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マスター:楊井明治
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/12/21


みんなの思い出



オープニング


 一歩歩くごとに空気が冷えていく気がする。
 重なり合った瓦礫が薄暗い場所を更に暗くして、余所者の到来を拒んでいるようだ。
 そんな廃屋の中を一人の小柄な少年がとぼとぼと歩いていた。
「か、帰りたいよぉ……」
 今にも溢れそうな涙をこらえ、赤くなった鼻をスンとすする。
 どうしてこんなことになったんだろう。
 少年は今日の放課後のことを思い出していた。


「ルディは本当に泣き虫だなぁ!」
 学校の帰り、少年――ルディは、通せんぼされ、同級生たちにそうやって囃し立てられた。
「そ、そんなことないよ……」
 勝手ににじんでくる涙をこらえ、尖らせた唇で呟く。
 ルディはいじめられっ子で、通せんぼされるのは初めてではない。悔しくなくはないけれど、そのうち彼らが飽きてしまうことを知っているので黙ってそれを待っていた。
 ルディは喧嘩が怖いのである。叩かれるのが怖ければ、叩くのも怖い。
 けれど、今日に限ってなかなか彼らは飽きてくれず、そのうち一人の少年が笑いながらルディの顔を覗き込んでこんなことを言い出した。
「なら、一人で『お化け工場』に行って来いよ!」
 えっ、とルディは息を呑んだ。
 お化け工場――それは町外れにある大きな廃屋で、中が崩れかかっているのは怖い事件が起きたからだという噂だった。コンクリートの冷たい建物で、子供たちが幽霊屋敷だと信じる恐怖スポットである。
「行けないんだろ。ほら、やっぱりルディは泣き虫の弱虫だ!」
 わいわい騒ぐ同級生たちに、思わずルディは呟いた。
「い……行けるよっ」
 いじめっ子たちがそれを聞き逃すはずもない。
「じゃあ今から行けよ」
 ルディの背中をどんと押す。
「えっ、い、今から……?」
「決まってるだろ」
 子供たちはルディを引きずるように例の廃屋に向かって歩き出し、そういうわけでルディはこの「お化け工場」をさ迷う羽目になったのだった。

 やっぱり行かない、と言い張る勇気すらないルディはクラスメイトたちに囃し立てられるまま、緊張の面持ちで建物の中に入り込んでいた。
 ルディをここに追いやった面々はルディの姿が見えなくなると、悪戯半分に彼を置いて小突き合いながら帰ってしまったのだが、そんなこと知る術もない。廃屋は中に入ってみると思った以上に広く、また建物の体裁を保っている外見に比べて崩れている部分も多く、まるで迷路のようだ。
 震え上がったルディはこれ以上崩れてきそうな道は避けようと、じっと観察しながら道なき道を進んだ。
 時折、風が吹き込み反響すると、ひどく恐ろしげな呻き声のように聞こえる。
 そのうち、一際大きい音が響くと、ルディはこらえきれなくなりしゃがみこんだ。
 泣きそうになりながら顔を上げる。
「あっ、あれ……? 僕どこから来たんだっけ?」
 立ち上がって周囲を見回すが、無機質な灰色の迷路は右も左も同じ顔をして鎮座している。ルディはここにきて、いよいよ本当に涙がこぼれるのを感じた。

 その時、ルディは自分を見つめる二つの金色の目に気付いた。

 わーっと悲鳴を上げたい気分だった。
 子供たちが廃屋の他に恐れるものがもう一つある。それは、「三太郎」という名前で呼ばれている近所のボス猫だった。野良で、誰にも懐かず凶暴な上、目のところに三本の恐ろしげな傷跡があり、それがますます彼に凄みを持たせている。大人にも物怖じせず、子供にも容赦しないという話だ。

