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マスター:楊井明治
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:6人
リプレイ完成日時:2014/06/18


みんなの思い出



オープニング

●森の中
 撃退士のゲイリーは湿度のある埃が降り積もったような奇妙な沼の中を走っていた。
 調査のつもりだったが、どうやら天魔を見つけたらしい。細かい粒子を舞い上げている足元の黄色っぽい埃に確信を深める。膝までずぶずぶと飲み込むそれは、確かに沼と表現するのが似合っていた。
 一緒に来た仲間たちはまだ後ろの方を走っているはずだ。彼らはまだ戦闘に慣れていないので、先陣を切るのは自分しかいないだろうと飛び出してきた。

 調査の内容は、この付近の町で行方不明になった子供の捜索だった。
 目撃情報から天魔である可能性が高いとして、撃退士に調べてもらうよう依頼が出されたのだ。行方不明になった子供は三人。いずれも小学三年生だという。

 ほどなくしてゲイリーはすすり泣く子供の声を聞きつけた。
 被害者に違いない。ということは天魔も近くにいる可能性がある。逸る気持ちを抑えて、気配を殺す。
「……ちっ、気色悪いな。何だ、アレ」
 じっと目をこらしたその先にいたのは、粒子に霞む巨大な木、いやクモだ。いや、やはり木だろうか。更に近付くと、そのどちらでもあるということがわかった。
 巨大なクモから巨大な植物が生えている。
 根らしきものが胴体を貫いて、醜悪な九番目十番目の脚と化しているが、クモはかさかさと黄色い埃の海を我が物顔で這い回っていた。湿っぽい埃がその脚に絶えずかき回されて、風に吹かれたように持ち上がっては、重たく降ってくる。
 周りにはクモから生えている植物をやや細くしたような木がいくつかある。それでも大人が二人でも腕を回せない太さだ。埃のせいで根元が見えないが、まさかあの下にもクモがいるのかとゲイリーは心の中で舌打ちした。
 その予想は外れる。
 しかし、舌打ちをしなければならないのは、むしろ真実の方だった。
 木の中から、絶命を示して爪をひしゃげた鳥の足が伸びている。腐ったような緑色の幹に、飲み込まれたかのように。そこへクモが近付き、クリオネの捕食シーンのように口をありえないほど大きく広げると、みるみるうちに鳥ごとその植物を巨大な腹の中に入れてしまった。だが、捕食だとは思えない。あっさりしすぎているし、腹が不恰好に膨らんでいる。
 ゲイリーはうっと息を呑んだ。
 今見た光景にではない。今の光景で気付いてしまった。いや、もっと早く気付くべきだったのだ。この視界を塞ぐ黄色い埃さえなければ。
 クモから生えている以外の植物に、それぞれ子供が飲み込まれかけている。探していた行方不明の子供たちに違いない。まだ腕や足が取り込まれている程度だが、泣き腫らした顔でぐったりしている。
 怒りで腸が煮えくり返り、体にまとわりつく埃を逆に利用して身を隠し、敵に近付く。
 十分に距離を詰めると、奇襲を計った。
「うらあああっ!」
 クモに討ちかかる。凶悪な口を持つ正面からでなく、横腹からだ。至近距離ならかえって方向転換に時間がかかるだろうと読んでのことである。だが、クモは方向転換を必要としなかった。即座にクモから生えた植物の一部――枝というよりツルのようなものが、ゲイリーに襲い掛かる。
 間一髪避け、体制を立て直すと、クモは既にゲイリーに向き直っていた。巨大なアゴをがばっと開ける。牙のようなものが見えた。
「簡単にはいかないってわけか。だが」
 ホワイトアウトで純白の光をクモにぶつける。視界を奪い、上手くいけばスタンを与えられるはずだが――。
「ッ!」
 クモは細く掠れた遠吠えをあげ、ツルを闇雲に繰り出しながら突進してきた。
 失敗したのか。いや、もしかして、利かないのか?
 ツルは鞭の如く縦横無尽に動き回り、ゲイリーは避けるので精一杯となった。そんな彼を嘲笑うかのように、無茶苦茶に振り回す。
 子供たちが危ない。真横に空気を薙ぐ一撃に、ゲイリーは思わず身を挺して子供をかばった。まともに食らってしまい、胴体を守るようにクロスした腕に熱い衝撃が走る。こうなったら仲間が到着するまで、ここで子供たちを守るしかない。自分の身はどうなってもいい。自分は――。

