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マスター:楊井明治
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/03/19


みんなの思い出



オープニング

●久遠ヶ原学園のどこか
 とある、使い古された雰囲気の調理室。
 とろけるような甘い匂いが部屋全体を満たしている。
 ボールの中で滑らかに溶ける褐色、火にかけられた鍋からはくつくつと温まるバニラの香り、オーブンを覗けば焼きあがっていくふわふわの――。
「さっ、出来たわ。どんどん食べて頂戴ね!」
 そして何よりも甘いのは彼女の極上の微笑み、か。
 調理室のお隣、これまた甘い匂いのする調理準備室の中、カフェのようにセットされたテーブルに所狭しとスイーツが載せられている。作っているのは、久遠ヶ原学園に在籍するはぐれ悪魔のチョコラータ。流れる亜麻色の豊かな髪をなびかせ、シュガーピンクの前掛けをつけて、背の高い彼女が、けれど妖精みたいにあちらこちらへ忙しく飛び回る。
 テーブルについて次々に出来上がっては運ばれてくるお菓子を端からたいらげているのは、同級生の白彦(――こちらは人間)だ。

 ザッハトルテ、エクレア、プラリネ、チョコパイ、チョコレートムース、チョコレートプリン、チョコレートドーナツ、チョコレートスフレ、チョコレート……。

「ねえ、こんなに作らなきゃ駄目なのかい? 全部美味しいよ」
「あら、まだまだよ。それともあんた、あたしの作ったお菓子が食べられないっていうの?」
 調理室から顔を覗かせて、悪戯っぽく笑う無邪気なチョコラータ。
「ね、お願いよ。もう時間がないの、急がなくっちゃ!」
 彼女は悪魔のせいか、普通の感覚とはちょっぴりずれており、人間の文化にも基本的に無頓着だ。けれど、はぐれ悪魔となって数年、ふとこんな行事の存在に気付いて興味を持ったらしい。
 即ち、二月十四日、セント・チョコレート・デイに。
 そして彼女は、かの日に誰かへ(その誰かというのはもちろん意中の男性に違いない)贈ろうというのだろう、もっともふさわしいレシピを探すことに決めた。そのため、白彦は休日の朝から呼び出され、彼女の作るチョコレート菓子をずっと食べている。
『どれが一番美味しいか、試して欲しいの』
 と、にっこりお願いされて、その笑顔に弱い白彦が二つ返事で引き受けたが最後。予想以上に作るわ作るわ、出来ては運ばれるスイーツのフルコースに溺れ、白彦は自分の浅はかさにほぞを噛んだ。
 味はいい。
 けれど、ザッハトルテを六分の一カットだけ焼けるものではない。残り六分の五だって、当たり前のようにテーブルに載っている。チョコラータは新たなレシピに挑戦するのに忙しく、白彦は孤独な戦いを強いられていた。

 残す、や、持って帰る、という選択肢が全く浮かばなかったわけではない。けれど、食べ切ったのを見た時の彼女の満足げな笑みを思うと、白彦はそのカードを捨てざるをえないのだ。
 チョコラータは悪魔だし、白人体型で白彦よりも大柄だが、美しい髪と瞳を持つ、紛れもない白彦の「マドンナ」なのだから。彼女の贈り物の相手が自分じゃなくたって、この特等席を逃す手があるか?