 その三太郎が瓦礫の上からルディを見下ろしている。

 ここが寝床だったなんて! ――三太郎がすっくと立ち上がるのを見て、ルディは逃げようとした。
 けれど。

「あ……」

 そこで思わず立ち止まったのは、立ち上がった三太郎の背に、高い場所にある窓から差し込んだ光がちょうど当たり、三太郎の赤茶の毛を金色に輝かせたからだ。それが彼の目と合わさって、ルディの頭に「何てキレイなんだろう」という言葉を浮かばせたのである。
 慎重なはずのルディは逃げなければという思いを忘れて、その光景にしばし見入ってしまった。
 一方、逃げ損ねたルディを三太郎の方でも面白そうに眺めていた。
 強く漂っていた怯えの気配が消え、自分を怒りも恐れもせずに見つめてくる小さな人間。ボス猫にとってもそれは珍しいものだったらしい。
 ルディがようやく逃げることを思い出す頃には、三太郎の方から少年の足元に音もなく近付いていた。引っかかれるのを覚悟して身構えたが、三太郎はルディの次の出方をうかがうように太い尾で彼の膝を撫でつけ、ゆっくりと足の周りを歩いていく。
 驚きながらもその毛並みに惹かれてそっと触ると、たくましい毛の向こうに柔らかい温かさがあった。
「わぁ……なでて、いいの?」
 三太郎は興味がなさそうにそっぽを向いていたが、それが猫なりの許可であることがルディには何となく理解できた。
 心細かったルディは喜び、しゃがんで三太郎に寄り添う。三太郎も満更でもなさそうに、ルディに撫でられた。


 ルディはそれ以来、みんなが怖がる「お化け工場」に通うようになった。
 初日は三太郎の後をついていき、彼の案内でやっと脱出できた廃屋も、安全に奥へ進む道と外へ戻る道がわかってきている。
 正直なところ、ルディはまだそれでも少し廃屋が怖かったが、それよりも三太郎と会うことの方がルディの中でずっと重要だった。
 三太郎は愛想こそないが、ルディが鴉に脅かされれば彼をかばうような態度をみせ、そばにいてくれる、ルディにとって一番の親友となった。人間たちは三太郎を見ると石で追い払おうとするのに、この三太郎の城に人間であるルディの存在を許してくれることこそが、ルディを信頼している証に違いなかった。
 そう思えばいじわるな同級生に通せんぼされても、ルディはそれほど悲しくならないのだ。

 ある日、朝からいつもよりずっと厳しい寒さの風が吹き、ルディは三太郎が心配になった。三太郎には野良の矜持があるのか、ルディから餌を貰おうとすることはないのだが、友人に古いブランケットくらい差し入れしてもいい気がした。
「すぐ戻ってくるから待っててね。誰か来ても出てきちゃ駄目だよ」
 ルディはそう言い残して、廃屋を後にした。
 
 しかしその言葉の通りすぐに戻ることは出来なかった。
 戻ってきたルディは、さっきと違う雰囲気にはたと足を止める。 
 何だか騒がしい。廃屋の方向だ。何か胸騒ぎを感じて走り出した。
 辿り着いてみると廃屋の周りを警察官やパトカーがぐるりと取り囲み、建物が黄色いテープで覆われている。
「えっ……!?」
 話し合う大人たちの言葉から「天魔」や「サーバント」という声が聞こえた。どうやら、近隣に出現したサーバントの一部が今さっきこの廃屋に入り込んだらしい。
 ――そんな、まだ中に三太郎がいるかもしれないのに!
 思わず走って行こうとするルディを警察官が止めた。
「はなして! ネコが中に……!」
「君の猫?」
「そうじゃないけど……」
「危ないから下がっていなさい」
 その瞬間、ドンと音がして、廃屋の中が燃え上がった。ルディはすっかり怯えて後ずさる。鼻の奥がツンとして、涙が込み上げてくるのを感じた。
 でも。
「三太郎は僕を信じてくれてる。僕を待ってるかも……!」
 逃げたい。
 怖い。
 震える手を誤魔化すように強く握り締める。