「きゃあああーっ!」
「――え?」

 ゲイリーは目を、そして耳を疑った。
 切り裂かれたはずの腕に痛みがない。そして、背後から悲鳴。
 思わず敵から目を離して後ろを振り返ると、背中にかばったはずの子の腕に裂傷が走り、血がだらだらと流れている。悲鳴が続く。
 ゲイリーは愕然とする。自分の腕は、無傷だ。何故?
 その裂傷は、ゲイリーが受けたはずの傷と同じものとしか思えなかった。
 思考が停止した一瞬の隙に、クモはゲイリーに尻を向けて糸を飛ばした。腐った緑色の植物によく似た、いや、植物そのものなのか。足元から捉えられ、身動きがとれなくなる。
「し、しまっ……!」
 糸は、いや植物は、みるみるうちに木のように伸びていく。背後で聞こえていた悲鳴がすすり泣きに変わる。子供の様子を見たくても、磔になったゲイリーにはもう身を乗り出して振り返ることが出来なかった。
 植物は生温かい。その温度は頭を蝕むようにくらくらさせる。
 絶望に力なく見上げた植物の先端は蕾のようになっていて、やがてそれが膨らむと何かを大量に噴出させた。湿った、黄色い埃のようなもの。降り積もり、時折舞い上がる。
 ゲイリーは今になって、その正体が植物の胞子なのだと理解した。

●斡旋所
 現場から撤退してきたゲイリーの仲間たちによって、その依頼は出された。
 小学生の行方不明事件、天魔の存在と出現場所、そしてすでに頭がぼうっとして喋ることもままならないゲイリーから聞き出した天魔の特性――。
「傷を負うと、捕らえられた人が身代わりになってしまうそうです。それを、ゲイリー、うわ言みたいに何度も繰り返していて」
 仲間の撃退士は青ざめて震えている。
「どうか、早く現場に向かって下さい」

 この依頼、与えられた使命は――傷付かぬこと。


リプレイ本文


「攻撃を受ける訳にはいかないようだね。ちょっとばかり慎重に行こうか」
 胞子が足元を重く漂っている。どの程度足をとられるか自ら確認しながら、ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)が呟くと、その声は森の奥まで響くようだった。
 南條 侑(jb9620)の溜息がその声の残響に重なる。
「このサーバントを作った奴、撃退士の心理的な弱点を突いてきたな……撃退士をよく観察してるよな。そこだけは感心する」
 迷惑極まりないけどな、と声に力が篭った。
 足場の悪さを考え、先に空から偵察に出ていた義覚(jb9924)と両儀・煉(jb8828)がそこへ舞い戻る。
 舞い戻る、という表現に相応しい華踏を使った義覚の足元には花弁の如き燐光が漂い、煉も普段は不可視の翼を音もなく畳んだ。
「どうだった? ええと……」
 ヴォルガ(jb3968)の声に煉が答える。
「両儀・煉っていいます。よろしく。木々で視界が遮られましたが……」
 敵の配置、それに周囲の地形から救助成功の場合即座に避難させられる場所の見当をつけ、宙に指で地図を書いて説明する。どうでしょう、と手分けしていた義覚に親しさのこもる声を向けると、義覚も頷いた。被害者の位置をそれに補足する。
「敵は、今は大人しいようだ。こっそり近付いていく方がいいだろうね……此方が引き付けようか」
「なら、誘き出す方向はこっちだね」
 空中の地図にソフィアが付け加え、撃退士たちは頷き合う。
「童を取るは、親の怒りを買うと良い……」
 子を持つ身の葵(jc0003)は気分悪げに呟く。親は今どんな気持ちか。
 ヴィオレタ=アステール(jb7602)もまた母の立場であり、味方を守り、早急な被害者の保護への決意を胸中に宿す――子供を守るのが母の務め、たとえその子が自分の子でなくても。味方を守るのがあたしの役目、誰も傷つけさせない、と。
 現場へ向かって慎重に歩き出しながら、じゃあ、と侑が作戦を再確認する。遠距離攻撃班が敵の気を引くべく遠距離攻撃。その間に近接・救助班が被害者を救助。ゲイリーに子供達を任せて、後は敵を攻撃、という流れだ。
「やれやれ……撃退士も捕まっているのかい? それは、大変だ……」
 苦笑しながら、義覚は胞子をかき分けるように歩く椿鬼(jc0093)を抱き上げる。
「虫に生えるきのこ、とうちゅうかそう……」
 父の腕に抱かれながら、椿鬼はよく似た菌類を思い出した。図鑑では薬になると書いてあったけど、天魔はどうなのかと小首を傾げてみる。
「トウチュウカソウ、か……」
 葵の息に胞子が踊った。