 白彦は口にチョコレートクリームのサンドイッチを頬張り、クリームの余韻と共に喉にわだかまるパンを、マシュマロの浮かんだ熱々のホット・チョコレートで流し込む。濃厚なカカオの風味が溶岩のように舌を這い、遅れて転がってくるマシュマロが口の中でじんわり溶けていく。
 チョコラータはうきうきと皿を引き上げ、彼女のご機嫌に合わせてワンピースの裾も飛び跳ねる。
 それが嬉しいからって、一番始めに……。
『美味しいからいくらでも入っちゃうな!』
 などと、言ったのがそもそもの間違い。
 どんなに美味しくたって、物事には限界がある。
 ザッハトルテも、チョコレートムースもドーナツも何もかも、朝食と昼食の分の空腹感を全て捧げてたいらげた。けれど、皿が空けばすかさず次のお菓子が置かれていく。彼女の探究心は一体いつまで続くのだろうか。
 もしも甘味で人を殺せるのなら、僕はもう長くない。
「白彦、見て! 上出来じゃなくって?」
 チョコラータが自慢げに運んできたココア色の大きなロールケーキを見て、白彦は内心で跪いて天に助けを願った。
 ああ、ベイビー。お菓子は美味しいし、君はとってもチャーミングだよ。でも、このままじゃ物理的に無理なんだ!
「チョコラータ、こんなに美味しいお菓子、僕だけで食べるんじゃもったいないよ。他にも誰か呼んだらどう?」
「ふふ、そう? でもここは、あんた用の席なのよ」
「もちろん嬉しいさ。で、でもね、頑張れば、もう何人か座れるんじゃないかな。僕は分かち合いたいな、この感動を!」
 必要以上の熱弁を振るう。
「うーん、そうね」
 小首を傾げるチョコラータに、白彦は祈るような視線を向けた。
 それが通じたのか、彼のマドンナは小さく頷く。
「じゃあ、誰か呼んで来ましょ。あと二つくらいなら、席を増やせるわ」
 二つ! 二人で果たして太刀打ちできるのだろうか?
 オーブンは今もフル稼働、冷蔵庫は冷凍庫までいっぱい、天板でも何か冷やしている最中だ。
 だが、このチャンス、活かすしかない。彼女の笑顔を守るためにも。
「僕が行ってくるよ!」
「すぐ戻って来てね、白彦。待ってるわ」
「う、うん」
「だってもうすぐ、チョコブラウニーが焼きあがるから」
 多分、二人じゃどうにもならない。

 ――ああ、待っていてくれ、我が淑女(madonna)。
 必ず、君が気持ちよくお菓子を作り続けられるように、何とかするからね。

 かくして、知恵を絞った白彦によって、依頼が斡旋所に貼りだされることとなる。

●掲示板の張り紙
 緊急募集!!
 甘いものが好きな方(特にチョコレート)。
 胃の丈夫な方。
 ちょっとした着替えに問題のない方。

 一緒にお菓子を食べて下さい。飲み物の用意も少々あります。
 詳しくは白井白彦まで。
 よろしくお願いします。

●斡旋所へ
 それからしばらく後、心の中に響くチョコラータの待ってるわという声に急かされながら、ちょっとした準備をしていた白彦が斡旋所へと急ぐ。果たして誰か、応えてくれただろうか。とにかくもう時間がない。急いでチョコラータの元へ戻らねば。
「そういえば、チョコラータ、誰にお菓子を贈るつもりなんだろ……」
 そんなことを思いながら、両腕にしっかり白熊と羊の着ぐるみパジャマを抱え、白彦は空を仰いだ。