 ルディは警察の目を盗み、赤い鼻をこすりながらテープの向こうへもぐりこんでいった。


リプレイ本文


 上空から様子を見ていたレティシア・シャンテヒルト(jb6767)が戻ってくる。
 最初に炎の上がった場所は一階の奥のようだが、サーバントがまた発火するかもしれないし、肝試しのゴミなどあれば火の周りが早いかもしれない。
 煙のことも考えると進入経路は施錠された正面からがいいと仲間たちに告げる。
 撃退士たちは正面の入り口を蹴破り、中を見た。
 廃墟で、人の出入りはないということだが、付近を子供が辺りをうろうろしていたという話がある。理由が気になるわ、と華宵(jc2265)は阻霊符を手に眉を寄せた。
「秘密基地にでもしてたのかな?」
 木嶋 藍(jb8679)が首を傾げる。
「注意して動かなきゃだね」
 暗視鏡をつけながら不知火あけび(jc1857)が答えた。
 念のためレティシアと華宵が警察から話を聞いたところによると、小学生くらいの小柄な男の子だったらしい。
 外でRobin redbreast(jb2203)が手配した消防車とパトカーの赤色ランプが光っている。火はここからはまだよく見えない、Robinは消火器を握り締めた。到着した消防車から集めた消火器は三台で、狩野 峰雪(ja0345)とRobinと華宵がそれぞれ持っている。遠くからできる範囲の消火を頼み、華宵からも殲滅後の消火を要請しているが、しばらくはこれが頼りだ。
 中は静かで、通信機の通りも悪くない。
 踏み入る前に藍が生命探知で気配を探る。白い炎のような光を纏い、藍は深い青の目を細めた。地下と二階に多数あるようだ。
「……単独の影があるのは子供かな?」
 撃退士たちは顔を見合わせた。もしも中にいるとしたら一大事だ。
 まずは手早く一階を全員で探索する。
 まだかろうじて扉のついている部屋を開け、華宵が暗がりを暴くように中を照らすと、光を嫌がったのか資料にあった通りの黒い小人のサーバントが一匹飛び出てきた。飛び回る前に、峰雪が建物や味方を巻き込まないようにと、氷の夜想曲でその動きを捕らえる。
 黒小人自体はそれほど強くはないらしい。しかしその特性が厄介だ。
 無事に最初の敵に対処すると、撃退士たちは建物内の温度が上がってきていることに気付いた。レティシアの言うとおり、火の回りが早い。
「一階の敵はそんなに多くないのね?」
 華宵が藍に確認する。
「なら、先に二階に行った方がいいかな」
 とRobinが言い、華宵と頷き合った。
 もし子供がいるようなら通信機で連絡を、と言うと、藍はRobinと華宵と三人で二階へ回る。
「これは地下も急いだ方がいいかも……」
 あけびが呟き、残されたメンバーも地下へと降りる階段を探した。


 二階にも瓦礫が転がり、壁も崩れている場所がある。まるで廃墟は迷路のようだ。
 足元に気をつけながら藍が進み、Robinと華宵がそれに続く。
 暗がりを蠢くものの気配がある。まだ炎は上がっていないようだが、一階からの煙で息苦しい。もしかすると、地下からも煙が上がっているのかもしれない。
 あまり広がるようなら警察に連絡しないと、と思考しながら、藍はもし火が移れば退路を塞ぎそうな木材を壊す。するとそれを照らしていたRobinのライトに炙り出されたかのように、黒小人が飛び出てきた。
 数体いるようだ。
 華宵が咄嗟にシルバートレイで石炭のように体を丸めてこちらに向かってきた黒小人を叩き落とし、影を縫いとめた。
 Robinが素早く体勢を整え、色とりどりの炎を撒き散らす。炎は敵だけを捉え、爆発を起こした。あまり無理な動きをしては廃屋が崩れかねない。敵だけを討てる攻撃に絞り、翡翠の目の少女は黒小人の飛行を阻止する。
 進路に子供がいないことを確認し、藍が銃で素早く確実に黒小人に止めを刺していく。
 まともにくらったものは倒れたが、再び石炭のように体を縮めるものもある。
 発火されたら厄介だ。燃えやすいものをRobinが片付ける間に、壁走りで華宵が高所に位置を取った。
「あと二体……どこに飛ぼうが逃がさないわよ」
 討ち漏らしがないよう、上から数を確認し、一直線の攻撃を放つ。
 やがて、生き物がいないのを確認すると、これ以上出入りできないように通路を塞いだ。迷路で迷っている余裕はない。