 クモは禍々しいその姿を晒し、尊大に森の奥へ居座っていた。
 動く度、軋む様な音が響く。
「随分と可愛いじゃないか。ペットにしてみたいものだな……ああ、うちはペット禁止だったっけか……」
 ヴォルガが肩をすくめる。彼を含む救出班は、気配を殺し、クモに接近しつつあった。
 ヴィオレタは注意を払いつつ、椿鬼をヴォルガとの間にかばう。
 ぴくり、とクモが動いた。空気が張り詰める。
 気付かれたか。
「は。こっちだよ、木偶の坊」
 その瞬間、声と共にクモの側頭部に向かって矢が放たれた。潜行によって気配を殺し、射程ぎりぎりに潜んで様子を見ていた煉の攻撃だ。クモは完全に泡を食って、煉に射るような殺意を向ける。印象づけは完璧のようだ。
 更にそこへ敵の気を引くべく、ソフィアが銃弾を撃ち込む。
「救助の邪魔をさせる訳にはね。こっちに来てもらうよ」
 要救助者から引き離そうとじりじりと後退する。
 煉は再び翼を広げ、植物のツルの射程を観察して、ソフィアと共に十分な距離をとって、挑発を繰り返した。
 届きそうな攻撃は義覚が凧型の盾で弾く。
 足元は再び燐光を纏って空を踏みしめ、振り回されたツルを軽やかに避けるが、糸を警戒して背後に回らぬよう注意する。
 救助が終わるまで引き付けねばならない。しかし、負傷してはならない。
 防衛意識の手綱を再びしっかりと握り直し、侑は胡蝶扇を金緑の光と共に具現する。
 その間にヴォルガは剣の腹を盾代わりにすべく構えながら、身を低くして死角に入り、早急に救出すべく被害者に接近した。その頭上を闇雲に振り回されたツルが時折掠めひやりとする。
 まだ十分にクモとの距離は開いていないようだ。
 侑の胡蝶扇が炎を纏い、救助班に届きそうなツルを叩き落す。そのまま意識を逸らすべく積極的にクモから生えた大木に攻撃を加える。
 クモは布地を裂くような声を上げ、侑に向かって顎を開いた。攻撃は可能な限り避けたいと、防衛意識を高めていた侑は何とか第一撃をかわしたが、同時に複数のツルに襲い掛かられ、やむを得ず乾坤網を展開する。避ければ、誰が誤爆を食らうかわからない。
「やれやれ、どこまであやつの手中じゃ、面倒じゃのう……」
 そこで盾で防御の姿勢をとっていた葵が防御を手助けした。風が濡烏の髪を揺らし、蝶を模る燐光が葵の傍らに舞う。
 すかさず、ソフィアがそこへ援護射撃を撃ち込む。救助を終えるまでは攻撃を受けないことが優先だ。
 だが、よほど大木部分に攻撃されたのが頭にきたかなおも侑に迫るクモに、葵は清廉のリングに持ち替える。
「そうか、なれば此方も……」
 鞭のように踊るツルに狙いを定めた。
 だが、ツルは無数に繰り出される。植物本体を叩くのが先か。透明な玉をクモから生える大木に撃ち込んだ。
 クモは怒りのまま遠距離攻撃班を追う。
 その隙に、救助班が動いた。
 敵の注意が逸れている間に、一気に行動に出る。
 椿鬼は斧を構えると、被害者たちを捕らえた植物の蕾部分をまず一つずつ切り飛ばした。ぐったりとした子供の一人が僅かに顔を上げる。
「目、閉じてて……だいじょうぶ」
 小さく頷いてやると、泣き腫らした子供の目が安堵に揺れた。
 ヴォルガが剣で植物から被害者を取り込んだ部分を切り出すと、ヴィオレタが繊維質に変貌したクモの糸だったものを引き剥がす。煉が空から確認した胞子から離れて一旦身を隠せそうな場所へ、ヴィオレタは盾を出して救助した子を素早く運んだ。途中、ツルが掠りそうになるが、余計な注意を引かないように攻撃はしない。
 次に救助した子供は腕に裂傷を負い、衰弱が激しい。取り込まれている部分も多く、椿鬼が石火で根元から醜悪な植物を切り倒してから、ヴォルガが救助する形となった。
 椿鬼が支えて連れ出そうとするのを、いつの間にかクモの視界を外れて傍に立っていた母の葵が引き受ける。報告にあった子だろう。急ぎ、ヴィオレタに追いつく。
「すまぬ、そなたの癒しを必要とする者がおる……!」
 ヴィオレタははっとして頷いた。母たちは子供を岩陰に隠す。
「大丈夫、大丈夫よ……安心して、ね?」
 痛みに泣く子を落ち着かせるように光を送り、応急処置をする。瞳に宿る不安を飛ばすように、ヴィオレタは微笑んだ。
「誰もやらせないわ、これでもお母さんなんだから」
 そこへ最後の子とゲイリーを連れ、椿鬼とヴォルガが退避を試みる。
 しかし、獲物を奪われたことにようやく気付いたクモが巨体に似合わぬ素早さで彼らの方へ向きを変えようとした。
 胞子の沼の動き難さでは攻撃が間に合わない、とソフィアは飛翔し、バレルロールして胞子を一瞬振り払いながら、クモに接近する。何が何でも注意を向けさせようと、攻撃を撃ち込んだ。
 その間に侑もヴォルガと椿鬼に駆け寄り、ゲイリーたちを避難させる。
 彼らと敵の間に入るようにして救助班が離れるのを見届けていた煉が、仲間たちに救助完了の声を上げた。そのまま立ちふさがるようにクロスボウを構える。
 疲れきった様子ですまない、と声を漏らすゲイリーの肩を侑が叩いた。子供たちの護衛はゲイリーに踏ん張ってもらう、と作戦を遂行すべく告げる。――我ながらオニだなと思うけどな、と内心呟くが、ゲイリーははっとして力強く頷いた。
 ヴィオレタの指示を受け、ゲイリーは子供たちを連れ、あるいは抱えて、胞子の沼から遠ざかっていく。
 それを見送ると、ヴィオレタはスキルをレイジングアタックに入れ替え、キッとクモを睨んだ。