リプレイ本文

●甘い香り漂う廊下
「よく似合っているよ、後で皆で記念写真を撮りたいくらいだ」
 ギルバート・ローウェル(ja9012)がくすりと笑う。彼の視線の先には、白熊の着ぐるみパジャマを着た藤井 雪彦(jb4731)と、ジェリオ・ランヴェルセ(jb9111)、同じく羊のパジャマを着た緋流 美咲(jb8394)の姿。そして、ギルバート自身も、余った方でいいよ、どちらも変わらず可愛いものだからね、と言って、もこもこの羊パジャマに身を包んでいた。
「皆、来てくれて本当にありがとう!」
 悲壮な顔で何度も頭を下げる白彦に、ジェリオが肩を竦める。
「しょうがないなあ、今日のおやつ代わりに引き受けてあげるよ」
 急ぎの依頼に集まってくれた彼らに白彦は感謝しかない。しかも、着ぐるみパジャマで正体を隠して、二人ずつ来てくれ、だなんて。二枚ずつあるので、最初の二組はすでに着替えてくれている。
 でも、仕方ない。そうでもしないと、作り続けられるチョコレート菓子に対抗出来そうな気がしないのだ。
 もっとも、最終組に自ら志願した里条 楓奈(jb4066)などは、小窓から中の様子を見つめて、首を振った。
「この程度の量で音を上げるとはな……やれやれ、だ。まぁ、そのお陰で甘味を堪能できるんだがな」
 楓奈とペアで参加の紅織 史(jb5575)が、そんな最愛の人の様子を見て微笑む。
「ふふ、楓が嬉しそうで私も嬉しくなるよ」
「史と一緒に山のような甘味を堪能できるとはな……至福の時だな」
 二人の雰囲気は甘いが、廊下に漂う甘い香りも尋常じゃない。まるでお菓子の国だ。
 食事を抜いてきた伊達 時詠(ja5246)も、持参した胃薬とラッパのマークのアレを握り締め、婚約者の藍沢 葵(ja5059)を心配そうに見つめた。
 同じく食事を抜いている美咲が白彦を励ます。
「会話が噛み合うようにフォローして下さい。あと、無理になったらこっそり私にチョコを渡して下さいね」
 そろそろ行かなくては。
 こうして甘い甘い聖戦(「セント」バレンタインデイだ。まさに聖戦じゃないか?)が始まった――。

●アイスとオペラ
 ――白井白彦……なんだろう? 名前的にも親近感湧いちゃうな〜☆それに女の子の為に頑張ってるところがいい!
 全力で力になるっすよ♪と、一組目の雪彦は席についた。共に戦うは神の子羊――ならぬ、本日は羊パジャマのギルバートだ。曰く、甘味に関しては底なしの鉄の胃袋とのこと。
 テーブルの上できらきら輝くは魅惑のドルチェ。更に大皿を両手に持って、チョコラータが新たなゲストの到来をようこそ、と喜ぶ。
 フードを目深に被り、ギルバートは微笑んで返した。チョコラータに白彦の依頼内容がばれないためには、声色のことを考えてここは話さないでおく。後の方が、口数が多くなるだろうから。
 というのも、理由がある。
 依頼内容はチョコレート菓子の完食。けれど、事情を聞いた一同、白彦が贈り物の相手を気にしているのを知って、それとなく探ろうということで一致した。水面下で結ばれた協力体制を遂行中というわけだ。
「ボクの大好きなオペラがあるじゃーん☆」
 雪彦はさっそくコアントローの香り漂うケーキを食べ始め、チョコラータに声をかける。
「これならプレゼントされたら超喜ぶよ〜♪VD用だよね〜?」
 これも作戦。後に話題を誰に渡すかに繋げやすくするための関連付けだ。
「そう願うわ! その通り、VD用ですもの」
 チョコラータが調理室へ戻ると、黙々とチョコレートアイスを食べていたギルバートはホットチョコレートをアイスにとろりとかけた。アフォガートになれば冷たいアイスも口あたりと胃に優しくなる。とはいえ、アイスが溺れるのはキリッとしたコーヒーでなく、甘いホットチョコだが。彼は大量のアイスをみるみるうちに消費していった。
 早くも青い顔の白彦をトイレと称して雪彦がさり気なく休憩を勧めてあげると、空席となった白彦のところからギルバートはひょいと皿をとる。
「アイスに飽きた舌も他のものを食べれば喜ぶだろうから」
 残っていたケーキをぺろりとたいらげる。甘いモノは甘いモノでもまた別の味だからとこともなげにホットチョコレートで流し込んだ。まさに鉄の胃袋だ。
 二人同時に交代するよりも一人ずつの方が見破られにくいかな、というギルバートの言に賛成して、オペラを食べきることに専念した雪彦は後のことを考えて先に席を立った。
 ノルマは果たしたし、それに……一つ、考えがある。

