しい花、かぁ。花はどれも綺麗だと思うけどな。色や形も色々あってさ。匂いも。花はどれも綺麗だと思うけどな、うーん」
櫂也の言葉に、湊が後ろから呟く。
「世界で一番美しい花……僕自身も見てみたい気がするなあ……」
その声に顔を上げた白彦に、湊はにこっと笑った。
「こんにちは。も少し詳しいお話聞こうと思って」
――白彦は赤面しつつ語る。彼のマドンナの無邪気な願いと、その笑顔と亜麻色の髪にどれほど心を奪われているかを。
いつの間にか星杜 藤花(
ja0292)が来ていた。きらりと光る胸元の藍玉が、存在を気付かせる。
一通りの話を聞いた湊と入れ替わるように、桃夜(
jb9017)も姿を見せた。
話を聞いていた櫂也が口を開く。
「俺が思うに。美しいって基準は主観がかなりを占めてるものじゃないかな。なら、君が一番美しいと思う花が良いと思うんだ」
桃夜も頷く。
「世界で一番美しい花はそれぞれ違うと思う。俺にとって世界で一番美しい花は『桜』だな」
「桜ですか?」
ああ、と桃夜は続けた。
「今は名乗っていない家名に入っているのと、何より……大切な少女に良く似合う花だからだ。確かに他にも綺麗な花はある。華やかで煌びやかな薔薇や向日葵、百合……だけれどその少女をより可愛く綺麗に見せるのは『桜』なんだ。桜の下で舞う少女はそれはとても可愛く、美しかった……」
遠く、愛しいものを見つめるように目を細める。
「今の季節に桜は咲いていないからな。今渡すなら桜をモチーフにした装飾品を贈ろう。イヤリングや簪も良いかな」
季節的にない花や、手に入れるのが難しい花ならそういう方法もあるだろう? と言われ、白彦はなるほどと頷く。
「だから俺は白彦がチョコラータに一番似合う、綺麗に見える花を贈れば良いと思うぞ」
それは確かに一つの答えだ。しっかりメモする。
「そっかぁ……新柴さんは?」
櫂也に水を向けると、んーと口を開いた。
「俺? 俺は薔薇かな、紅い薔薇。妹が好きな花なんで。自分の大事な人が好きな花。それだけでその花は世界で一番特別な花になる」
それでいいんじゃないかな、とは。
珍しさや鮮やかさに目を向けていた白彦は二人の答えに少し肩をすぼめた。藤花と目が合う。藤花はふわりと微笑んだ。
「世界で一番美しい花……わたしなら、自分の来歴にちなむようなものを贈りたいしいただきたいなと思うのです」
「来歴?」
「わたしにとっての『大切な人』は昨年結婚した旦那様。初めて出会ったのはごく幼いころ。再会してからたくさんの思い出を重ねました」
あの人の瞳と同じライラック。私の名前にちなんだ藤。そしてウェディングブーケにもあしらったプリムラ・シネンシス。どれも大切な思い出の詰まった花だと、藤花は言葉を紡ぐ。
「特にプリムラ・シネンシスは……花言葉を『永遠の愛』というそうです。それを聞いた時、嬉しかったのをありありと思い出せます」
真っ直ぐ白彦を見つめる。
「白彦さん、あなたはチョコラータさんをどう思いますか? 彼女を可憐な花と見立てるなら一体どんな花に見立てますか?」
彼女を花に……白彦の胸がどきりとする。
「わたしからは正解というのを出すことは出来ません。あなたがチョコラータさんに相応しいと思える花。それが、あなたにとっての世界で一番美しい花なのではないですか。だから、彼女を花に見立て……あるいはご自身を花に見立てて、そして彼女のそばに置きたいもの。彼女に持っていてもらいたいもの。それをご自身で選ぶのがよいのではないかとわたしは思うのです」
「……うう、でも難しいなぁ」
頭を掻く白彦に、櫂也は助け舟を出した。
「花言葉から決めるって手もあるかな。彼女にあげるならどんな言葉を捧げたいか、とか」
彼女に一番似合う花は何か。逆に、彼女が好きな花は? 自分が思う、彼女に一番似合う花を持っていく。何故その花か聞かれたら、一番君に似合う花だからと。
次々と出された案に、白彦と頷く。
彼女に似合う花は何かまでは櫂也には教えられない。その代わりに。
「花屋や図書館やインターネットで調べてみようよ。手伝うよ。白彦くんの中から彼女のイメージを引出して合う花を探そう」
櫂也の頼もしい言葉に、希望が湧いてきたようだ。
「ありがとう」
自分も手伝うと、藤花もそっと励ます。
「『世界の一つだけの彼女のための花』をみつけましょう?」
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本やネットの情報と首っ引きで模索する白彦たちを、セツナが見つけた。その手には地図。ひまわりが咲いている場所が記されている。
店で捜して持ってきてもいいが、少しばかり熱意に欠ける。本人が採ってくるのが一番、というわけだ。
けれど、花言葉はまだ教えない。彼女は白彦にこうとだけ伝えた。
「今が盛りの花で、常に太陽の方を向いて輝いてるから一番美しい花なのよ」
