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マスター:楊井明治
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/05/31


みんなの思い出



オープニング


「そういえば、例の事故多発ルート、対策が出来るまで封鎖されたらしいですよ」
 昼下がりの観光案内所は、客足もいったん落ち着いてゆったりとした雰囲気が漂っていた。
 強くなってきたとはいえまだまだ爽やかな五月の日差しが、新緑に跳ね返って窓から差し込んでくる。
 その眩しさに目を細めながら、若い職員が事務的な仕事の傍らに言葉を続けた。
「と言っても、あのルートはハイキング向けじゃありませんからね。登山が目的の観光客が減るってこともないでしょうけど」
「噂が広まれば、逆にその手の人たちが集まるかもよ」
 別の職員がそれに答える。
「ハハ、来ませんよ」
 職員たちが軽く言葉を交し合っていると、カウンターの職員と親しげに話をしていた四十がらみの男性が顔を上げた。

「事故多発ルート、って?」

 ああ、これだよ、とカウンターの職員は山の写真を指差す。
「高田さんには庭みたいなもんだろうけど、最近事故が続いててさ」
 高田と呼ばれたその男性は、山の写真をまじまじと眺めた。

 彼はもともとこの観光案内所の職員で、三年前に退職しており、今日はたまたま久しぶりにもとの職場に遊びに来たところだ。当時は山岳ガイドを務めており、確かに庭のように感じていたこの山に、まさか封鎖されるほどの事故が相次いでいるとは不思議そうな様子だった。
「どんな事故なんだ?」
 カウンターの職員は肩をすくめた。
「基本的には転落事故だよ」
 そして、少し気まずげに言い添える。
「残念ながら先月二名亡くなったんだ」
「一月の間に二人だって? あの山でか?」
 高田は呆然とした顔で眉をひそめた。
「確かに危険もあるが、俺がガイドをしていた頃はそんなこと……一体何があったんだ。濃霧か? 地すべりか?」
 彼が問うと、職員たちは顔を見合わせた。お互いの視線で言外の会話をして、独特の半笑いを浮かべる。やがて、その微笑を貼り付けたまま、若い職員が口を開いた。
「オカルトな話ですよ。女のお化けが出たっていうんです」
 高田は想像していなかった答えに、頭を掻いた。
「は?」
「いやね、転落したものの怪我で済んで入院してる登山者の話によると、崖の上に女がいたっていうんです」

 若い職員の話によると、助かった登山者はみな、崖の上で女を見たのだという。
 その姿は証言によって異なるため幻覚としてみなされているが、そのためにはもしかすると登山者にそのような幻覚を引き起こす植物、例えばキノコのようなものの摂取を誘う環境があるのではないかと、あながちこの話もオカルトとして片付けられてはいないのだという。
 共通しているのは髪の長い美しい女であること、そしてとろけるような甘い声で歌っていたということ。その声を聞いた瞬間、何も考えられなくなったということだ。
 それ以外は女の年齢も服装もばらばらで、中には死んだ恋人や妹だったと証言している者もいるらしい。
 しかし救出から時間が経つとその時のことを忘れてしまうようで、そのためますます見間違いなどでなく何らかの幻覚であるという見方が強まっている。

「それでとうとう、注意喚起とかじゃ生温いというわけで、ルートが封鎖されたそうです」
 高田は少し考え込むような顔をした。
「……じゃあ今は誰も入れないのか?」
 若い職員は頷く。
「そういうことになりますね。警察が見てるはずですけど」
 ま、僕は滑りやすい場所に見間違いやすいものがあった程度の話だと思いますよ、と彼は笑った。
 いやいや与太話でもないかもしれないぞと別の声が飛んできて、その女の正体について自分の見解を思い思いに述べる職員たちの声が、客のいない観光案内所をがやがやと賑やかにする。
 その中で高田は一人、神妙な顔で山の写真をじっと見ていた。
「……なあ」
 やがて静かに口を開く。
「それってもしかして、天魔の仕業なんじゃないか?」
 人の声が重なり合って不協和音を起こしていた案内所の中が、一瞬静まり返る。
「撃退士に一度見てもらった方がいいような気がする」
 職員たちは戸惑ったように、高田の顔を見た。
 自分らが撃退士に依頼を出すなんて、そんなことは考えてもみなかったことだ。
「あのルートは結構難しいからな。俺がガイドをする」
 高田が言うと、カウンターの職員は驚いたように思わず椅子から立ち上がった。
「ちょ、高田さん、もう退職してるのにそんなことまでしなくても……」
「言いだしっぺだし、あの山なら毎日のように登ってたからな。俺が適任だ。まあ、違ってたら違ってたで、俺が怒られるだけだ。何もなけりゃそれでいいだろ」
 高田は明るく笑い、まずは警察と話してくると早速観光案内所を後にした。
 その後姿を眺めながら、カウンターの職員はぽつりと呟く。