●トリュフとブラウニー
 雪彦から話を聞き、同じ白熊パジャマを着たジェリオが一足早く次なる刺客となる。
「僕もチョコラータにチョコの贈り先……せめてヒントに近づけるように会話を繋げるよ。まずくなってきたら、……フォローもお願いするかも」
「うん、頑張りましょう♪」
 待機中も腹筋をして更に空腹作りに余念がなかった美咲が起き上がる。ジェリオはフードをきゅっと下ろした。
「僕こういう頭使う会話とか好きなんだよね。いや……と、得意ではないけどさ」
 むせ返るような甘い香りに迎えられ、ジェリオが準備室に入る。それを見てギルバートが様子を見ながら入れ替わるように外へ出た。
 最終目標は皆で協力して完食! ついでにチョコラータに探りを入れられれば……と思いつつ、ジェリオは山盛りになっているブラウニーに少しばかり圧倒された。とにかく、これだけでも頑張ろうと思いつつ席につく。
 少し遅れ、美咲もいざという時手伝えるよう位置に気を付けて白彦の隣に座った。
 それと同時にチョコラータが調理室からやってくる。着ぐるみパジャマの中身が違うのに、本当に気付いてないようだ。上機嫌で空になった皿を引き上げ、美咲の目の前にトリュフが置かれる。
「VD、今年も盛り上がってるよね」
 頬張ったトリュフを飲み込んで美咲が口を開く。もちろん、チョコラータに聞こえるようにだ。ギルバートが会話を控えたおかげで声色は気にしなくていいが、後のことも考えて会話は少なく済むよう考える。
「じゃあ、皆貰ったりあげたりしてるんだろうね」
 ついで、とは言いながらジェリオも会話が繋がるよう懸命に言葉を探した。
「カップル成就率って、相手の競争率にもよるよね」
 と返し、そこで世間話というように美咲はチョコラータに水を向ける。
「チョコラータの相手は競争率高そう?」
 白彦がぴくり、とする。が、チョコラータに気付かれたくないのか下を向いている。
「競争率……。あんまり考えたことなかったわ、そんなの」
 きょとんとしてまじまじとこちらを見つめるチョコラータに、美咲はオーブンが鳴ったみたいと声をかけて追求を避けた。
 彼女が去った後も動揺と満腹で呆けている白彦の背中を、気合を入れる為にどんと叩く。そして、今のうちに後ろ手でこっそりと白彦の分のトリュフとブラウニーを受け取った。チョコラータの前ではあくまでも白彦にしっかりと食べる姿を演じてもらい、その健気な愛情が伝わるように援護しよう、というのだ。
 飲物はホットチョコ以外、水が一本きり。それを少しずつ飲んで、次の一口の食欲を引き出す。
 そんな美咲の優しさを見て、ブラウニーと戦っていたジェリオが白彦から受け取った分に手を伸ばした。
「これくらい、手伝ってあげるよ」
 ジェリオは今まさに思春期。正直言ってもうお腹は気持ち悪いが、女子の前で格好悪いところなんか見せられない。例え彼の飲物が甘いジュースしかなくとも。
「大丈夫大丈夫、なんてことないね!」
 自信溢れる物言いに元気付けられ、美咲も白彦も何とかトリュフを食べきる。
 が、やっと廊下に出てきたジェリオは
「う、うーん、チョコ……チョコ……」
 その瞬間、目を回して倒れることとなった。

●マフィンとクッキー
 葵は羊のパジャマを着て、本当にばれないか心配そうに自分を見た。だが信頼する伊達時詠がいれば、多少の不安はどこかへ吹き飛ぶ。長身に白熊パジャマを纏った姿を見て、葵は笑った。
「ふふ、似合ってるわよ」
 さて、バトンタッチだ。いざ、戦場へ。

 それと同じ頃、姿のなかった雪彦が女子生徒達を引き連れ戻って来た。何と、料理のスキルと日頃の交友を活かして、ここの調理室でチョコレート教室を開くのだという。そう、これが雪彦の考え。
 美味しくなるコツは、喜ばせるコツは、とチョコラータが気になりそうなフレーズで作業効率を落とすという彼ならではの支援だ。そして彼の考えでは、プレゼントの相手は恐らく――白彦。ならば伝えたい。味でもなく量でもなく。
「とっておきの一個に気持ちを込めるのが一番だよ」