「さても卑劣なる者よ、もう手加減はいるまい……?」
 葵の声が静かに注がれる。
 クモは奇妙な声を上げながら、撃退士たちに殺意の目を向けた。
 ソフィアがIl Tuono di Soleを放つ。振りかぶったツルが焼き落とされるが、すぐにまた別のツルが伸びてくる。近接攻撃に武器を持ち替えたヴィオレタが、幹に向かってレイジングアタックの効果を得た攻撃を仕掛けた。
「くたばりなさい!!」
 僅かに幹に傷がつく。
「母は負けない、くじけない、諦めない、お前なんかに負けられない!」
 クモは憎々しげに牙を剥き出しにする。椿鬼は盾を構え、念のため攻撃を受けないように努めた。仲間の間を沼に足をとられながら飛び回る。このような天魔がいる以上、救助しても絶対の安心ではない、というように。
 義覚が鎖鞭に持ち替えて、死角から攻撃を仕掛ける。畳み掛けるようにヴォルガが一瞬で逆側へ回り込み、闇を纏わせた剣でツルをまとめて切り落とした。
 すると、クモは逃げようとでもいうかのように方向を変える。はっと気付き、ヴォルガは身をかわした。彼の警戒が一瞬勝り、糸がさっきまでヴォルガのいた位置に吐き出される。だが、逃げた先で更に背後からツルを振るわれた。
「そなた……卑劣に頭は回るようじゃな」
 葵が透明の玉の攻撃を盾として、ツルを弾いて軌道をぎりぎりで逸らす。その間に再び斧に持ち替えた椿鬼が、葵に弾かれたツルを切り落とす。
 侑がまた糸を吐かれては面倒と、クモの糸を吐き出す尻に扇を投げた。動き回るクモに、扇は微かにだけ腹部後端を掠めると、持ち主の手に戻る。
 怒りを露にして目に入った椿鬼に突進して来たクモの動きを冷静に見極め、椿鬼は横に避けて更にクモの足に斧を振り下ろした。
 だが、クモはまるで意に介さぬ様子で、かさかさと残った足で移動を図る。
「植物は……伐採、かな」
 クモから突き出した植物の根に、足と同じように狙いを定める。
 武器を鞭に持ち替え、正面から攻撃を仕掛けた煉は、次の瞬間クモの響き渡るような悲鳴を聞いた。根を切られたクモがのたうちまわっている。やはり植物部分を攻撃すべきなのか。
 一瞬逡巡しているうちに、苦しんだクモが四方八方にツルを振り回す。
「キミ!! 危ない!!」
 ヴィオレタが声を上げ、煉ははっとして射程距離外へ逃れる。しかし、注意を促した数秒の隙に、クモは緑色の糸をヴィオレタに放った。避けきれず、足をとられる。
「くっ……このくらいなんってことない……」
 幸い侑に攻撃を受けていたためか糸の量は少なく、成長も早くない。糸の攻撃に気を配っていた葵が素早くヴィオレタの元へ走り、義覚もそれに続く。
「悪いが、木になる趣味はなくてね……」
 俺にも仲間にも、と義覚は糸を切り開き、ヴィオレタの救出を急ぐ。だが、体を引きずりながらも、嘲笑うかのようにクモはツルをそこへ振り下ろした。
 救出作業を守るべく葵が盾でそれを受ける。
 ところが、鞭のように振るうのみだったツルを、苦し紛れかここに来てサーバントは葵に巻きつけ宙に締め上げた。
「……悪い子だね」
 愛する妻への攻撃に、義覚の角が僅かに節くれだつ。
 炎で槍を作り出すと、義覚は一瞬の躊躇いもなくクモの眉間にそれを叩き込んだ。クモから憎悪を催す色の体液がこぼれ、クモはひっきりなしの叫び声を上げる。
「葵さん!」
 煉が葵を助けようと駆け寄る。受け止めようとした瞬間、別のツルが頬を掠め、煉の眼鏡を吹き飛ばした。
 一秒の沈黙。煉はゆっくりと笑いを浮かべた。
「……そんなに死にたきゃ、殺してやるよ!」
 その表情は先程までの温厚な少年ではない。葵を助けると、そのまま鞭で鋭利に空気を裂き、クモの足をもぐ。
 義覚もまた怒りを湛え、鉄槌を構える。
「……俺にも許せない事というのがあってね……!」
 全力の殴打を加えた。
 クモに知能があればここで気付いただろうか。もう一つ、恨みをもった気配がすぐ傍まで来ていたことに。
「はは様を傷つけた……絶対、ゆるさない……!」
 椿鬼の攻撃が植物とクモの結合部に向かって石火で一閃する。深い切れ目が見てとれた。
 なおもしぶとく向かってくるツルは侑が胡蝶扇で叩き落し、そこで一気にヴォルガが一刀両断で渾身の一撃を上段から振り下ろす。
 もはやぴくりとも動かないクモが、別の意思が働いているかのように糸を吐く胴体だけをぐぐぐと不自然に持ち上げようとする。
「これ以上撒き散らされたりする前に、倒させてもらおうか」
 敵の注意の外にいたソフィアが一気に飛び上がり、I Frammenti di Soleを使用する。太陽のような眩しさの欠片が降り注ぎ、大爆発を起こす。
 クモも植物もまとめて、爆風に包まれた。