「そっか、それって彼女に似合う気がする……行ってみるね!」
戻ってきたら贈り物がうまく行くおまじないをかけてあげる、とセツナは白彦を送り出した。
「ロマンチックなシチュエーションでの愛の告白……燃えるわねえ、ふふ」
ぽそり、悪戯っぽく呟いた意味を白彦はまだ知らない。
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留守を櫂也たちに頼んで、地図を手に出ようとしたところで、ちょうど真野 縁(
ja3294)と、縁に誘われた藤咲千尋(
ja8564)がやってきた。感謝と共に、依頼の理由を必死に説明する白彦に、千尋が相槌を打つ。
「ありゃりゃ、すごく難しい約束しちゃったんだねー」
上手なアドバイスが出来るか不安に思いつつも、応援したいと懸命に考える千尋に、
「世界一美しい花かー、それは悩ましいんだね!」
縁もうにうにと頷きながら小首を傾ぐ。
むーと考え込み、ややあってはっと千尋が顔を上げた。
「ラノベっぽく『世界とはすなわちぼくときみがいる場所』って感じにしちゃうとか? それなら、白彦くんの手と目の届く範囲で一番美しいなーって思えた花を贈れるでしょ。その世界はどんどん書き足されてどんどん広がっていくから、暫定1位のお花もどんどん変わっていくんだよ。でも『今』『この世界』で一番美しい花はこれだよ! って贈るの……屁理屈かな、反則?」
「ううん。世界が広がるっていうの、素敵だ」
千尋は微笑み、縁の方を見る。
「縁ちゃんは?」
「縁なら……そだね」
星空の映る湖の畔で打ち上げ花火を見せて(――花火は何とかするよーと付け足す)、あれは二番目に美しい花だよって言って、ひまわりを渡す。
ひまわりなら今から……と白彦が意気込もうとすると、縁はでも、と続けた。
「これも一番じゃなくて、君自身の花なんだよ」
縁が教えた花言葉は「私の目はあなただけを見つめる」。赤面する白彦に優しく呟いた。
「君の思う世界一美しい花は、君の一番好きな女の子じゃないかな?」
……伝えたい事は、伝えられる内になんだね。抱いていた道化人形をちらっと見て縁が微笑む。
「ふふ、我ながらろまんちすと! なんて! うに! 頑張れー」
はにかむ白彦の背中を明るくぺちんと叩く。
「それじゃ、その時手を握ってみてさ!! 『世界一美しい花は今ぼくの手の中にあるよ』とか言っちゃう? 言っちゃう??」
ぎゃおおおお恥ずかしいー! と千尋が自分のことのように照れてジタバタする。縁はそれをによによ眺めて、肩を竦めて見せた。
「幸せなカップル代表の片割れが言うんだから、きっと君も幸せになれるんだよー。自信持って、胸張って、一歩進んでみたらどうかな?」
白彦は真っ赤になりながらも二人にウンと答えた。
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太陽に向かってひまわりが咲いている。
皆の言葉を考えながら、どの花がいいか探していると、黄色い迷宮の中に不意に眩しい青が現れた。ここだって聞いて、とバラを差し出したのは真里だった。
「青色なんてあるんですね」
自分の目で選んできた一輪の青いバラ。驚く白彦に真里は説明する。
バラには青い色素がない。その不可能を諦めない人達がいたから生まれた花。故に、花言葉は「神の祝福」「奇跡」だ。
「だから、たくさんの人達のたくさんの努力から生まれたこの花を俺は選んだんだ」
「たくさんの努力……」
「そう」
人の努力の結晶と言える青いバラはきっと世界で一番美しい、に相応しいように思える。大切な人に祝福や奇跡が訪れますようにと願いを込めて。
何かイメージが湧いたのか、白彦は熱心にその話を聞く。バラを大事そうに抱え、ひまわり探しも続ける白彦に、真里はおっとりとした眼差しを向けた。
世界で一番美しい花には明確な基準がないから難しい。でも彼が彼女の為に選ぶということに意味があるとそう思う。皆が選んだ花はきっとそれぞれの大切な人を思ったもので、彼が彼女の為に選んだものじゃない。同じ花でもそれぞれ花びらの大きさも色も違う。一輪か花束かでも感じる美しさはきっと変わる。そんな小さな違いもあるから。
――皆の選んだ花をヒントにたくさんの花の中から出来れば彼自身で探して選んで欲しいと、真里はその背中を見守った。
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花言葉の書かれたポップを、興味深げに湊が見つめている。
「ふぅん、人間界には花言葉なんてものがあるんだ〜」
餅は餅屋っていうし、花のことならやっぱり花屋だよね、と店を訪れたところだった。
「百合……花言葉は淑女。特にマドンナリリーの『汚れのない心』はぴったりかもっ」