 まあ、大変。
 想像以上のチョコレートに、入室した羊の葵はしばらく呆気にとられた。けれど、面食らっている場合ではない。時詠と共に席につくと、葵は気を取り直して、出来立てのマフィンを担当する。
「美味しそう……」
 甘い物は大好き。糖分は脳の栄養になるから……という医学的な理由は置いて、マフィンにはむっとかぶりつく。
「! 美味しい……」
 ちょうどチョコチップクッキーを運んできたチョコラータがまあ、と喜んだ。
 実際、それは葵にとって文句なしの美味しさだった。ノリや勢いですぐに作れるような味じゃない。きっとしっかり作り方を調べてきたのだろうし、ちゃんと心がこもっている。――でなければ、こんなに美味しいお菓子は作れないわ。
 そして、それなら多分、その相手は。
「とても美味しいわ。まるで本命のチョコレートのよう」
 さり気なく話題を振る。
「ふふ、そうかしら。あんたはどう?」
 余裕があれば、例え無くとも、葵のマフィンを手伝おうと目の前に置かれたクッキーを只管口に運んでいた時詠は、前任者達から聞いた情報を思い出し、後に引かないように短く、けれど角が立たないように穏やかに、美味しい、と答える。正体がばれないよう細心の注意を払ってのことだ。
「そういえばVDで本命チョコを渡した人のカップル成就率は高かったみたいよ。知ってた?」
 葵が尋ねると、チョコラータはロマンチックじゃない、素敵ねと微笑んだ。照れるようではないが、その視線の先を追ってやはり葵は確信する。
 それって白彦さんじゃない? なんて、聞いたりはしないけれど。
 チョコラータの目が外れると、ストイックにクッキーを食べ続けていた時詠が小声で葵に囁いた。食べ始めてからずっと、時詠は葵のペースを気遣っている。
「羊さん、まだ食べられる?」
「少しお腹一杯になってきたけど、何とか。白クマさんは?」
「白クマさんは大丈夫」
 ともすれば口の乾くクッキーを数少ないお茶で舌を流しながら答える。出来れば葵が満腹になる前にクッキーは片付けておきたい。
 しかし頑張っていた葵も、段々と苦しそうになってきた。それでも美味しいのだからと懸命に口に運んでいたが、とうとう満腹になる。
「白クマさん、私、もう……」
 時詠の袖を引く。それは限界という合図だった。時詠は葵にだけ聞こえるようにわかった、と小さく返し、皿を受け取る。時詠ももう限界が近い。だが、お茶は残しておいた。これで一気に流し込む。
 作戦勝ち、といったところか。時詠は何とか葵を連れて戦場を逃れた。