 一方、地下では峰雪が夜目で暗闇に目を凝らしていた。やはり瓦礫がかなりあるようだ。地下は暗く、嫌な熱気がかすかに感じられた。
「誰かいる? 助けに来たよ!」
 あけびが声を張り上げる。敵をおびき寄せることになるなら、むしろ好都合だというように。
 木嶋さんが地下は一階より敵が多いと言っていたな、と思い出しながら、峰雪が索敵する。
 あけびの声に触発されたのだろうか。物陰から二、三体の黒小人がこちらを狙っているようだ。
 峰雪がそれを告げるや否や飛び出してきた敵を、あけびが羽断ちで攻撃する。更に、もう一撃。
 だが、攻撃を受けなかった黒小人は遠慮もなくスピードを上げ、彼らに襲い掛かった。思ったよりも好戦的なようだ。銃弾のように飛び、次第に火花を散らし始めた黒小人を後衛として下がっていたレティシアが傘で受け止める。
 それと同時に峰雪の猛射撃が放たれた。
 畳み掛けるようにあけびが棒手裏剣の形をした影を生み出し、黒小人は床に落ちて動かなくなる。
 ほっと息をつこうとしたその瞬間、音や空気のブレを察知したあけびが身構えた。今の戦いで瓦礫が崩れようとしているのを、真正面から叩き斬る。黒小人にまだくすぶる火種の気配を下敷きに、瓦礫はあけびたちに道を譲った。
 だがこのまま続けば建物の倒壊も考えられる。
「急いで退治しないとまずいね」
 峰雪が頷き、耳をすませる。何か声が聞こえないだろうか。藍が言った単独の影は、この辺りかもしれない。
 崩れたところをあけびが壁走りで越える。
 すると、暗視鏡越しに小さな影が見えた気がした。
 あけびははっと息を呑んだ。
「いた……!」
 小さな影は少年の形をしている。現場近くにいた子供に違いない。あけびは通信機を手に取った。


 ルディは恐怖にかたかたと震えていた。
 暗闇に足がすくんで這い蹲るようにしか動けない。
 あちこち飛び回っていた不気味な影が消えたけれど、もう戻って来ないだろうか。いや、そうは思えなかった。
 じっとしていればこちらに来ないかもしれない。でも、このままでは三太郎を探せない。
 意を決して部屋を抜け出そうとすると、そこに数人の足音が聞こえて、ルディの心臓は飛び出しそうになった。
 だが、最初に聞こえたのは穏やかな男性の声だった。
「こんなところでどうしたのかな?」
 柔和な表情の峰雪をルディは見上げる。
 答えるより早く人が集まってきて緊張に固まるルディを、白金の髪の少女が覗き込んだ。
「ここで何をしてるの?」
 ルディは震える声で答える。
「あの、三太郎……ネコを……さ、探してるんです」
 怒られるのを覚悟しながら、ルディはしどろもどろにこれまでの経緯を話す。
「うーん、猫かぁ……でもどこにいるかわかりそう? 普段どこにいるの?」
 藍が尋ねる。いつもは一階だけど今日はいなかった。呼んでも現れないのは初めてだ。峰雪は周りを見渡した。
「野良猫かあ……。きみが呼んでも出てこないってことは、サーバントから隠れているか、火事で動けないのかな」
「三太郎が他にどの辺りにいそうか、心当たりはある?」
 Robinが尋ねると、ルディはルートを説明しながら、三太郎が寝床にすることのある場所を説明する。
 危ないから先に出ているように藍が優しく言うが、ルディは首を縦にふらなかった。怖いけれど、三太郎がいるかもしれないのに、一人だけ逃げられない。
「親友のために、ここまで来たきみは強い。だけど、勇気と無謀は違う。もし無理をしてきみに何かあったら、三太郎も悲しむ」
 峰雪が大人らしく言い含めるが、ルディは涙目で譲らない。よほどの覚悟があって来ているのだろう。
 今にも一人で駆け出してしまいそうなルディに、レティシアがにっこりと笑ってスマホの画面を見せた。レティシアの愛猫の待ち受け写真だ。見知らぬ人たちへの不安が和らぐといいし、猫なんて、と思わないことも信じてくれるだろう。
 少し考え込んでいた藍が、若干緊張の和らいだルディの手を握った。
「ルディくん、だっけ。すごいね。こんなところに、独りでよく来れたね、怖かったよね。私だったら怖くてできない。三太郎くんもきみの強さがわかってるから友達になりたかったんだね。良かったら私とも友達になってほしいな」
 藍に控えめに頷くルディに、あけびが水で濡らしたタオルを渡す。口を押さえさせながらあけびも思案した。
 こんなに泣きそうになりながら、それでも逃げないルディ。今何もせず助かっても、きっと彼は一生後悔する。あけびは頷いた。
「友達を助けるなら手伝うよ。でも絶対私達に従って。三太郎も大切だけど貴方も大切だから」
 驚いた表情のルディに、藍が視線を合わせる。
「火が回ってるところに行っちゃダメ、危ないときには動いちゃダメ。私たちのお願い、ちゃんと聞いてもらえる?」
「う、うんっ」
「よっし、絶対見つけよう! 三太郎くん!」
 実は藍も猫好きである。レティシアと目が合うと、二人はくすりと笑った。
 Robinが消防から借りてきた防災頭巾をルディにかぶせる。
 撃退士に伴われ、ルディは三太郎を探すために歩き出す。
 身を低くして、と峰雪の声が響いた。