贈り物にしやすいよう、小さな花束にしてもらおうかと百合を手にとり、だがそこでしばし考え込む。
「……だけど、世界で一番美しいかってことを考えると……」
うむむ、と悩む湊に合わせるようにアホ毛がぴこんと動く。
そのまま何事か考えながら一際純白の百合を数本手にとり、湊は花屋のレジに並んだ。
ひまわり畑から戻ってきた白彦を迎える湊の手には、百合で作られた髪飾りが握られていた。手先は器用なほうだし、と、湊が自作したものだ。そしてこれが、湊の答えだった。
――白彦さんにとっての一番美しい花は、チョコラータ自身さんなのかも……。
その美しい花を、彼女に捧げるために出来ること。
マドンナと呼ばれるその花を受け取り、白彦は今日一日の皆の言葉について考えていた。
世界で一番美しい花。助言を貰い、話を聞いて、考えて考えて、今この髪飾りに、答えが見えてきたような気がする。
「もうすぐ夕暮れだな。何か必要なものとか、大丈夫か?」
桃夜に声をかけられ、白彦は準備を手伝って欲しいですと頼んだ。桃夜は頷く。幸せになる可能性の有る二人には笑顔になって欲しいと。
天の川が夜空に光る。
「こうやって一所懸命考えて贈るのこそが、その花の価値を世界で一番にすると思うよ」
頑張れ! と櫂也に背を押され、白彦は約束の場所へ向かった。
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「ふふ、やあね。ちょっと欲張りじゃなくって?」
天の川の映る湖で彼女が見たもの――それはひまわりに、青いバラ、そして打ち上がる花火。
くすくすと嬉しそうなチョコラータに白彦は向かい合った。
「あのね」
全て話す。依頼を出したこと、皆が依頼以上に一生懸命考えてくれたこと、ヒントを出してくれたこと。
これはそんな皆の気持ちから僕が考えた世界一美しい花なんだ。願わくばこの夜が、全てを特別にしてくれることを祈って。
彼女にそっと百合の髪飾りを挿し、湖を覗いてと言う。
その瞬間、また後ろで花火が打ち上がって、花に囲まれたチョコラータの姿を湖に映し出す。皆が導いてくれた、白彦の、今この世界で一番美しい花を。
セツナがおまじないだと言ってリボンをかけてくれたひまわりを渡す。
「これ、摘んできたんだ。君に言いたくて、その、僕ね……僕」
僕の目は君だけを、なんて。冗談なら言えるだろうか。考えていると、チョコラータはあら? とリボンをほどいた。そこには花言葉が――「熱愛」「恋慕」。
「白彦!」
心臓が跳ねた。驚いて白彦を見ているチョコラータ。言いかけた「僕」が着地点を見失う。僕――。
「僕、君を愛してる!」
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その頃、縁と千尋は並んで湖の水面に波紋を立てていた。
千尋がうーんと伸びをする。
「気持ちいいねー!」
縁は対岸を見つめた。
「二人はうまくいったかなー?」
「きっと大丈夫!! 多分……。喜んでもらえてるといいね」
「くふ、せっちゃん達みたいにらぶらぶになればいいんだね!」
「えええ!? わ、わたし『達』!?」
大慌てで、ままままだ旦那さんじゃないしー彼氏さんだしー……ともごもご赤面する千尋に縁はくすくす笑った。
「せっちゃんは旦那さんに贈るならどんな花にするのかな?」
「芍薬かな……5月19日のね、誕生花なんだって。まっすぐで凛として素敵だなって。ちょっと似てる気もして」
憧れと尊敬と目標って意味を込めて、そんな風に思う。けれど、すぐに
「な、なんてね!! ぎゃああ恥ずかし!! 恥ずかし!!」
ばしゃばしゃ水を蹴る。それを見て、また縁が笑う。
「世界で一番美しい花……」
そして、小さく呟いた。
瞼を閉じれば浮かぶ、鮮やかなハナミズキの舞うあの情景。道化人形をぎゅっと抱きしめて微笑む。
贈るならあのハナミズキを。花言葉は「私の想いを受けて下さい」。ただ幸福を祈る、この想いを。
彼が花を選んで彼女が喜ぶと良いな――そう思いながら、真里も水辺を歩いていた。
「伝説……絆が深くなるっていうのはお互いを思う気持ちが強くなるってこと、かな?」
家族がいて友達がいて大切な人はたくさんいる。折角だから伝説にあやかってみようと家族や友達を思う。
(大切な人達が笑って幸せでありますように)
その為に自分は頑張るから。
遠くから白彦とチョコラータの様子を見て微笑ましそうに見守っていた桃夜は、そっとその場を離れた。
ふと、見守っている少女が桜の下でふわりふわりと舞っていたのを思い出す。少女に何も言えないけれど自分も今度贈り物をしようかと思い、想いを馳せながら桜のイヤリングに触れた。
星が流れる。
藤花は甘い芳香をそっと胸に吸う。
七夕は、実は夫の誕生日。その誕生花のクチナシを購入した。花言葉は「私はあまりにも幸せです」。……喜んでくれるといいな。湖畔でそんな事を想った。