●フォンダンショコラとオランジェット
 羊のフードで隠しても、楓奈の口元から歓喜の表情が零れる。
 そんな幸せそうな楓奈の様子を嬉しそうに見ながら、白熊の史も自分のペースでオレンジピールチョコレートを食べ始めた。
 この戦いもとうとう終わりが見えてきた。と、同時にすでに後がない状態である。
 だが、すでに屍と化している白彦を尻目に、楓奈は片端からお菓子を片付けていった。決してがっついてはいないのに、次々と消えていく。甘いものなら限界も胸焼けもないらしい。
「本当にどれも美味いな。これならいくらでも入ってしまうな」
 素直に褒める楓奈に、史も続ける。
「うんうん、本当に美味しい。菓子作りって難しいのにこれだけ作れるのはすごいなあ」
 何度も賛辞を浴びて(本当は複数人からだが)喜んだチョコラータが、マシュマロ大増量のホットチョコを持ってきたが、楓奈の場合はそれも全く問題ないらしい。しかも、
「楓、ちょっと貰っていいかい?」
 と、二人で分け合って飲む。別の意味でも甘い。
 廊下でゆっくり待機していた時も二人は寄り添っていたが、ここでも楓奈は史にずっと肩が触れ合うくらいに甘えている。自分でも食べる合間に、楓奈が一口史に差し出すと、史は嬉しそうにそれを唇で捉えた。代わりに史も、オレンジピールチョコを楓奈の口に運んであげる。ごく当たり前のように。
 それはチョコラータが意中の相手を言い易くするための楓奈達の雰囲気作りでもあった。
 時詠が詳細に記憶して伝えてくれた会話を思い出しながら、史は慎重に会話を運んでチョコラータに真意の水を向けた。
「チョコは人を幸せにするよね。好きな人や親しい人と食べたり、食べて貰ったりしたら尚更さ」
「そうね……そうかも」
 見せつけるように史の咥えたオレンジピールチョコを口で受け取る楓奈を、流石に少し赤くなりながら見つめてチョコラータが答える。
「チョコラータさんはこの後、誰かにあげたりするのかな?」
「ええ、もちろん。そのために一番好きなレシピを探してるんだもの!」
 ここで史もまた確信した。さて、どうやら……目的は達成できそうだ。
 次第に満腹になってきた史と、最早限界の白彦に、楓奈はさり気なく合図を送る。
「無理そうなら此方に回せ。私が喰い切ってやるから」
 こんなに美味い物を残すのは失礼だしと言わんばかりだ。
「じゃあ、少し楓に甘えさせてもらおうかな」
 そして確かに楓奈はその言葉通り全て食べ切り、この聖戦にピリオドを打ったのだった。

●そして終わりに
「ありがとう、全部食べきれたよ!」
 白彦は一人一人に何度も深々と頭を下げた。事実、白彦にとって彼らは英雄だ。
「それで、チョコの贈り先だけど……多分、身近な人だと思うわ」
 全員の会話の総合。葵がそう告げる。
「えっあっ、やっぱり聞いて、くれてたんだ。うわ、そうなの、ありがとう」
 身近な人、と探ってくれただけでも十分という動揺の仕方だが、事実を告げようと美咲が口を開きかけると、チョコラータが白彦を呼ぶ声が聞こえた。
「今行くよ、チョコラータ! じゃあ、本当、皆ありがとうっ」
 あ、と思ううちに白彦は中へ戻っていってしまった。
 今度は一緒に食べましょう、とチョコラータが話している。
 即ち、彼女は今日、学んだのだ。味や量でなく、気持ちを込めてチョコをあげたり一緒に食べたりすることが、幸せなのだということを。そして少しばかり――無邪気な彼女も、バレンタインの恋愛事情や甘い雰囲気にあてられて恋というものを知ったのだろうか。ほんのりと、頬が色付いている。

 やれやれ、と戦い終えた生徒達は、あのヒントで白彦が事実に気付くことを願い、調理準備室を後にした。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 撃退士・伊達 時詠(ja5246)
 来し方抱き、行く末見つめ・里条 楓奈(jb4066)
 誠心誠意・緋流 美咲(jb8394)
重体: −
面白かった!:7人

撃退士・
藍沢 葵(ja5059)

高等部1年8組 女 インフィルトレイター
撃退士・
伊達 時詠(ja5246)

大学部4年36組 男 インフィルトレイター
甘味は(品ごとに)別腹・
ギルバート・ローウェル(ja9012)

大学部8年69組 男 ディバインナイト
来し方抱き、行く末見つめ・
里条 楓奈(jb4066)

卒業 女 バハムートテイマー
君との消えない思い出を・
藤井 雪彦(jb4731)

卒業 男 陰陽師
銀槍手・
紅織 史(jb5575)

大学部7年236組 女 陰陽師
誠心誠意・
緋流 美咲(jb8394)

大学部2年68組 女 ルインズブレイド
撃退士・
ジェリオ・ランヴェルセ(jb9111)

高等部3年19組 男 ダアト