 恐怖をこらえ、三太郎のために必死にルディは撃退士たちを案内した。暗がりの中を少年の小柄な影が、瓦礫の間に道を見つけていく。
 しかし、火の回りが早い。
 燃え上がり崩れてきそうな瓦礫を峰雪が壊し、消火器で消火する。
 三太郎はどこだろう?
 熱さのあまり眩暈がした。
「さんたろー……ッ!」
 声が虚しく木霊する。三太郎の応えはない。

 もはや一階は火が回り、正面からの脱出は不可能となっていた。

 仕方なく二階へ上がった途端、黒い石炭が飛んできた。藍がルディを身を挺してかばうと、飛ぶ黒小人の空気を切る音に注意を払って身構えていた華宵が辻風で太刀を浴びせる。
 藍が生命探知で調べると、まだ敵は残っているらしい。これ以上は危険だ。あけびが残念そうに首を振る。
「ルディ君のお友達、私たちに任せてくれないかしら?」
 華宵が優しく話しかける。だが、拒否されたとしてももう聞く余裕はなさそうだった。
「ルディが死んじゃったら、三太郎を見つけられる人がいなくなっちゃうから」
 Robinの言葉に、ルディは悔しそうに顔を伏せた。
「三太郎は海千山千だから大丈夫。信じてあげて。僕らがきっと見つけ出すから」
 峰雪も言う。
「サーバントを倒さないと、火事が広まってしまうから、早く倒してしまわないとならないんだ」
 その言葉の意味がわかったのだろう。ルディは唇を噛み締め頷く。
 三太郎を避難させるという言葉をルディは信じた。
 Robinが通信機をルディに渡す。
「これで三太郎に呼び掛けてもらったり、中のこと教えてもらえる?」
 道案内もして貰えるねと峰雪が笑う。
 レティシアが少し心配げにルディのものを貸して貰えないかと頼んだ。猫は本気で隠れると見つけるのが難しい。すんなり保護するためにはやはりルディの気配が必要なのだ。
 レティシアによると非常階段は使えないようなので、藍が陽光の翼で連れて逃げることを提案する。
 だが、行こうとしたその時、ルディがはっとした顔をして手を振りほどいた。
「ルディくん!」
 ルディは今にも崩れそうな瓦礫に向かって走っていく。
「三太郎! こっちだよ!」
 すると、ルディの声に応えるように、一匹の大きな猫が姿を現した。それと同時に瓦礫が崩れ、三太郎は間一髪難を逃れる。だが、そんなルディと三太郎の前を横切るように黒い影が現れた。黒小人だ。
 あけびが真っ先に追いつき、ルディを背にかばって隼突きを繰り出した。
「よく見つけたね。でももう動いちゃだめ。あなたに何かあったら……」
「ごめんなさい、お姉ちゃん……お願い、三太郎を助けて!」
 三太郎の近くに火が迫っているのを見て、華宵がペットボトルを投げ、ワイヤーで切断して消火する。早く確保したいが、無理に追って篭らせるともう保護できないかもしれない。
 攻撃は最大の防御。指一本触れさせるものか。あけびは雷死蹴に切り替える。
「おいで、一緒に出よう!」
 三太郎に呼びかける。
 だが、それを嘲るように三太郎を狙おうとする黒小人を、レティシアが金鞭で縛り上げた。
 その隙にRobinが闇に隠れて近付き、一気に三太郎を保護する。あけびが雷死蹴で敵を蹴散らし、三太郎を抱っこで受け取る。
「行こう!」
 藍がルディと三太郎を抱きかかえて脱出させると、峰雪の暴風のような射撃が劣勢を感じて逃げ惑う黒小人たちを捉えた。