 幸い、味方に負傷者は出ずに事は済んだ。
 それを確認すると、ヴィオレタは被害者たちの元へ向かった。子供たちはゲイリーに伴われ、森の入り口まで何とか辿り着いたところのようだった。
 他に救出すべき捕らえられた人がいないかは、葵が調べているところだ。だがゲイリーの話から考えても恐らく、全てやり遂げたのだろう。
 やっと胞子の沼を逃れてやってきた椿鬼が子供たちに近付き、怖がらせないように顔を覗きこんでそっと頭を撫でる。
「がんばった、ね……偉い、偉い」
 不安に強張った表情が落ち着いていく。
「おうち、かえろ?」
 花が咲くように、椿鬼の周りの空気が和らいだ。
 そんな椿鬼の頭を今度は煉が撫でる。前線で依頼をやり遂げた椿鬼を労わるように。いつの間にか眼鏡をかけ直しており、先程の様子が嘘のように優しく微笑んだ。
 義覚は椿鬼と煉の無事を確認し、追いついてきた葵に怪我がないかも確かめる。
「愛し君に、傷が付くなんて耐えられないからね……」
 けれど、葵はそっけなく義覚の手を逃れる。
 義覚を無視して、娘である椿鬼の怪我を確認しながら抱き上げた。
「さて、屋敷に帰り湯でもかかろうぞ?」
 だが、目の端では夫の無事を確認した。
「はは様と……おふろ」
 椿鬼は小さく微笑む。
「君も無事かい?」
 義覚は残された煉に声をかけた。煉が頷くと、愛しげに目を細める。
「……そう、強い子だね」
 