「あの人しっかりしてるよな。三年前、山岳事故で奥さん亡くしたのに。しかも結婚記念日の旅行の最中だったそうだぞ。もう同じ事故が繰り返されないように、事故についての講演会で全国をまわってるんだってさ」


 その日の夕方、例の山の入り口で、遥か頂を眺めている一つの人影があった。
 人影――高田は静かに佇み、もの問いただけな彼の前でゆったりと沈黙している山を見つめる。
 ここから歩き出すことに馴染んだ足を踏みとどめ、何かを求めるようなその目をやがてそっと伏せた。
 思い出す。崖から落ちた妻の、岩に広がるあの豊かな髪。
 歌うのが好きだった、美しい彼女。
 高田の薄く開けた口から、ため息にも似た声が漏れる。
「マキ……」
 どこか遠くで、懐かしい歌を聞いたような気がした。


リプレイ本文


 山の大気は青葉の匂いを纏い、清々しく吹き渡っていた。
 険しい山道を登る撃退士たちの影が、深い緑となって低木の上に落ちる。

「長い髪に歌……? それ……あたしだったりして、ね」
 ケイ・リヒャルト(ja0004)がふふ、冗談よ、と艶やかに笑う。
 案内人の高田がこの件の噂について詳しく話すのを聞きながら、彼らは例の崖を目指していた。不知火藤忠(jc2194)もその話に神妙な顔で頷く。
「髪の長いきれいな女の人が崖の上で歌っていて、人によって違って見えて、時間が経つと忘れちゃう……確かに天魔の仕業っぽいね」
 岩をくぐり、Robin redbreast(jb2203)が呟いた。
「考えすぎかもしれないけどな」
 撃退士たちを先導しながら高田は笑う。
 だが、後方を歩くSpica=Virgia=Azlight(ja8786)は小さく頭を振った。
 被害者が幻覚を見たのだと、彼女は半ば確信していた。
依頼を見た時、――過去に、囚われる……どこかで、聞き覚えが……? と以前似た依頼を経験したのを思い出し、来る前に事故記録を念入りに調査して、主要なパターンを過去の依頼と照合した。音、幻覚。天魔である疑いは強い。
「天魔事件疑惑に歌が関与してるなら……その歌、放っておく訳には行かないわ」
 ケイが言うと、歌、と聞いて、セレス・ダリエ(ja0189)が顔をあげた。
 目が合い、ケイは微笑む。
 ――あたしが見る幻覚は誰になるのかしらね、とケイはセレスを見つめた。
 そう、きっと今なら。
(セレス、貴女になると思うのは、あたしの思い違いかしら?)
 ――でも。
 その幻覚に陥ってもきっと見誤らない確信がケイにはある。何故なら彼女は、唯一無二の大切な存在なのだから。
 そんなセレスもまた、同じ想いでケイを見つめ返した。
 セレスは孤児で、近しい女性に死亡者はいない。誰もいない。ただ独り――だが今は大切な人がいる。
(……ケイさんが如何思っているのか、友人と言って良いのかは、わからないけれど……私にもし、見えるのがケイさんだったら……私は如何しただろう……)
 とても大切な人。この人の為なら何でも出来る。もし、など考えたくもないし、そんなことにはさせない。
 ――何を賭しても……護ってみせる。