 外に出ると小雪がちらちらと舞っていた。
「三太郎……よかったぁ……」
 さすがに疲れたように座り込む三太郎をルディが抱き寄せる。
「偉かったね!」
 とあけびがルディを褒め、三太郎を撫でる。三太郎は無愛想な顔で、ふいと顔をそむけたが、その手を引っかきはしなかった。
「うん、ほんとに、ありがとぉ……」
 華宵が煤だらけの三太郎とルディをルディの泣きべそごとタオルで拭く。
「勇気と無謀は違うの……と叱りたいところだけど、それだけ大切なお友達なら仕方ないわね」
 ふっと微笑む。
「ルディ君のおかげで助かった事は事実だものね」
 叱るのは苦手なの、と仲間を振り返って華宵は苦笑した。
 レティシアは華宵に笑みを返すと、今ようやく本格的な消火活動が始まった廃墟に視線を投げた。燃えていくのを哀しく眺める。
「もうこの廃屋には住めないかな」
 峰雪が呟く。ルディくんに飼われるか、それとも旅立つのか。それは三太郎が決めるだろう、と。
 ルディがまた泣きそうになった時、人だかりの中から声が響いた。
「ルドルフーっ!」
 日本人顔の男性と、ブロンドの女性が青ざめた顔でルディに駆け寄ろうとしている。
「パパ! ママ!」
 ルディの両親らしい。
「心配かけてごめんなさい。でも、あの……聞いて。お願いがあるの……」
 三太郎を、と言いかけたルディが振り返ると、今までそこにいたはずの三太郎の姿がない。いつの間にか、少し離れた塀に上ろうとしていた。
「さんたっ……」
 追いすがろうしたルディにそっとRobinが言う。
「三太郎は野良猫だから、また新しい住処を探さないとだね。野良猫は自由に生きるから」
 峰雪がルディの肩に手を置いた。
「親友の決断と未来を信じて応援してあげられる、ね。そして三太郎に心配されないようにしないとね」
 ルディは涙をぐっとこらえて頷いた。
「でも離れても、友達はずっと友達だよ」
 Robinの優しい声に、ルディはまた鼻の奥がつんとするのを感じる。
「うん……またきっと会えるよね」
 鼻を真っ赤にしたルドルフは、撃退士たちに寄り添われ、去っていく三太郎の背中を見つめる。三太郎は一度だけ振り返り、小雪の中に消えた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・御子神 藍(jb8679)
 明ける陽の花・不知火あけび(jc1857)
重体: −
面白かった!:6人

Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
刹那を永遠に――・
レティシア・シャンテヒルト(jb6767)

高等部1年14組 女 アストラルヴァンガード
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
来し方抱き、行く末見つめ・
華宵(jc2265)

大学部2年4組 男 鬼道忍軍