 森に大量に残された胞子の処理は、ソフィアとヴォルガが請け負った。
 ヴォルガが探究心から事前に問い合わせたところ、今回のサーバントの胞子には火がある程度有効だろうという。時間はかかるが、それで処理するしかないようだ。
 残されたサーバントの死骸を見つめ、ヴォルガはそれを切り刻んだ。死んだふりでもされていてはかなわない。特に冬虫夏草のような厄介なものは、どこが終わりかわからないのだから。
 粉々になったクモと植物の残骸を目を落とし、ぽつり呟く。
「ペット……欲しかったのだがな……」
 どこか寂しそうな横顔を、ソフィアはきょとんと見つめていた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 太陽の魔女・ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)
 その心は決して折れない・南條 侑(jb9620)
 撃退士・椿鬼(jc0093)
重体: −
面白かった!:2人

太陽の魔女・
ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)

大学部4年230組 女 ダアト
遥かな高みを目指す者・
ヴォルガ(jb3968)

大学部8年1組 男 ルインズブレイド
「アカンやつ」認定・
ヴィオレタ=アステール(jb7602)

大学部6年101組 女 アストラルヴァンガード
英断の狩人・
両儀・煉(jb8828)

大学部1年93組 男 ナイトウォーカー
その心は決して折れない・
南條 侑(jb9620)

大学部2年61組 男 陰陽師
血族の脈動・
義覚(jb9924)

大学部7年303組 男 アカシックレコーダー:タイプB
『魂刃』百鬼夜行・
葵(jc0003)

大学部7年232組 女 鬼道忍軍
撃退士・
椿鬼(jc0093)

中等部3年9組 女 阿修羅