「その噂が広まっているなら心配ですね……」
 万一の仲間の滑落に備え、翼に意識を集中しながらレティシア・シャンテヒルト(jb6767)が呟いた。リスクを飲み込んでも大切だった誰かに逢いたいと希う人々が集まるかもしれない。幻でも一目でも、と願う気持ちはわからなくもなかった。
 この件は早急に明確にさせる必要がありそうだ。
 もし、それがただの噂でないなら――。
「妹分も元気だし俺は問題無いだろうが……」
 高田を心配して、藤忠は視線を投げた。
「道案内は有り難いですが、もし天魔なら貴方が危険です」
 何かあっても護衛しますが、と付け加えると、人当たりよさそうに高田は礼を言う。
「人に化ける天魔もいます。油断しないで下さいね」
 死亡者を出した何らかの要因があるのには間違いない。Robinも藤忠と共に、高田のそばを歩く。何かあればすぐに腕を掴めるように。
 高田は険しい道にも慣れた足取りだ。段差ですぐ後ろのレティシアに手を差し出し、「あっ撃退士には余計か」と照れる。
「ええ、高田さんに選んでもらった登山用具もありますから」
 淑女の仕草で手を取りながら、そう答える。高田は少し誇らしそうだった。
「山岳ガイドのお仕事は、どんなことをするの?」
 Robinが尋ねるままに、高田はガイドのことや山のことを何でも答える。Robinはすごいねと微笑んだ。
 この山の自然についてのガイドを聞きながらレティシアは山の美しさ、そしてその独特な静謐さに目を細める。天魔の可能性が第一だが、事故や、そして怪異の仕業でもおかしくないと思わせる山深さ。
「崖の辺りは、もし戦闘になった時、地盤が耐えられるでしょうか」
 この自然を破壊したくない。そんな思いからの言葉に高田はピクリとして、そして何事もないようにそうだなぁと地理の説明を始めた。
 藤忠が一瞬顔を上げる。

 ――その時、彼らの耳に歌が届いた。


 始めは、微かな音だった。
 しかし、そろそろ崖が近いと高田から聞いていたレティシアは、耳栓をはめ、敵が見えたら阻霊符を使用できるよう列の前に出る。
 レティシアが目配せするとRobinは小さく頷き、高田を連れて列の後方へ下がった。
 高田が何か言うより早く、先程よりもはっきりと音が響いてくる。

 聴く者の心を溶かすような甘く切ない旋律。
 それは確かに歌声だった。

 道の先、崖が彼らの眼前に現れる。
 そこには噂通り、若い女性のように細い――「何か」が、佇んでいた。
 藤忠は韋駄天で風神を纏う。足場の悪い上り坂、しかも崖の下は急斜面だ。これほどにうってつけのスキルはない。
 くらり、と心が揺れる感じがして、Spicaは荷物を探り、即座に耳栓と、そしてカメラを出す。録画がオンのカメラを自身の視点に固定し、戦闘体勢をとった。
 ケイが崖の上の「何か」の正体を探るべく、専門知識で攻撃力を高めながらじりっと近付く。

 ソレは長い髪をなびかせ、ゆっくりと彼らの方を向いて、そして。
 彼らは確かに見た。
 歌っているはずの唇で、うっそりと微笑むのを。

「マ……キ……」

 目を見開く高田の口から微かな呟きが漏れる。
 藤忠がそれにはっとしたのと同時に、ケイは引き金を引き、腐敗を有した弾が崖上へと放たれた。だが銃声に驚きもせず、高田は一心に敵の姿を見つめている。
「スグルさん?」
 藤忠が高田の腕を掴む。
 敵に水のようなものでガードされ、ケイが再び射撃しようと構えた瞬間、高田は声をあげ、駆け出した。
「マキ!」
 藤忠が腕を引いて戻すが高田はそれに全力で抗い、崖の方へと飛び出していく。
「どこへ行くんですか!」
 敵と撃退士たちの間で射線を遮る高田に、銀色の透ける翼を広げたSpicaが空から威嚇射撃をする。
「ちょっと、つらいかもしれないけど……どいてて……」
 今、セイレーンのような敵が高田の目には名を呼ぶ相手に見えているのは間違いなかった。
 幻覚を見ていない者でもその姿を見れば心を掻き立てられ、歌声に耳を傾けたくなる。全て忘れて聞いていたい歌。
 耳栓をしてさえ意識を揺るがす音を感じながら、Spicaは録画をちらりと確認した。きっと後で必要になる。
 Robinが全力移動で高田の行く先に回り込んだ。間に合わなければ発煙手榴弾でと思ったが、崖に釘付けになっている高田の動きは鈍く、Robinが道を塞ぐうちに、藤忠が捕まえる。
 敵から見えないよう背中に高田を隠し、聖なる刻印を施した。
「あれは天魔です! しっかりしてください!」
 高田はその言葉をようやく認識したが、絶叫する。
「あれは……あれはマキだ! おれの死んだ妻だ、妻に会うために来たんだ、放してくれ!」
「……!」
 懸念が当たり、藤忠は苦く歯を噛み締めた。

 歌声は強くなっていく。
 心を引かれると思えば、意識を取られそうにもなる。魅了と、恐らく睡眠の効果もあるのだろう。曲で違うのだろうか。その差異はどこから、と首を捻りながら、魅了の方が高田のように能動的に動ける分厄介かなとレティシアはクリアランスで理性を保つ。
 Spicaが敵から距離をとり、黒い霧を纏った弾を放った。
 セイレーンは水を操りそれを叩き落すが、間髪いれずに今度は崖の下から弾が飛んできて、腕を掠る。滑落しないようわざと崖の下へ滑り降り、障害物を足場にしたケイだった。
 ケイの意図を察したセレスも間を置かずにライトニングを仕掛ける。
 皆にはあれが何に、どんな風な姿に映っているだろうと、セレスは眉をひそめた。
 セレスには歌声が、ひどく耳障りに聞こえる。本当に美しい歌を知っているから。
 ――……私に聞こえるのは、届くのは、ケイさんの歌だけ……。
 だがその時、歌が一際大きく響き出した。
 劣勢のセイレーンが全力を出したようだ。飛行を維持して距離をとってはいたが、耳栓をしている分と積極的に攻撃に出ていたSpicaが絡め取られた。
「な、んで……、ありえない……」
 銃を構えた先、見えるのは敵ではない。
 ――かつて目の前で死んだ母親の姿。
 だが、現実ではない。例えどんなに似ていても。
「死んだの、見届けた……だから、これは……ニセモノ……!」
 理性で封じ、躊躇いなく射撃する。
 すると強烈な眩暈に見舞われ、Spicaは均衡を失って落下した。
 そこで飛び出したのはレティシアだった。
 常に誰も孤立しないよう位置をとり、仲間が幻に引かれた時に誰がフォローできるかを注意していたレティシアは、真っ先に翼を広げSpicaの腕を掴む。
 一旦敵から離して肩をゆすると、Spicaはハッと目を開けた。彼女の耳栓はそのままにレティシアが顔を覗き込むと、小さく頷いてみせる。
 レティシアはほっとして、敵を振り返った。
 長い髪の間から、高田やSpicaをどんな表情で見ているのか反応を知りたかった。
 ――依頼を受けた時から一つ、気になっていたこと。死者よりも生存者の方が多かった理由。そう創られているだけかもしれない、けれど。

 二人が抜けた分、ケイが積極的に攻撃を仕掛ける。時間をかけるのは得策ではない。
 セレスが息を合わせ、魔法書で攻撃を続けた。歌が止まれば、と喉を狙うが恐らくスキルだろうとも思う。
 倒さない限り、歌は止まないかもしれない。
 そう考えると、高田の動向と精神状態が気がかりだった。亡くした妻の姿を見て、歌を聞いて、正気でいられるのか。
(……私ならば……如何しただろう)
 亡くした大切な、大切な人と、敵であろうとまた会えたのならば。
 敵になってしまった時点で、もう、覚悟はついて居るかも知れないけれど――せめて、この手で、と。
 セレスは睫を伏せ、危険を承知で敵の間合いに飛び込んだ。これ以上長引かせないよう、スタンを狙う。


「マキ!」
 錯乱して足を滑らせた高田を藤忠が韋駄天で抱きとめて岩に着地し、戦いを見せないよう布を被せて視界を塞いだ。藤忠と、駆けつけたRobinに止められ、高田はもがきながら妻を呼び続ける。
 セイレーンはそれに気付いて向きを変えた。狙いを誰にすべきか、理解したかのようだった。藤忠が高田を庇って前に立ち、風の一撃を放つ。
 敵は素早くそれをかわし、攻撃は直撃を反れる。
 だが、その瞬間、敵の懐に飛び込んだセレスがスタンエッジを叩き込んだ。
 甲高い声が上がり、歌が乱れる。
 その隙に藤忠は岩の陰へ下りて高田を隠した。
「事故が起きているのはあの天魔の所為です。俺には天魔にしか見えない」
 布を振り払い、高田は暴れた。
「マキがおれを待ってるんだ!」
 その表情に正気の色はない。
 天魔の元へ行こうとする高田に、Robinはそっと近付いて腕に触れた。
 そして意外にも否定せず、うん、と小さく首肯する。

「もしあそこにいるのが奥さんだとしたら、あの人にどうしたいの?」

 Robinの声は優しく、だがその言葉は強烈な意味を持って、高田の耳にわずかに届いた。
「どう、したい……?」
 人に危害を加えるのを止めたいのか。助けられなかったのを謝りたいのか。崖の上で一人で寂しそうだから慰めたいのか。
 Robinはじっと高田を見つめる。
「奥さんは、どんな人だった?」
「マキは……笑顔が可愛くて、小柄で、オールディーズが好きで……」
 呆然とぽつりぽつり呟く言葉に、そっと首を振る。
「あたしたちにはそういう人は見えないよ」
 藤忠も押し止めようとする力を緩め、気遣わしげに高田の肩に手を置いて尋ねた。
「貴方の大切な人は誰かを殺すために歌うんですか。貴方を攻撃するんですか。違うでしょう」
 それは、と高田の瞳が揺れる。
 Robinは頷いた。
「奥さんも山が好きなら、人を巻き添えにしないんじゃないかな。あれは別人天魔だから退治しなくちゃ」
 高田はがっくりと項垂れる。だが藤忠には、彼らの声が高田に届いたことが、もうわかっていた。
「俺達が必ず守ります。敵は見ないで、歌も聴かないで下さい」
 耳栓を渡し、岩の上に上る。
 残された高田に聖なる刻印を再びかけ、Robinはそばに寄り添った。


 スタンから脱したセイレーンは、もはや歌だけでは劣勢と判じ、攻撃へと転じる。
 地中から水が湧き出し、鋭い刃となって彼らを襲った。
「……ケイさん……!」
 その狙いが積極的に攻撃していたケイに集中したのに気付き、セレスがケイを抱きしめるように自分ごと突き飛ばした。
 そのセレスの背に襲いかかる水の刃を、藤忠の鎌鼬が相殺する。
 ケイは一瞬息を呑み、その視線がすっと冷えて冷静に仲間への攻撃を回避射撃で叩き落した。
 そのわずかな時間に、Spicaは闘気開放に切り替える。
 短期決戦で一気に片を付ける――!
 レティシアが自らを囮に敵の意識を引く。水の刃は形を変え、今度はレティシアの口元に纏わりついた。窒息させる気だろうか。しかし慌てることなく、どこか敵意のない瞳をセイレーンに向ける。
 ――なぜ、歌声で集めたのだろう。同じような想いを抱いていた者たちを集めたかったのだろうか。
 再び思考する。セイレーンの表情は読み取れない。だが、レティシアはその顔がどこか悲しげに見えた。
 藤忠の霊符が喉を掠め、セイレーンがそちらへ顔を向けると、水が弾けてレティシアは解放される。
 だが、囮はそれで十分だった。
 バレットパレードでケイの放つ銃弾が、雨のようにセイレーンに降り注ぐ。
 歌声とは間逆のおぞましい悲鳴が響き渡り、一瞬台風の目のような静寂が辺りを包んだ。
「ロックオン……さようなら……」
 最後にSpicaの攻撃が額を撃ち抜き、セイレーンはその場に倒れ伏した。


 ケイがもう動かないサーバントに自身のローブを掛けようとすると、藤忠が布を出してそれを代わった。
 Robinに寄り添われた高田が、岩陰からふらふらと戦いを終えた撃退士たちの前に現れる。
 現実を受け止められず、言葉もない高田にケイが声をかける。
「マキは……貴方の心の中で生きる……生きているわ」
 だからこそ、この亡骸がマキに見えた。違う? と。
 マキは……と言い淀み、その場を離れられない様子の高田に、Spicaは録画を終えたカメラを見せた。夢遊病のようにそれを受け取った高田はひっと息を呑んでカメラを取り落とす。そこに映っていたのは、あきらかに人ならざる「何か」の姿だった。
 そんな、と座り込む高田に藤忠は静かに語りかけた。

「ここまで案内してくれたおかげで天魔を退治できました。今後ここに来る人達の命を救ったんです。マキさんもきっと喜んでいると思いますよ……山岳ガイドの貴方らしいと」

 ぽたり、と地面に涙が落ちた。
「マキ……」
 ケイは目を閉じ、息を吸って歌を歌い出す。オールディーズを。
 偽物ではない本物の歌に耳を傾け、静かに涙を流す高田の背を、Robinの手がいつまでも優しく撫でていた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 籠の扉のその先へ・Robin redbreast(jb2203)
 藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・不知火藤忠(jc2194)
重体: −
面白かった!:7人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
撃退士・
セレス・ダリエ(ja0189)

大学部4年120組 女 ダアト
さよなら、またいつか・
Spica=Virgia=Azlight(ja8786)

大学部3年5組 女 阿修羅
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
刹那を永遠に――・
レティシア・シャンテヒルト(jb6767)

高等部1年14組 女 アストラルヴァンガード
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師